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2007年12月24日

『ショートバス』ジョン・キャメロン・ミッチェル

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SHORTBUS

セックスは大好きで気持ちいいけどオーガズムを感じたことはない、という恋愛カウンセラー・ソフィアの「オーガズム探求物語」を表向きに人間の愛と孤独を描いた作品。
夫を愛していて生活にもさほどの不満はないのだが、他の女性が感じるという絶頂感を自分も感じたい、と求めているソフィアだが、その方法は“ショートバス”というサロンで繰り広げられる多数の男女の様々な性体験の中に自分を置いてみるというもの。
ここでソフィアは色々なアドヴァイスを受け、様々な試みをしてはオーガズムを追求する。
そこにいるのはゲイ、レズビアン、サディスト、マゾヒストなど多々な性嗜好を持つ人々である。そうした人々がサロンの中で自由な性を楽しんでいるのだった。

しかしなんという健全な嗜好のもとに作られた作品なのかと思ってしまう。多々の性交渉を氾濫させながらもその回答例はまともな中に納まっており、生真面目に主人公はその答えを模索していく。オーガズムという言葉から結びつくかもしれない危ない世界へははいっていかないのである。
無論、監督は女主人公のオーガズム探求という旗印が掲げられるだけで目的は他人とのつながりを描いているのであり、オーガズム探求そのものがテーマであるわけではない。
とはいえ本作ではその旗印のもとに多数のセックスシーンが表されるわけでそこに目を向けないわけにはいかない。その為、ソフィアがオーガズムを求める方向性に疑問を持ってしまうのだ。といってもそれも個人差の問題だろう。しかしそれなら最後に歌われる「心の悪魔」という歌詞は何を指すのか。

オーガズムの探求というのは結局どこにたどり着くのだろう。私はそこだけを追及するなら社会で禁じている犯罪もしくは不道徳に行かなければ人間の欲望は満足することはないと思ってしまうのだ。
ソフィアは最後、オーガズムを得たのか。映画的手法で幸せになったように思えるが、私には彼女のオーガズムが共感できなかった。
ここでソフィアはいたって健全に大人のクラブでその探求を続ける。それは主に肉体の快楽を求めたものだが、オーガズムというのは精神的な快楽によるものが多いのではないか。
興奮を呼ぶ危険な状態に身を置いた時、感じるオーガズムほどの快楽はないだろう。
それは不倫などといったことから始まるが最初は興奮を覚えた危険性も次第に摩滅し安定すれば快楽でなくなってしまう。より強い刺激を求めればまずます危険な状況でないと“感じる”ことができなくなってしまうはずだ。
簡単なところで麻薬であり、別方向としては窃盗、暴行、殺人などを絡めないとオーガズムを得られなくなってしまう。
または小児愛(女性でも子供を無理矢理勃起させて性交してしまう嗜好の人がいる)獣姦、死姦などといったものへ入っていく。もしくはフェティシズムやコスプレなど。
極端すぎて馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないがオーガズムのみの探求というのならそういった領域に行ってしまうと思えるのに、ここで登場するのは真っ当で健全な範囲でのオーガズムであってそれを越えてはいないのである。
主人公が女性だから、ということで温いオーガズム追求になってしまってはいないか。

手塚治虫の『きりひと賛歌』では衣をつけられて煮えたぎった油に入れられる女性が特殊な体の男性にしか欲情しないというのがあるがここまでしないとオーガズムがないのなら、どうする?

つまり健全な中でオーガズムを得たい、とあなたはおっしゃるわけで。

もう一つこのオーガズム探求が私と違う世界だと思ってしまうのは、ここでの題材が生きている人間ばかりだということ。
もし日本でこのテーマを作るなら勿論オタクのオーガズム(マンガ、アニメなどの)を主軸にしてしまうのではないか。
現実の男には欲情せず、実写映画ならまだしも、アニメのキャラとの妄想セックスにしかオーガズムを得られない者が主人公ならこの映画のキャッチコピーになっている「みんな誰かとつながっている、あなたはひとりじゃない」というのは当てはまらなくなってしまう。
こんな実在の裸の男ではなく綺麗なアニメキャラと妄想(実際にできるわけない)セックスしたい女性、さらに自分の存在はさておいて美しい男達のやおい場面をみていたい(ここでもゲイは出てくるが日本アニメオタク女性の好みではないようなので)女性などのオーガズムはどうなるのだろう。

まあ、この女性はアニメオタクじゃないのでオーガズムが体感できないのかもしれないが(アニメオタクはかなりオーガズムを感じられる種族ではないだろうか)

監督が男性でゲイのジョン・キャメロン・ミッチェルであるために主人公ソフィアの結末よりゲイ・カップルの愛情の方が心温まる結果になっているのが皮肉な感じにも受け取れる。
ソフィアは本当にあれで感じたのか?一体どうして?ナンに対して?

平和でなければこのような探求もできない。
「9/11が最もリアルな体験だった」と“ショートバス”の女主人がいうように現実感のない世界でふわふわと幸せに生きている人間がオーガズム探求をできるのかもしれない。

最後に“ショートバス”の女主人が歌う「心の悪魔は最良の友」というのにはぎくりとするわけだが。

ミッチェル監督『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』でも男装女性に不満な待遇をしていたが、ここでも女性は中途半端である。ゲイカップルの方は生き生きと描かれて感動的なのに!
ゲイの物語に徹した方がよいのかも。むしろ期待する。

監督:ジョン・キャメロン・ミッチェル 出演:スックイン・リー ポール・ドーソン リンジー・ビーミッシュ PJ・デボーイ ラファエル・バーカー
2006年アメリカ

ゲイ・カップルの一人が『マイ・プライベート・アイダホ』のことを話題にしたのでちょっとびっくり。確かに何かとつながっている。


ラベル:オーガズム
posted by フェイユイ at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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