
1970年長崎の小さな島に住む一家が北海道へと移住する為に旅立つ。
いかにも九州男らしい頑固な“父ちゃん”精一に明るく健気な女房・民子、まだ幼い長男と乳飲み子の娘、そして精一の父親であるお爺ちゃんという5人一家である。
突如として精一は今の仕事は自分に向かないと言い出して友人がいる北海道の牧場で働く、と言い出す。妻である民子は悩んだ挙句家族で移住しようと言い出したのだ。
九州の人間にとって北海道は遥か遠くその広さも冬の寒さも想像することができない。
九州人である自分にとってこの一家の旅はまさに自分も伴って行っているような気持ちにさせられた。
言葉も感情も共感できることしきりである。大きな工場や都会の人の群れの脅威、気持ちが通じない事への反感、不安などともに大荷物と子供を抱えた旅に疲れきってしまった。
冒頭の精一の言葉で北海道での苦労話が語られていくのかと思いきや映画の殆どは列車や船での移動を描いたロードムービーなのであった。
不安を抱えながらも島の人に温かく見送られ旅立つ一家。お爺ちゃんを置いていくつもりでいた広島に住む精一の弟家族に「押し付けは困る」と断られるお爺ちゃん(つまり次男のお父さん)の悲しみ。次男には子供といまもまたおなかの大きな妻がいてアパートに父を住まわせるゆとりもないのである。妊娠した妻が黙ったまま茶碗を拭く様子がいかにも不満げに見えて心苦しかった。どの家族も精一杯で突然同居するという父親を受け入れきれないのだ。
「もう会えんかもしれん」と言って別れを告げるお爺ちゃんとそんな父親を引き取ることができない次男の辛さも伝わってくるのだ。
この映画で最も辛いのはほぼ中間地点(東京)で起きた乳飲み子の突然死である。大阪万博によっている間に疲れを感じるのだが東京で赤ん坊の異変に気づく。
幾つかの病院で診察を受けられず、やっと診察してもらった時はもう手遅れだったのだ。
カソリックである一家は娘の葬儀をし、再び北海道へと向かう。
東北をなおも北上しながら母である民子は何のために北海道へ向かうのかと思い悩む。船の中で別の人の抱く赤ん坊の泣き声に涙する。そんな民子を見て精一は「俺は一人で行くと言ったのに無理に同行したために赤ん坊を死なせた」「親父は弟の所にいればよかったのに何故ついて来た」と口走る。傷ついた民子とお爺ちゃんを船内に残し精一は海を見ながら泣き出すのだ。
やっと友人の牧場にたどり着いた時、温かく歓迎してくれた友人の家の中に上がる力さえ残っておらず一家は玄関でくず折れるように座り込んでしまった。
まだ仕事は始まってもおらず、長崎から北海道にたどり着いただけなのだがこの何日かの旅が家族の生活を大きく変え、大事な子供も失ってしまった。友人宅に到着した彼らの疲労が判るようだった。
そして近所の人々の歓迎を受けた夜、眠っていたお爺ちゃんはそのまま帰らぬ人となってしまう。
たどり着いた北海道にお爺ちゃんを葬る。
それまで頑固に意地を張っていた精一は「俺はなんという馬鹿なことをしたんだろう」と泣く。民子はそんな精一を抱きしめ「お父ちゃんが泣いたら私はどうなるの」と慰める。
意地っ張りだが気弱な所のある精一とそんな亭主を支える民子はいかにも九州男女というた戯画のように見える。
物語も不安、死、絶望、それを支える希望とややあざといまでの構成であるが九州から北海道までのたびそのものが人生の縮図のようにも見えてくるのだ。
九州よりずっと遅い春の訪れを迎える北海道。春と初夏の花がいっぺんに咲き乱れる緑の大地の中で精一と民子は新しい仔牛の誕生とわが子が民子の腹に宿った喜びを感じる。苦しかった冬が過ぎ春の風に吹かれて民子は明るく笑う。
何と言っても倍賞千恵子の清々しい美しさが光っている。こんなに綺麗な人だったんだと改めて感じた。お爺ちゃんの笠智衆はどことなく自分の父親にもかぶって見えて泣けてしまった(いや、父は健在ですが)赤ん坊の死はあまりにも酷いのではないか、と恨んでしまったがこんな風に人生はわからないものでどうしようもないものなのだ。
当時世の中は高度経済成長で華やかであったがこうして必死に生き延びなければならない家族もあった。大勢の人々で賑わう大阪万博に彼らは入るゆとりさえないのである。
貧しい旅路ではあるのだが不安を抱えた列車の中でも家族は笑い語らい幸せそうに見える。支えあって生きていく家族のなんと微笑ましい温かさなんだろう。
それだけに赤ん坊とお爺ちゃんの死は辛く悲しい。耐え切れず泣き出す精一を抱きしめる民子の愛情にほっとする。
旅の間ずっと腕白な男の子がなんとも言えず可愛らしく微笑ませてくれる。
こうして観ていると家族の幸せというのは互いに支えあい励ましあうことなんだなと素直に思える。
山田洋次監督は何日かの旅の中に家族の人生を見せてくれた(しかもいつもあるユーモアも忘れていない)素晴らしい作品である。
監督:山田洋次 出演:倍賞千恵子 井川比佐志 笠智衆 前田吟 富山真沙子
1970年日本
ラベル:家族
私は何回も観たのですが、いっちばん最初に印象的でかつその後も変わらなかったのは(その人によってそれぞれですネ^^)弟が父を引き取れなくて、列車でまた旅立つ兄家族らを駅で送った時の、あの前田吟のアップの表情ですよ。胸にきました!(涙)どんなに父を思っていても何もしてやれない悲しさ、もどかしさ、心苦しさ、、たったひとつのそのアップで過去から現在までの日本人の苦悩を共感。子が親を想う気持ち。親が子を想う気持ち。社会。生きていくことの厳しさ。そして愛情の温かさ。日本人。日本の政治。。。
「家族とは一番小さな社会だ」と云いますが、家族というものを描くことは総てを描くこと。山田洋次の作家としての真価が全てある作品と思います。・・この映画に共感できない人は、日本人じゃないのではないかしら(笑)。。正に、日本を描いた作品です。
若い時の私はこういう貧しい家族愛の話とか苦手だったのです。特に舞台が日本だと余計に貧乏臭さが嫌になってしまって。身につまされるというか(笑)(自分が貧乏なら豊かな話を観たいというかんじ、というか私はミステリーとか怪奇物とか現実離れしたのばかり好きだったので)
でも今は全然違うんですよねー。やっぱり年をとると全然変わってしまうんですね。
登場人物一人ひとりに共感できるしこの物語の面白さ、悲しさに浸ることができる。貧しさも単に侘しいものではないと感じられるのです。大体金持ちだから侘しくないわけではないのですもんね。
山田洋次監督はユーモアもたっぷり持っておられるからしかめ面ばかりでなく笑う楽しさも加わってこれは凄いなと唸りました(笑)
寅さんも最近になってやっとじんとしてる私です^^;
判る映画が増えてくるのは嬉しいことですねー。