映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2007年09月09日

『パフューム ある人殺しの物語 』トム・ティクヴァ

pt[.jpg

最も酷い悪臭の街の中で最も素晴らしい香りを作ることができる主人公が生まれたという凄まじい映像の冒頭である。

匂いというのは生を示し、また死も表す。どんな人も死ねば悪臭を放つのである。また生きている間にもその人の匂いというものがある。
主人公グルヌイユは体臭がないという。現実にそういう人がいるのかは知らないがそのこと自体が彼が存在しているのかいないのか判らないという物語なのだ。犬ですら彼が通っても気づかないのである。
彼自身匂いがないというのは存在しないことなのだと嘆く。匂いを追い求める事が彼の生きる目的だった。その方法が普通の人間にとっては間違ったものだったとしても。

人は何によって幸福を感じるのだろう。多くの人は愛する人を見つけその人と愛し合い家庭を築くこと、と答えるのではないだろうか。人間が生物として存在するのならそのことが目的であるのは自然なことなのだろう。
作中で説明もあったが主人公グルヌイユは一度も愛し愛される事を望むことはなかった。
彼を観る者はその姿に哀れを感じてしまうかもしれないがグルユイユ自身はそれを求めてはいないのだ。
彼の目的は最高の香りを保管したい、ということだけ。
そしてその目的にたどり着いたのだから彼ほど幸せな人間はいない事になる。だが人は自分の価値観を他人にもあてはめてしまう。

匂いがない(存在しない)彼は匂いを求めそれを我が身の匂いにすることで存在を確かにしようとした。
だが愛することも愛される事も知らなかった彼はその方法によってもたらされる悲しみを気づく事はなかった。
自分の存在を証明することができればよかったのだから。

グルヌイユが作り出した匂いはなぜ人間の感覚を異常な状態にしてしまったんだろう。
彼はそのことを知っていたのか。なぜ若い女性の体臭を集めたものがあのような事態(最高に幸せを感じてしまう状況)に導いてしまうのか。私にはよくわからないのだが。
ただ彼がその力を何かに利用するということはなかったのだ。
彼がしたのは生まれた場所へ戻って体臭のない我が身に作り出した匂いのエッセンスを振りかけたということだけ。
そのために彼は愛され(食べられた?)この世から消え去ってしまった。それが彼の望みだった。幸せな人生。
望みを完全にかなえることができる人間というのはそういないだろうが、彼は自分の存在を確かめることができたのだ。
その幸せは他の者には理解し得ない幸福だがそれに近いものを感じる人もまたいるはずである。

「いい香り」というのは凝縮すれば悪臭になるという。逆に言えば悪臭とされるものを希薄することで「いい香り」を生み出すことがあるらしい。
好きな食べ物の匂いはいい香りだが他人の好物であっても自分が嫌いだと悪臭となる。
変な臭いが奇妙に好きな場合もある。
男性は女性より異性の体臭を嗅ぎたがる(気がする)そのためかよく変態男は臭いを嗅ぐ姿が表現され女性を慄かせる。
私はこの映画を観ている間中、側に置いたアースノーマットの香りが心地よかったのでどうもこの映画の香りのイメージはそれなのである。

やや長めの映画なのだが退屈することなく引き込まれて観てしまった。異常心理というジャンルほど魅力的なものはないのかもしれない。
その上でやや疑問を持つ点もあった。
グルヌイユは匂いそのものに強い興味を示すという性癖という説明なのに匂いを採取した女性は何故皆美人なのだろう。
美人だけがいい匂いなのか、匂いにこだわる割には美しさを「見てる」気がしたのだが、醜女だがいい香りの持ち主ということもあるのではなかろうか。
結果的に彼はその香りで会場に居合わせた群集を恍惚とさせ至福の感覚をもたらした。
それが現実に起こるかどうかはわからないが、集めたのは「若い女性」の体臭だけなのに効き目は男性だけではなく女性にもあるのだろうか。女性の匂いを嗅いでストレートな女性が恍惚となるのか、それとも若い女性の香りは男女に同じ効き目をもたらすものか。ストレートな女性なら若い男性の匂いの方が効き目があるような気もするのだがそれならグルヌイユは男性の体臭も集めなければいけなかったろう。しかしそれならロリコンや老女趣味の人には効かない気がするし。ショタコンやお爺趣味の人も。
画面上、ビアンの女性達も恍惚となっているのが幾組か見えた(これは解るとして)がゲイの男達の姿は見つけきれなかった(見逃しただけかもしれない。コマ送りにして見つけるか)ゲイの男達も若い女性の体臭ではその気になれない気がする(もっさり熊さんの体臭でなきゃねーウホ)
そしたら老若男女色々なパターンの体臭を集めねばならずグルヌイユもなかなか大変である。13人では追いつかないかもしれない。
風邪引いて鼻が馬鹿になってる人も駄目だが。後、もともと匂い音痴な人もまた。
アニメにしか興味のないオタクにも効かない(18世紀だからそれはいいか)
人間の全ての性衝動を網羅するのは難しい。

しょうもないことを書き並べたがゾクゾクと夢中になって観てしまった。本来なら人間の奥を覗いた恐ろしい作品として真剣に観なければいけないのだろうが。
こんな惨たらしい映画を楽しめてしまうというのは最悪な人格なのだろう。

しかし人を殺して体臭を集める(体を利用する)、などという話をドイツ人はまたもややっているわけでやはり怖い。

監督:トム・ティクヴァ 出演:ベン・ウィショー レイチェル・ハード=ウッド アラン・リックマン ダスティン・ホフマン アンドレス・エレーラ
2006年ドイツ





posted by フェイユイ at 21:03| Comment(4) | TrackBack(2) | ベン・ウィショー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ようやく観ました…
ダスティン・ホフマンさんが可愛かったですね…
処刑の場面で【匂い】より最初の女本人が欲しかったような表現がありましたが
やっぱり性衝動はあっても愛は生まれなかったでしょうね。
グルヌイユの獣のような最後まで無表情の顔が良かったです
最後は皆に足とか手とか分割してお持ち帰りされたのかと思ってました。
もう処刑とここは『あわわわ…なんでそうなる〜!?』ポカ〜ン…でした…^^;
Posted by may at 2007年10月05日 15:41
まったく「愛」ではないですね!
分割してお持ち帰り、は考えてなかったのでなるほど!って感じです。
あまりにも好きになって原作も読みました(笑)
でも映画のとおりでしたので余計驚きでした。
この映画で私はすっかりベンに夢中です^^;
Posted by フェイユイ at 2007年10月06日 01:18
ようやく記事を書きましたのでTBさせていただきます。
こちらにもぜひお願いします<(_ _)>
Posted by may at 2007年10月11日 14:07
TBありがとうございます。私も早速させていただきました。

匂い、というのを映像化したということでも強烈な主人公を描き出したということでも後に残る作品ですねー。
ティクヴァ監督作品観て行きたいです。
Posted by フェイユイ at 2007年10月11日 15:04
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック


Excerpt: ショタコン正太郎コンプレックス(しょうたろうこんぷれっくす)とは、少年を対象に抱く愛情・執着のことである。また、そのような愛情・執着を持つ者のことを指す造語。略語であるショタコン(Shotacon)や..
Weblog: おたくに萌え萌え-ナッツィーマン
Tracked: 2007-09-14 07:05

【パフューム〜 ある人殺しの物語】 
Excerpt: またTVが番組改編で特番で面白くないので、スカパーの夏フェスの特番や映画ばっかり観ていました…まずはこれ…【パフューム ある人殺しの物語】18世紀、パリの魚市場で産み落とされたグルヌイユは驚異的な嗅覚..
Weblog: 對不起Baby、のんびり隙間blog
Tracked: 2007-10-11 14:07
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。