映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年11月28日

『ローズマリーの赤ちゃん』ロマン・ポランスキー

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ROSEMARY’S BABY

この映画のことを自分はちらりと観ただけにすぎないと思っていたのだが観ているうちに全部観ている、と思いだした。
それに気づいたのはローズマリーが新居のアパートの洗濯場で出会った若い女性がペンダントを見せた場面である。
編んだような細かい細工の施された球体のペンダントでその中には「タニス草」という顔をそむけるほどきつい匂いのものが入っているのだ。隙間から出るその匂いで周囲の人が気づくほどなのだが、映画そのものよりそのペンダントが記憶に残っていたらしく時折思い出しては「何の記憶なんだろう」と思っていた。それ自体が内容に深く関わってくるのではないのだが、ローズマリーがこの物語の中に導かれていく最初のきっかけになっていたのではないだろうか。

こうして観てみると無論評判通り非常に面白く作品としての完成度というのか演出・構成など実に卓越した技術で見入らせてしまう。
では何故覚えてなかったのか。
これはもうこの作品があまりに自分に嫌悪感を与えるぞっとする仕上がりなので封印してしまったのではないか、とさえ思ってしまう。
キリスト教徒ではないので悪魔の話などは興味本位で楽しめるものだし、そういう話が嫌いなわけではない(実を言うとそれほど好きではないが)誰も信じられなくなるというサスペンスやホラーは大好きである。
では何故か。
最も嫌な気持ちになるのはミア・ファローの演技とローズマリーの描き方である。
ミアの演技が比類ないほどうまいのは判る。まるでいたいけな少女のように見える大きな青い目や細い体がこういう映画には得難いほどの魅力であるのも彼女のか弱さがよりサスペンスやホラーをかき立てるのも判るのだが。
やはり時代のせい、というのもあるのだろうが。昔からこういう男性や周囲の言いなりになっている女性を描いたものが嫌いだった。しかも窮地に追い込まれるとあたふたと間抜けな行動を起こし結局何もできない。だからこそ物語が面白くなるのだろうが、どうしてもこういう話が嫌なのである。
自分の生活の場に他人が入り込んでくるという物語がまず嫌いでそれを言いだせない、という設定の主人公のほうにむかついてしまう。何故いちいち亭主に相談するのかが理解できないし、こうだと思えばさっさとやってしまえばいいのである。
でもそれではこの物語が成立しない・・・・。
か細くて誰かを常に頼っていなければ生きていけない女、そういう女だから悪魔に見こまれたのだろう。悪魔だって強情な女に手を焼きたくはないはずだ。
だんだんやせ細ってめそめそめそめそ。だんだん苛々して早く死んでしまえ、という気持ちにさえなってしまう。
そして最後の最後で悪魔と戦うか!(つまり赤ん坊を殺すのか)と思ったら悪魔と手を結んでやんの。てめえには自我というもんがねえのか!

あああああ。女って。
っていうか。
こういう風に女を描くことって?
やはりポランスキーという監督には女とはこういうものだ、という意識なのだろうね。
なんも考えてなくてわがままで、セックスを求めて、子供を欲しがって、魂を悪魔に売った夫に唾を吐きかけるが、自分もなりゆきまかせなのに夫を軽蔑できるのか。それで最後は母の愛は強し、ってそうか?ただ流されてるだけにしか思えない。
いやその通りなのかもしれないが。

しれないが、嫌だ、こんなうじうじした偽善的な女なんて。
では、どんなのなら好きだったのか。
ローズマリーと夫が逆になるのである。
なかなか芽が出ない夫の為にローズマリーが悪魔と契約するのだ。夫は急に湧いた幸運に驚く。
夫が泥酔し気絶した間にローズマリーが妊娠する。「あなたが酔っぱらってやったのよ」と言われ納得する。無論実際やったのは悪魔。
嫌っていた隣の老夫婦と仲良くなるローズマリーに夫は苛立つが彼女は自分の妊娠を盾に夫を説得する。ハッチがローズマリーの異変に気付き彼に教えようとするがその前に死亡。残された本で夫はローズマリーの契約に気づく。
出産を目前にして夫はなんとかして彼女と悪魔崇拝者たちを切り離そうとするが逆に監禁されて彼女は出産。悪魔の母親として威厳を持っている。
という筋書きだ。ラストはかっとなった夫が赤ん坊を殺すか、多分続編の為に生き残るか。

面白いかどうかは保証しないが。

そして好き嫌いは別として本作が名作として残るのは確かだろう。ミア・ファローのぶりっ子としか思えない仕草もおえーっだが(受話器のコードを噛むとか、唇を噛むとかがキモ)ポランスキー派の趣味嗜好やはりロリ系を好む方々にはたまらんのかもしれんし、なんといってもこの作品自体のうまさは確かなもので苛々させる悪魔集団のおせっかいぶりも含め(なんで悪魔一派ってあんなに世話焼きなんだ?)そして妊娠した女性の不安やつわりなどの体調不良をサスペンスと絡ませるうまさ。この部分は男女が逆だと演出できないのだ。
今回何故自分がこれを忘却の彼方に追いやっていたかも判り、何故こんなに嫌なのかも認識できた。
そういえば先日観たポランスキーの『オリバー・ツイスト』も作品完成度の高さは評価するが締めくくりの監督の意思に反感を持ったのが何故なのかもこれで明白となった。

技術は高さは認めるががどうやら好きではないようだ。

ポランスキーの『吸血鬼』も観る予定である。
さてどう思うか。
自分自身の趣味の問題ながら、なんだか期待してしまう。

本作の夢の場面のあの雰囲気は凄く好きだ。ローズマリーの不安定さ、不安感が幻想的に描かれている。

監督:ロマン・ポランスキー 出演:ミア・ファロー ジョン・カサヴェテス モーリス・エヴァンス ルース・ゴードン シドニー・ブラックマー ラルフ・ベラミー チャールズ・グロディン
1968年アメリカ


posted by フェイユイ at 00:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
^^;いやはや〜^^;『吸血鬼』の方のレビュも読ませて頂きましたがフェイユイさんにとってポランスキー作品はつくづく“嫌悪のツボ”を刺激してしまうもののようですね。もうこの先無理して?見なくとも・・(笑)実は私はフェイユイさんが嫌悪した辺りは全く感じないばかりかむしろ全体の雰囲気は大好きで、時々観たくなる程です。クセになっちゃうのです。好きな人は好き;カルト作品ですね。。夢のシーンなどは私は特に旨いと思います〜好きです。好き嫌いは理屈でないですものね。
おたおたした自信なさげなぶりっ子オンナがお嫌い・フェイユイさんは。男性ならいいけど?、、オンナの武器を前面に出してるのが嫌?ミア・ファローの個性は独特ですね。
時代が一緒のようで、夫役カサベテスもミニー役ルース・ゴードンもコロンボでゲストスター(犯人役)出演。ミッチ役の彼もコロンボ作品の何処かでみたと思います。
Posted by フラン at 2009年11月29日 00:24
おどおどしてる男は(ベン・ウィショーとかティム・ロビンスとか)大好きなんですが女性は男らしくてしっかりしてる人が好き(笑)

無理して観ようと思ってるわけじゃないんですが(笑)ずーっと観なきゃと思ってた監督ではあるのでできるだけここらで観ておこうと。『チャイナタウン』観る予定です。これも本当は一度観てるはずなんですが^^;全く覚えてなくて。鼻を切られるとこしか。

演出のうまさは物凄いですね。夢のシーンは私も凄く好きです。あの感じたまんないですね。書き損ねたなー。書き足そう。
技術的な面は大好きと言っていいのに、キャラクターが好きになれない。逆もあるんですよね。人間が好きなのに下手だって人も。
でも結局好きになるのはそっちの方なんですよねー。両方いいなら一番ですが。
 
色んな人の『コロンボ』出演、楽しみです。
あ、同じように女の武器を使ってるって感じの『華麗なるギャッツビー』のミア・ファローは好きです。あの時もバカっぽいのですが、何故かなあ?きっと馬鹿のふりしてしたたかな感じがするから、でしょうか。
なのでミア・ファローが嫌いなわけではないと思います。
Posted by フェイユイ at 2009年11月29日 00:57
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