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2009年04月25日

『BOY A』ジョン・クローリー

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BOY A

この映画は作り方で大事なものを隠している。
重要な部分を最初から見せてしまうのではなく少しずつ小出しにしていくので観る者はどうしても主人公に偏った共感を持ってしまうわけである。
彼はどうやら少年期に重大な犯罪を犯したようだ、と思ったらまた現在に戻って彼が懸命に更生しようとする態度を見せられる。そしてまた彼の少年時代を見せられると確かにぼんやりとして勉強は不真面目のようだが友達思いで優しい子のようだ。その友達はどうも不良らしい。そしてまた現在で少女の危機を救うヒーロー的行動を見せられ、また昔犯した犯罪で悪魔と言われ罵られたことが判り、現在の友人と恋人との関係を見せられ最後辺りでやっと主人公が友達と馬鹿な遊びをしているのを少女に咎められ口汚く言われたことに友人のほうが先に怒り主人公が後に従ってどうやら殺害したことが判るが「残酷な」と言われるその現場は映されないし、言葉でもどうやって殺されたかの説明はない。
ナンだか巧妙に主人公を弁護していくような映画である。

映画は映画なのでフィクションである以上映像で見えていることが真実なのかもしれない。
しかしもし殺された少女の立場に立って映画を作ったなら全く違う内容になっていたかもしれないのだ。
少女が生意気な言い方で人を傷つけたかもしれないが命を奪ってもいいほどの内容には思えない。またこの場面は「本当にあったこと」なのか「主人公の記憶の中のこと」なのか判らない。主人公が勝手に少女が「そう言った」と思っているだけかもしれない。本当はまったく違う言葉だったのかもしれない。映画が現在進行でなく過去を思い出すスタイルつまり主人公が思い出しているのか、神様(つまり作り手)が観客に真実を見せているのかは判らないことなのだ。

映画の中の時間軸をこういう風に扱うのはある作品では幻想的で効果的だが、こういう事実を知りたい作品にはまるで嘘を構築しているような思いに捉われる。しかも最後に主人公が愛したミシェルの登場と台詞は明らかに主人公の幻想である。これによってそれまでの過去の場面も主人公の幻想かもしれない、と言っているようだ。

この作品は犯罪を犯した青年が立派に更生しようとしたのにどこからか秘密がばらされて青年を追い詰めてしまうことへの問題提議をしたかったのだろうか。
そういう犯罪者が(この映画をそのまま素直に受け止めるとして)皆この主人公のように悪気はないのに巻き込まれて犯罪を犯していまった者ばかりなら可哀想かもしれないが、無論彼らの中にはフィリップの方もいる。現場が映されてない以上少女を殺害している最中の主人公たちがどんな心境だったのかは考えも及ばない。主人公は何一つ語っていないのだ。彼はガールフレンドとのセックスが上手くいかなかったことも語られている。もしかしたら殺害と言う行動なくして性的興奮を持てなくなってしまったのかもしれない。寡黙で説明はないのだから何も判らないのだ。

映画の作り方で主人公を庇護し、観る者を惑わせる。

彼のアドヴァイザーである男性の描写も疑問だ。息子を責めているが絶対秘密の重要な問題をパソコン画面に出したままだとか、パスワードは側に書いてあったとか、わざと息子にさせたようなもんじゃないか。それで彼を責めるってのも。そういう親父だからこういう風になったということなのかもしれないが。他の子供を大事にして自分の息子はおざなりというのはよくある話だがこの描写ではまるで「こういう犯罪者にかまけている暇があったら自分の子供を大切にしよう」と言っているようだ。

そして最後、主人公は投身自殺しようとみせて登場人物及び観客すべてに脅しをかけている。しかもここでも巧妙に死んではいない!!
参ったね。この主人公じゃなく作り手はどう思っているのか。女の子はずたずたにさせたんだろ?主人公はどうしてずたずたに切り裂かないのかい?

監督:ジョン・クローリー 出演:アンドリュー・ガーフィールド ピーター・ミュラン ケイティ・ライオンズ ショーン・エヴァンス
2007年イギリス


ラベル:犯罪 少年
posted by フェイユイ at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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