映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2007年09月04日

『回路』黒沢清

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弱ったな、『CURE』を観て感心して以来黒沢清監督作品を観ていこうと思ったのだが観るたびごとに興味がわかなくなってきている。
監督の製作年表を見ると新しいものほど面白くなくなってるような気もしてちょっと残念になっているのだ。
画面では様々な異様な光景が映し出され、観る者を混乱に陥れようとしているがさほど驚くことはない。根源的な破壊、世界のぶっ壊れ方が小さなものになってしまっているようなのだ。

本作はインターネットであの世とこの世をつなげてしまうという試みと人間関係の希薄さを訴えているものなのだが、途中からインターネットが関係なくなってしまっている上に非常に個人的な内面を追求してくれるのか、と思ったものが突然世界中を巻き込んでしまうような大掛かりなものになってしまうのだがそれが恐怖を呼んでしまうようには思えない。
考えれば『CURE』もそういう意識がなかったわけではないがあまり広がってしまわない内に終わった所がよかったのではないか。

だが、本作でがっかりしたのはそういった物語の本筋以前で女主人公ミチが観葉植物の即売会をする、と話している職場を見た時からである。
始めは趣味の同好会での話しかと思っていたら4人の若者を従業員にしている会社であった。
しかし一体あの働きぶりで経営が成り立っていくのだろうか。どうやって4人の人件費と社長の給料を捻出しているのか。
観葉植物販売店を装った麻薬取引組織に違いない。あの二人の女性の軽装とヒールの高いミュールで観葉植物の管理ができるものか。
そういった仕事には作業服と長靴、麦藁帽といった虫除け・日焼け対策が必要である。
些細な事にグチを言っているようだが、冒頭部分でリアリズムを感じられずその作品の中に入っていけなければ陶酔していけないのだ。
リアルな生活を見せられるほど後で起きる異常な事態がクリアになっていくと思うが私にはミチの仕事の方が異常な状況のように思えた。どうして社長以外同じ年頃の若者が4人いるのだろう。普通なら仕事に慣れたおばちゃんやらがいて当然なのに。
黒沢清監督の映画にはこのような職場のリアリズムが非常に欠けているように思える。『CURE』ですら警察のあり方が嘘っぽく感じられたのだが、話の面白さがなんとかそれを誤魔化していた。
ここではその現実性のなさが露呈している。加藤晴彦演じる大学生の大学生活にも「らしさ」が見えない。
春江は人間関係の希薄さを恐れ厭世感の強い女性なのだがその割には随分気さくで亮介ともすぐ仲良くなっていくのも頷けない。

つまりは設定もキャラクターも皆リアリティがないのである。リアリティがないのに幽霊を怖れなくてもいい。
物語は破綻し、現実性がなくてもいい(ない方が面白い)がそのためには設定がリアルであったが効果的である。

これは好みの問題かもしれないがミチがおせっかいほどの面倒見がいい女性でそのミチが生き残っていく。という筋立てがちょっとお説教じみている。実際にはそういう人が先に死んだりして悲しいものだと思うのだが。

幽霊がちょっと出てきて人間関係と孤独について少しだけ語られ人類の未来を危ぶむ、という大きなテーマになったりしてどの話も中途半端で終わっている。
私にはそのどのエピソードもあまり怖いものではなかったし、考えてみたいものでもない。
幽霊が増えすぎて居場所がなくなりこの世に現れる、という考え方は昔よくしたものだ。(みんなしてるのではないか)
映像になればあまり大した思いつきでもなかった。

この映画で一ついいのは使用される建物がちょっといい感じであることぐらいか。『叫』でもそういった「いい感じ」の建物が使われていたが主人公の住むアパート、近くの朽ち果てた工場などは観ていて楽しい。
それだけがいい、というのはあまりにも悲しいが。

監督:黒沢清 出演:加藤晴彦 麻生久美子 小雪 有坂来瞳 松尾政寿 武田真治 風吹ジュン 哀川翔 役所広司
2000年日本
タグ:ホラー
posted by フェイユイ at 21:19| Comment(6) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ハイ、黒沢清作品には現実味がありません。『叫』でも、そうですけど。例えば小西真奈美演じるハルエなんか特に。あと特徴としては、廃墟が好きですね。あと半透明のビニールとかカーテンとか。ハリウッド映画の対極みたいで、出てくる建物は安っぽいです。

『回路』は、最初は個人的な事件が、段々と拡がり、世界全体を巻き込んでいくというのがテーマなのですが・・・。
その大仕掛けが、つまらないとなると・・・


『叫』でも、世界全体を巻き込む方になるかな〜と思ったのですが・・・
役所広司演じる刑事が、道路でカラスの群を見るシーンが、そんな雰囲気が濃厚でした。

武田真治のなんかリアリティ・ゼロの説明だけするキャラですね。

この映画は、封印してある「開かずの扉」を開けたら、ウィルス(幽霊)が、いっぱい出てきて世界が崩壊するという単純な話です。

演出はいい加減です。加藤晴彦演じる大学生が、最後の方で、小雪演じるハルエを捜す時に、直観で近くの工場にいると感じます(何故?)。そして工場に行くと、ポリ袋を被ったハルエが登場してきて、銃で自殺します(何故?)。

黒沢清作品は、現実味や因果関係を重視しません。予測を裏切るのが好きなのです。私は見ていて「エエエ???」と思ってしまいます。

突然、工場の煙突から黒い人(?)が飛び下りたり・・・。人が壁の染みになったり・・。風が吹くと塵になって、飛んでしまいます。

ところで、部屋の映像などは、『珈琲時光』の陽子の部屋と似ている気がしました。『回路』の方が、暗くて、人がいるかどうか、よく解らない映像が多いのですが・・・

2人とも小津安二郎の影響を受けていますけど。

あと黒沢作品としては、トヨエツ主演の『LOFT』はメッチャ美しい作品なんですが・・。
これも本当に現実味のない作品です。終わり方なんて、吉本ギャグかと思いました。『叫』で、洗面器に落ちてくる幽霊もそうですけど。
Posted by おおくぼ at 2007年09月04日 22:05
やはり私は書き方がまずいんですねー。なんとか自分の考えを書きとめようと思ってるんですがおおくぼさんのコメントを読んでいると自分の筆力の至らなさを反省します。
こう言ってしまうと身も蓋もないんですが結局黒沢清の演出が好きかどうかだけなんですね。
例えば私は塚本晋也監督が大好きですが彼のも現実味があるかどうかというと無論ないのですが私が求めるリアリティはある。
ここで言ってるのも最初の主人公の職場が私が感じるリアリズムがないのでその世界に誘っていってもらえないということなのです。
話に現実味がなくても設定には現実味があって欲しいのですね。そのさじ加減は個々の趣味としか言いようがないのですが。
「鉄男」なんかも同じような筋立てかもしれないのですが私はあちらはOKなんですよ。
他にも日本・外国問わず変な映画が大好きですが『回路』は私にとっては爆発不足でした。もっとはちゃめちゃして欲しかった、というのか(そう書けばよかったのかも。も少し考えます)
突然変な行動する、とかはもう全然かまわないのですが仕事場のリアリティは必要なのです(妙なこだわりが^^;)少しはずすのはいいのですが。

とはいえ黒沢清、もう少し観ていこうとは思っています。
ある日、ツボが判るのかもしれません(笑)

もう一つ書き損ねたんですが春江、と呼び捨てにせず最後まで春江さん、と呼んで欲しかった。

それにしても私の悪口文章読んでくださってすみません。ありがとうございました。
おおくぼさんのコメントでまた少し文章についても考えてみれそうです。
Posted by フェイユイ at 2007年09月05日 00:11
いえいえ、フェイユイさんの感想は読んでいて物凄く面白いです。褒めればいいという訳ではありません。私もかなり辛口ですし、辛口感想は大好きです。
フェイユイさんの文章は、長いのところが素晴らしいです。長い文章は、かなり気合いが入らないと書けません。以前の記事を読ませてもらったら、前半・後半という書き方が多かった気がします。これは記事に字数制限があったからでしょうか?

ところで塚本晋也監督作品は、「鉄男」を含めほとんど観てないのですが、「BULLET BALLET バレット・バレエ」と「双生児」は観たことがあります。特に「BULLET BALLET バレット・バレエ」は面白かったです。

最近、王家衛の『天使の涙』を観直したのですが、凄い映像と同時に、ムチャクチャな展開に唖然としました。
そして黒沢清も王家衛も、「ゴダールの影響で、あんないい加減な展開の映画を作っているのかも?」と思いました。

とにかく、この2人の監督は、普通の話じゃな退屈だから、観客の予測を裏切るように作り替えたいという欲望が、結果として、あんな作品になってしまうのでは? と思います。

私は、黒沢清の映画に触れてから10年以上経ちますが、最初は苦手でした(「スウィート・ホーム」「地獄の警備員」なのですが・・)。

ただ映像の作り方が、かなり気になって、何度か観る内にハマリました。「回路」を始めてみた時は、「???」でした。

黒沢清は本を何冊出していて、かなり独自の理屈と知識を持っているのです。ちなみにトビー・フーバー監督が大好きだそうです。

Posted by おおくぼ at 2007年09月05日 21:07
前半・後半という書き方!これ凄く恥ずかしいんですよねー^^;
字数制限とかじゃなく自分が映画を観てブログを書ける時間制限というのか^^;
その頃はとにかくブログを書きたい気持ちが強かったのですが、映画一本観ると(書き慣れないせいもあって)1日では記事を書く時間が足りない。で、前半後半に分けてたんですね。今思うと映画を真っ二つにするなんて、と呆れますがその時はそれでよかったという(大汗)
ある時やはりそれはあんまりだと観終わってから書くようになりました。という凄く恥ずかしい話なんです。普通やりませんよねー(真っ赤)

塚本晋也監督も最近になってはまったんですが(少し前に記事書いてます)まだ全部は観てません。これも楽しみ。

王家衛は好きという言葉では足りないです。なんかもうどきどきして。彼の世界は私にとって語りたくないくらいの夢ですね(たくさん語ってますが(笑))

黒沢監督も後の作品ぼちぼち観て行きたいですね。面白いものがまだまだあるぞーというのは幸せです(笑)
Posted by フェイユイ at 2007年09月05日 23:55
『インターネット』という閉じられたネットワークから『現実』という開かれたネットワークに浸食してきたんですかね…
Posted by 黒 at 2015年04月24日 09:22
ほぼ言い掛かりじゃん
ただ難癖付けたいだけの中学生みたい。
おおくぼとか言う人もうろ覚えで偉そうに語ってるし
こんな人たちに映画語ってほしくないね。
Posted by あ at 2016年06月15日 19:56
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