映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2010年01月01日

『刑事コロンボ 完全版 Vol.12』「白鳥の歌」

先日の大好きなロボットものから今夜は苦手なカントリーミュージックもの。でも作品自体は非常に面白いもので
ウェットな味わいを持っているところは昨日の作品と共通していた。続きの2作品というのはどこかそういう
共通点があるものなのかな。

一体どういう成り行きで刑務所に入っていた今回の犯人が被害者である「妻」によって刑務所から「出られる」ことになったのか、
は判らない。「名義上の妻」にその秘密を握られている彼は素晴らしいカントリーの歌唱力を利用され人気歌手になって
働き続けることを強いられる。そしてその利益は全て「妻」が信仰している宗教団体の教会建築の為に貯蓄されるのだった。
もともと刑務所に入っていてしかも「私が助けなければあなたはまだ刑務所にくすぶっているのよ」というところから
相当重い罪だったのだろう。さらに若い女性に対して抑制が効かないのか妻の宗教団体に属している当時16歳の少女に
猥褻行為を行ってしまったようでその点でも脅迫を受けているのだ。(もともとの罪も同じようなものだったのかもしれない。
「妻」がやたらと女性関係を気にしているのを見ても)そういった罪を行っていたとはいえ、本人がその気もない宗教団体の為に
ただ働きさせられ何の自由もない、というのは犯罪場面がないせいもあって同情してしまう。「悪魔」と罵りながら人間性を無視して
人を酷使するこの女性に一体なんの神がついているのか理解しがたい、というか逆にまあ理解できてしまうのではあるが。
彼の唄う歌に残念ながら訳詞がつかないのでおぼろにしか判らないが「私は光を見た。もう暗闇はいらない」という繰り返しの
歌はまるで彼の心情そのままのようである。彼にとってこの生活はやっと抜け出たと思えた刑務所生活にまた引き戻されたか
それ以下の闇のような状況だったのではないだろうか。勝手に想像するしかないが彼を救ってその才能を利用し金をも儲ける「妻」の宗教団体
というものはそんなことをする自体胡散臭いものとしか思えないし、確かに新興宗教団体が人気歌手を利用して
伝道し金を儲けていく、というのは実によく聞く話である。ここに描かれていない嫌なものもあるに違いない。
「妻」である女が犯人であるトミーから肉体関係を強いられたという少女メアリ・アンと非常に近しい仲であるのも奇妙なつながり
である。彼の性癖を知って彼女を犠牲にしたのかもしれない。実際には「妻」とメアリ・アンこそ関係があるのかもしれないが
ここでは想像しかできない。
物語の設定や展開が今までとは少し違って感じられる。犯人に同情すべき点があること、被害者がかなり嫌な人間であること、
コロンボが犯人に共感というか畏敬の念のようなものを感じているようなラストは『別れのワイン』とも重なるが違うのは
本作の犯人のほうが人間的な弱さと温かみがあるということだろうか。「私は光を見た」という歌詞がこのラストにも感じられる
ようだ。
タイトル「白鳥の歌」は現代もそのままなので作品中に語られるのかと思っていたがそんなクサい芝居はなかった。白鳥は死ぬ間際に
美しく歌う、という言い伝えである。
その辺は説明はせず、しみじみと感じて欲しい、というところだろうか。

登場人物もなかなか味わい深い人が多かった。特に宗教団体の中で服を仕立てている年配女性とコロンボの会話が秀逸。彼女が
「私が乱痴気騒ぎをしてると思ったの」と言う場面はピーターがマジで笑っているような気がするのだが。絶妙なやり取りで愉快だった。

監督:ニコラス・コラサント 脚本:デビッド・レイフェル 出演:ピーター・フォーク ジョニー・キャッシュ
1973〜1974年アメリカ


posted by フェイユイ at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 刑事コロンボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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