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2007年04月23日

「ロリータ」スタンリー・キューブリック

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今、ナボコフの小説「ロリータ」新しい訳で読み直していて以前思った以上に面白かったので映画も観たくなったのだった。

この映画は大好きなキューブリック監督作品で1962年製作のものなので今までに観ていてもよかったのだが写真で見るロリータ役の少女スー・リオンが非常に可愛いとはいえロリータというには大きすぎるようで観る気がしなかったのだった。

原作と映画は違うものとはいえ、ロリータというのは一応年齢が重要だからして自分としてはロリータは15歳以下であって欲しいし。17歳でロリータはないだろ。一応原作のロリータは12歳で身長144センチ35キロから始まっているので。

というわけで今まで観てなかったのだが、ついに観る決意をし、結果色々と興味深く鑑賞できた。
問題のロリータは年齢的体格的不満はあるがやはり綺麗で原作にもある軽薄ですらある普通の少女を可愛らしく演じていたと思う。ロリータという名前ではなく中年男が恋をする年若い娘という役ならいいんだろう。でもやっぱりロリータなんである。胸も薄く腰も少年のような子供っぽい娘でなければ中年男にやられる痛々しさが感じられないではないか(こんな言い方していいのかわかんないが)

そしてストーリーは確かに原作をなぞってはいるのだが、全体からくるイメージが全く違う。
小説では彼の目を通してみたロリータや世界がハンバート・ハンバートの一人称で語られる。
映画ではハンバートの老いが強く感じられ憐れにすら感じられるが小説での彼は明らかにロリータとの逃避行の期間を享受している。少女愛好家が理想の美少女を我が物にしてその体を愛撫しながら旅行を続けるという夢のような体験を楽しんでいるのだ。
結局は一方的な嗜好を愛だと言い張っている異常性が感じられてそこが非常に面白いのだが、映画ではロリータという一少女に対する愛情がロリータのわがままで破られてしまったかのように見えなくもない。
ハンバートはロリータとの間に娘を作りその子が12歳になったらまた同じように愛し、その子が孫娘を産んだらまた、と考えているような男なのである。映画の彼はちょっと老けてるが実際はまだ30代後半なので。
12歳の少女のみを嗜好するからロリコンなのであってずっと愛し続けるなら普通の人である。

それにしてもやはり12歳の少女を愛する映画を作るというのは難しいことなのだろう。特に欧米圏では。
ナボコフもその設定を出版社に嫌われて閉口したと書いてあった。「農夫が12歳の少年を納屋で犯すという筋書きをリアルなタッチで描けばいい」と言われたそうでそういうものなのか、と変に頷いたりもした。

ところでロリータでもなくロリータ好きの男でもない自分のような女はこの小説や映画を好んでみるものだろうか。
ロリータと言えば日本には最古の長編小説であり最高のラブストーリーである「源氏物語」の紫の上である。
主人公の源氏が幼女でしかない紫の上を自分のものにしてしまうというくだりは痛々しくショッキングそのものだがその作者はもう少女ではない女性である。
少女ではない女性でもなぜか心惹かれるもしくは興味をそそられる何かがあるのか。

映画の話はどこかへ行ってしまった。背が伸びてしまったロリータと悪いおっさんのくせに憐れさをかもしだすハンバート、妙なインパクトを与えるクィルティ(ピーター・セラーズが怪演)物凄く存在感があって気の毒としか思えないロリータママなど、不思議に思える設定ばかりなのだが、これが精一杯だったのかもしれない。
最近の「ハードキャンディ」ですら巧妙なすり替えの物語だったと思えるし。
ジェレミー・アイアンズの「ロリータ」は未見。こちらも是非観たい。

監督:スタンリー・キューブリック  出演:ジェームズ・メイソン、スー・リオン、シェリー・ウィンタース、ピーター・セラーズ
1962年イギリス


posted by フェイユイ at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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