映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年06月19日

『柔らかい殻』フィリップ・リドリー

Reflectingskinposter.jpg
The Reflecting Skin

フィリップ・リドリー作品。ほんとにこちらを先に観ることができたなら心底後悔してしまう。
というのはレンタルできるのが同監督作品では『聖なる狂気』というので以前これを観て記事としてただもう「つまらない」としか書いてないからなのだが。こちらを先に観ていたら絶賛とまではいかなくても世界観が掴めていたのにと思ってしまう。

とはいえ、昨日も書いたことだがつまらないと思うとすぐ忘れてしまう私だが、この2作品では監督の初作品であるらしいこちらの方が断然判り易く面白いのではないかと思う。
どうやら風変わりな監督として評価されていいると後で知ったが『聖なる狂気』では唐突に奇妙な場面が出てきたりするが『柔らかな殻』にはあまりそういう変な演出がなく(変な声を出して歩いてくる双子の尼僧くらいか。といっても二人の尼僧というのは「縁起が悪い」という意味があるわけで)

イギリス人監督が作り上げたアメリカ田舎の物語、という世界なのだろう。現実ではないような奇妙な感覚がある。
麦畑(?)の中にぽつんと建つ家の風景はワイエスの描いた『クリスティーナの世界』みたいだ。
主人公の少年もアメリカ映画によく出てくる悪ガキよりも少し線の細い子が選ばれているように思える。カポーティの小説に登場する少年みたいかもしれない。
物語は非常に断片的なのだが伝えたいことがクリアで面白く観れる。この辺は次の作品である『聖なる狂気』より優れているのではないだろうか。
ただどちらの作品でも感じたのだが、効果音だとか演出だとかが時々突然わざとらしくなってそれまでとても品格を感じさせているのを壊してしまうような個所がいくつかあってそれがこの監督の味だとも言えるのだろうが自分の好みとしてはやや幻滅を感じさせてしまう。
少年たちが吸血鬼と思う女性宅に侵入し目が合って「あーっ」と叫ぶとことセスがショックを受けた後大きな効果音が入る場面なんか、そして特にラストの夕日に向かって叫ぶのはなんだか急に大げさになって冷めてしまう。この辺のおかしな感じは『聖なる狂気』でも感じられるものだったので確かに監督の持ち味なのかもしれない。

蛙のおなかを膨らませ爆発させてしまうような残酷な遊び、顔色の悪いイギリス女性を吸血鬼だと信じたり、大きな車で徘徊しては子供や女を殺して楽しむような男たちに出会ったり、少年期が謎と恐怖に満ちているあの独特の狭くて奇妙で物悲しい感覚が描かれている。
途中で帰郷してくる兄は太平洋で核実験を行っていた兵士でどうやら本人も放射能に侵され病気になっているのだ。
兄が見せる不気味な写真、セスが小屋の中の卵のような容器から見つけた胎児、彼はそれを友人が天使になった姿だと思い持ち帰ってベッドで添い寝する。
セスがまだ何も知らない子供であり、その為に大人だったら恐怖する行為を恐怖と感じないことが恐ろしいことなのだ。

セスが車の男たちのことを黙っていたせいで父と友人と兄の恋人を死なせてしまった。原因の一端はセスが握っていたのに子供らしい思い込みが大事なものを失わせてしまう。
少年期の無垢がどんなに恐ろしいことか。
しかし大概の人間はセスのように理解したことで衝撃を覚えることもなく大人になってぼんやりと思いだすのかもしれない。

監督:フィリップ・リドリー 出演:ジェレミー・クーパー リンジー・ダンカン ヴィゴ・モーテンセン
1990年イギリス

ふぇでり子さんから教えていただき、にこにこ動画で鑑賞しました。ありがとうございます。
どこかでベン・ウィショーを思い浮かべながら観ていたような気もします。9歳の少年セスの役、ベンがそのまま演じてもいいような気がしてしまうのです。ヴィゴはそのままお兄さん役でやって欲しいんですけどねえ。


ラベル:少年 恐怖 犯罪
posted by フェイユイ at 23:14| Comment(5) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この無邪気にネジくれた少年の世界はベンに似合うと思います。少年時代のベンが演じるのも想像したけれどここはあえて今のベンで観たい、と思う。
ヴィゴ・モーテンセンをそのまま兄だとすると似てなさ過ぎてすごいけどそこは異母か
異父兄弟という設定にでもして。

残酷な美しさがあって時々思いだして観たくなるような映画です。ただフェイユイさまがご指摘のようにあの大げさすぎる効果音か!?!?で。
最初どう受け止めていいか分らなくて、この幼い少年にとっては断頭台にあがる位の衝撃や緊張を伴うものなのだという表現なのかと思ったりしました。でも「聖なる狂気」でも
そういった感じがあるなら監督の持ち味なんでしょうねぇ・・・
Posted by ふぇでり子 at 2009年06月20日 22:54
そうなのです。少年期のベンじゃなくて今のままのベンでいいんですよー!!不思議。
ヴィゴにどつかれたり変な写真を見せられて困っているベンが見たい(笑)
車の男から唇を撫でられるベンも。わーい。

とても魅力的な映画でした。観ることができてよかったです!!
違和感はふぇでり子さんも感じられていたのですね。
この辺がちょっと引っかかるのですが、この作品の雰囲気はベンに演じて欲しいと思わせてくれます。
Posted by フェイユイ at 2009年06月21日 01:17
ふぇでり子さんご紹介のニコニコ画像で観ました。少し現実味のない絵画のような光景の中で起こる、ドロドロの現実をシュールなブラックコメディーとして創りあげている気がしました。だからあえて、効果音とかも『あれっ?』って思うように漫画っぽくなってるような。映像は画家でもある監督さんならではの素敵な構図が盛りだくさんで、フェイユイさんのおっしゃる、ワイエスの絵を彷彿とさせる空気感ありましたね。

あの少年が直面する過激でねじれた数々の体験とはいかないまでも、実際子供は世の中にある残酷なことを、知らず知らずのうちに見たり、知ったりしていく。と、同時にイノセンスを失い、やがて大人になる。社会で日常茶飯事に起こっている事実…動物虐待(まあ、これは私も昆虫とかやりましたね)、子供虐待、性的虐待、暴力、核実験、戦争など…現実に対して、うまく対処できていない、時には真剣に対処しようともしていない大人たちを、少年の目を通して批判しているような気がしました。

Benが出演したこの監督原作の舞台『Mercury Fur』も、子供虐待や人種差別を含めた社会批判やタブーが盛り込まれていて、演出のされ方がかなり過激だったのか、不快に思って席を立つ人も毎回のようにいるようでした。児童文学の著書も多数ある監督とのことで、子供のために大人がどうあるべきかということをふまえて、色んな作品づくりをしている方なのではと思われます。また、監督の作風なのか、現実をそれらしく描くのではなく、ブラックコメディー風に仕上げることで、目を背けたくなる現実をうまく浮かびあがらせている感じがあったかなーという気がしました。ちなみに、あのドルフィン役の女優は『Chriminal Justice』で、Benにウソの自白を強要して裁判をさっさと終わらそうと企んだ弁護士を演じた方ですね。あの時はブロンドのボブヘアでしたね。
Posted by はーや at 2009年06月21日 18:08
そうでした。リドリー監督はまず画家でもあったんですよね。この作品が絵画的なのはそういう訳ですね。
子供の目を通した作品っていい映画になる場合が多いような気がします。というと監督に対して失礼な言い方になってしまうのかもしれませんが子供の目を通す、ということに意味があるから、なのでしょう。

ドルフィンさん、アレに出てた方だったのか
。うーん、いろんなところで繋がりがあるのですねー。
それにしても名前がドルフィン・ブルーってかなり不思議な気がします。そんな名前の人っているんでしょうか?
Posted by フェイユイ at 2009年06月22日 00:18
はーや様色々教えていただいて有難うございます。この監督の児童文学の著書というのは興味深いですねー。
画家でもあるそうですが絵画的センスも感じる画面でした。

とある日本人作家の、相当出来が悪いのに私は好きな小説があるんですが、作者はこの映画を観て書いたような感じがします。

ドルフィン役の女優さん
『Chriminal Justice』の弁護士と指摘されるまで気が付きませんでした。
Posted by ふぇでり子 at 2009年06月22日 00:31
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