映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2007年02月13日

「隠された記憶」ミヒャエル・ハネケ

隠された記憶.jpg

こんなに面白いと感じながら腹が立つ映画もないだろう。

面白いというのは無論この映画の持つミステリーの部分だ。ハネケ監督は「この映画で謎解きは重要ではない」と言っているけど、多くの観客の関心はどうしたって謎解きに行ってしまう。しかもこの謎に答えは提示されないと来てる。大昔から謎なぞが出されればそれを解きたくなるのが人間というものである。
だが勿論ハネケ監督がここで思考を促しているのは自分自身の罪の意識なのだろう。
自分は本当に誰かに対して加害者であったことはないのか。もしかしたらそれは記憶のそこに埋もれ思い出すこともないのかもしれない。
映画ではそういった忘れていたあるいは忘れようと努めていた過去の罪を思い起こさせていく。自分が起こした間違いと言うのを認めるのは本当に辛いことなのだ。

この映画に対しての評価は大きく分かれているのも興味深いところだ。
私のように凄く面白いと感じる人もいれば、真逆で「つまらん、不満、時間の無駄、日本人には理解できない」などというように感じる人もいて意見の極端さがまた面白い。物凄く怒り狂っている方もおられたが非常に楽しんで観た人も多いのだから不思議なものである。
ところで古来問題定義できっちりした答えがあるのは西洋的ではっきりした答えがなく自分でそれを見出せねばならないというのが東洋の学問だというような事を聞いた覚えがあるが、それならこの映画は至極東洋的なわけで東洋人としては肯いてしかるべきなのだが、現在において東洋人たる日本人は考察において西洋化してしまい西洋人のほうが東洋的考察に面白みを感じているのかもしれない。

腹が立つと言うのはジョルジュに対してである。
テレビの人気キャスターであるジョルジュは美しい妻アンと一人息子のピエロを持つ幸せな家庭を築いている。だが心の奥底に疚しい過去を抱いていた。少年時代、両親が引き取ろうとしたアルジェリアの少年の事で嘘の告げ口をし、そのために少年は施設に送られてしまったのだ。ジョルジュの言葉でその少年・マジッドは教育を受ける機会を逸してしまった。
ある時からジョルジュの元へ奇妙なビデオテープが届けられる。それには首からあるいは口から血を吹き出す人間または鶏の絵が子供っぽいタッチで描いてある。
ジョルジュはすぐにその犯人をマジッドであると考えた。訪ねていくとマジッドはビデオなど知らないと答える。
マジッドがビデオを知らなかったかどうか、はっきりと判らない。だが酷い目に会ったはずのマジッドは落ち着いて答えているのにジョルジュはマジッドがやったと決め付けている。マジッドの言葉にも昔からジョルジュがマジッドに対してそういう態度であったのがわかる。
フランス人に酷い差別を受けているアルジェリア移民の悲しさがここにある。ジョルジュが差別的な意識を持っているのは自転車でぶつかりそうになった黒人青年への言葉でも見て取れる。
「昔彼に何をしたのか」という妻の問いに「思い出しもしない子供が言った他愛のない冗談。彼の存在など幕間劇に過ぎない」という言葉に怒りを持ってしまう。だがここで私を含めた観客は我を振り返ってしまうのではないか。「本当に自分は過去他人に酷いことをしてしまったことはないのか?それも知らないうちに」
あの韓国映画のように知らずに他人を死なせてしまうような何かをしなかったとは言い切れない。
その報復をこういう形で受けないとも限らない。韓国映画のそれのように過酷な状況ではないとしても。
そういう不明の罪の意識を感じながらもジョルジュへの怒りも感じる。
ジョルジュがもっとマジッドに対してすまないと言う気持ちを持てたなら。一度目の再会でマジッドは「死ぬ前に会えるだろうと思っていた」と言う。再会して再び絶望する事を予感していたのだろう。
死んでもなおジョルジュは「腹いせに自殺した」としか言わない。死んだマジッドのために急いで救急車を呼び憐れむということをしない。ジョルジュにとってマジッドは自分の傍に近づけたくないアルジェリア人にしか過ぎないのだ。

アルジェリア移民と言えば私にとってはジネディーヌ・ジダンである。素晴らしいサッカー選手だった。彼がその生い立ちのために酷い差別を受けたと聞く。あのワールドカップでの頭突きも差別発言への怒りの表現だった事を思えばこの映画の主人公ジョルジュが報復を受けるのは当然だと思える。ジダンは後悔すれば相手の行動を認めることになる、と言った。
私もジダンを支持する。ジダンを好きなゆえにアルジェリア移民のマジッドに共感してしまう。従ってジョルジュの行為は許せないと感じた。彼の考え方に激しい反発を覚える。この嫌悪感こそハネケ監督が観客に感じて欲しいものだったのではないだろうか。犯人探しではなく(とはいえ犯人探しはやめられないが)
ところでジョルジュの息子ピエロの部屋にはジダンのピンナップが貼られていた。フランスの少年なら当然のことだがここでピエロとマジッドの息子との繋がり、あるいはピエロの考えが父親とは違う事をほんの少しだけ表しているというのは考えすぎか。

ラストシーンが表すようにやはり犯人はピエロとマジッドの息子の共犯なのだろうか。
しかも映画で言われる言葉をそのまま信じるならビデオに関わっているのはピエロともう一人友達がいるのかもしれない。
マジッドの息子はピエロに話しかけただけ。ピエロは彼の言葉に共鳴して父母へビデオを送りつけた。マジッドも途中からそのことに気づいたようにも思える。
ただ奇妙なのはピエロは浮気しているのかもしれない母親アンには反発しているが父親にはそういう態度を示さないこと。
これでは何もかもクリアな答えという感じがしない。もしかしたらマジッドはピエロには母親の浮気の事だけを話して父親の過去については話してないのかもしれない。
ジュルジュのアンがビデオを見ながら会話している時、暗闇の中に誰かの顔がうっすらと見えているがはっきりしない。まったく謎だらけで困ったものだ。

映画は会話部分も非常に面白い。煮え切らないジョルジュに対してのアンの怒りの言葉など自分が話してるのか、と思うほどそっくりで恐れ入った。困ったなあ。
ジョルジュが母親に会いに行ってそれとなくマジッドのことを聞き出そうとする場面もうまい。

ムカつかないではいられないジョルジュを演じたダニエル・オートゥイユはプロフィールを見るとアルジェリア出身とあった。
なるほど、この役をフランス生まれがやるのは気が咎めてやれないものかもしれない。

監督:ミヒャエル・ハネケ 出演:ダニエル・オートゥイユ、ジュリエット・ビノシュ、モーリス・ベニシュー、アニー・ジラルド
フランス・オーストリア・ドイツ・イタリア2005年


posted by フェイユイ at 22:39| Comment(4) | TrackBack(3) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
フェイユイさま、こんにちは。
私もジダンは好きでしたが、彼のピンナップには気付きませんでした。
エミネムのポスターはわかったのですが・・。
自分も昔は人を傷つけてしまったのだろうなぁと考えてしまいました。
怖い映画です。ではでは。
Posted by 真紅 at 2007年05月17日 10:42
もしかしたら自分も人を傷つけておきながら忘れているのでは、と言う不安を皆感じてしまう映画ですよね。

その上、こういうわざと判りにくくして人を困らそうとする映画は大好きなんですよ(笑)
全部に?がついてしまって答えがないのかもしれませんが。謎解きのある映画、楽しいです。
しかしこういう問題提議をする映画でこんなに楽しんでもいいのかと思ったりもして。いいんですけど。
Posted by フェイユイ at 2007年05月17日 11:26
TBありがとう。
結局この映画、劇場で見た人も、なんか見落としていた伏線があるのかな、と(ジダンのポスターのように)もう一度、DVDでも見たくなる作品ですね。
僕は、DVDでラストをおそ回しで見ましたよ(笑)
Posted by kimion20002000 at 2007年05月21日 11:38
ラスト観ました観ました、何回も(笑)
エーどこにいるのかなー、とかって。

重い問題提議をしてるのに手法としては凄く遊んでいる、変な映画です(ほめ言葉)
Posted by フェイユイ at 2007年05月21日 15:53
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隠された記憶
Excerpt: 2005年 フランス・オーストリア・ドイツ・イタリア 2006年4月公開 評価:
Weblog: 銀の森のゴブリン
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悪意と嘘とビデオテープ〜『隠された記憶』
Excerpt:  『CACHE(HIDDEN)』  TVキャスターであるジョルジュ(ダニエル・オートゥイユ)は、出版社に勤める妻アン (ジュリエット・ビノシュ)と、12歳の息子ピエロとの三人暮らし。友..
Weblog: 真紅のthinkingdays
Tracked: 2007-05-17 10:40

mini review 07050「隠された記憶」★★★★★★☆☆☆☆
Excerpt: カテゴリ : スリラー/サスペンス 製作年 : 2005年 製作国 : イタリア オーストリア ドイツ フランス 時間 : 116分 公開日 : 2006-04-29〜..
Weblog: サーカスな日々
Tracked: 2007-05-20 13:21
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