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2009年05月21日

『ククーシュカ ラップランドの妖精』アレクサンドル・ロゴシュキン

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KUKUSHKA/THE CUCKOO

「不思議な」と形容したくなる映画は色々あったが、これはまたとても不思議な作品だった。
名前は聞いたことはあれどラップランドという馴染みのない土地が舞台である。すぐに思いつくのはムーミンが住んでいる場所というくらいだが、確かに彼らが住んでいそうなとても綺麗な風景である。観ているだけでも空気や水が冷たそうに感じられる。

冒頭部分は結構忍耐を強いられる。説明がないまま若いフィンランド兵士が岩場に鎖を杭につながれ置き去りにされる。彼は何とかして鎖を外そうと様々な試みをする。(この彼、マット・デイモンに物凄く似てる)
もう一つのエピソードが始まる中年のロシア兵士が秘密警察に捕まり車で連行される途中味方の誤爆で負傷してしまう。
この部分がかなり長く重苦しいので随分暗い映画なのかと思ってしまうのだが、そこに女性が登場する。
彼女はラップランド人で4年前戦争に行った夫の帰りを待っている。
タイトルどおり妖精がいて当たり前のような美しい自然の中にぽつんと彼女の家があるのだが丸太作りで何とも可愛らしい素朴な家である。高床の小屋もあって童話の世界みたいなのだ。
さて彼女アンニは負傷したロシア兵士を家に連れて帰り介抱する。そこへ杭から鎖を外すことができたがまだその鎖をぶら下げたままのフィンランド兵士がやってくる。

フィンランド兵士ヴェイッコとラップランド人アンニとロシア兵士はまったく言葉が通じない。しかもヴェイッコは裏切り者としてドイツ兵の軍服を着せられていたのでロシア兵は彼をナチスだと誤解して罵るのだった。
美しい大自然の中でたった3人しか生き残っていないような状況にすら思える。しかし時折認識できる単語はあるがまったく言葉が通じないということは本当に滑稽でもあり怖ろしい状態にも陥ってしまう。
アンニと若いヴェイッコは戦争を嫌い仲良くしようと思っているが中年ロシア兵士はアンニには好意を持ってもヴェイッコには敵対心しか抱けず、名前を聞かれても「パショール・ティ(くそくらえ)」としか答えない。ロシア語を聞き取れない二人は彼の名を「ショルティ(クソクラ)」と思い込みずっとそう呼び続ける。
すれ違うばかりでどうも頼りない二人の男に対しアンニは一人でさっさと家事をこなしていく。その力強さには見惚れてしまう。先日観た『コールドマウンテン』のルビーのような感じである。
実際人間に必要なのはどんな状況でも生きる為の食事を準備できる逞しさなのである。
そして傑作なのは4年間夫不在だったアンニが「いきなり二人も男が現れるなんて」と大喜びしていることで、特に若い兵士ヴェイッコのいい男ぶりに見惚れ彼が仕事を手伝おうとすると「触らないで。濡れてきちゃうじゃないの」と怒ったりする。無論言葉は通じてない。
アンニは決して美人じゃないがさすがに女に無縁だった二人の男はアンニに惹かれてしまう。
アンニが求めたのはヴェイッコだったのでロシア兵は嫉妬でおかしくなってしまう。
ある日、飛行機が墜落するのが見え、ヴェイッコとショルティはその場へ走る。それはフィンランドの飛行機でヴェイッコはそこにフィンランドが終戦しロシアと協定を結んだことを知り喜ぶ。だがショルティはいまだに彼をドイツ兵だと罵って飛行機にあった銃で彼を撃ってしまうのだ。

アンニは不思議なことを始める。撃たれて死にそうになっているヴェイッコの魂を死の国から呼び戻すのである。
彼は岩場に立っていて綺麗な少年(少女?)から呼ばれて下へと向かうのである。
この場面はとても不思議で日本人は日本の死後の世界のように感じてしまうのではないだろうか。
また私はル・グィンの『ゲド戦記』の第1話の中でゲドが死の国へ向かう者を戻しに行く場面を思い出した。とはいえル・グィンは『ゲド戦記』にアジア的なものを含めているのだから同じことではないだろうか。薄い太鼓を叩くのも仏教のそれに似たものがある。

ヴェイッコとショルティ(本当はイヴァン)は結局はアンニの元を離れ故郷へと帰る。
アンニはショルティとも関係を持ったのだが不思議にも双子の男の子が生まれそれぞれヴェイッコとショルティと名づけられたのだ。
ヴェイッコはいいがショルティ=クソクラと名づけられた方は気の毒だ。どうせ判んないとはいえ。(しかしクソクラって訳絶妙)

冒頭の重苦しい雰囲気を吹き飛ばしてしまうアンニの登場。日本人から観たら全然判らないことだが言葉の通じない3人が通じないまま生活をしていくおかしさ。通じなくても仲良くしようとするアンニとヴェイッコに比べロシア人ショルティの頑固な敵対心は馬鹿馬鹿しく思える。これは監督がロシア人だからこその設定なのだろうが他を侮蔑し攻撃する人間の浅ましさを描いている。一方素朴なアンニは彼らを時折叱りはするが二人の男が助け合っていたと思いこんでいる。ショルティがヴェイッコを撃ったのを後悔して慌てて彼女の家に連れ戻ったのも彼の優しさだと信じているのだ。
彼女の夫はとうとう戻らなかったのだろうか。
二人の男の子を産み二人の名前をつけて育てたアンニ。
素直に自然に生きることの素晴らしさを感じさせてくれる。

言葉の違う3人は考え方も違う。遠い国で馴染みの薄い場所だけに色んなことが面白く思える。
キノコが大好きなロシア人とキノコを食べるとおかしくなってしまうと信じてるラップランド人。サウナに一緒に入ることで少し仲良くなるフィンランド人とロシア人に対し垢を落とすと病気になると言うラップランド人。
作品中でヴェイッコがスウェーデンの大学に行ったがフィンランド人は馬鹿にされるという台詞がある。スウェーデンの小説マルティン・ベックシリーズの中でラップランド人の悪口を言う場面があり「僕の妻はラップランド人だ」とむっとする人物が出てくる。そういうことくらいしか知らない。
この映画を観たら皆この場所に行ってみたくなるのではないだろうか。誰もいないような静かで美しい自然の国。憧れる。

アンニの本名はククーシュカ=カッコウなのだ。他の鳥の雛を蹴落として自分の雛を育てさせるというカッコウの名を持つアンニ=ククーシュカが他人の子供を育てるという意味が込められているのだ。

監督:アレクサンドル・ロゴシュキン 出演:アンニ=クリスティーナ・ユーソ ヴィッレ・ハーパサロ ヴィクトル・ブィチコフ
2002年 / ロシア


ラベル:戦争 人種 言葉
posted by フェイユイ at 00:38| Comment(3) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
素敵な評^^嬉しいです。観たときの情景か゛蘇りました。私はもう4年程前に映画館で観たのですが、その時上映時プチプレゼントに“ベリースープ”というのを貰いました。何だろうと思ったらベリー類(ラズベリー・ブルーベリーなど?)が濃厚に詰まったお茶のような(すッッぱい!^^;)・・やっぱりスープでしょうか。北欧やロシのような日光の少ない土地ではきっとこうやって大地のビタミンを摂るのかな、と思ったりしました。
もう色々楽しい映画なのですが、私が楽しかったのはアノおうちとくらし。アンニ逞しいなぁと頼もしくって。魚を獲る用水路みたいな仕組み☆面白いし。
そしてオトコが現われたらアンニもしっかり“女”になって若い方を選ぶのが可笑しい。そして呪術で黄泉の国へ行きそうな彼を呼び戻す・・こういう世界観は世界共通なんだな〜と思いました。
全体にユーモラスな感覚があって楽しい。でもその中に声高でないが訴えているのは“人種”や“国境”ということ。世界中、どの国の人も同じなんですよね。
Posted by フラン at 2009年05月21日 08:35
度々すいません。今ふと思い出しましたがたしか“ラップランド人”て・・大島弓子「いちご物語」で主人公がラップランド人ではなかったかしら?私はこの作品で知った気が・・違っていたらごめんなさい。
Posted by フラン at 2009年05月21日 08:42
北欧・ロシアなんて場所は私にはほんとに物語の世界と言う気がします。特にラップランドなんて絶対ムーミンがいますね。

そうでした!!!いちごはラップランドから来たのでした!!
私はこの作品はかなり後で読んだのですよねー。慌てて読み直しました(笑)いちごはアンニとは随分違う〜^^;
空気は絶対綺麗でしょうねえ。行ってみたいです!!
Posted by フェイユイ at 2009年05月22日 00:31
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