映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年05月09日

『戒厳令』吉田喜重

戒厳令.jpg

『226事件』と関係する作品ということで観たのだが、これは凄かった。
昨日見たクローネンバーグ『ビデオドローム』が平凡に思えるほどのシュールで摩訶不思議な世界である。別段異常な現象だとか奇をてらった行動をとるなんてことは全くないのだが、凝りに凝ったモノクロームの映像美の鮮烈さ、語られる言葉の難解さ、不気味なBGMも相まって何かしら怖ろしい空気が張り詰めているのである。
北一輝という人物について全く知らなかったのだがこれがまた奇妙な人物である。三國連太郎は怪演と呼ぶにふさわしい迫力で「片目の魔王」と呼ばれたこの人物を演じている。
彼の著書に感銘を受けた人々から師と仰がれ青年将校らによって515事件さらに226事件を引き起こしていくのだが当の本人は関わりになることを極端に嫌っている。
妻との会話は冷淡でこれも尋常でないものを感じるのだが、剃刀で首筋を剃っている妻からそれを取り上げ、自分の手首(といっても甲のほうだが)を傷つける。そして「私が幼い頃住んでいた島では子供が悪いことをすれば罰したものだ」だとか「私が怯えた時、いつも罰されていたが今は誰も私を罰しない。だから自分で罰さねばならないのだ」だとか言い出す。それを聞いた妻が「では今度あなたが怯えた時、私が罰しましょう」というと「そういうお前こそが怯えているのだ」とくる。
日本人でありながら中国の長袍を着て歩く姿は威厳があるが、三井家を訪ねてお金を出されたらあっさり受け取ったりと強さと弱さ、表と裏が際立って存在していたような描き方である。
人々への影響も示したいのか、控えめでいたいのかなかなか掴みどころのない人物なのだ。
どのエピソードも一風変わっているのだが一番の見所は北一輝と盲目の物貰いの老人との会話だろう。
壁を背にして金をもらっている老人は「陛下は私がこうしていることをご存知です」と言う「ではお前は陛下がおられる事を知っているのか」「いえ、私は陛下が私がこうしていることをご存知なのを知っているだけです」なんだか妙な哲学みたいで飲み込めないがこの会話こそがこの作品をそのまま表しているみたいなのだ。陛下とは無論天皇陛下なのだがまた別に「陛下はただおられるだけであっていがみあっているのはあちらとこちらだということではないか」みたいな会話もある。
なんだかこの国はよくわけのわからない不思議なものによって動かされていたのかもしれない。
またこういう微妙に危険な作品があり得たというのも不思議である。

先日の『226』が思い切りメロドラマだったのに対しこの作品の難解さはむしろ爽快ですらある。
秀逸な映像も三國連太郎の演技も見入ってしまう魔力がある。

監督:吉田喜重 出演:三國連太郎 松村康世 三宅康夫 倉野章子
1973年日本


ラベル:歴史
posted by フェイユイ at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。