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2008年01月25日

『チョコレート』マーク・フォースター

MONSTER'S BALL.jpg
MONSTER'S BALL

ヒース・レジャーの追悼と言う意味を込めて映画感想を書こうと思ったのだがかなりの歯ごたえのある作品で中途半端には書けなくなった。


アメリカ南部での典型的な白人による黒人差別が主軸になっていることもあるのだがそれだけでなく冒頭から終わりまで逃げ出したくなるような気持ち悪さが満ちている。
気持ち悪いから観たくない、出来が悪いという事ではまったくなくむしろこうまでスリリングに人間の精神を描いていることに戦慄を覚える。
他の人の評を見るとこの映画は人種差別を乗り越えた真摯なラブストーリーとして賛辞され、ハンクとレティシアの今後の幸せを案じたり希望したりしているものが多いようなのだが、私はこの作品を強烈なホラーとして観通した。勿論超楽しめる一級品のサスペンスホラーである。
そして登場人物の描き方のうまさ。構成の巧みさ。どことなくスティーブン・キングの面白さを思い出してしまう。怖い怖いと思いながら目が離せずどんどんと読み進めてしまうあの感じである。
設定やキャラクターが一見ありきたりのように思えるのはホラーとしては常套で普通の男女、普通の差別者だからホラーは成り立つのだ。

映画を観ていて時々感じることがあるのだがこの作品もからくりの中のからくりで出来上がっているのではないか。
表面上は人種差別を克服した白人と黒人の愛の物語のように見えて実はどうしても逃れられない個人の心の奥底にある憎悪、劣等感といった隠そうとしても隠しきれないものがどろどろと澱んでいる。
この作品もハンクやレティシアの説明的な台詞が少ないだけにその解釈が観る者に委ねられてしまう。
怖ろしい人間の心理の奥を覗き込んだドラマである。そのシンボルとしてチョコレートが登場する。主人公ハンクはチョコレートアイスクリームが好物であり、レティシアの息子は父のいない寂しさをチョコレートバーで慰めている。
黒人差別者であるハンクは差別意識を持たない息子を死なせてしまう。その後、美しい黒人女性レティシアを知って彼が好むチョコレートアイスクリームのように彼女を味わいまるでレティシアを愛したかのように見えるがそれは彼の心の隙間を埋めるためのものにすぎないのではないか。
一見まるで白人と黒人の差別を乗り越えての愛というものを描いたかのように思わせて実は黒人女性レティシアが白人男ハンクの心の奥を知るまでを描いている。
ハンクは生活力のないレティシアを救い、自分の店に彼女の名前をつけて自己満足しているが、邪魔になった父親は即座に追い払うところにハンクと言う人間が「いい人間」になったわけではないことが判る。決して黒人差別をすることに反発したわけではなく思うようにならなかったので起こした行動だ。
ハンクが催す嘔吐も心理状態を表現している。丁寧に「きみのせいじゃない」と言っているが明らかにそうなのだ。

最も怖ろしかったのは無論最後、レティシアがすべてを知った後、玄関の階段でハンクとチョコレートアイスクリームを食べる場面。ふとレティシアが庭の脇を見ると3つの墓が建っている。
二つはすでに芝が生えているが最後の一つはやっと土が盛られた状態なのだ。
これは一体なんだろう。
この墓は実際にハンクの家にあるわけではないだろう。
これはレティシアが心に感じた墓なのだ。
ハンクの一家3人の男の墓なのか。最後の墓はハンクのものである。レティシアはすべてを知った。
ハンクが自分をどう思っていてどうするのかを。
そして自分がどうすべきかも。
ハンクが差し出すチョコレートアイスクリームを食べてレティシアはにやりと微笑む。
これはハンクの処刑の前の夜会(モンスターボール=化け物の夜会)なのである。
執行者はレティシアなのだ。

原題『MONSTER'S BALL』=怪物たちの夜会、これは英国で死刑執行前夜にパーティを開くことからきていると作品中で説明があった。これがラストの場面にもつながるわけで巧いタイトルである。

レティシア=ハル・ベリーはあくまでも美しい魅惑的な容姿を持ち且つ短絡的、衝動的であまり頭がよくない「典型的黒人女」のように描かれている。これも物語の為のあえての設定である。自堕落な「黒人女」のようにしか描かれないレティシア。貧しくて行き場がなく
結局白人男の性の対象になるレティシアは最後に白人男ハンクの正体を見破る。
「きっと俺達うまくいくよ」
それまでただハンクの庇護者に過ぎずそれを求めてもいたレティシアが笑顔の裏で何を考えたのか。

もう一つ変に思えたのはレティシアとハンクの最初のセックスの場面でそれまでのカメラの位置と全く違う所に移動した時だ。まるでふたりのセックスを覗き見るかのようなカメラ位置。一体このカメラ(つまり視点)は誰のものなのだ?誰が二人のセックスを盗み観ている?単にあまりに直接的に映さないためだったのかもしれないが。
そして時折挿入される檻の中に手を入れる画像。これはハンクがレティシアを捕まえた、という意味か。
最初のセックスの時、激しく求め合った二人が二度目ではレティシアだけを感じさせている。そしてすぐチョコレートアイスクリームを買いに行く。ハンクにとってレティシアがチョコレートアイスクリームそのもののように思える。


ヒース・レジャーについて言えば、無論この物語は父親ハンクのものなので彼はハンクの心の異常性を表現するために登場した可哀想な犠牲者で、ヒースはその役を申し分なく演じている。
家から離れる事も親に逆らう事もできず悲しみをじっと耐えている心優しい息子が(多分)初めて起こした反抗的な行動が自殺なのだ。
この映画をヒース・レジャーの死の前に観ていれば単に「若いながらうまい演技。将来有望」などと書けたのだろう。
だが彼の急死の後に観た目にはまるで彼自身のことのように思えて衝撃を受けてしまった。ソニーの純粋で繊細な精神がヒース自身と重なって見える。ヒースも何かに耐え切れなかったのだろうか。

この作品の中の祖父・父親とは違う博愛の精神を持っているが突然目の前で自殺してしまうような興奮性、鬱々とした性格は親子3代に渡ってそっくりだと言える。
この3人の男は「家」に対して非常な執着がある。親父もその親父が嫌いなら出て行けばよかったしハンクに「出て行け」と言われた時、ソニーも出て行けばよかったのに「お前が出て行け」と家から出ることを拒否している。私ならもっと以前にさっさと出て行ったと思うのにこういった家への執着というのはなんなのだろう。

映画の全体の色彩、服装などもチョコレート色が多用されている。

監督:マーク・フォースター 出演:ハル・ベリー ビリー・ボブ・ソーントン ヒース・レジャー ピーター・ボイル
2001年アメリカ


posted by フェイユイ at 23:08| Comment(2) | TrackBack(1) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
改めてこの作品を想い起こし(観たのは昨年)、フェイユイさんの評を読み、他レビューを覗き・・結果、またもう一度作品を鑑賞しないことにはこの作品については自分の考えが纏まらないことが解りました。それ位この作品は奥深い。ただ、今の私には、ヒースの作品を観る事は恐らくできません(涙)。
ですので昨年観た時の印象を頼りに、ヒース中心に。。
ヒース=ソニーはひたすら優しく従順であった。そしてフェイユイさんも仰る通りあの家にいることへの固執は、何なんだろう、彼女も作ればいいのに愛のないSEX(というか只の排泄行為)をし、友もいない。とにかく“あの仕事”に殺されてしまっている。そしてそれは祖父と父が強制しているもの。その圧力をはねのける事ができなかったソニー・・歯がゆかったです。あまりに優しすぎるのだもの。そういう彼がああいう仕事をこなせるはずがない。そして本当はハンクだって誰にとっても、あの仕事は神経をすり減らしてしまう仕事であるはずなのです。
哀しそうな表情のソニー=ヒース。見事に演じきっていました。酒場での浮かない顔、死刑執行への嫌悪に嘔吐する様子、そしてなんといってもSEXシーン。究極のエロチシズム。この作品は性の深遠を覗いているのですがその一部ですね。役者魂を感じました。最期の感情の爆発。痛々しくて見ていられない・・。
やはり思い出すだに、辛いです。この作品の役柄は本当に救いがないですから。只もう本当にみていて辛く成る程、ヒースの演技はすごかったということを想い出します。。。。
Posted by フラン at 2008年01月26日 15:15
この記事をフランさんが必ず読まれるだろうと思って心苦しかったです。ここまで辛い話だとは思ってもみませんでした。
特にヒースの場面は・・・。
記事も物語だけに集中してしまったので少しだけ加筆しました。
短時間で悲しさを思い出させる演技ですが、これを観ただけでもヒース・レジャーという役者に力があることがわかりますね。
Posted by フェイユイ at 2008年01月26日 18:07
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