映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2007年07月15日

「二十日鼠と人間」ゲイリー・シニーズ

ll.jpg

1930年代アメリカ、大恐慌のカリフォルニアが舞台となる。
原作は残念ながら未読だが、ジョン・スタインベック「二十日鼠と人間」を忠実に映画化した作品ということらしく簡潔で緊張感のある作品であった。

小柄で頭の切れるジョージと対照的に大男で怪力なのに子供のような精神と知能であるレニーの物語である。
ジョージはいつも足手まといになるレニーに正直嫌気がさしている。ジョージは知能が遅れているレニーといつも行動を共にしているのだが、見つけた仕事場の先々で彼の執着心と怪力が面倒を起こしてしまうのだった。
しかもポケットには死んだネズミの死骸を入れている。彼は小さくて柔かい手触りの動物や物が好きでいつも触りたがるのだ。ジョージは苛立ちながらレニーから死んだネズミを取り上げ投げ捨てた。

他の男が二人がかりでやっと持ち上げる重いものを一人で軽々と持ち上げてしまうレニー。だが頭と心は子供そのもので、頭のよいジョージを頼りにしている。だがジョージがかっとなって別れたいと言われた時は「一人でやっていくよ」という健気さもある。が、そう言われると逆にジョージはレニーを離せなくなってしまうのだ。

小さな動物が好きで純朴なレニーは可愛らしい存在だ。
もう一つ彼が好きなのはジョージの話を聞くこと。それは将来二人で小さな牧場と家を買って住むという夢の話なのだ。馬と牛と鶏とレイニーのためにウサギを飼うという他愛もない希望。頭の弱いレニーなのにジョージの言葉は驚くほど覚えていて話をせがみながら次々と先を話してしまうレニーが酷く可愛い。ジョージも少々うんざりしながらもレニーが屈託なくせがむので仕方なく話して聞かせてやる。そんな二人の様子が凄く幸せそうでこっちまで嬉しくなってしまうのだ。

ジョージが新しく見つけた牧場の仕事を二人はなんとかこなしていた。牧場主の息子が頭の弱い大男のレニーに目をつけたのとその妻が美人でやたらと話しかけてくるのが気になるが二人は「面倒は起こさない」といい続けてやり通していた。
二人がまた夢の話をしている時、いつの間にかその話を聞いていた老人がいた。老人は可愛がっていた老犬を「臭いから」という理由で銃殺されたのだ。老人はせめて自分で殺せばよかった、と悔やんでいた。その時二人の夢の話を聞いてその話に乗りたいと言い出したのだ。牧場を買うための半分は自分の貯金を出すと言う。老人はいつか自分も役立たずとなるのを恐れ二人の牧場に住みたいと言うのだった。
二人の遠い夢が突然現実のものとなった。
残りの金額を稼ぐ為、二人はますます頑張ろうと思った。

若い女性が物語の波乱の元になっている。しかも始めから注意していたのにどうしてもその災いを祓いのけることができないのだ。

簡潔な物語なのだが、伏線がうまく使われ出来事にも言葉にも意味がある。
レニーが小さくて柔らかなものを触るのが好きなことが大事件となる人妻の殺害のきっかけになる。
そして老人が可愛がっていた犬を自分で撃ち殺すべきだったという一言が殺人を犯してしまったレニーを自ら撃ち殺すジョージの決意にかかってくる。

レニーは逃亡している時もジョージが怒っていないかだけを気にしている。言われたとおりの隠れ場所を探そうとしたが見つからなかったのだ。でも言われたことは覚えていたよ、と言い訳する可愛いレニー。最後までジョージの話をせがんで聞こうとしたのだ、レニーは。

ジョージはレニーが自分の言葉だけを覚えていたことに愕然とする。何とかしてレニーを逃がそうと思っているのだが、追っ手がせまり捕まったらどんなリンチを受けるかしれないのだ。

貧しく身よりもない二人は互いしか頼る者がなかった。レニーは何度も繰り返し聞きたがった「流れ者には家族も身よりもいない。でも俺達は違う。お前がいる」「そしておいらにはお前がいる。お互いが大切だろ。これからのことも話してくれ」「農場を持つ。牛と豚と鶏を飼う」ジョージは懸命に涙をこらえ、レニーは嬉しくてたまらないようだ。そしてジョージはレニーを撃ち殺した。

レニーがジョージの帰りを待っていたようにジョージにもレニーが大切だったのだ。だからこそ他の者に殺させるわけにいかなかったのだ。

他の者からも「二人組みというのは珍しい」と言われながらいつも二人
だったジョージとレニー。
彼らの関係と言うのは同性愛というのでもなく友情というものでもないのだ。
二人がずっと一緒に暮らしていくことは叶わぬ夢だったんだろうか。
逃げたレニーを追っ手より早く見つけ出すと言って転びながら走っていくジョージ。そして本当に誰よりも早くレニーを見つけた。互いを見つけた時、走り寄ってしがみつくレニーをジョージが抱きしめる場面。
そしてジョージが覚悟を決めてレニーに最後の話をしながらレニーの肩で涙をこらえる場面は我慢できないものがあった。

変な言い方だが文芸作品なのにも関わらず、この映画を観るとそれ以上の身近な感じがしてしまう。
それは主演の二人ジョージ=ゲイリー・シニーズとレニー=ジョン・マルコビッチの素晴らしい演技のせいなのだろう。
二人のつながりが単なり創作ではないものを感じさせてくれるのだ。
本作でゲイリー・シニーズは主演だけでなく製作・監督も担っていてその才能を思い知らされる。(関係ないが私は彼のことを小隊長殿と呼んでいる)
最近よく観ているジョン・マルコビッチ。本作では本当にイッテしまってる人でさすがに素晴らしい。しかもこんな大男だったとは。確かに「魔王」の聖クリストファーは大男の聖人がモデルになってるので彼がぴったりだったわけである。こうして見ると物凄い怪力男にみえるのも不思議。
それにしてもレニーの純真な可愛らしさ、大男の悲哀が愛おしくて切なくてたまらなかった。
何とかして二人の夢が叶わないかとどうしても思わずにはいられない。ふと「ブロークバックマウンテン」のジャックがイニスと農場を持って暮らしたいと願うのを思い出してしまう。
はみ出し者であるなら自分達の農場を持って誰からもとやかく言われず暮らしたいと願うのは当然だろう。その夢さえも叶わないのが悲しい。

監督:ゲイリー・シニーズ 出演:ジョン・マルコビッチ、ゲイリー・シニーズ レイ・ウォルストン ケーシー・シーマズコ シェリリン・フェン
1992年アメリカ




ラベル:友情
posted by フェイユイ at 22:50| Comment(4) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この作品は観たことがないのですが、フェイユイさんの解説を読んで、観たくなりました。
やっと映画をみたり出来るようになったここ三年位の間に知り得た俳優達の中で、このゲイリー・シニーズとジョン・マルコビッチは特に好きな役者だったので、その二人が主演おまけにシニーズが監督とは。レビ゙ュー読ませて頂いただけで二人の様子が目に浮かぶようです・そして哀しい・・(T_T)ほんとう、ブロークバックマウンテンを連想しますね。機会があったら観てみたいです。^^
Posted by フラン at 2007年07月16日 11:26
私はストーリーを全部書いてしまうので未見の場合、申し訳ないです。でもこの映画はネタバレということで価値がなくなるようなものではないと思います。
私の文章ではとてもこの映画のよさは語りきれないのですが、フランさんが観たくなったと思われただけで書いた甲斐がありました。
私はこのような映画があること自体全く知らなかったのですが「雑文手帳」の方で書いた「朝日百科・世界の文学」6.7南北アメリカの巻を読んで知りました。この本は映画の写真がたくさん載っているのですがこの映画の一場面があってはっとなりどうしても観たくなったのです。(他にも色々アメリカ映画の写真があって結構見ごたえあります)
マルコビッチもシニーズも巧い役者と思ってはいたのですがこの映画でまったく惚れ込んでしまいました。ドイツ映画にはまる予定だったのですがこの二人の映画も追いかけたくなり困っています。

本文でも書いてますがスタインベックなんていうほとんど古典文学のような小説がこんなに新鮮な感動を呼ぶものなんて予感もせず観てしまいました。
ゲイリー・シニーズの監督としての才能も素晴らしいと思います。
ほんとに機会があったら是非是非観てほしいです!!!

比べなくてもいいんですが私としては「ブロークバックマウンテン」と同じくらいまたはそれ以上に衝撃を受けた作品で素晴らしいと思いました。問題はゲイであるかどうかなのでしょうか。この辺のこと、また考え続けそうです。
Posted by フェイユイ at 2007年07月16日 16:24
この作品に深い愛情を持っていないと書けない、それ位完璧な評ということが、鑑賞した後読み直させて貰ってよくわかりました。^^ただ、鑑賞してみて、今ひとつの物足りなさが。。
二人の関係性が暗示にせよ何らかで示されることがとうとうなかったことと、構成上のラストのあっけなさというかもう少し重石で押さえるように終了したらよかったのではないか、ということ。
伝えたいことはよく解るし簡潔に語られています。只「主題だけ」を語って終わってしまったという感が私はしました。もうひと押し!という感じでしょうか。
最後まで二人の関係性が明かされない、というのはやはりハッキリ云って同性愛なのではないかと私は思います。この原作の時代ではとても表立っては表現できなかったと思われますし。・・どう考えても親戚でもないのに寄り添っている二人?ですから、答えは自ずと・・でも少し無理して考えるなら、寓話的に“二つの魂が寄り添うものがたり”なのかもしれませんね。。。
Posted by フラン at 2007年10月15日 14:53
こういう話は弱いです。ツボというか鬼門と言っていいのか(笑)
私は彼らは同性愛ではないと思っています。かといって友情でも兄弟愛というのでもなく互いに足りない部分を補足しあい互いがいないと生きていけないようなそんな関係ではないかと思うのです。フランさんのいうように“二つの魂が寄り添う物語”ただし一つでは欠けたままの魂が。

物語のあっけなさはスタインベックの原作を忠実にそのまま映画化してるから、と言えばそれまでなのですが、この作品に関してはこのラストで過不足はない、と私は感じています。
その辺の感動を私ではなかなかきちっと文章にできないでいるのは力が足りないから、としか言えません。

この地味な物語をよく映画にしてくれたなー、シニーズ氏に感謝するしかないです。これを観るまでスタインベックを読もうなんて考えもしませんでしたから。

シニーズとマルコビッチのお二方にも惹かれます。
Posted by フェイユイ at 2007年10月15日 18:02
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。