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2009年02月17日

『みかへりの塔』清水宏

みかへりの塔.jpg

この映画が作られた1941年というと太平洋戦争が始まった年でそんな時代の映画というとナンだか偏ったものを思わせるし「素行の悪い子供達が収容された学校の物語」というイントロダクションを読んで興味は非常に持ったもののもし嘘っぽく教訓じみたような作品なら途中で止めるかと思いながら見出したものの最初から引き込まれて結局最後まで観てしまったのだった。

非行少年少女を厳しい戒律の元で更生する学校、というともともと奔放な性質の少年少女が自由を奪われ、逃れようと反抗する映画作品を思い浮かべるが、ここに描かれている非行少年少女は(幾人かの例外はあっても)物凄く礼儀正しく集団能力があって一体これは真実なのか「こうであって欲しい」という願望なのか、観ている内によくわからなくなったりもする。
なんだかある種の投薬をされて精神をコントロールされているSF映画のようにすら思える、と思うこと自体が精神が歪んでいるのだろうか。
虚言癖、盗癖などの問題を抱えた二百人ほどの少年少女たちが収容されている学校なのだが、その殆どはまだ児童というべき幼さである。彼らは広い校内に分散して建つ「家庭」と名づけられた家々に集団で寝泊りし自分達で家事を分担している。幼い彼らを見守るのは「お母さん」と呼ばれている保母たちである。脱走、怠けなどを繰り返しながらも彼らは集団生活の中で少しずつ規律を守ることを習得していくのである。
冒頭に裕福な家の娘だが父親に反抗して財布から金を盗み夜遊びをしていたことで預けられることになった少女・タミが入所してくる。彼女が物語の大筋を追っていくような形になっている。
この少女もまたいかにもお嬢様的に丁寧な言葉で反抗していくので、金持ちでもいかにも不良な言葉遣いの今の不良娘とはかけ離れている。言葉は丁寧だが反抗心は最も強い少女で下働きのようなことばかりさせられ粗末な食事をしなければならないことに苛立っていて他の少女達からも孤立している。そんなタミも懸命に子供達を更生させようとする若い「お母さん」にいつしか愛情を持ち従うようになっていく。
日常の様々な仕事や畑仕事、水汲みなどを走り回ってこなしていく小さな子供達を見ていると現在の感覚では痛々しくも思えるし、こんな勤勉な不良ってなんだ、もうすでに現在のゲームばっかやってる子供達よりはるかに真面目じゃないかと思える。先生や保母さんに対する礼儀も心が洗われるようだ。
笠智衆さんが演じる先生を始めすべての先生・保母さんが教育に熱心で子供たちを心から愛しているようだ。不埒なスケベおやじなどいやしない。子供たちも喧嘩したり嘘をついたりオネショをしたりと問題があるとは言っても先生・保母さんを慕っていて可愛らしい。
こういう話には胸が痛むような問題が起きるのが普通だが、せいぜい脱走した子供たちを捕まえた、のと反抗的なタミを保母さんが叩いたことで自信を失う、と言うくらいである。
そして井戸の水不足を解消する為、泉から水を引く計画を立て先生と子供たちが一丸となって鍬をふるい、水路を通すエピソードは勢いよく流れる水の中を子供達が駆け回るという感動的な結果となる。
どうしても信じられない問題児たちと先生たちの感動作なのだが、問題児が題材だからこそ、こうであって欲しいという理想をこの作品の中に見てしまうのだろうか。
誰かのお母さんが学校を訪ねて来たのを子供達が見つけた時、自分の母親でなくても「○○のお母さんが来たぞー」と叫んでそれを聞いた子がさらに叫んで声を伝達していくことで嬉しいニュースを知らせる場面など不思議な感動がある。
あんまり美しくてどう感じていいかちょっと判らなくなってしまった。素直に感動していいものかと迷うというのも自分の心が歪んでいるからなのだろうなあ。
いい先生達に見守られながら少しずつ成長し自分を戒めながら卒業していく子供達が強く生きていくことを願いたい。
しかし歴史的にはこの後、子供達は戦争の中で生きることになるのだ。悲しい。

監督:清水宏 出演:笠智衆 奈良真養 森川まさみ 横山準 古谷輝男 三宅邦子
1941年 / 日本


ラベル:子供 教育
posted by フェイユイ at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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