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2009年08月29日

『幽霊と未亡人』ジョセフ・L.マンキーウィッツ

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The Ghost and Mrs.Muir

先日観た『イヴの総て』がなかなか面白かったのでジョセフ・L.マンキーウィッツ作品をもう少し観たくてレンタルした。
『イヴ』より少し前の作品である。舞台はイギリスで「20世紀になったのよ」という台詞があるからそういく時期なのだろう。馬車と自動車が共存し、貴婦人はきついコルセットのドレスを着用している世界である。

『イヴの総て』もそうだったがとてもテンポがよくあちこちにジョークが散りばめてある楽しい映画である。
未亡人になったルーシーが本来なら夫の家族と住むべきところを「自由に生きたい!」と宣言し、泣きじゃくる義母と怒る小姑を後にする。
まだ幼い娘と何かと彼女を心配してくれる心強いメイドのマーサと共に住むのに選んだ海辺の家はなんと幽霊が出ることで不動産屋を悩ませる家であったのだ。

幽霊はその家の元の住人であるダニエル船長であった。
船乗りだった彼は言葉が荒々しく上品なルーシーとは何かと反発しあうのだったが、いつしか二人は口にはしないが心惹かれあう。
ある日、ルーシーが頼みの綱にしていた亡き夫の株券が紙切れ同然になったと小姑から告げられる。
そうであれば何の蓄えもないルーシー親子は元の家に戻るしかない。
ところがダニエル船長は「わしに任せとけ」と言い切るのだった。

幽霊とか言ってもレックス・ハリソンがそのまま登場してルーシーには見えるけど、他の人間には見えない、という至って簡単な演出である。(つまり役者がそこにいるのに見えないという設定で演技する)
上品な貴婦人がいきなり男の声で下品な言葉を言う(と周りの人間には思える)というのがおかしいし、住む世界の違う船長とルーシーの会話がとても楽しい。そしてルーシーは彼の経験を小説に書き起こすことになり多額の印税を手にすることになる。
そこへルーシーに求愛する男が登場し、胡散臭いと思いながらも船長は彼女のために姿を消すことにする。眠っている彼女に今までの自分との出来事は全部夢だったと暗示をかけて。

大変楽しい前半のコメディから後半は世間知らずの貴婦人ルーシーが既婚者である男の求婚を真に受け、真実を知って打ちのめされ、その後娘が結婚する場面へ移っていく。
そこで実は娘もダニエル船長の幽霊と親しくなったことを打ち明けられる。ルーシーは封印された記憶を取り戻せず、夢だったのよ、と娘に言う。
次の場面は老いたルーシーであり、同じく老女であるマーサに世話を焼かれている。
マーサが部屋を出ていくと椅子に座ったルーシーは息を引き取る。そこへあの時と同じ姿のダニエル船長が現れ、出会った頃のルーシーの姿になった彼女は彼と同じ霊となって家を出ていくのだ。

非常によくできたロマンチックラブコメディで最初思い切り笑わせ、最後でしんみりと涙がこみ上げてくるという仕組みになっている。ヒロインが最初から娘つきの未亡人なので大人の為の作品といえよう。

『マイフェアレディ』でも男っぽい役であったレックス・ハリソンが荒くれ男だがルーシーを心から愛する素敵な幽霊として登場。
ルーシー役のジーン・ティアニーはチャーミングな未亡人ぶりが素敵でちょっと色っぽすぎるかも。
娘が成長した時をナタリー・ウッドが演じている。
とても優れた作品で楽しめたのだが、現在の目で見れば昔の女性特に貴婦人って悲しいものであるなあと言うことも感じてしまう。
これは作品自体への疑問ではない。
未亡人ルーシーが何の支えもなくなった時豊かな経験を持つ幽霊の船長が自分の体験したことを小説にしてルーシーに書かせる、というのは話としては荒唐無稽だがいきなりルーシーがベストセラー小説作家になるというよりは現実的なのだ。
結局「自由に生きたい!」と宣言したルーシーは何もできないままだ。
メイドのマーサに言うように彼女は何もできない貴婦人でしかない。
家事も下手なのでマーサに「支度ができるまで昼寝をしてなさい」なんて言われてる。夫の遺産を頼りにし、それが駄目になれば幽霊男を頼りにする。次は実在の男を頼りにし、裏切られてそのまま男を信じられずに一生を終える。
当時のレディというものはそういう存在だったのだろう。メイドに身の回りの世話をしてもらわねば何もできない。
そんな彼女の得た自由というのは人に気兼ねをしなくてすむよう一人で生きる(メイドは必要だが)ということだったのだ。
海に生きた荒くれ男の船長もまた生きている間は女性への思いやりができない男だったのだろう。孤独の中で死んでいったのだ。
生きてきた世界は全く違うがどこか似通った船長とルーシーは霊になってやっと結ばれるのだ。
今の感覚で見ればどこか歪んだ世界にいる二人なのだがだからこそこの映画のラストの二人に静かな悲しさとそれ以上の幸せを感じてしまうのかもしれない。

この映画で私が一番反応したのはダニエル船長がルーシーに向かってキーツの詩を口ずさむ場面だったりする。むろんベン・ウィショーが『ブライトスター』で演じるのが詩人キーツだからである。
海の荒くれ男で言葉も乱暴なダニエル船長が美しいキーツの詩を暗唱できるほど知っている、というのが驚きだという演出なのだろうから。キーツのいうのはそういう存在なんだなあ、などと感心し喜んでいる無学
の自分であるわけで。
ナイチンゲールという題の「海の最果てで魔法の窓が開きその先には美しい世界が」という一節だった。
(調べてみたら『ナイチンゲールに捧げるオード』という詩で「またその声は時に魔法の扉を開かせ 危険な海の泡を見せた 寂寥とした妖精の土地に」というのかもしれない。かなり違う感じ)

監督:ジョセフ・L.マンキーウィッツ 出演:ジーン・ティアニー レックス・ハリソン ジョージ・サンダース ナタリー・ウッド
1947年アメリカ


posted by フェイユイ at 00:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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