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2009年04月16日

『耳に残るは君の歌声』サリー・ポッター

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The Man Who Cried

なんとなく始まりどうなるのか判らないように進行し終わらないところで終わるというどこか散漫な印象の物語構成なのだが、この作品においてはこれがいいのだと思う。人生にきちっと起承転結があるわけじゃなし、一人の少女がどんな風に成長してどんな所を目指していくのか何が目的でどこがクライマックスなのか誰にも判らないのだから。

先日から入り込んでいるロマ=ジプシーが出てくるのだがこれが本当にかっこいい。(ここではロマではなくジプシーと言っているからそちらがいいのだろうが)迫害されながらも自由に生きて音楽を愛する民族として描かれているのだ。その音楽と踊りは情熱的で悲しみを含んでいる。深刻とまではなくても静かな重い雰囲気がある。私が今までジプシー=ロマに対して抱いていたイメージそのままである。それが先日『ジプシーキャラバン』と『ガッジョ・ディーロ』で彼らへの迫害と差別はもっと悲惨なものでありまた彼らの生き様と性格はもっと明るくぶっ飛んだものだと知ったわけなのだが。
つまりはこの作品でのジプシーはかっこいいものだったので「あ、みんな(というか一部の芸術家なんかだろうが)やっぱりこんな風に憧れているのだな」と納得もしたのだった。
主人公のフィゲレはロシアに住むユダヤ人村からイギリスへと逃れてくる。父親はそれ以前に働き口を探してアメリカへと渡っており、その後、貧しいユダヤ人村は迫害を受け焼き払われたのだ。
イギリスの裕福な家庭に引き取られ育てられたフィゲレはスージーと名づけられ英語を学ぶ。だが学校では話ができないことと黒髪であることから「ジプシー」と呼ばれ蔑まれる。
そんな折、旅のジプシーが通りかかりフィゲレ=スージーは彼らを見送るのだった。
90分ちょいの短い映画でありくだくだしい説明が省かれているからよく考えて観なければいけないだろう。
ユダヤ人であるスージーは無論ナチスから睨まれることになるわけだが、同じくジプシーたちもナチスの酷い弾圧を受けるのである。
歴史を知ってこの映画を観ることは怖ろしいことである。早く逃げろと言われているのに何故か留まろうとするスージーを見てるとはらはらしていつナチスが飛び込んでくるやらと肝がつぶれてしまいそうだ。そういう私はダンテと同じドイツ側じゃんということもあるがさ。
ロシア人であるローラもまたナチスを見て穏やかではいられないはずだ。
人種と言葉と宗教とが複雑に描かれた作品でもある。スージーもローラも母国語は隠して英語そしてフランス語を話さねばならない。そしてジプシーの言語も物語に加わる。
スージーは幼い頃歌の上手い父から聞いた歌を心に抱いている。そしてその歌声も父から授かったものでその才能が彼女を生かしていく。
物語が歌によってつながり変化しまたつながっていく。たった一人で生きていかなけらばならないスージーは歌によってどこかへと導かれていく。そしてそれはやがて父のいる所へとつながっていくのだ。
ロシア人であるローラ、歌の上手いダンテ、同郷の出だった大家のおばさん、スージーがそう呼ばれたことで気になるジプシーの人々そしてジプシーのチェーザー。愛したり憎んだりはしてもどこかで彼女とつながりがある人々なのだ。そして彼らにも様々な思い、人生があることをこの物語は細やかに描いている。そして彼らの運命もどうなるのか誰も判らないのだ。

本作でもローラ役のケイト・ブランシェットが魅惑的である。男を利用しようとして自分を見失いかけだがその男の冷酷さにさっと身を引いた彼女だが自由の国へと向かう途中でやはり命を失ったということだろうか。スージーを見捨てようとしながらそうしなかったできなかった彼女にほっとする。
そして何と言ってもこの映画の魅力はジプシー・チェイザーを演じたジョニー・デップだろうね。
ここでのジョニーは他のどれよりかっこいいんではないだろうか(ってこの前も書いたような)ジプシーの悲哀を着込んだ黒いほつれ髪のジョニーの眼差しにはまあ皆さんやられてしまうことだろう。
白馬に乗って走り去る彼、スージーの膝を広げていく彼のなんとセクシーで素敵なことか。
その愛を受ける主人公スージー=クリスティーナ・リッチ。ちょっとファニーな顔立ちが異国的で小さな小鳥であるフィゲレにぴったりだった。いつも睨んでいる彼女がやっと父親に会えて泣き出す時、彼女の願いの一つがかなったことを嬉しく思った。でもその成長する間に彼女はまた色々な思いや願いを持つことになる。
彼女がまたこれからも旅をしていくのだ。彼女の歌がその旅をまたつなげていくのではないだろうか。

冒頭スージーが荒波にもまれる場面はそのまま彼女の人生を表している。彼女は幼い時からずっといつ死んでも不思議ではないような波の中を生き抜いてきたのだ。
父親と別れた後、村が焼け出された時、小さな彼女が一人でよちよちと人並みに飲み込まれてイギリスへと渡った時、学校にも養父母の家にも馴染めずに孤立していた時(養父母は悪い人たちではないのに気の毒だった)パリでも身を持ち崩したかもしれないし、ユダヤ人だとナチスに知れた時は最も死に近づいていたかもしれない。そしてアメリカへ渡航中の爆撃。
だが死んだのは(多分)彼女以上に図太く生き抜いてきたローラのほうだった。フィゲレ=スージーはいつも誰かの助けを受けながら生き抜いてきた。不思議な縁がつながっていく人生なのである。

監督:サリー・ポッター 出演:クリスティーナ・リッチ ジョニー・デップ ケイト・ブランシェット ジョン・タトゥーロ ハリー・ディーン・スタントン パブロ・ベロン オレーグ・ヤンコフスキー
2000年 / イギリス/フランス





posted by フェイユイ at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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