映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2007年12月20日

『故郷』山田洋次

故郷.jpg

夫婦で石船を操縦する様子がこんなにかっこよくセクシーだとは思いもしなかった。
長年連れ添った夫婦は何一つ会話をしなくても相手の考えがわかっている。妻は船を操縦する夫に黙ってお茶を差し出し、黙ったまま操縦を交代し舵輪をまわし始める。慣れた手さばき、夫もいつものことで煙草を吸いながら何も言わず海を見つめている。
うねる波、海の上に響くエンジン音、船の上で洗濯物を干し、それを眺めている小さな娘。
古びた小型の石船の横を綺麗な大型船が通り過ぎていく。背景には工場が立ち並んでいる。
やや遠方から撮るそんな光景も素敵である。
石を精一杯積み込んだ船はやがて目的の場所に着き夫婦で力を合わせバランスを取りながらあわやというところまで横倒しになって積荷の石を海の中に落としこむのだ。
こんな仕事があるとは知らなかった。夫も男らしくかっこいいが何と言っても妻がなんなく操縦し、船で生活している様子が自然で見惚れてしまう。夫と娘が甲板で昼寝をしている間も足で操舵し船を動かしていく。船から波が後方へと流れて行き風が洗濯物をなびかせている。
大変な仕事だが海と空が美しくのどかである。
この冒頭を観ただけでこの仕事に憧れてしまったのだ。

山田洋次監督の意志は知らないのでこのような感じ方がいいのかどうか判らないし、懸命に苦境と戦っている夫婦を見た感想が軽はずみな「かっこいい」などと言う言葉ではお叱りを受けるのかもしれない。が、監督の意識なしにこうも夫婦で働く姿にゾクゾクとセクシュアルな感銘を受けてしまうだろうか。

瀬戸内海の小さな島で石運搬の仕事をしている夫婦が主人公である。彼らの乗る船は時代遅れの小さな木造船で長年の使用でエンジンも船体も疲れきっていた。
大きな金属製の船の出現に同業者は次々と廃業し、木造船を燃やしていく。精二夫婦の仕事も収入は少なくなる一方なのだ。
だが精二は大好きな仕事に見切りをつけ切れない。周りの忠告に荒れて乱暴な態度を示すのだった。

この時の夫の暴言にも妻・民子は怒ったりもしない。夫の性格を知っていて動揺することもないのである。
代々の仕事を受け継ぎ真面目に働いてきた精二がとうとうあきらめ町の工場で働くことを決意した時、夫が船長でなくなったように民子も機関士でなくなる。それは彼女が結婚後、懸命に勉強して得た資格だった。

最後の仕事もまた力を合わせて働く民子と精二の姿が美しい。石の重みで沈みそうに見えながらも懸命に進んでいく古びた石船に夫婦の姿を重ねてしまう。
運んできた石を落とす為に船が横倒しになった時音楽がなり涙が溢れて参った。石が落ちただけなのに泣かされてしまった。
船を操る民子の真剣な眼差しが印象的だ。
戻っていく時の船の風景も心地よい。船から見える工場、島の人々の様子。吹き渡る風の匂いがしそうだ。
夕焼けの下でお役ごめんになった同業の船が燃やされるのをみて精二は民子に訴える。
「時代の波だとか、大きいもんには負けるとかいうが、大きいもんてなんだ。そのために俺はお前と暮らしたこの海の仕事を辞めなければいけないのか」とそれまで我慢していたものを吐き出すかのように言う精二。民子には何も言えない。
俯瞰で海と二人の船を映しながら音楽が流れるがそれは怒りと言うよりあきらめのようなものに感じる。
故郷での仕事から離れる事になっても夫婦と子供達はまた進み続けるのである。そこにはすでに郷愁のような思いが漂っている。

大きな悲しみが起きた『家族』に比べここでは死ぬものもなく極端な悲劇もなかったのが嬉しい。
日本を縦断するような大移動ではないが、瀬戸内海を行く船も心地よい、『家族』に負けない素晴らしい作品だった。
好み的にはこちらの方に憧れてしまう。
工場マニアなところもある自分なのでこういう働く映画というのは他にない見ごたえがあった。
懸命に働く姿、夫婦の愛を感じた作品である。

監督:山田洋次 出演:倍賞千恵子 井川比佐志 笠智衆、 渥美清 前田吟
1972年日本

本作は、登場人物が昨日観た『家族』と同じ妻・民子=倍賞千恵子、夫・精二=井川比佐志、弟=前田吟、お爺ちゃん=笠智衆、そして渥美清が出演という設定である。



ラベル:家族
posted by フェイユイ at 23:13| Comment(5) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
またまた素敵なレビュー◎ありがとうございます!!お読みしたら泣きそうになりました(T_T)。
自分でお薦めしておきながら実は15年位前に一回観たのみでその時には余り大きな感銘というのはなかった(勿論感動はした)のです。が、フェイユイさんのレビュー☆素晴らしい!山田監督、叱るどころか彼が正に云わんとしている真の部分をフェイユイさんは感じ取っているのだと思います!“労働の尊さ”ですよ。。あの船の仕事をする夫婦の様子がセクシーだということは、真を突いていると思います!・・昔の私は感じ取れなかった。また観てみたいという気になってきましたよ。^^
「工場」や「船」がそんなにお好きとは。やっぱりフェイユイさんって、少年みたい・・?^^
Posted by フラン at 2007年12月21日 09:31
倍賞さんがかっこいいのです!女性で機関士で船なんて足で操縦しちゃうんですよ!(興奮!!)憧れます〜。ロードムービーが好きと言っていた私ですが船!というのもありましたね(笑)夫婦で船を動かして力仕事、色っぽい、としか言いようがなかったのです。舞台がヨーロッパで精二さんが凄い美形のイタリア人なら皆そう思うでしょうけど(笑)
造船(というか船を清掃するということでしたが)工場の様子にも興味津々。工場の無骨な所やたくさんの労働者たちもいいですねー。そういう物語も観たいです。真新しいのじゃなく昔の古めかしいのがいい感じで^^;好きなのです。

『家族』『故郷』どちらも素晴らしい映画でした。フランさんから言われなければ観る事もなかったと思います。
教えてくださってありがとう!!もっと地味〜映画かと思い込んでいました。こんなにどきどきする映画だとは、思ってもみませんでしたよ!!
Posted by フェイユイ at 2007年12月21日 22:31
いやぁ〜☆紹介してみるものですね(笑)・・私にしたら実は“こーんなに地味でスイマセン”くらいな感じだったのですよ。予想に反し、マサカどきどきまでして頂くとは!嬉しい意外性です^^。
“古めかしくってたくさん労働者が出てくる”って正に山田洋次の専売特許なのですが(笑)とにかく労働者、庶民の目線ですから。考えてみれば山田洋次作品の多くはロードムービー。近年は定住化(笑)されてみたいですが『学校』シリーズでも旅は出てきていましたし、常に山田監督のテーマだと思われます。本当に全作品素晴らしいです。ココまできたら(こんなに気にいって下さったなら)この他に私が観たもの全部紹介させて下さい!^^;
『寅次郎シリーズ』ほとんど(笑)、『霧の旗』『幸福の黄色いハンカチ』『同胞』『遥かなる山の呼び声』『ダウンタウンヒーローズ』『息子』『学校』T、U、V、W。。近年の時代劇三部作はなぜかみる気にならず・・定住しているからかな?
『霧の旗』は松本清張原作のサスペンス・異色です。『ダウンタウンヒーローズ』は若手俳優がゾロゾロ、役者を生かす監督ですから全員物凄くいい。特に私の気に入りは尾身としのりと坂上忍でした(笑)『息子』の三国連太郎と永瀬正敏のよさといったら! これは原作が椎名誠(私の理想の男のひとり;)の実体験でもあります。『学校W』では、ひきこもりの少年を巡る展開に感動しました(涙)。。たっくさん挙げちゃいましたが・・けして宿題出したわけではないんですよ〜〜(^^;)
Posted by フラン at 2007年12月22日 23:33
連投すいません。非常に大事なことを云い忘れました。
山田監督全作品に、渥美清が出演しています。常に笑いを担当。しかし!(^^;)ただの笑いではないことはもう見る目のある方ならお解りのはず。素晴らしい、本当に素晴らしい役者です。笑いを演じられる役者こそが最高であると私は思っています。山田監督は落語を愛し作品の底辺にいつも笑いがあります。そのこころを汲み取り表現として昇華した渥美清。このふたりの出会いは何ものにも変え難い偉大な組合せだったのだと思います。
Posted by フラン at 2007年12月22日 23:45
少しずつこなしていく宿題として記憶していきます(笑)
多くの作品がロードムービーであるというのは見過ごしにはできません!

渥美さん、やはりよく出てるなーとは思ったのですが、全作品ですか?それは凄い。山田洋次脚本の『砂の器』にも出演していて重いドラマのなかでほっとする存在でしたよね。

監督より早く亡くなられてしまったことはほんとに惜しいですね。

Posted by フェイユイ at 2007年12月23日 15:32
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。