映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2010年04月18日

『パパってなに?』パーヴェル・チュフライ

348lf84.jpg2r75yc7.jpgcap016.bmpcap008.bmp
VOR/THE THIEF

なんだか日本映画を観ているようなじっとりとした湿度の高い作品であった。
自分が若い時は日本の映画ってこういう雰囲気の物ばかりのように思えてなんでこうさっぱりと割り切れないのか、いつもじれったく嫌いであった。特に男女が突然肉欲的に結びつきねばねばぐにゃぐにゃ離れそうで離れきれないでいる状態をとても深い愛だとかには思えずただただ気持ち悪いものとして蔑んでいたものだ。
今は自分もすっかり大人になって男女の関係というものの機微も少しは感じられるようになったかもしれないしあまりドライな関係というのもまた気持ち悪い(なんなんだ)
久しぶりに外国映画で昔嫌いだったようなドロドロおぞましい男女親子関係を観てしまってそれほど嫌でもなかったのは自分が成長したからか、それともやはり舞台がロシア(っつーかソ連)だから多少我慢できるのか。

一つは何と言ってもサーニャ役の少年が幼年期も少し大きくなった少年期もすこぶるつきに可愛い。特に最後少しだけで残念だったが成長したサーニャくんの金色の髪に青い目でぽってりと赤い唇という美少年ぶりに目を奪われてしまいそれだけで凄くいい映画だったような気がしてしまった。
先日観た『父、帰る』は多分実の父である男に対し二人の息子がそれぞれの思いを抱く様を一種の神話のような形式で語っていく作品だったが、こちらはある母と息子が突然出会った男と道連れになり、母とその男が肉体関係を持って深みにはまっていく。
息子にとってはその男は大事な母親を奪おうとする敵でしかないが、男は少年をその男なりの方法で導いていく。少年はどこか戸惑いながらも男を憎む気持ちと強い男として尊敬する気持ちを併せ持つようになる。つまり母親もその男と離れきれないでいるように少年もその男を否定しながらどこかで頼り始めている。
男が警察に捕まり牢獄に入れられる別れ際に少年はとうとう自分がその男を父親として認めてしまったことに気づくのだ。
男を失った母親は病死し、少年はその男を父親と思い続け再会を待ちわびる。が、少年が待ち続けたその男にとって少年とその母親は通りすがりの思い出でしかなかったのだ。
少年は男から譲り受けた銃で男を撃ち殺す。
少年にとってその男は最愛の母と自分を騙し裏切ったとしか思えない。でもその男にしてみれば互いの最後の場面はもう離別を決めた後だったのだしその男自身は二人にそれほど酷い仕打ち(まあ何度か殴打したり脅したりはあったが)をしたわけでもないのだから画面のこっちから見てる分には仕方ない気もするのだが。
もしこれが男側からの映画だったらいきなり少年に撃ち殺され、それはそれでまた因果応報仕方ないかな、と思うんだろうけど。
つまり男は少年に「男は一度抜いたナイフは刺すんだ」と教育し少年は男の教え通り抜いた銃を撃ったわけである。立派なパパの教えだったわけだ。
血を受け継いだパパからは何の影響もないが偽物のパパの生き方は学んでしまった。
彼は男を父と思わなくとも同じ人間になってしまうかもしれない。
何度も何もなかった、と彼は自分に言い聞かせるがその男の言うとおり人を殺せる人間になってしまったのではないのか。
何もなかった、ことになることはない。命を奪ったのだから。

作品自体はそれほど長いものではないのだが少年のこれからの生き方を様々に考えさせる奥行きのある映画だった。

偽の父親であり偽の軍人である彼の男臭い魅力とそんな男に焦がれるように恋する母親の女っぽさに今では見惚れてしまう自分である。
サーニャの孤独な心にも惹かれる。本当にこれから先のサーニャを観たい。この前の『この道は母へとつづく』の孤児院の少年たちとも重なりこういう孤独な美少年の魅力というのはたまらないものがあるのだ。あのぶかぶかの上着姿が愛おしい。

監督:パーヴェル・チュフライ 出演:ウラジーミル・マシコフ エカテリーナ・レドニコヴァ ミーシャ・フィリプチュク ジーマ・チガリョフ 
1997年ロシア/フランス




ラベル:家族
posted by フェイユイ at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ロシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。