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2009年03月20日

『白痴』黒澤明

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黒澤明監督作品はよくTVでも観ることができるので何度も観てしまう作品もあるがこの作品はあまり観ることができないのではないだろうか。
ダイナミックな活劇ものや『赤ひげ』『生きる』のようなジャンルともまた違う黒澤映画としては珍しいラブ・ストーリーであるし、何と言っても作品時間が166分という物凄い長さである。私も遠い昔に一度観たきりだと思うが他の映画以上に強い印象があった。

この映画はドストエフスキー『白痴』が原作となっていてこれもまた少女時代夢中になって読んだ小説である。
といっても自分はいつも熟読できない人間で好きな場面を偏って繰り返し読む、というどうしようない読書なのだが。
とにかくロシアの上流社会を日本の映画監督が映画化するというのはどういうものになるのか興味と不安の中で初観したものだが、そこはさすがに黒澤でそんな不安など蹴飛ばしてしまう面白さだった。
冬の北海道を舞台にあの愛らしいムイシュキンが亀田となって森雅之が絶世の美女であり男を虜にする魔性の女ナスターシャ・フィリポヴナが那須妙子という名前で原節子がムイシュキンと対立する野蛮な男ロゴージンが赤間となり三船敏郎が演じている。
ロシア小説と思って読んでいる時はさほど違和感を感じないのだが日本人が同じ言動をすると途端に突拍子もないもののように思えてくるのだがそういうとんでもなさも非常に面白く観れてしまう作品だった。
とはいえ原作をまったく知らない人がこの映画を観たらどんな風に思うのか、かなり不思議な世界なのではないだろうか。

ムイシュキンこと亀田の森雅之はタイトルの『白痴』を素晴らしく印象的に見せてくれた。「僕、わからないんです」という台詞が記憶に残ってつい口から出てしまいそうだ。
そんな純真無垢な亀田を一目見た時から「可愛い」と思って好きになってしまう野蛮男を三船がこれも魅力たっぷりに演じてくれる。彼ら二人はナスターシャ=那須妙子を取り合う関係でありながら互いに非常に好き合っている、というのもくすぐられる関係なのだが、ロゴージンがついにナスターシャを殺してしまった後、こっそりとムイシュキンを部屋に呼んで一晩二人で通夜をしながらナスターシャを偲ぶという場面は小説を読んでいた時から何度も頭の中でその場面が映像となって表れなんという美しい場面なのか、美しい女性が僅かな血を胸からこぼしただけで死んでしまい、二人の対照的な美しい青年が彼女の遺体を見守って話し合っている、その場面を思い描いたものだった。
こうして黒澤が作り上げたその場面は黒澤自身もこの場面に思い入れが深いことが強く伝わってくる。那須妙子の死体を一度も見せずにその美しさを表現しているのである。
二人の青年の震えるような魂の描き方も忘れることのできない闇の中の場面である。

私はこの時の原節子のイメージが強くて一般に原節子というと小津の彼女を指すことが多いのだが私には那須妙子なのだった。
日本の物語としてはあり得ない女王的存在の美女を演じられるのは彼女の美貌でなくてはいけないのだ。

『白痴』と言われる無垢な亀田を人々は笑いながらも弾かれ愛してしまう。だが無垢であることはやはり難しいことなのだろうか。
純粋な愛とはなんだろうか。
赤間と亀田の不思議な友情にも強く心惹かれる。

監督:黒澤明 出演:原節子 森雅之 三船敏郎 久我美子 志村喬
1951年日本


posted by フェイユイ at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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