

シンプルすぎるほどのストーリーなのだがそれだけに強い印象を与える、そんな映画だった。
主人公は仲間から「ツォツィ」=ごろつき、不良と呼ばれている。太っちょのアープが「今夜どうする?」とツォツィに聞く。彼らは4人一組になり毎晩窃盗などを繰り返しているのだ。
南アフリカ、ヨハネスバーグ。アパルトヘイトは廃止されたが黒人達の間の貧富の差は激しく、スラム街に住む人々は教育も職も欲しても手に入れるのは難しい。
ツォツィはまだ少年なのだがもっと幼い時に家を飛び出していた。その記憶はエイズにかかった母親に近づく事も許されない寂しさと暴力を振るう父親という悲しいものだった。
厳しい境遇のためかツォツィの顔は歪んでいた。仲間ですら気に入らなければ平気で拳を叩きつけてしまう。
そんなツォツィが一人で裕福な女性を撃ち、自動車を盗んだ時、その車に彼女の赤ん坊が乗っていたのを見つけた。
ツォツィはなぜかその赤ん坊を抱き上げて住処に連れて来てしまう。そして覚束ない手つきでおしめを替えたのだった。
どうしてツォツィは赤ん坊を拾い上げ面倒をみよう、と思ってしまったのか。
それまで固く冷たく見えたツォツィの顔が赤ん坊を見た時から可愛らしい少年の顔に戻ってしまうのだ。
赤ん坊は彼が忘れていた子供の時の記憶を呼び覚ます。
それは悲しいものではあったけど。
赤ん坊に乳をやる術のないツォツィは近くに住む乳飲み子を持つ若い母親ミリアムに乳をやれ、と脅すのだ。
何をするにも拳銃を持って脅すしかできないツォツィの姿は悲しいというしかない。彼はその言葉しか持っていないのだ。
だが仕方なく乳を与え自ら赤ん坊の体を洗ってあげたいと言い出す優しいその若い母親が「赤ん坊の名前は?」と聞いた時ツォツィは自分の本当の名前「デヴィッド」だと教えるのだ。
優しくミリアムが「デヴィッド」と語りかけながら赤ん坊をあやす時のツォツィの嬉しそうな顔はまだ母親に甘えたかった子供の顔でしかない。近寄ってはいけないと言われた母親に触れたかったデヴィッドだったのだ。
そうして子供の頃父親の暴力から逃げ出したツォツィは同じような境遇の子供たちが住んでた土管の中で暮らし始めたのだ。
今はあばら家ながらも家を持つツォツィは昔の土管の所へ戻ってみる。数個の土管の中に新しい子供たちが住み着いていた。
ツォツィは裕福な家の子供であるその赤ん坊に自分が住んでいた土管を見せたのだった。
荒んだ環境の中のツォツィの歪んだ行動と思考。赤ん坊を抱き上げたことで変化していく彼の表情。
映画の結末は彼がこれからどうしていくのか、どうなっていくのか考えさせられるものだった。
私としては刑期を終えた彼が本当の生活を始めてくれることを望みたい。あの優しかったミリアムの元へは行くだろうが、多分それ以上のことはないと思うのだが奇跡も起きるかもしれない。
DVDの中には後二つの結末が収録されていた。というか本来ならこちらの内の一つになるはずだったという。
だが監督の考えどおり、本作の結末であってよかったと思う。
「死」であるならもう何も希望がないし、本作の場合は「逃走」であっては意味がない。
ツォツィ役のプレスリー・チュエニヤハエ、凄くいい目をしている。ツォツィの冷酷さと子供らしさを素晴らしく演じていた。
監督:ギャヴィン・フッド 出演:プレスリー・チュエニヤハエ テリー・フェト ケネス・ンコースィ モツスィ・マッハーノ ゼンゾ・ンゴーベ
2005年イギリス/南アフリカ
ラベル:南アフリカ映画
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