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2009年08月22日

『ホーリー・スモーク』ジェーン・カンピオン

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HOLY SMOKE

これは面白かったなあ!!何がどこが面白いのかというと上手く言えない気がするが、非常に変てこで楽しめた。セックスと宗教を絡めて変な展開になっていく辺りはキム・ギドクを思わせてしまう。ということは非常に惹かれる者と毛嫌いしてしまう者とに分かれてしまうのだろうな。こういう性を露骨に描いて異常な愛を見せつけられることを嫌う人は多いから。

カルト宗教というのが胡散臭いならカルト脱会専門家(なんていったっけ?)というのも最初から胡散臭い。
インドの変な宗教家にのめり込む娘がいけないなら娘の若い肉体を女神に見立ててのめり込む中年男も同じこと、っていう話。
やっぱりこれって女性であるカンピオン監督が男性性に対して皮肉っていると思うんだけどねえ。でもそこで単に突き放すだけじゃなく娘にも中年男にも救済を用意してくれる最後にはにんまりだったけど。

狭い路地に人間が溢れだすようなインドの街と全く何もない平原が広がるオーストラリアがまた対照的だでオーストラリアの景色の色合いが奇妙に強烈なのだった。
この物語の中で他にはあまり見られないと思ったのは宗教の扱い方でカンピオン監督がどの宗教に属しているかは判らないがもしキリスト教で育っているのならこの表現は面白い。
若い女性ルースが洗脳されてしまう、という出だしから始まる物語で、インドの宗教など胡散臭い、と思ってしまうのがキリスト教徒なら当然なのだろうが、同じ白人である男がルースに対して持ってしまう欲望と行動を見せつけ、最後に結局ルースがインドでなお一層信仰を深めていく、という結果しかも最初嫌悪していた母親までもがインドで奉仕活動を始めるという落ちはキリスト教民族には恐ろしい結果なのかもしれない。ヒンドゥーを胡散臭いとするキリスト教徒である家族がルースの無事を祈る姿は、つまり捜索するのではなく「祈り」といういわば意味のない行動を取っているのは同じく胡散臭いと言っているように思える。

この映画を観たなら誰もきっとルースを演じたケイト・ウィンスレットの色香がはち切れそうな肉体から溢れているのを眩く観てしまうだろうし、この憐れな「専門家」である中年男に同情と嫉妬を持ってしまいそうだ(特に男性は。私は女だがまったく見惚れました)
彼女と二人きりで過ごす数日は彼にとって神とも悪魔とも過ごした数日だったろうがこの上なく幸せな日々であったに違いない。始めは女を救おうと思った彼が彼女にすがりつき最後には救ってもらうことになる。彼女を女神と思いひれ伏す彼は至高の喜びを感じていたはずだ。
ルースにとっては彼に対しても自分に対しても嫌悪を感じることが多い日々だったろうが打ちのめされた中年男を見て最後には抱きしめる彼女はそこで本当に思いやりの気持ちを持つことになったわけでインドではなくオーストラリアの大平原の中で確かに彼らは真理を見たのだろう。他の者には単に異常行動としか見られない形の真理追究だがそれこそがカルトの異常行動と同じだと表現している。

彼らの究極の真理追究が終わりそれぞれが自分の道を進んでいくことで物語が終わる。
常に胡散臭いと否定されるカルト(と言ってもこの作品の場合どういうものなのかはよく判らないが)に入ることを肯定している作品でもあり、他にない面白さを持った作品だと思う。

監督:ジェーン・カンピオン 出演:ケイト・ウィンスレット ハーヴェイ・カイテル ソフィー・リー ジュリー・ハミルトン ダン・ワイリー ポール・ゴダード
1999年 / アメリカ/オーストラリア

しかし同じカンピオン監督の新作『ブライトスター』(ベン・ウィショー主演)はこの映画とは随分違うストイックな予感がするわけで、カンピオンに激しい性描写を求める方にはどういう受け止め方になるのか。
と言ってもあのポスターで女性に甘えるキーツの図と本作で中年男がルースにすがるシーンは似通ったものを感じるが。
「風変わりな愛」という点は同じものなのだろう。楽しみである。


ラベル:宗教
posted by フェイユイ at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | オセアニア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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