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2007年09月30日

『ヴェニスの商人』マイケル・ラドフォード

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意外と最近作られたものだと後で気づいた。有名な古典名作なので何度も映画化されているのかと思ったら初の映画化ということだ。
やはり人種的問題があったということなのだろうか。

『ヴェニスの商人』と来ればシェイクスピア作品の中でも最も有名な喜劇であり、舞台は観なくとも小さい頃小説化されたものを読んだり、内容を聞いたりしたことはあるという人が多いのではないだろうか。
私も子供時代に簡単な小説になったものを繰り返し読んだものだ。
何と言っても金儲けの権化であり悪役の代名詞のようなシャイロックから苛められるアントーニオ、バッサニオの友情と美しくも賢いポーシャの明裁判に夢中になったものだ。
だが反面ひっかかるところもあって「肉を1ポンド切り取る」というのならそれはアントーニオが切り取って返すべきなのであって「血は含まれない」などと言われてもアントーニオの責任ではないのか、と子供の頃は憤慨していた。どっちの味方かわからないが。
改めて映画で観たらシャイロックが「心臓近くの肉を1ポンド切り取らせろ」と(日本語訳では)言っていた。惜しい。私が思ってたように「心臓近くの肉を1ポンドよこせ」とだけ言えばよかったのだ。そうすればシャイロックに流血の責任はなくなる。
とはいえ、この映画の状況ではどうしたってシャイロックはやり込められていたのだ。
問題は非キリスト教徒であるユダヤ人をどう「苛めるか」だけにあるのだから。

非キリスト教徒でありユダヤ人でもない自分はこの物語を単なる「面白い話」としてしか読んでなかったのだが、欧米では「悪しき物語」として認識されているらしい。
映画を観るとなるほど、と頷けるのだがユダヤ人はキリスト教徒ではない人非人で金の亡者だという刻印を打たれており、ゲットーに押し込められ自由な出入りもままならず、決められた服装を義務付けられているという殆どナチスを思わせる待遇なのである。
いわばキリスト教徒全体がナチスのようなものではないか。一見優しく友人思いのアントーニオらのユダヤ人への蔑視と唾を吐くなどといった態度の酷さを見るとシャイロックがあのような反撃に出たのも無理もなかろうと思わされる。
だがしかしシャイロックの反撃もほんの短い間だけのものであり、結局はキリスト教徒たちに打ちのめされてしまうのだ。
足元をすくわれ「キリスト教に改宗しろ」という人間の尊厳を全く無視した罰を与えられるのだ。「無慈悲に人の命を奪おうとした罰だ」ということになってしまうのだが、無論シャイロックが何故そこまでねじくれてしまったのかは無視される。途方にくれ立ちつくすシャイロックの姿は無残である。

この映画の面白い所は原作をすっかり作り変えてしまうのではなく、(多分)シェークスピアの物語はそのままにしておきながらユダヤ人であるシャイロックの悲劇を描いているところだろう。
それゆえに一応視点はアントーニオ、バッサニオ、ポーシャ側に置かれているのでややもすると誤解されてしまうかもしれない。
これは悪の権化シャイロックを懲らしめた喜劇からどうしてシャイロックがそのように描かれなければいけなくなったかという悲劇になっている。
アントーニオたちは原作と同じように動いているものの、シャイロックの悲しみから見ればいかにも浅薄な連中としか見えない。生まれつき裕福で迫害される事のないキリスト教徒であり、容姿も人間関係も何一つ不自由のない恵まれた者たちである。
シャイロックたちユダヤ人は赤い帽子を目印にされしょっちゅうキリスト教徒から唾をかけられ「利子をとって金を貸すのは悪行だ」と橋から突き落とされるのだ。なのに困った時だけ「金を貸してくれ」と頼みに来たアントーニオ、バッサニオに復讐したくなったとしても無理からぬこととはいえないか。
そしてシャイロックに金を借りたバッサニオだが元々彼は放蕩して金を使い切ったようなだらしのない男なのである。それが金持ちの娘を好きになって求婚したいと思ったのだが、金のないままで行くのは恥ずかしい、と見栄をはっただけなのだ。こいつがその美貌でもってアントーニオに甘えて金を借りなければ(実はアントーニオとバッサニオは同性愛の関係でもあるのだ)シャイロックがあんな目にあおうこともなかったのに、と腹立たしくもなる。
賢く誠実な美女として登場するポーシャも自分への求婚者をあざ笑って見てたり、夫となったバッサニオから指輪をどこへやったのかと問い詰めたり意地悪な女なのである。最後「夫の親友なら歓迎します」と言っておきながらアントーニオをかまいもせずにバッサニオを初夜の床に誘うのは二人の関係を知った(賢いから)ポーシャのアントーニオへの虐めとしかみえない。

アル・パチーノ主演でありながら「反ユダヤ主義」の差別的作品と思われアメリカでは芳しい興行成績ではなかったらしい。
内容は以上のようなユダヤ人の悲哀を描いたものなのだが、それだけ『ヴェニスの商人』のイメージが強いというのとなのだろう。無論シャイロックを悲劇にすることで原作とは違う演出もなされているようだ。
ラストシーン、シャイロックの家から逃げ出した娘が指輪に触れながら悲しみにくれている場面で船の上から矢を放っている者が映し出されていたがあれは何の意味があるのだろう。気になった。

監督・脚本:マイケル・ラドフォード 出演:アル・パチーノ ジェレミー・アイアンズ ジョセフ・ファインズ リン・コリンズ ズレイカ・ロビンソン
2004年 アメリカ/イタリア/ルクセンブルグ/イギリス

これを何故観たのか、というとベン・ウィショーのプロフィールにこれに出てる、とあったからだったのだ。
しかし・・・判らなかった。ポーシャの使用人という話も聞いたのだが、よく判らない。何度も目を皿の様にして見たのだが(一体何を探してるんだか)見つからず悲しかった。
 
アル・パチーノ=シャイロックは見ごたえあった。さすが『リチャードを探して』で頑張っただけのことはある。
ジェレミー・アイアンズ、バッサニオに恋しながらも結婚をお膳立てするため命をかける男を演じていた。
ジョセフ・ファインズ、『エリザベス』では女王に恋され、ここではアントーニオとポーシャの両方に愛されるモテ男である。
リン・コリンズ、ベネツィア的美女の雰囲気確かに。男装してる方が美人だったりして。

追記:ベンの姿は見つけられなかったが、エキストラ的な感じで出演はしているとのこと。
探し出した人いるかな?


posted by フェイユイ at 20:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ベン・ウィショー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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