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2010年01月09日

『ヴィレッジ』M・ナイト・シャマラン

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The Village

これは一体どうしちまったんだろう。これから、というところで終ってしまった気がする。
この映画、まさかこの物語が物凄いどんでん返しだと思わせるものなんだろうか。
レイ・ブラッドベリ『びっくり箱』などのSF日本のSFマンガ手塚治虫だとか佐藤史生だとか諸星大二郎なんかが好きな連中ならこういう隔離された村、疑似社会なんていう設定はもう手垢が付くくらい繰り返し使われてきた題材である。
この映画の前半が面白かったのはそういう設定展開がもう見えてはいても主人公の少女が盲目であるとかその彼氏が口蓋裂らしい傷があるとかもう一人は知能障害があるとかでもしかしたらこの作品は映像にできないような危ないモノを描こうとしているのか、と何やら思いこんでしまったのである。だがどうやら近親による受胎が原因とは言えないまだ社会を作った者たちの子供の段階のようなので血が濃くなったせいでの結果ではないようであるし彼らの障害の原因が何故かは特に説明もなかったようだ。

現実社会を嫌悪し莫大な財産があることを利用して隔離された疑似村を作り、子供たちには「この森には恐ろしい「語ってはいけないもの」が住んでいる。彼らの縄張りを侵してはならない」という偽の掟を作るのはいい。が、本当に恐ろしいのは無論疑似村に住む人間のこころである。
ここまでの段階で何も破綻は起こらなかった、といえるのだろうか。知能障害のあるノアのおかげで我々はここに住み続けることができる、と最後に言う台詞があるが、そのノアの狂気、知能障害という誤魔化しがある為に判りづらくなっているが少なくとも「作り上げた偽物の恐怖」が彼をやってはいけない行動に走らせた。人々を陥れ、さらに殺人を犯したのだ。
エドワード・ウォーカーは自分たちがイノセンス=無垢であることを強調するがイノセンスそのものであるノアが真っ先に村の中で犯罪を起こしてしまう。この後、この村がどんな恐ろしい状況になっていくのか、それを描くのが作品なのだが、何故かこの映画はその出だし部分で終わってしまう、という不思議な作品になっている。
この映画の落ちは冒頭15分ほどで出してしまい、その後を描いていくものなのではないだろうか。
現実世界を知った盲目の少女はその後口をつぐんではいないだろう。少なくとも夫になるルシアスはそれを知り自分も再び旅立とうとする。後に続く者、それを阻止しようとする者、様々な諍いが生まれる。よしんばこのまま閉じられた村を継続したとしてもこの文章の始めで危惧したような事態は生まれる。昔からどういう狭い村社会でも離れた土地からの花嫁をもらい(あるいは奪い)たがったはずである。そうして新しい血を入れることをしてきたのだが、こんな少人数の村社会だけの交配など考えたくもない。どうせ異性を求めて若者たちは出ていくはずだがそこでまた恐ろしい殺戮があり、狂ったウォーカーが全員を抹殺したりするんだろうか。「イノセンス」と叫びながら。

ブラッドベリのような素晴らしいイマジネーションのファンタジーでもなく血塗れのホラーSFにもなれず使い古された疑似村、という段階で完結した奇妙な映画だった。
禁断の赤い実、だとか安全な黄色の服、だとか「彼のカラーが見える」だとか前半は物凄く期待させたのだが。
「ある日本の島で殺人事件が起きて騒ぎになるが時間が経つと皆ぼーっとして気のせいだったと思う」という話は手塚治虫のだったか。凄く面白いと思ったものだ。
そうえいば今日佐藤史生『精霊王』の『アシラム』読んでた。これも疑似村作品で面白かったが。
何故盲目の少女だったんだろう。
この疑似村をそのままとある国に置き換えてみたりとかもできるかもしれないが。

監督:M・ナイト・シャマラン 出演:ホアキン・フェニックス エイドリアン・ブロディ ブライス・ダラス・ハワード ウィリアム・ハート ブレンダン・グリーソン チェリー・ジョーンズ シガニー・ウィーバー  マイケル・ピット 
2004年 / アメリカ


posted by フェイユイ at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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