映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2007年05月28日

「11'09"01/セプテンバー11」 

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2001年9月11日米国同時多発テロ事件をモチーフに世界各地の11人の映画監督がそれぞれの視点で描き出している。
特にNYワールドトレードセンターが崩れ落ちる場面がその象徴としてイメージされている。一つの作品の長さはテロ事件の日を表し約11分となっているという。

さすがに11人の監督の作品となると好みや不出来が気になってしまうものもある。
が、また人の感情はそれぞれなので各種の作品の中から様々な意見、感動、反発、が生まれてくることが重要なのだろうと思う。
様々な視点と書いたが見通してみると意外とアメリカに対して皮肉な見方をしている方に偏っていたようにも思えるのだが。

この映画作品を観たのは中にイギリス、ケン・ローチ作品が入っていたからなのだが、私はまだローチ映画をそれほど観ている者ではないのでまたさらに監督の凄さを見せ付けられてしまった。
「藍空」から読んでいただいていれば判っていただけると思うのだが、中南米の映画から見て取れるアメリカ合衆国というのはまさに「敵」そのものである。(例えば日本人の多くが)アメリカ映画などで洗脳されてしまっている単純に愛すべき国家ではないということをこの短編の中でローチ監督は描き出している。同じ日付で過去に悲劇が起きていたのにアメリカが攻撃された時だけを記憶に残すのか。
9:11をテーマにということでケン・ローチ監督の視線は鋭い。

順番めちゃくちゃだが、最初の作品、サミラ・マフマルバフ編(イラン)
イランに亡命したアフガニスタン人が核攻撃を怖れてレンガ造りの核シェルターを作っている。その中には多くの幼い子供たちが泥だらけになって原料を足でこねている。若い女教師がそんなものでは核を遮断できない、と言い子供たちを集めて授業を開始する。
子供たちの表情がたまらなく可愛らしい。若い教師の説明が適当すぎるからだが、幼い子供たちは教師が言う「ニューヨークの大きなビルに飛行機がぶつかったので黙祷しましょう」という意味がさっぱりわからない。
核シェルターのための泥を少ない井戸水でこねている子供たちに遠い国の大事件を理解しろと言ってもしょうがない。むしろ亡命した子供たちの姿の方に胸が痛む。が、子供たちは明るく笑っていて天真爛漫そのものなのであった。

ユーセフ・シャヒーン編(エジプト)
1983年にベイルートの自爆テロで死んだアメリカ海兵隊員の亡霊との会話で物語が進む。
ここでもアメリカに対しての批判が行われる。映画監督を主人公にしたストレートな作りとなっている。

イドリッサ・ウエドラオゴ編(アフリカ・ブルキナファソ)
僕たちの町にビン・ラディンがいたら!?捕まえたら莫大な賞金が転がり込む!!
よく似た男を見かけたことから病気の母親を持つ少年とその仲間達がその男を捕獲せんと武器を手に行動を起こすが。
おかしな話だがいかにも田舎町の少年達がやらかしそうな出来事だ。病気の母親の薬代を逃してしまった少年の涙は悲しいが、友達思いの裕福な仲間によって一件落着。よかった。

ショーン・ペン編(アメリカ)
正直言ってちょっと気持ち悪かった。自国を風刺した、といってもそこに多くの人々の命があるのに日当たりがよくなったーって。
あまりにブラックでぞっとした。自国を批判するのは勇気がいるがッ私の好み的にはもっと違ったアプローチでやって欲しい。この作品は結構気に入ってる人も多いのだから謎。

今村昌平編(日本)トリである。
この作品も(日本人の感想としては)賛否大きく分かれていたようで。私は実は今村監督も入っていたとは知らず驚いて鑑賞。
さらに作品として一番面白かった。ケン・ローチは物凄く賛同したのだが、様々なフィルムを組み合わせて作り上げられた映像だったが、こちらは全くの創作ドラマで最もまとまった映画らしい作品になっていた(へんな言い方かな)
ただし設定が9:11と離れていてしかもかなり奇抜なものだったのが評価を左右してしまったのだろう。しかも日本ではこういう田舎を舞台にしたものはかっこ悪いと敬遠されるようだ。
私としてはもう冒頭の蛇男からぶっとんで見入ってしまった。なんで9:11なのに日本兵の蛇男???今村昌平って自由すぎる。
しかもその蛇男は田口トモロヲだったのですね。最後まで気づかなく物凄い人がいる、と度肝を抜かれてしまった。生きたネズミも食ったし(違うだろ)
出演者がさすが今村監督がらみの凄い役者陣で見ごたえ充分。特に丹波哲郎スケベ和尚には涙もの。「豚と軍艦」ではかっこいい兄貴だったのに〜。蛇男・父が柄本明、母が倍賞美津子、他にも緒方拳、市原悦子、役所広司、麻生久美子など、11分間が濃い。
田口トモロヲ演じる日本兵・勇吉は聖戦と言われお国のために戦い、蛇となって帰ってきたのだった。
ネズミを食らい母に追い払われた勇吉は蛇のまま身をくねらせて山の中へ逃げていく。その姿が悲しい。
とはいえ今村監督のものはいつもなにやらおかしくてたまらない雰囲気があるのだが、これにもそのおかし味が溢れていて悲しいけどおかしい。という味わいがある。
最後に勇吉が水に入っていくとこもトモロヲ氏の素晴らしさもともなっておかしくてつい笑えてしまうのはどうしてなんだろう。そして笑いながらも悲しい。
聖戦というのはない、っていうことでこれは最後にテロリズムに対しての批判ということで他の作品とは違うものであるのか。
勿論、アメリカに対しても聖戦と称しての攻撃・侵略をしているのではないかと突きつけそれを否定しているのだと思うのだが。

追記:この作品が今村昌平監督の遺作だったんだ。ウーム、70代後半にして最後の映画でこのふざけた感覚。他の諸監督と全く違う奔放さ。
改めて凄い。


監督:サミラ・マフマルバフ[イラン]、クロード・ルルーシュ[フランス]、ユーセフ・シャヒーン [エジプト]、ダニス・タノヴィッチ [ボスニア]、イドリッサ・ウエドラゴ [アフリカ]、ケン・ローチ[イギリス]、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ[メキシコ]、アモス・ギタイ[イスラエル]、ミラ・ナイール[インド]、ショーン・ペン [アメリカ]、今村昌平[日本]
2002年フランス




ラベル:テロリスト
posted by フェイユイ at 00:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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