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2006年08月16日

「モーターサイクル・ダイアリーズ」ウォルター・サレス

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このブログの始まりをこの映画にしたかった。
なぜならこの映画を観て以来、「放浪」と言う言葉あるいは「旅」でもいいのだがどこかへ行く事もない自分がよりそういうことへの憧れを確認させられたからだ。

この映画は「藍空」の時に一度観て記事にしている。2005年6月12日日付なのでもう一年以上前だ。
その時も深く感銘を受けたのだが、その後少しずつ私はチェ・ゲバラに興味を持ち出しこの映画の原作であるゲバラ原作の「モーターサイクル南米旅行記」そして相棒のグラナード原作の「トラベリング・ウィズ・ゲバラ」を繰り返し読むことになった。
特にグラナードの旅行記は映画を思い出させるもので素晴らしい記述である。後に革命家として有名になるチェ・ゲバラは勿論だが、その友人であるグラナードの青春もまた美しいものなのだ。

原作と映画があるとどちらがいいとか悪いとかすぐに言い出してしまうものだが、(この件は映画が先で原作を読んでまた今回観たのだが)これに関してはどちらも深く心に残り響いてきたのだった。

原作を読んで再度映画を観てよりゲバラ(ところで原作を読んでるとつい彼をフーセルと呼んでしまう)の南米大陸への強い思い、そこに住む人々の生活の過酷さ悲しさが理解できる。
が、映画では彼らの旅の物悲しく感じるほどの風景の美しさや壮大さが伝わってくる。

南米を旅することでエルネストはグラナードと共に貧困と差別に苦しむ人々の姿を見てある時は怒り、ある時は無力感を持つ。
が、映画の中ではエルネストはまだハンセン氏病の勉強をしている若い医師の卵にすぎない。
将来チェ・ゲバラと呼ばれ革命家となる姿はここでは明確に提示されていないだけに妙な押し付けがましさもない。

二人の旅が映し出される。荒涼とした風景、厳しく長い道のり、「怪力号」と言う名前だが壊れかけたオートバイが何度もひっくり返る。風に舞い上げられるテント、そういったものが青春の一場面として残るのであろうが、またチェ・ゲバラがこれから歩まねばならない苦難を示しているようにも感じる。だがそれらがなんと美しく心に焼き付けられることか。
そしてハンセン病診療所での人々がエルネストに贈ってくれた筏も彼らに礼を言うために川を泳いで渡ったエルネストも未来に続いているのだろう。(なにしろこの川にはピラニアが泳いでいるのだ)

映画中、フーセルとミアル(ゲバラとグラナードはしょっちゅうけんかしているがとうとう別れの時が来るとフーセルはもういないグラナードの姿を見ようと何度も振り返るという記述がある。
この後チェ・ゲバラはキューバ革命を成功させる一人となりそれからも革命家として命をかけることになる。グラナードはそのゲバラの意思を受けてキューバのハバナ大学の教授となるのだ。

「トラベリング・ウィズ・ゲバラ」の最後にゲバラがグラナードに送った手紙がある。きみの手紙に対して、お手軽な哲学で返事を書くつもりはない。返答するには、マテ茶を二杯、多少のエンパナーダ、ちょっとした木陰が必要だ。そして話をしよう。
きみに大きな抱擁を送ろう。きみのマッチョな威厳も私からなら抱擁を受け入れるだろう」
進む道が分かれてもずっと友達でいる、そんな気持ちを感じさせる手紙である。



2005年6月12日/「モーターサイクルダイアリーズ」


posted by フェイユイ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 中南米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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