映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2007年10月28日

『クィーン 』スティーヴン・フリアーズ

クイーン.jpg

映画の冒頭にその作品のテーマをそのまま述べているものがあるがこれもその一つ。“王冠を載せている頭はやすむときも不安である”
そして「一度でいいから自分の意見を示したいの」
女王が一度も自分の意見を示したことがないなどと不思議なことではあるがこの映画でその言葉がどう意味なのかが表されることになる。

多くの視線はどうしても“ダイアナ”と王室の関係の方にいきがちであろうがこの映画は『クイーン』なので無論エリザベス2世に焦点があてられているのである。
映画になってさえも人々の関心は“ダイアナ”のほうにあるということも皮肉なものである。そういえばパッケージにすらダイアナの顔が大きく写っているのだ。
物語としてはダイアナは実体として登場するわけではない。彼女の死後つまり見えてはいないが彼女の亡霊のような力が女王を苦しめていく。まったく英国の物語らしい雰囲気を湛えているではないか。

そして女王の威厳は彼女が一人川べりで出会う偉大な角を持つ鹿に表される。堂々としたその鹿は女王自身の姿でもあろう。女王はその鹿が鹿狩りから逃げ延びる事を望むが果たして女王が見たのは首を落とされた姿だった。
新米の首相ブレアそして国民から追い立てられた女王は鹿の最期に言いようのない感慨を持ったであろうが一生を神と国民に捧げると誓った女王は逃げることはできないのだ。
そして女王の誇りを持って自分の信念である感情を露にせず。女王としての任務を遂行していく。

エリザベス2世を演じたヘレン・ミレンは素晴らしかった。夫・エディンバラ公との会話が興味深い。
この映画の面白さが普段見る事ができない王室の内部を覗くことであることは確かだろう。
エディンバラ公が妻エリザベスを「キャベツちゃん」と呼んだり、しつこいブレア首相の電話のせいで「紅茶が冷めてしまった」と怒ったり、ダイアナを「とんでもない女」だと罵ったりしてる様子は見てよいのかとはらはらしたりもする。そして当たり前かもしれないが妻の女王としての尊厳を非常に大事にしているのはとても優しく感じたのだった。
そして存在を知ってもいなかったエリザベス女王の母親。こちらも娘の女王としての威厳を思いやり女王も母親として信頼を寄せ仲がよいのだなとごく当たり前のことに感心したりもした。
一方長男のチャールズは影が薄い、というかこの映画の問題点“ダイアナ”の夫の割には活躍の場がない。ブレア首相に味方になって欲しいそぶりをして気持ち悪がられているのが哀れでもある。

まあ、この辺、一体どこまでが真実で虚構なのか、知る術もない。
ダイアナというアイドル的プリンセスがチャールズと息子を除く王室家族には手厳しい評価でしか表現されていない。外側の人間が魔法にかかってしまっていたのか。女王たちの偏見なのか、それも知る由もない。ただ本編ではダイアナの表向きの顔だけを見せて、本質行動の暴露には触れていないのが却って本当っぽく思えてくるのではある。

物語としては特別大きな事件(ダイアナ死亡という報道を別にすれば)を起こしわけでもなく変革があるわけでもない。
エリザベス女王の心の中だけで国民の自分への不信という悲しみ、そして王室にあるべき秩序を守りたかった女王が意志を曲げねばならなかった屈辱とそれでも女王として歩まねばならない使命が取り乱すことなく語られていく。
夫の前ですら見せなかった涙を一人きりになった時だけ少しだけ流して拭い取る女王という存在を映し出す。
あれほど嫌っていたブレア首相とも「散歩が好きならうまくやれるわ」と明るく歩き出すエリザベス女王のしたたかさを見た。

ブレア首相の家の慎ましさ。奥さんの機嫌をとるために皿洗いも自ら引き受けて。イギリス首相はこれが普通なのでしょうか。ちょっとびっくり。

監督:スティーヴン・フリアーズ 出演:ヘレン・ミレン 、マイケル・シーン 、ジェームズ・クロムウェル 、シルヴィア・シムズ 、アレックス・ジェニングス 、ヘレン・マックロリー
2006年イギリス/フランス/イタリア






posted by フェイユイ at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。