映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年09月05日

『ドクトル・ジバゴ』デビッド・リーン

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Doctor Zhivago

再観とは言え、昔観た時は殆ど意味が判っていなかっただろう。何しろ全くストーリーも覚えおらずところどころの印象的な場面のみが記憶に残っているだけだったのだから。
今こうして観てなんて美しく面白いドラマだったのかとやっと涙をこぼすことができた。

大河ドラマの醍醐味とはこういうものなんだろう。大きく動く歴史の中で様々な人間たちは愛し合い憎しみ合いながら戦い続けるが小さなその存在は時のうねりの中に飲み込まれていく。
そしてまた何と言っても主人公ユーリ・ジバゴを演じるオマー・シャリフの素晴らしさはもとよりそれぞれのキャラクターがとても個性的で魅力ある。
オマー・シャリフは昔観た時、何故『アラビアのロレンス』でアラブ人なのにこれでロシア人がやれるのか彼は一体何者?となんとも子供っぽい疑問に包まれたが今観ても黒髪に大きな茶色の瞳、背が高くがっしりした体格で見惚れるほど彫りの際立った顔立ちはロシア人だと言われればそうなのかと思ってしまうから不思議だ。実際はエジプト人でおられるようだ。熱情のこもったまなざしで知性的、ラーラを愛してしまいながらも幼馴染で従姉妹でもある妻トーニャのことも愛しんでいる。他の男だったら絶対許せないのだが、純粋で一途で真面目なユーリを見ていると彼の愛は間違っていない、と思わせられてしまうのだ。これはもうオマーのあのまっすぐな眼差しに騙されているに違いない。さらっとした前髪にも。
彼を愛し愛される二人の女性もまたどちらもいい人なのだ。とはいえ、これはこの激動の時代だからこそ三者とも激しく熱い愛を持って相手のことも納得できるが平和時であれば逆に成り立たないものではないだろうかねえ。ユーリがあの状況を越えてきたことを憐れむからこその許容であると思うが。
ユーリだけでなくコマロフスキー、パーシャ=ストレルニコフ、ユーリの兄からも愛されることになる美しいラーラを演じたのがジュリー・クリスティ。金髪と青い目がとても清純でありながらコマロフスキーが母と関係のある男と知りながら彼の手に落ちてしまう。この悪党もラーラを侮蔑する言葉を言いながら彼女を助けようとするのはやはり彼女の美しさを認めていたからなのだろうが。
彼女とは対照的にユーリだけを愛し家庭的な女性として描かれるのがトーニャ。演じるのはジェラルディン・チャップリン。ホントはもっと複雑な心境だったと思うのだが。ユーリの優しさと美貌は捨てがたいよねー。
ラーラの友人として登場し彼女の夫となるパーシャ。ロシア革命の為にその情熱を捧げる。丸眼鏡に顔の深い傷。そしてその表情もいかにも革命の闘士といった面持ちである。トム・コートネイが演じている。ちょっとかっこいいんだよね。
そして悪党、ヴィクター・コマロフスキー。ユーリが受け継ぐはずの父の財産を横取りしたり、ラーラの母とラーラを同時に騙して肉体関係を弄び、口汚く罵って捨てる。かと思えばそんなラーラを心配して遥かなる大地を渡って助けにきたり、かと思えばラーラとユーリの娘カーチャを騒乱の中で手放して行方知れずにしてしまったり(わざとなのかよく判らない)というとんでもない薄汚い輩なのだが、そのくせあちこちに人脈を持つ。つまりこの物語をあらゆる場面でかき回しているのがこの男なのだ。演じているのがロッド・スタイガー。彼なしでこのドラマの面白さはあり得ない。
謎の人物エフグラフ。ユーリの兄でありボルシェビキの幹部でもある。物語はまず彼の登場から始まる。彼は亡くなった弟とラーラの遺児を探しているのだ。極東の地ではぐれてしまった娘トーニャに伯父として出会いたいと望んでいるのだった。
彼はこの冒頭と最後の場面のみ言葉を話す。途中何度か弟ユーリと出会うシーンがあるのだが、全く会話をしない、という演出になっている。
この演出はむしろ不自然にすら感じるのだが、同時にその為非常に印象的な人物として意識させられる。愛にあふれた豊かな感情の持ち主ユーリと対照的に兄エフグラフを冷徹なボルシェビキとして印象付けるために血の通う会話を一切させなかったのだろう。(とはいえ、彼は弟に同情し助けの手をのべているのだから冷酷には見えない)時間が経過し弟の娘が行方知れずになっているのを探し保護したいと思う彼はもう人間的に会話をするのである。

裕福なのユーリとトーニャの家庭。ユーリは医師であり有名な詩人でもある。ラーラの母娘はまずまずの家庭だが裕福なコマロフスキーの支援を望んでいる。パーシャは貧しい出で苦学生である。
そんな彼らがロシア革命という時代の中で生き方も存在も何もかもが変わっていく。豊かだったユーリたちは大きな屋敷も家具も平等に分けていくという共産主義にすべてを奪われていく。
医療で知り合ったユーリとラーラは互いに惹かれあう。ラーラと別れたユーリは家族と安全を求めての遠い地への旅、そしてユーリは馬賊に捕えられ家族と離れ離れになる。
凍りつく大地を歩き続けるユーリ。ラーラとの再会。そしてまた別れが。
裕福な育ちのユーリは決してロシア革命を望んでいるわけではなくただ医療と詩作に熱心で妻思いの家庭人なのだ。そんな彼がラーラとの許されないはずの愛に落ちたのも時代のせいだったのだろうか。
そしてまた時が過ぎ成長した彼らの娘がユーリの兄によって見出される。父母の記憶を何も持っていない彼女は突然のエフグラフの申し出に戸惑う。これという確かな証拠は何もないのだ。
だが最後にエフグラフはトーニャがバラライカを背負うのを見る。エフグラフたちの母はバラライカの達人であったのだ。「血筋は争えない」と彼はつぶやくのだった。

作品中繰り返し流れるバラライカが奏でる『ラーラのテーマ』そして親子のつながりを感じさせるバラライカが時代の証人であるかのように絶えず画面に登場するのだ。

監督:デビッド・リーン 出演:オマー・シャリフ ジュリー・クリスティ トム・コートネイ アレック・ギネス ジェラルディン・チャップリン リタ・トゥシンハム ロッド・スタイガー エイドリアン・コリ イングリット・ピット シオバン・マッケンナ
1965年 / アメリカ/イタリア


posted by フェイユイ at 23:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この映画も果たして何回観たことか・・見出すと止まらす゛(例えばテレビとかで偶然やっていたりすると)最後までみてしまう。〜もうあの♪音楽だけで駄目です〜滂沱。^^;
冒頭ロシアの荒野でのお葬式シーン、ジバゴ少年役は本当のオマーシャリフの息子です確か。可愛い〜!(涙)◎ロシアの厳しくも圧倒的に美しい自然と大地を愛した詩人ジバゴの数奇に満ちた人生。うねりゆく歴史とそれに翻弄される人々の人生・・それらの人々を演じる役者陣の豪華なこと!!!フェイユイさんが前出された以外に冒頭&ラストにラーラとジバゴの娘と目されるあの彼女は『蜜の味』のリタ・トゥシンハムです。この頃イギリスで“怒れる若者達”というモーブメントがあり、パーシャ役のトム・コートネイは『長距離ランナーの孤独』主役で有名。過酷な貨車での移動時護送される囚人役の素敵なあのヒトは、ナスターシヤキンスキーのパパ・クラウスキンスキー。アレックギネスも素敵ですワ〜。
数々の名シーンに溢れていますよね。私が印象的なのはデビッドリーンらしい、広大な雪の大地でのコサック兵との戦闘シーンであるとか、市民のデモ隊に軍が発砲するシーンとか、華麗に映し出されたロシアの四季であるとか。。リーンの映像は本当に素晴らしい。
ラーラは悪女だったのでしょうか。正直すぎる女性・・なのかもしれませんね。
Posted by フラン at 2009年09月06日 21:01
私は本当に久しぶりの観賞で、感激しました。音楽だけは何度も聞く機会がありますけどね。

あの男の子は息子さんでしたか!よく似た少年がいるものだと感心してました。
コートネイのクールな眼鏡顔に参りました。あーあの人がキンスキーだったんですね!出演者名を見て誰だったっけと思ってました。

記憶に残ってたのはジバゴたちが逃げ込もうとした田舎の城みたいな豪邸。彼らは入れなくて門番小屋みたいな家に住むことになりますが、後でラーラとジバゴが逃げ込んだのが真冬だったので中がまるで氷の城みたいになってるのがきれいでした。。
エジプト人のオマーさんは寒かったでしょうねえ!!家の中がそのまま凍ってるなんて考えられません。
ラーラって美人なのに凄く不幸な運命の女性なんですよねー。彼女の生きざまを後世書き記したら「次々と男を虜にした女」みたいに書かれてしまいそうです。その時その時でそうなってしまう運命だったのでしょうけど。あの曲は『ラーラのテーマ』というタイトルであの曲が彼女のことを表現しているような気がします。
Posted by フェイユイ at 2009年09月06日 22:45
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