また昨日と同じような事を書く。
「僕と慧嘉とどっちが好き」正行の言葉が頭の中で何度も繰り返し聞こえてくる。
正確にはそう言ったわけじゃない。日本語でもないし。二者択一のゲームをしていて守恆に問題を早く言えとせかされて言ってしまった。
「ウォ ゲン フィジャ」だけ。その返事は「は?」だったけど。守恆の馬鹿。大事な言葉を聞き逃すなんて。でももしこの時聞こえていたら守恆はなんて答えてたんだろう。それを考えるとぞくぞくする。
もしかして聞こえてた、っていうことはないのかな。
年を重ねてしまうと感受性は鈍くなっていく。映画を観ていても胸がキュンと痛むなんてあまりない。
でも「盛夏光年」を初めて観た時、正行が熱に浮かされたような苦しげな表情で守恆に聞いた時、心臓をつかまれたようだった。
正行は苦しんでいるだけで守恆に問いかけようとしない。優しくしてくる守恆を邪険にすらする。
二人はずっと互いの事が好きで他に何も入ることができないくらいなのに、正行の苦悩は独りよがりで馬鹿馬鹿しいものだ。聞けばいいのに聞くことはできない。相手を傷つけて自分が苦しんでいる。真直ぐに行けば近いのに遠回りしてしまった。そして自分を閉ざしてドアを叩いている守恆を容れようとしないのだ。
そういえば守恆はいつも正行の家の前で呼び続けていたっけ。正行、正行、正行。うるさいくらい。それは君を好きだよ好きだよと言っていることなんだけど、その声を正行は理解していない。
慧嘉が二人の間に加わり、二人は幼い頃のままではいられなくなる。成長というのは苦い経験を繰り返していくものだ。
互いが好きなのに互いに傷つけあい心臓から血が流れ出す。正行が好きという言葉を言えなかったように守恆も自分が隠していたことを話せないでいた。
最後についに二人はつかみ合って喧嘩してしまう。慧嘉は怒ったけどそうやって体がぶつかるのが男の子には必要なんだ、昔から。最後に二人が言葉もぶつけ合えてよかった。二人の人生はこれからなんだけど。
追記:阿信が歌う主題歌「盛夏光年」の歌詞とフェイユイ独自の訳ですが信じてはいけません。
「盛夏光年」
作詞:阿信 作曲:阿信 演唱:阿信(五月天)
我驕傲的破壞 我痛恨的平凡 才想起那些是我最愛
讓盛夏去貪玩 把殘酷的未來 狂放到光年外 而現在
放棄規則 放縱去愛 放肆自己 放空未來
我不轉彎 我不轉彎 我不轉彎 我不轉彎
讓定律更簡單 讓秩序更混亂 這樣的青春我才喜歡
讓盛夏去貪玩 把殘酷的未來 狂放到光年外 而現在
放棄規則 放縱去愛 放肆自己 放空未來
我不轉彎 我不轉彎 我不轉彎 我不轉彎
我要 我瘋 我要 我愛 就是 我要 我瘋 我要 我愛 現在
一萬首的mp3 一萬次瘋狂的愛 滅不了一個渺小的孤單
我要 我瘋 我要 我愛 就是 我要 我瘋 我要 我愛 現在
盛夏的一場狂歡 來到了光年之外 長大難道是人必經的潰爛
放棄規則 放縱去愛 放肆自己 放空未來
我不轉彎 我不轉彎 我不轉彎 我不轉彎
僕は勝手に革命を起こした 平凡でありたくなかったんだ
やっと思い出したんだ
それらが自分の一番大切なものだったということを
真夏に僕らは遊びまわった
残酷な未来は宇宙の果てまで続く そして今
ルールを投げ捨てるんだ 思うがままに愛すればいい
自分を解き放て
何もないままに未来へと走ろう
もう戻らない 戻らない 戻らない 戻らない
法律がもっと簡単になり秩序がもっと混乱したら
そんな青春を僕はやっと好きになるだろう
真夏に僕らは遊びまわった
残酷な未来は宇宙の果てまで続く そして今
ルールを投げ捨てるんだ 思うがままに愛すればいい
自分を解き放て
何もないままに未来へと走ろう
もう変わらない変わらない変わらない変わらない
僕は狂いたい 僕は愛したい 絶対に
僕は狂うだろう 僕は愛するだろう 今
一万曲のMP3 一万回の狂った愛
なくならなかったほんの小さな孤独さえも
僕は狂いたい 僕は愛したい 絶対に
僕は狂うだろう 僕は愛するだろう 今
真夏の大はしゃぎしたあの場面
宇宙の果てまでたどり着いてしまった
成長すれば人は必ず腐ってしまうわけじゃないだろう
ルールを投げ捨てるんだ 思うがままに愛すればいい
自分を解き放て
何もないままに未来へと走ろう
もう戻らない 戻らない 戻らない 戻らない





二択ゲームのあのシーン、正行の言葉が聞こえていたら本当になんて答えていたんでしょうね。本当にせつないシーンでした。
こちらで、「盛夏光年」の記事を毎日読ませていただいてますが、読むとまたむしょうに観たくなってしまいます。
なんとかして・・・(←自分でなんとかしろって・・・(^^ゞ)
私もどうにかして、って言いたくなるほど頭の中が「盛夏光年」になってしまって困っています。
ということで今夜からリハビリです。違う映画を観ていきますが。
とはいえサントラも買い込んでますので当分離れられそうにはありません〜(笑)
http://kireinaotoko.com/pg/blog-kiji2/?uid=119022747271640&kid=187
ぜひご覧ください。
主題歌、阿信の盛夏光年という曲が大好きになりました。
コチラで見れます↓
http://www.youtube.com/watch?v=jyHifwvvXYo
イイ曲なのですが、歌詞の日本語訳を知りたくてしょうがないです。
もし良かったら教えていただけないでしょうか??
「盛夏光年」
作詞:阿信 作曲:阿信 演唱:阿信(五月天)
我驕傲的破壞 我痛恨的平凡 才想起那些是我最愛
讓盛夏去貪玩 把殘酷的未來 狂放到光年外 而現在
放棄規則 放縱去愛 放肆自己 放空未來
我不轉彎 我不轉彎 我不轉彎 我不轉彎
讓定律更簡單 讓秩序更混亂 這樣的青春我才喜歡
讓盛夏去貪玩 把殘酷的未來 狂放到光年外 而現在
放棄規則 放縱去愛 放肆自己 放空未來
我不轉彎 我不轉彎 我不轉彎 我不轉彎
我要 我瘋 我要 我愛 就是 我要 我瘋 我要 我愛 現在
一萬首的mp3 一萬次瘋狂的愛 滅不了一個渺小的孤單
我要 我瘋 我要 我愛 就是 我要 我瘋 我要 我愛 現在
盛夏的一場狂歡 來到了光年之外 長大難道是人必經的潰爛
放棄規則 放縱去愛 放肆自己 放空未來
我不轉彎 我不轉彎 我不轉彎 我不轉彎
歌詞の意味は大雑把に理解できました。過激な若者の青春の主張ですね。
この歌詞は日本語に訳するというかそのまま読んで感じたとおりってことでは駄目でしょうか?
日本版のサントラが出れば日本語訳もつくでしょう。
ということで、うっひょーい(О>艸<О) さん、よろしいでしょうか?
歌詞を載せていただいてありがとうございます!
そのまま読んでも、もうひとつ意味がわからないのですが、おおくぼさん、フェイユイさんなりの解釈を載せていただけないでしょうか??
これを聞いた頃は何度も聞いていたのですが、久し振りに歌を聞いてみるとあんまりいい歌なのでやっぱり気になって訳してみることにしました^^;
とは言っても、私は特別中国語を勉強したわけではないので全く自信はないのです。
参考にはならないと思いますが読んでみてください。
この記事の追記と別に新しく記事にしてみました。
全訳ではないですが、部分訳をしてみました。
http://blogs.dion.ne.jp/tacthit/archives/6417660.html
最初に言い訳をすると、この訳はフェイユイさんよりも先なんです。誰かの訳を参考にして自分流訳を作ったわけではなく、暗中模索で訳しました。誤訳だらけかもしれません。
しかも「盛夏光年」を、まだ観ていません。だから映画の内容と深く関係ある歌詞の筈なんですけど、よくわかりません。
私は中国語の聴き取りが全くできません。文法も初歩的なのかしか習っていないので(しかも、かなり昔)、歌詞をどこで切って、どこで繋げるのか大いに悩みました。
おおくぼさんの言われるとおり私が後で訳しております(笑)
なるほど、私は映画を観てますので私の訳はかなり映画の影響を受けていますね。
歌自体が映画のために作られていると思いますので(違ったらごめんなさい)詩の意味も映画と重なっているはずですねー。
映画を観てから聞くと涙倍増です。
聞こえていたからこそ
彼は正行の気持ちに気づき
彼の望む行為を自らカラダをはった…
大切な親友との絆を繋ぎ止めるために。
だと思う。
おーなるほどー。
あの守恆の表情がなかなかつかめなかったんですよねー。
え?という表情をして、後になってもしかしたら、と思ったとかも考えたんですが。何しろ守恆の行動がいきなり、だったですしね。
あのときの彼は後から来たフィジャに「さあ?」みたいなポーズとってたんでやっぱりだめだったのかな、と。
聞こえていて欲しい、とは思ったんですけどね。
守恆って単純なキャラクターのようだし聞こえてたらすぐ反応しそうだし、とか色々考えてしまいました(笑)
こういうの考えてるのが一番楽しいんです。
最近になってはじめて「盛夏光年」という映画を知って「花蓮の夏」のDVDを買って今頃はまっています。はあ、、。何かすごく引きずられる映画でなかなか抜け出せません。
普段生活してる中で急に正行くんが頭の中に現れて、そのまま感情移入しちゃって苦しくなっちゃうんですよ。だめだこりゃ。
五月天の「盛夏光年」。
DVDの日本語訳や他のブログなどでもいろいろ訳を見ましたが
フェイユイさんの訳が一番好きです。
判ります〜、その状態。私も時々その状態になって苦しみます。苦しみますがそういう時が幸せでもあったり(笑)
『花蓮の夏』もそのひとつで苦しみながら幸せでした。
マカロンさんは今まさにその真っ只中なんですね。
訳詩を喜んでいただけてうれしいです!この詩の訳も思い切りはまり込んでいる時だからこそできた気がしますねー。
これからもよろしく!!!
実は今頃『花蓮の夏』を観て(劇場に行けないまま忘れてしまっていたのです)、大好きな映画でした。
で、フェイユイさんご覧になってらっしゃるだろうなーと思い、お邪魔しましたら・・・。
ハマってらしたのですね(笑)。
この映画を観ている最中は(二度観ました)、泣かなかったんです。
でも、フェイユイさんの記事を読んでいたら涙が・・・。
ショウヘン、ほんとうるさいくらい「カンジェンシ〜ン」って呼んでましたね。
あれは「好きだ、好きだ」って言ってたんですね(涙)。
いっつもキョロキョロして、ジェンシンを捜して(涙)。
クラブでの「僕かホイジャか」は、私も聞こえてたと思いました。
でも、意味がわからなかったんじゃないでしょうか(多分)。
古い記事に、長々とすみません。でもこの映画好きなことに免じてお許し下さいませ。
ではでは、また来ます。
正行と守恆のまだ幼い友情とも愛とも判らないような感情が痛いほど伝わってきて泣けてしまうのです。
真紅さんから私のしょうもない記事で涙が出たと言われて嬉しくなってしまいました。殆ど熱に浮かされて書いてます。
昔の記事にコメントをもらうことほど嬉しいことはありません。なにしろ探して読んでもらったわけですからね!
ほんとにありがとうございます。
早く買いたいです。
今は日本語字幕付きも出てますが
読めない中国語でも見てみたく。
どっちを買えばいいんでしょう?(笑)
個人的には両方買っちゃえ的です。
今年の夏から台湾映画にはまったので
他の方よりも遅れてますので
色んな情報が嬉しいです。
両方買うのだったらやはりまず中国語で観てから日本語版観た方がいいですよね。
台湾映画だったら『夜奔』観られました?大好きです。
昨日、たまらず、日本語字幕を注文してしまったのでそれは見ないようにして、先に中国字幕を買います!
「夜奔」は知らないです。探します!
いろいろありがとうございます。
楽しみがいっぱいで幸せです。
『夜奔』は私が中国映画にはまって初期に観て衝撃を受けました。
ネタバレになるといけませんが、ハンサムなブルジョアの青年が婚約者もいるのに旅芸人の青年に心惹かれていく、という淡いラブストーリーです。婚約者の女性も・・・あ、あんまり書いちゃいけませんね。
ブルジョア青年はホアン・レイ(レスリー・チャン『夜半歌聲 逢いたくて、逢えなくて』に出てた)婚約者は台湾の女優レネ・リウです。
一応内容は以前の記事で書いてたので興味があったら探してみてください^^;
いい作品なのは確かです。
僕はラストシーンの類似から、ヴィム・ヴェンダース監督のトム・リプレーもの『アメリカの友人』を思い出しました。冷たそうな色の海辺の男2人と女1人。でもアメ友はsexは描かないが、話はもっと大人の話で、打算と友情(男の男への愛)、殺人、犯罪にまみれているんですよね(原作がパトリシア・ハイスミスですから)。花蓮は打算にまみれてないんじゃないか。ラストシーンの海は冷たそうな色だけど、冷たくはないんですね。熱がある。
あと最後の海辺の3人のシーンで、ジェンシンが告白した後、ショウヘンに背を向けて去ろうとしたとき、俺もお前に隠していたことがあると言ってショウヘンが彼を呼び止めて例の告白をします。「お前は俺の一番の親友だ」と。結局、親友どまりなのかよと一部で多分評判が悪そうなのですが、でもその告白のあとショウヘンの表情がちょっと変化するように思いませんか。「あー、とうとう言っちゃった」みたいな感じがすると思ったんです。そこが素敵だと感じています。
僕はジェンシンのお仲間の中年ですが、なぜこの映画が封切のとき気づかなかったんだろうと不思議な気がします。そういう映画に目ざといのに。
そうなんですか!「アメリカの友人」をまだ見てないのですよ。是非観てみたいものです。
この映画を観てから時間が経ってますが、言われる通りあのラストの顔はなにか言いたげでしたよね。
もう一回見て確認してみなきゃ〜!!
ありがとうございます!!