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2007年02月22日

「復讐するは我にあり」今村昌平

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こんな風な直球ど真ん中、という男らしくて骨のある重厚な映画というのは最近の日本映画ではないものだろう。
犯罪そのものも金目当てであり、最近よくある異常心理による変質的性的殺人などではない。従って変わった行動をして観客を混乱させるような殺人方法などではないのだが、それだけにより現実的な痛みを覚えてしまう。金槌で頭部を殴る(しかも一発では死なず何度も叩く)キリで体を滅多刺しにする、紐で首を絞めるなどである。詐欺や殺人により手にした金が大した額ではないというのもリアルであり空しい。

カメラは連続殺人鬼である榎津巌の行動を追っていくのに徹していて心理描写を露骨にする事は避けているようだ。
この乾いた語り口も現在の多くの作品とは違っている。主人公の生い立ち、父親との確執、母親との繋がりなどは観る者が想像していくしかない。
父親は厳格なカソリック教徒で主人公もそれに属しているのだが、なぜ殺人鬼となってしまうのか、映画では宗教と父親の性だと言う描写はしていないのだが、主人公が神様をいらないといい、父親こそが殺したい人間だったということで彼の少年期がどういうものだったかを考える手がかりとなる。対して母親は極端に甘やかしていたようなのも通例だが関係しているのだろう。

終始リアルな展開なのだが、時々はっとする印象的な情景が入り、一つは榎津が偶然タクシーに乗り合わせることになった老人弁護士に巧妙に近づくという話。「一緒にすき焼きでもしましょう」と言って次のシーン、榎津が一人で肉などを買った後に金槌とクギを買っている。何をするのかと恐ろしい気持ちでいると弁護士の部屋へ戻った榎津が買い物袋をどんとちゃぶ台の上に下ろすとその反動で側の箪笥の戸がギイと開きそこにご老人が死んで押し込まれているのだ。その衝撃。こんなぞっとする場面というのは今までそうそう出合ったことはない。
もう一つは榎津が大学教授を騙って泊り込んだ小さな宿屋。懇意となり情を交わした女将を殺し、次にその老いた母親に手をかけようと階段を登りかけると、下の廊下を老婆が歩いてくる。2階へ行ったはずの婆ちゃんがなぜ、と思っているとその老婆が覗いた部屋の中に榎津の父親と嫁・娘達がいて食事をしているのだ。いつの間にか宿が榎津の実家に転換していて宿の老婆は榎津の母になっていたのだ。ここはリアルのみだった本作の演出の中で不思議な場面展開になっている。今にも老婆を殺そうとする榎津とその老婆と同じ年くらいの実母が交錯し榎津の家族が映し出されることでその二つが切り離せない関係にあることが描きだされているのだ。
逮捕された息子にそれまで温厚な顔しか見せていなかった父親が「お前には私は殺せない。恨みもない人しか殺せん種類だ」と唾を吐きかける。この言葉で息子が自分に深い恨みを抱く事があったのを物語っている。

最後の場面。榎津の父親と嫁が榎津のものであろう骨壷を抱いてロープウェイに乗り上へと登っていく。交差して白装束のお遍路さんが鈴なりに乗ったロープウェイが降りていく。これも奇妙な演出だ。この二人は敬虔なクリスチャンなのだが何か意味があるのだろうか。
頂上の展望台で二人は榎津の骨を下界に放り投げる。この意味も私にはわからないのだ。

この榎津の父親と嫁は危うい関係にある。互いに男女として惹かれながらもカソリックとして間違った行動は取れないと肉体関係は持たないのだが関係を断とうとはしないのだ。しかも嫁を咬んだということで犬を生き埋めにして上から煮え湯をかけたという話もでてきてそういう残酷性というのはどういうことなのかまた疑問を持ってしまう。

今村昌平監督の力ある演出は無論だが、出演者がまた迫力である。殺人鬼・榎津巌は緒方拳がなんとも色気ある男っぽさで演じている。こういうぎらぎらした男というのは今現在の役者にはないものだと思う。
掴めない性格の父親に三國連太郎、母がミヤコ蝶々、宿屋の胡散臭い老婆が清川虹子 、女将の恋人に火野正平などである。
榎津の嫁役・倍賞美津子、そして榎津と肉体関係を持った末に殺される女将・小川真由美 は二人ともどろどろと色っぽい。
今まで私は今村昌平監督作品では「楢山節孝」しか観た事がなく、それがまたどろどろとした男女関係や人間のしがらみのような物語で当時若かった私には最も苦手な手合いだったためにもう観ようとは思わないまま今に到ったのである。
本作の男女も愛などというよりどうしようもなく行ってしまう男女の営みは美しいものではなく爛れ膿んだものであり、やはり若い頃に観ていたなら筋の面白さは判ってもそういう男女の性的な関係の醜さがたまらなく嫌だったろう。
いつしか年齢を経て男女と言うものがそういったものであることを平然と観てしまえるのは悲しい事なのか、いいことか。大好きではないが面白いな、と思うようになってしまったのだった。

もう一つ、余分な話だが、かなり前にテレビドラマで「実録事件シリーズ 恐怖の二十四時間 連続殺人鬼西口彰の最期」というのを観た記憶がある。役所広司主演の面白いものだった。
この殺人鬼西口彰というのが本作榎津巌のモデルなのだが、この主人公役所広司演じる一見やさしそうな弁護士が実は殺人鬼であると一人の幼い少女だけが知ってしまうという大変に恐ろしい物語なのだ。
観終わった後怖くて夜の戸締りにいけなかったという妙な記憶がある。そこに役所広司が立ってるような気がしたのだ。今思っても怖い。
こちらはテレビドラマなのでもう一度観たいと思っても観れるものではないだろうが機会があれば再観したいものである。

監督:今村昌平 出演:緒方拳、三國連太郎、ミヤコ蝶々、倍賞美津子、小川真由美、清川虹子
1979年日本


ラベル:犯罪 家族 男女 宗教
posted by フェイユイ at 23:57| Comment(1) | TrackBack(1) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日本の名優緒形拳と日本の名監督今村昌平ですか。

この作品には大胆な性描写と暴力シーンがあると聞いています。
Posted by 台湾人 at 2011年01月24日 12:04
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(今日の映画)復讐するは我にあり
Excerpt: 復讐するは我にあり (1979/日)
Weblog: Kozmic Blues by TM
Tracked: 2007-08-07 18:37
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