映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2010年05月11日

『カティンの森』アンジェイ・ワイダ

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KATYN

映画には観る者を圧倒するエネルギーを持つ場合がある。
その為には作る者が人に訴えたい大きな思いとそれを伝えることができる技巧とが必要なのだ。この映画にはそれらがあり、時に身がすくむほどの激しい感情と見惚れる美しさがあった。

冒頭、思いつめた表情で一つの橋を渡ろうとする群衆がある。ところが向こう側からも駆けてくる人影がある。
彼らこそがポーランド人の姿で両側にある強大な国であるドイツとソ連から挟まれ追われながら危うい橋の上を行ったり来たりしながら歴史を刻んできたことを物語っているかのようだ。

物語の大半はポーランド将校を夫や父・兄に持つ女性たちを描くことに費やされる。将校たちはソ連兵たちに連行されてしまった。まるで何も抵抗することもないかのような彼らの姿にもポーランドの存在が感じさせられる。

残された女たちの戦いは自分らの誇りを捨てずに耐え抜くことができるか、ということなのだ。結婚すれば有利になれる赤軍将校からの求婚を拒否すること、カティンの虐殺はナチスの所業だという虚偽の証言を脅されても口に出さないこと、墓石に家族がどこでどう殺されたかを記すこと。
しぶとく生き抜く為なら上手く立ち回るのかもしれないが、彼女たちは誇りを捨てることができなかった。(その誇りがある意味弱さであるようにも思えるのだが)

重く苦しい物語の中で束の間きらめく様に若者たちの恋が描かれる。だがその恋も青年のとった小さな反抗の為にあっという間に消えてしまう。彼らには残った僅かの誇りさえ捨てなくてはならないのだ。

そして最後の場面。人間の尊厳も将校としての品格も完全に無視されまるで家畜の屠殺でもあるかのように次々と運搬車から降ろされ殺され運ばれ捨てられる。淡々としたその映し方、その後の暗転。
真っ暗な画面の前で何を思うか。

歴史は繰り返される。
この映画を今観た人はほぼ先日起きたポーランドの大統領の事故を思ってるだろう。
『カティンの森』追悼式典に参加するはずだったその名もカティンスキー大統領の事故死。
これは一体何を意味するのか。
こうした悲劇がポーランドの歴史なのか、とつい思ってしまうのだ。

監督:アンジェイ・ワイダ 出演:マヤ・オスタシェフスカ アルトゥル・ジミイェフスキ マヤ・コモロフスカ アンジェイ・ヒラ
2007年ポーランド


ラベル:家族 戦争 歴史
posted by フェイユイ at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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