映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年01月21日

『ブラック・ムーン』ルイ・マル

ブラックムーン.jpgブラック・ムーン2.bmp
Black Moon 

子供の世界を独特に描くルイ・マル監督が大人の世界へ向かおうとする少女の心理を描き出しているのだろう。

どこかへと向かう少女が家の中でミルクを飲む場面でこれは『不思議の国のアリス』だったのかと気づく。
そういえば真直ぐの髪をしている。
アリスならばもう少し幼くなくてはいけない、などと幼女好きならいいそうだがこの作品はちょうど大人への扉を開けるほどの少女を表現しているのではないかと思われる。
台詞はごく少なく映像により少女が大人へと変化していく時期に少女の中で起きる怖れや不安や好奇心などが表現されていく。
ユニコーンが登場するのは彼女がまだ処女であるということなのだろう。ユニコーンは処女にだけ心を許すという動物なので。
出来事の一つ一つが何かを具象化しているのだろうが、とりあえず大まかなところでは「男女の戦争」というのが「仲良くすべき男女が大人になるほど諍いが多くなっていくように思えると言う不安」を表しているのだろう。特に男性の女性への暴力という怖れは少女の中で最も大きな不安になっていてその惨たらしさに叫び声を出してしまうほどである。
ベッドに横たわり鼠と話す老婆は人生の苦労に対しての恐怖と不安だろうか。口うるさく少女を苦しめ思うようにならない。やがては少女も乳飲み子を抱えることになり、次第に年をとっていく。
館に住む大人の男女。大人の女性は少女にとって憧れでありこうせねばならないという見本である。年上の女性がやったように少女も真似をして乳を与えようとするその女性が男性に暴力を受けることでまた恐怖と不安を抱く。この暴力とは性的なことを意味しているかもしれない。
蛇、少女に「知恵」を与えるがその代償もまた払わねばならない。少女の下半身に蛇が入り込んでいくのは性的行為の予感をさせる。

私自身『不思議の国のアリス』という物語が大好きなのだが、誰でも自分の中の『アリス』というものがあるはずだ。
子供であるがゆえに世界は混沌として不可解である。大人にしてみれば突拍子もない感じ方もする。
とはいえ元々の『不思議の国のアリス』もこれも男性が感じたアリスではある(テリー・ギリアム『ローズ・イン・タイドランド』も)女性ならばまた違ったアリスになるはずだが映像としてはどういうものになるのだろうか。近いところでルシール・アザリロヴィック『エコール』か。

この作品は狙いとして『不思議の国のアリス』をルイ・マル風に演出したものらしい。
ということになればむしろ同監督の『地下鉄のザジ』のほうがより『不思議の国のアリス』らしい作品だったようにも思えるのだが。
もう少し性の予感を出した『アリス』をやりたかったというのだろうか。
意味不明の言葉、不安を呼ぶ不協和音、残酷な暴力描写、意味不明の出来事などが少女の心の揺れを表していた。
ブラックムーンというのは新月のことなのか。輝きだす前の暗い時期を意味しているのだろうか。

監督:ルイ・マル 出演:キャスリン・ハリソン テレーズ・ギーゼ アレクサンドラ・スチュワルト ジョー・ダレッサンドロ
1975年ドイツ/フランス


ラベル:ルイ・マル 少女
posted by フェイユイ at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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