映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2010年05月30日

『砂の器』野村芳太郎

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昔一度映画館で観たきりなのだが、その時深く感動し、何度もこの映画のことを思い出しては話題にしたものなのではっきりした記憶を持っているつもりだった。
今回観たのもその記憶をもう一度おさらいしようと言うものだったのだが。

これについては記憶の中だけに留めていた方がよかったのか。昔観た時や思い出す度蘇っていた切なさは今日感じることはできなかった。
物語は確かに覚えていた通りだが、特に後半の演出が思った以上に過剰でむしろ作品の良さを損なっているように見えたからだ。
テーマ曲『宿命』はこれの為に作られたんだろうから仕方ないとしても今聞くと感情過多に思え役者陣の演技も同じようにたかぶり過ぎでくどいのである。それが気になるせいもあって、前には感動の支障とならなかった英良の犯行動機も今回は納得がいかず虚しさだけを感じてしまう。また英良の現在の周囲の人々の描き方がどうにも気持ち悪い。何故芸術家というだけでなく政治家と結びつこうとしているのか、もよく判らないが、それは我慢するとしても、娘や愛人を描写する場面はなくてもいいと思える。特に愛人と英良の関係が煩わしい。愛人も本気で一人で育てるつもりなら黙ってさっさとどこかへ行けばいいのだ。英良も本気で子供がいらないのならちゃんと処置をすればいいではないか。などと枝葉末節で悪態をついてしまう。
丹波氏の演技が大げさなのはさほど気にしていないつもりだったが、刑事達面々の前で涙を拭いながら調査報告をするのは興ざめであった。
つまりはこういった演出過剰や音楽や男女関係の表現などがうざったいのである。英良が三木巡査を殺害したのも今風に言えば彼のおせっかいが過剰で「重い・・・」からかもしれない。

そうした記憶の中のイメージとの違いで落胆したのではあったがそれでも前半、丹波氏演じる今西刑事の調査の為の旅行、東北へと出雲へと大阪への旅の風景描写はとても素晴らしかった。
若い刑事と連れ立って或いは一人旅で列車に乗り田舎の人々を訪ね歩くと言う部分は今観ると昔より以上に味わい深く観ていた。映画館に寅さんこと渥美清氏が勤めている場面は効いている。
そしてこの映画の最も見せたい部分であろうハンセン病を患った父と息子の旅、これは今西刑事が言うように想像の中で思い描くものになるのだろう、病気の為に疎んじられ石をなげられ蔑まれながらも行くあてもない父子が寄り添って旅を続ける。抱きしめ合い、ささやかな食事をする場面にはやはりぐっと来るものがあった。
この映画の父子の旅の場面が映画史上に残ることには間違いない。
悲しく辛い旅なのにこの部分が物語の中で一番暖かく感じられるのだ。

監督:野村芳太郎 出演:丹波哲郎 森田健作 加藤剛 島田陽子 山口果林 緒形拳
1974年日本



ラベル:家族 差別
posted by フェイユイ at 00:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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