映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2007年12月13日

『大人は判ってくれない』フランソワ・トリュフォー

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少女時代にこの映画を観て、どこへ行っても小突かれるばかりで行き場のない彼、少年アントワーヌのもの言いたげな眼差し、そしてその日本語タイトルにも強く惹かれたものだが、大人になって観なおしてみると余計にアントワーヌの孤独が伝わってくるようであった。

この映画でどうしても思い出してしまうのは先日観たケン・ローチ『スイート・シックスティーン』
本人は懸命に頑張っているつもりなのに男の子ゆえの本能なのか、どうしても悪い方向に歩いてしまい、親達には嫌われ行く当てのない状況に追い込まれてしまう、という物語が非常に似ている。
しかしより切なくどうしようもない圧迫感を感じるのはこの『大人は判ってくれない』のように感じたのだが、それは時代のせいと主人公の年齢がこちらが少し幼い(あちらは16歳でアントワーヌは13歳くらいか)こと、そしてこちらではすべての大人がアントワーヌに辛い態度を取るせいだろうか。『スイート』にはまだ救いがあった気がする(悪い救いもあったが)
アントワーヌは確かに学校での態度は悪いのだろうが、家庭では母親の言いつけを忘れない限りはよく手伝いをしてむしろ良い子のようにさえ思える。母親の連れ子だが義父とも仲良くしようとする気持ちがある。
大人になった自分の目からは両親特に実の母親の冷たさが信じられなくて憤ってしまう。だがこういう現実を背負った子供も実際にいるのだろう。13歳の子供には逃げる権利も自由もない。
残されているのは小さな反抗だけだ。それでも家がなければ食べる事もできず首根っこを摑まれて帰されてしまう。
ただ時がたち子供でなくなるのを待つしかない。
だがそう簡単に大人にはなれずそれまでに何度も何度も叩かれ罵られるのだ。
日本語タイトルは印象的で大好きなのだが、映画を観るとやや意味が違うような気がする。『大人は判ってくれない』だとわがままな子供が駄々をこねているようで、もしかしたら誤解されているのかもしれない。アントワーヌはそんなことを口に出してはいないのだ。
原題は『LES QUATRE CENTS COUPS』直訳では『400回の殴打』となるらしい。アントワーヌは言葉と体罰をひっきりなしに受け続けているのだ。

母親から「もうお前を引き取るつもりはない」という酷い言葉を言い渡されたアントワーヌは少年鑑別所から脱走する。
一人ぼっちで逃走し海辺へと向かう。波打ち際で途方にくれたように立ち止まるアントワーヌのクローズアップに胸を打たれる。
唐突に終わってしまうこのラストは衝撃的ですらある。
彼がどうなるのか、彼をどうしてあげればいいのか、彼の目が忘れられない。
このシーンもまったく『スイート・シックスティーン』と同じである。

確かに泥棒はいけないに決まっている。親が死んだという嘘もいけないことだ。
でも自分にとってはアントワーヌが可愛くてしょうがない。ストーブに石炭をくべて汚れた手をカーテンで拭う場面、映画館からポスターをさっと盗んでいく場面、家出をしておなかをすかし牛乳を盗んで飲み干す、捕まって檻のなかでタートルネックのセーターに顎を埋める仕草、悪友と連れ立って歩いて行く様子は少年のまだ細い体だが、真直ぐに足早に進むのがとても綺麗である。
その親友ルネだけはアントワーヌを見捨てず鑑別所にも会いに来てくれる優しい友人である。(この関係も『スイート』の友人関係と重なる)

物語は事実だけを追っていくような形で作られている。アントワーヌの心情が細かに説明されることはない。それだけに彼の気持ちを考えてしまうのだ。

時代が移り変わってもこの作品はトリュフォーの優れた映画の中でも一番心に訴えるものとして人を惹きつけていくのだろう。
アントワーヌを演じた少年ジャン・ピエール・レオーのその眼差しも。

それにしても少年達の悪戯振りの可愛らしいことといったら。まあ当事者だったらそうも言ってられないのだろうが眺めているぶんにはやんちゃ坊主たちに喝采したくなる。
町中を先生が引率する列から一人二人と脇道や店の中に抜けていってしまうのがおかしい(これはジャン・ヴィゴ監督の『新学期・操行ゼロ』のパロディらしい)とにかくじっとしてはいられない時期なのだ。
アントワーヌに対する母親の態度はどこの国でもあることなのだろうがフランスといえば『にんじん』を思い出してしまう。実の息子なのにどうしても虐めてしまう母親が不思議でもあったが実際そういうことは少なくない事実なのだろう。
親友ルネの部屋で煙草を吸ってその煙りに父親が気づくのだが「小遣いから煙草代を引くぞ」とだけ怒っていたのも驚きだった。

胸に迫る悲しい話ではあるが舞台がパリだからだろうか、少年達の格好もアントワーヌの仕草も小粋で素敵なのだ。
鑑別所で新聞紙を引き裂いてポケットから煙草のクズを取り出して巻き、慣れた風で吸うのもかっこいい。
寒そうな冬のパリの街を小柄な二人の少年が細い足を忙しく運ぶのも美しい光景である。

監督:フランソワ・トリュフォー 出演:ジャン=ピエール・レオ、パトリック・オーフェー、アルベール・レミー 、クレールモーリエ
1959年フランス

大人は判ってくれない2.gif


ラベル:少年期
posted by フェイユイ at 23:09| Comment(3) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最後に海辺に走っていって、アップで終わって、「ええ、これで終わり?」と思いました。
リバイバルを映画館で観た時に、笑えるシーンで、他の客達が、笑えるシーンが来る前に笑うので、腹立ったのを記憶しています。とにかく好きな人が多い作品です。

ちなみにシャルロット・ゲンズブール主演の『小さな泥棒』は、『大人は判ってくれない』のリメイクです。フランス人にとって海に対する気持ちは日本人とは違うみたいです。
Posted by おおくぼ at 2007年12月14日 00:36
フェイユイさんは女性なのに“男の子”の気持ちにすごく共感できる人なのだなぁ・・といつも思っていました。フェイユイさんのなかに“男の子”居るのでしょうね。^^
Posted by フラン at 2007年12月14日 08:51
>おおくぼさん
好きという以上の感情で観てしまいます。再観してなおその気持ちが強くなりました。ゲンズブールは主張する女の子の代表みたいなイメージでかっこよかったです。

>フランさん
確かに心が女性というより男の子なのかもしれませんねー。
男女の恋愛よりガキ同士がよたっている話に感情移入してしまう私です^^;
マットが好きになったのもコンビの話が殆どだったからです!でも人気が出たのは『ボーンシリーズ』という一匹狼ものだとは。また『ふたりにクギづけ』みたいなコンビ物(?)もやって欲しいです(何故こんな話をここで^^;)
Posted by フェイユイ at 2007年12月15日 00:49
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