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2007年04月18日

「嗤う伊右衛門」蜷川幸雄

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心に残るラブ・ストーリーだった。「四谷怪談」をこういう愛の形に変えられるとは思いもしなかった。
「四谷怪談」の決め台詞「うらめしや」は「愛している」という意味だったんだ。

蜷川映画今まで観た2作が芝居の呪縛から逃れられてないのと脚本の物足りなさと構成・演出に不満を感じたが、本作は全くそういった奇妙さがなく時代劇と芝居的要素がうまく混じりあっていい風味になっていた。
台詞のうまさは芝居的要素がうまく作用している。美術に関しても同じように効果的に表されている。芝居的というのではないが長屋のぬかるんだ地面や荒れた部屋の様子。相反して伊東邸の大きな花活けの絵など舞台を思わせる。

主人公・伊右衛門が唐沢寿明なのは軽すぎるのではないかと思ったのだが、観ていく内にその軽さが何かこれという取り得のあるわけでもない伊右衛門にちょうどいいと思えてきた。彼は頼りない存在で一見優柔不断のようだが実は一途で自分を偽ってはいないのだ。縁あって民谷家の岩と結婚し民谷家に入ることになるが顔に酷い疱瘡の痕が残る彼女を心から愛するのだ。
岩は武家の娘らしく気位が高く自我が強く初めは控えめな伊右衛門に反発するが彼の優しさに気づき深く愛する。
だが愛し合うゆえに二人は引き裂かれ別々の生活をすることになってしまう。

一般的に知られる「四谷怪談」そして先日観た同じ蜷川監督の「魔性の夏」と比べると実に面白い。
だが伝えられる「四谷怪談」と同じ部分もありそういった幾つもの要素が複雑に効果的に組み直され感心するばかりである。
「魔性の夏」の伊右衛門は岩に酷く非人道でそれに対し岩は観客の同情を乞うような耐え抜く良妻として描かれている、古臭い印象が残る。
引き換え、本作の二人の魅力はどうだろう。特に岩は現代の若い女性のようなイメージを受ける。頭がよくしっかりしすぎて男を遠ざけてしまう。適齢期を過ぎていても周囲から笑われていても自分がよければいいと強がり結婚などしなくてよいと考え働いている。晩婚で結婚した夫にも思ったことをはっきりと言い放つ。だが、心が通いあってからの岩は一途で女性的な優しさを持っている。なんて可愛いんだろう。
そんな岩をずっと思い続ける伊右衛門はそういう女性にとって理想の男性のように思える。
岩を演じた小雪は顔半分爛れていても美しく、きりりとした声と姿勢に強い女性を感じさせる。微笑むと可愛らしくて素晴らしかった。
伊右衛門は弱々しいようだが罪なき子供を殺した梅を怒り殺すのがむしろ毅然と感じた。

あちらでわがまま娘だった梅はここでは哀れな女になっている。お調子者で岩の妹・袖に恋していた直助はここでは妹・袖を強姦した筆頭与力・伊東喜兵衛を追い詰めていく。が、直助は実は妹袖を恋し姦していたのだった。この辺は直助と袖は恋仲だったが実は兄妹だった、という物語に基づいているようだ。
映画の最後に突然美形の侍が登場するがこれが佐藤与茂七であった。名前だけ登場というところなのか。

御行乞食・又市(香川照之)が物語の狂言回しとして登場。前回観た映画の時は悪く言ったが本作ではよかった。美味しい役だし。

監督:蜷川幸雄 出演:唐沢寿明、小雪、椎名桔平、香川照之、池内博之 、六平直政 、井川比佐志 、藤村志保
2003年日本

台詞が徹底しすぎて聞き取りにくく字幕が欲しいと思った人が少なくなかったらしい。自分は映画で聞く現代言葉が嫌いでむしろ昔言葉の方が聞きやすいのだが。
しかし字幕が欲しいなんてこういう言葉ってもう死語なのか。だから時代劇なのに現代言葉で話す映画が作られるのか。


posted by フェイユイ at 22:07| Comment(0) | TrackBack(1) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt: 蜷川幸雄蜷川幸雄(にながわ ゆきお、1935年10月15日 - )は、埼玉県川口市生まれの演出家、映画監督。俳優としての活動もある。開成高校卒業。娘(長女)は写真家..
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