映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2007年05月27日

「かげろう」アンドレ・テシネ

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優れた短編小説を読み終えた後のような暫し陶酔感に浸る。
戦争の悲惨さ、恐怖が現実のものとして迫ってくるリアルな描写であた。軍人である父親が戦死した後の母と13歳の少年とまだ幼い少女の3人家族がパリを逃れ南仏へと逃げる途中、襲ってくるドイツ軍の爆撃の中で17歳の少年と出会う。
家族は森の中を彷徨う内、出会った少年が見つけた屋敷に留まる事にした。

物語は2人の子供の母親であるオデール(エマニエル・ベアール)の視点で進んでいく。
夫を失いなんとか二人の子供を守らなければ、という思いが痛いほど伝わってくる。
その為、過剰なほどの緊張感を持つ母親を息子フィリップ(グレゴワール・ルプランス・ランゲ)は大人びた口調で励ましていく。
突然彼らの前に登場した謎の少年イヴァン(ギャスパー・ウリエル)は家族の心を大きく揺れ動かす。

イヴァンの描き方はミステリーな雰囲気を持っている。彼は善なのか悪なのか。フィリップは最初イヴァンに強く惹かれ、母親オデールは強い反発を覚える。
出生や以前の生活に関することには触れようとしないイヴァンの秘密が少しずつわかっていく。丸坊主なのは感化院を抜け出したからだ。イヴァンは同世代の少女には興味がない、と言いオデールと体をあわせる時には「自分にまかせて」と(多分)アナル・セックスを求めているということで今までは男性との性交渉しかなかったのだということなのだろう。
次第に自分に優しく接してくれるようになったオデールにいきなり「妻になってくれ」と言い、突如出来上がった擬似家族を続けて行きたいと願う。
説明はないのだが、学校に行ったこともなく読み書きも出来ないイヴァンのそれまでの生活を想像するとこの願いは彼が持つ最大の思いだったんだろう。
一瞬、ずっと続くかに思われた幸せな関係と生活が(いつ死ぬかもわからない戦時下でありながら)2人のフランス兵の出現を機に崩れ始める。
だがそれまでイヴァンを子供として扱っていたオデールがフランス兵の訪れの後でイヴァンを男として求めたのはなぜだったんだろう。
オデールはもしかしたら最初からイヴァンに惹かれてはいたのだが、母親である為それを打ち消していたのだ。彼を見る度に彼を信じたい、という気持ちが強まっていったに違いない。拳銃を隠したのはそれがあることでどうしても拭えない疑惑と恐怖を消してしまいたかったのだ。フランス兵が来た時、イヴァンがいなくなってオデールは彼を失う危機感を感じた。それでもう自分を偽るのをやめてしまったのだ。
だが、物語は非情な方向へと進む。

農家で鶏を盗んでいるところを捕らえられたイヴァンについて警察に問われた時、オデールは何も答えなかった。「友達です」と答えたのは息子のフィリップだった。フィリップはその頃、もうイヴァンに対し失望していたのだが、彼を見捨てる事はいわなかったのに、母たるオデールはここでも子供たちを守る為に不利な弁明を避けてしまったのだろうか。

暫くしてオデールは、イヴァンが尋問を受け、何も答えず自殺したという知らせを受ける。
茫然と座り込むオデールはイヴァンの安否を問うフィリップを傷つけまいとして「イヴァンは無事逃げ出したらしいわ。賢いあの子らしいわね」と嘘をつく。それは相変わらず子供を傷つけまいとする母親の気遣いだったのだが、オデール自身そうあって欲しいという願いがそう答えさせてしまったのではないだろうか。

子連れの母親が、17歳の素性もわからない少年と寝食を共にし、その体も求めてしまう、というのは異常な戦争という状況が作り出したあり得ないことなのかもしれない。
またイヴァンのほうからしても彼のような存在が教師であり母親である女性と体をあわせるようなことはなかったはずなのだ。

リアルで淡々とした描写がそうとは思わせないが、やはりこれも一つの不思議な寓話である。

原題の「LES EGARES/STRAYED」は迷子という意味のようで、不思議な状況に迷い込んでしまったオデールの心を表しているのだろうか。
日本語タイトルの「かげろう」は羽のある姿は一日だけと言うその虫の特性からなんとなくイヴァンのことを表しているような気がする。一日だけ心と体を解放してしまったオデールのことでもあるのかもしれないが。

読み書きができない人にそれを教えてあげる場面、というのはいくつもの物語で愛の形として表現されているようだ。
思いつくままに「嵐が丘」の小キャサリンとヘアトン。愛というのじゃないかもしれないがドストエフスキーの「死の家の記録」刑務所内で美しい青年に読み書きを教える主人公の男性。これも男同士で悪いが「カリフォルニア物語」でのヒースとイーヴなど。
自分の名前よりオデールと言う名前を覚えようとしているイヴァンと熱心に字を教えようとするオデールの寄り添う姿はこの映画の中で一番セクシュアルでもあった。

監督:アンドレ・テシネ  出演: エマニュエル・ベアール ギャスパー・ウリエル グレゴワール・ルプランス=ランゲ クレメンス・メイヤー
2003年フランス


posted by フェイユイ at 00:04| Comment(8) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
整然と評を述べることが出来ない位、この作品に入れ込んでいます。
まず、ギャスパー・ウリエル☆魅力全開。不思議なこのお噺にぴったり。・・久し振りに水に出会いバシャバシャとやる水浴びのあのやり方!ユニーク〜ケモノみたい^^・・そしてその美しい面差し・・しかしお猿みたいな歩き方(わざとかなぁ)・・とにかく全てが素敵。
監督!〜男性なのにどうしてこんなに女性の心理が、生理が、解るのでしょうか?
最初に、オデールが恐怖の為失禁してスカートに染み作っちゃう。たぶんその時すでに、イヴァンは彼女を愛して始めていたのではないかと(私は感じた)。彼にとり彼女は初めての女性であり母であり・・。
そしてオンナ冥利につきる最高のプロポーズの言葉!!「妻になってくれないか」「一緒に居てくれ」「君の言うとおりにするよ」。。このシーン◎堪りませんね〜ぇ(壊)このシンプルさ!そしてあまりに唐突で、衝撃的で、奇想天外で、アデールが“ぷっ”と噴出してしまう瞬間、私も同時に噴き出していました。ナゼそこまで女心が解るアンドレ・テシネ!!(ベアールのアドリブかもしれませんけどネ)
非情な結末にはひたすら身悶え。ナゼ、アデールがイヴァンを引き取ってあげられなかったのか・・でも答えは自ずと彼ら二人のなかにあった、ということなのでしょうね(哀しい。。)
私の一番のシーンはやはり二人が結ばれるくだり。アデールはイヴァンを求める自分が抑えられない。恋しい・恋しい・・息苦しい程の恋心。二人の兵士が現われたことによって彼女のなかでイヴァンへの愛しさが、はっきりかたちを持って確認されたのですね。
フランス映画っていつも思うのですが、押し付けがましくない“大人の映画”だと思う。個人個人が、誰のせいでもない正に自分のことは自分で責任を取っている。それはフィリップのような子供の時分から培われているのだナァということもよく判った。
何百分の一も語れてませんが、とにかく官能に訴えかける優れた作品だと思います。
(アア〜酷い文で情けない〜☆)^^;
Posted by フラン at 2007年05月27日 23:32
フランさん。まずはこんなに面白い映画を紹介してくださってありがとうございます!こんなに色んな意味で巧みに作られた映画は他にそうないのでは、と思っています。

正直言って人妻且つ母親にとっては嬉しすぎる物語でしたねー(こんなこと言っていいのか、笑)
まあ、これが男性だったら結構あるとは思うのでたまには女も甘い夢を見させていただきましょう。

ただ勿論それだけでなくて私もうまく言い切れないのですが、登場人物の心理描写のうまさとか切なさとか素晴らしい映画でした。しかもそれがミステリー仕立てになっている面白さも加わって短めの作品なのですが、中身の濃い逸品ですね。

ギャスパーくんは若いせいもあってか、私としてはキャーという感じではないのですが、凄い美貌ですね。今夜も彼の映画を観るつもりで楽しみです。
フィリップが大人びていてしかもまだ子供っぽくてフランスの少年ってステキだなあと見惚れてました。お母さんの慰め方なんて他の国の子にはちょっとできないのじゃないかなー。

いえもうフランさんの気持ちが凄く伝わってくる文章でしたよー。
そういえば私も大好きなほど、興奮してうまく書けなくなります(笑)
Posted by フェイユイ at 2007年05月28日 20:39
フェイユイさんに喜んで頂けて、私も本当に嬉しいです^^!
・・ちっさい女の子にもセマられてましたよね、イヴァン(笑)。全くオンナって・・^^;おちびちゃんでもしっかりイヴァンのセクシュアリティ☆を感じているわけですよね。
そしてフィリップの母を守ろうとする男気質、唸ります大人で。
「・・そんなことはするべきじゃない」(アデールが家主の手紙盗み読みしてた時)と諭したり、イヴァンに「(母が)疲れて神経がやられているようだ・・」と語ったり。日本のいまの子にこの大人な行動が果たして出来るのかと考えさせられ。
只そうして突っ張って兵士が母に近付くのを必死で牽制するけれど(兵士も勘付きやれやれの顔してて可笑しい)本当の母の恋心までは、流石に気付けなかった。
でも最後はうすうす感じていたのかナ?・・
私はDVD購入したので特典を観れたのですが、監督とギャスパーの対談があり興味深かったです。ギャスパーったら監督の隣で何か気の利いたこと言おうとテンぱってるのが青くて麗しくて可愛い〜(^^)
テシネ監督が「ベアールはロリータの要素も持っている」といったのが印象的でした。
若い男の子とうんと年上の女性の恋愛。。これって(マ、自分の願望のせいもありますが;)実は理想的なかたちなのではないかと。。この映画からだけに限らず、最近そのことを強く感じている私なのです。特にこの映画ではそれがプリミティブ(原始的)なものであることに気付かせてもくれました。
Posted by フラン at 2007年05月28日 22:14
女の子、可愛かったですねー、おませ。子供たちってワリと適当に描かれてしまったりしますが、この作品では兄妹ともに魅力的に描かれていてそういう点でも細やかな映画でしたね。

フランさんが特典を見られたということでしまった〜、と。いや、一応見たんですけどね。レンタルのでは特典、って書かれてなかったんですが、どこかに隠れてたかも、なんて今頃になって思っている(笑)
やっぱりしっかりチェックしないと駄目ですね。私も可愛いギャスパー見たかったです。
べアールはロリータの要素も、っていうのは凄いですね。しっかり母親でありながら、清楚で初心なイメージなんでしょうか。彼女のキャラクターは素晴らしくてしかも同調しやすかったです。
Posted by フェイユイ at 2007年05月29日 18:47
連投失礼します。
特典は、レンタル時はなかったです。
監督が言っていた印象的なコト・・実際の森の中で撮影したが、現場に居るのが正に“子供と女だけ”だった。ギャスパーも監督からみて“子供”のようで(笑)・・監督はその状況が変わった(不思議な&特別の)経験だったということです。
Posted by フラン at 2007年05月29日 21:20
それを聞いてなんだかほっとしたような(笑)

オデールはイヴァンのこと、ずっと子供って言ってますしね。
兵士が来た時、大人だし、オデールの心が移ってしまう、とイヴァンも心配したと思うんですが不思議な話でした。
Posted by フェイユイ at 2007年05月29日 23:49
連投、再度失礼します。
「ロングエンゲージメントその2」でも触れたのですが、映画の全編にコメント被せちゃう“コメンタリー”というもの、映画への冒涜だと私は思うので好きではありません。この『かげろう』の特典、フェイユイさんにお話した後もう一度見てみたのですが、実は見残していた原作者のジル・ペローさんのお話(インタビュー)が、物凄くいいことに先程、気付きました。
監督とギャスパーも勿論コメンタリーなどではなくお互いに隣り合って相手の話に聞き入りながら作品に関して述べ合っている映像。ライブで映し出していますから二人の関係性も見えますしこういうカタチで特典を入れた製作者の丁寧な創りに作品への愛を感じます。これこそが、特典(ボーナス)ですよ。
原作者の本音(非常に丁寧に、原作が映画に翻案されていく最良の過程について語られていました。感動しました!)をご本人に語ってもらう◎なんて本当にいいDVDを購入できたと改めて思いました。
他には撮影時のモノクロスナップ(またおしゃれなんだこれが。)とポスター映像が収められていました。
フェイユイさん、(私はフランスからの回し者ではありませんが〜^^;)そんなわけでこのDVDは☆お薦めです。
Posted by フラン at 2007年05月30日 13:12
最近コメンタリーよくついてるのでつい見てしまうんですが、感想を書くのにもイマジネーション崩れちゃうんでもう観るのやめようかな、と思ってます。
だけど、ここで全部答えを言われてしまうわけで、「監督はこう言ってましたよ!」なんていわれるのもな、と弱腰に(笑)
エーイ、感想なんだから答えと違っててもいいですね!(何を伺っているのか^^;)
だからついてないとほっとします(とことん、気弱です私)

いいですねー「かげろう」DVD。購入、考えてみますわ(笑)
Posted by フェイユイ at 2007年05月30日 15:44
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