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2007年05月20日

「母たちの村」ウスマン・センベーヌ

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女性器切除をしている国があるということは最近になってニュースで知ったのだが、そんな怖ろしい事が今も行われているなど信じられない、というのが正直な思いだった。
不衛生な環境下でナイフあるいは石などを使用し女性外性器の一部もしくは全部を切除し縫合するという行為は例え異宗教であり異文化なのだといっても頷けることではない。
映画の中でもこの儀式は大昔(2千年ものあいだという)からの伝統なのだというのだが、その施術自体の想像を絶するであろう痛み、感染症、それ以降の排泄痛、性交時の激痛、恐怖、難産加えてHIV感染、という生涯における苦痛と恐怖は想像できる範囲のものではない。

長い間の慣習を部外者が軽々しく反論すべきではない、という人もいるのだろう。しかし施術時に死亡する例や性器切除により難産の上、母子死亡率が高い、ということでそれを受ける女性達が苦しんでいるのであればどうしても心は動いてしまうのである。
それにしてもこのような根深い慣習を映画の中でどのように描き導いていくのか、どうしようもない悲劇で涙を誘うのか、という懸念もあった。だが、本作の描き方の力強さはどうだろう。そこで映し出されるのは、のどか、といっていいテンポと明るく伸びやかな調子なのであった。

とりたててどこ、という名前はないが西アフリカ(セネガルのどこか、ということであろうか)の小さな村のようである。
そこでは女性達は明るい色彩の美しく清潔な衣服を身につけ、水や薪を頭に載せて運び、働いている。ラジオで音楽やニュースを聞くことが女たちの楽しみのようで質素ではあるが村の暮らしはのんびりとした秩序が保たれているようだ。
女主人公・コレの住む家は比較的裕福であるようだ。第一夫人、第三夫人たちと仲良く家を守っている。主人は勿論他の男に出会っても女性は身を低くして礼をするのが習慣のようだが、そんな中でも女たちはお洒落をし音楽を聞き、明るく生活している。

そんなコレの所に突然4人の幼い少女達が駆け込んできた。「性器切除」の儀式を受けなければいけないのだが、怖ろしくて逃げて来たのだ(映画では「割礼」と言ってるがやや中途半端な響きにも聞こえる。「割礼」というとユダヤ人の少年が行うものを思い浮かべてしまうが、先に言ったようにその内容は全く違う)
不思議なことであるがそうやって逃げて来た少女を保護する「モーラーデ」というものがあり、その力は強いもので「モーラーデ」を受けている少女を連れ去る事は出来ないという決まりがあるのだ。それを破れば呪いがかけられるというほど強固なものなのである。
だが「性器切除」の儀式を行う女性達や村長ら男達を断固として撥ね返さねばならない「モーラーデ」の役は容易いことではない。
「性器切除」を行わなかった女は「ビラコロ」と呼ばれ結婚もできない、と言われる。
自らの娘の性器切除をさせなかったコレは逃げて来た4人の少女を「モーラーデ」=保護することを決意した。

コレ自身は性器切除をしておりその為、セックス時に激痛を伴い、2人の子供を亡くしている。
コレの夫は優しくコレを愛しているのだが兄を始めとする村の男達に「夫の尊厳はどうした」と罵声を浴び仕方なくコレを鞭打つ。
村人の目前で激しく鞭打たれるコレはその痛みに耐える。

娘の性器切除をことわり、他の少女達を守るコレの力強い行動に賛同せずにはいられない。
コレが鞭打たれてから後の現象はもしかしたら「性器切除」を行っている社会への願いを映像化したものなのかもしれない、と思う。
コレの夫が勇気ある妻に賛成し、ビラコロの娘とは結婚させないと父親に言われた息子が父から離れ歩き出す。
女性達がコレに賛同して「これからはもう誰も性器切除はさせない」と叫ぶ。
慣習に逆らう女達に戸惑う村長ら男たちにコレたちは勝利を確信したように叫び踊る。コレの夫が妻を見てにっこりと微笑む。
これは実際にあったことなのか、夢なのか。
こうなって欲しいという希望なのではないだろうか。

女性たちに余計な知識を与えた、ということでラジオが燃やされる。それを見て女達は「(男達は)何も知らないんだから」と笑っている。
燃え盛るラジオの炎の中に性器切除のためのナイフが投げ込まれ、もくもくとした黒い煙が美しい青い空へ昇っていく。
何も知らないよそ者が衝動にかられ言う言葉かもしれない。だけどもやはり願わずにはいられない。
長い間の慣習というだけでこのような苦しみを受ける人がこの映画のようにもうこれからは存在しないですむように、と。
何の知識も与えられない子供達が泣き叫ぶ苦痛はもう存在しないようにと。

「傭兵」と蔑まれて呼ばれていた物売りの男。小さな村にパンや衣服や小物を高値で売り女と見れば誘いかけるような男だったのだが、鞭打たれるコレを見てつい止めに入ってしまい、村の男達に殺されてしまう。軍隊を追われたのもわけがあってのことだったのだが。
蔑まれる彼もまた偏見の中で生きなければならない存在であった。

先に書いたが本作は「性器切除」の反対を訴えたものだが、それだけでなく、全体に流れているのんびりと穏やかな雰囲気、会話の明るさ、衣装や人々の美しさ(若者たちの手足が細長くてかっこいいこと)もまた堪能できるものなのである。
コレを始めとする人々の言葉の簡潔で力強い響きなどわからずとも聞いていて楽しいものであった。話のやり取りがアジアや欧米とはまた違った感覚があって面白い。
しかし何と言ってもコレという女性のかっこよさに見惚れてしまったのである。

監督・脚本・製作:ウスマン・センベーヌ 出演:ファトゥマタ・クリバリ マイムナ・エレーヌ・ジャラ サリマタ・トラオレ アミナタ・ダオ ドミニク・T・ゼイダ
2004年フランス・セネガル


posted by フェイユイ at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | アフリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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