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2008年04月05日

『かまち』望月六郎

かまち.jpg

松山ケンイチ出演映画で現在観る事のできるDVD作品も終わりに近づいてきた。
この『かまち』には彼の出演は僅かなのだが、主人公である山田かまち自身にも興味があった。
山田かまちの名前は無論知っていたのだが、どういう人だったのか詳しく見聞きしたわけではない。
この映画でどういう人物だったのか初めてわかるのかな、という期待もあったのだった。

それでも彼が詩や絵をたくさん残していてエレキギターで感電死したことだけは聞いていた。
自分より少しだけ先に生まれた人物で若くして亡くなったこと、天才といわれ惜しまれたことなど。

だがこの映画では彼の思いというものが伝わってくるようには感じられなかった。

この映画で何となく思ったのは結局「かまち」という少年は特別な天才などではなくごく当たり前のただ少しだけ表現することが好きな少年だったのだ、ということである。
画面上に書かれ朗読される詩も時折映し出される絵も彼の歌も特段天才的なものは感じられない。
それでも自分の可能性を信じ、表現したい、美しいものを愛したい、という気持ちだけは伝わってくる。
それは本当はすべての若者が持っていて当然のものだけど大概の少年少女は恥ずかしい、自信がない、ということで公にできないでいるだけなのではないか。
こうして彼の言葉を聞いて遠い昔の自分を思い出すとさほど変わらないような気さえしてくる。
ただ他の人間と違って(特にこの時代なら)ここまで真直ぐに力強く自分を表現していた若者はいなかっただろう。
正直彼の考えは若いがゆえに陳腐だし、思いばかりが先走って表現する技術には欠けている。
が、これは映画なのであり、彼が真の芸術家か否かが問題なのではなく、少しだけ他と変わった普通の若者の思いを表現していく、という形で描くのなら素晴らしい青春物語になり得たのではないか。
だが映画の構成を現在の若者と重ねながら作り上げていく、という試みがかまちの物語を中途半端にしてしまった。

もしどうしてもこの形でやるのなら、最初に現在を映し、現在の少年を主人公にすべきだろう。
そうして女先生との関係からかまちの話がつながっていくのなら理解しやすいが、せっかくかまちに入り込もうとして時点でぶつりと現在へ持って行かれては欲求不満も甚だしい。
知りたいのは「かまち」の事なのだから、現在の少年の話など持ち出す必要もないのだ。
どうしてもやりたいなら↑に戻る。
かまちの苦しみも今の君たちの苦しみと同じなんだよ、と言いたいのかもしれないがそれは観た者が感じ取れればそれでいいではないか。

かまち役のLeadの谷内信也という人だろうか。恐ろしい棒読みだが私はなかなかこの奇妙な天才少年を演じていて悪くない、と思った。大体が風変わりな少年なのでこの変てこなしゃべり方はむしろ面白い気がするし、容貌も天才少年の傲慢さが表れていて可愛らしい。
自転車で走るシーンや自分の体に色を塗っていくシーンなど時々印象的な部分もあるのだが。
1970年代という時代も今の感覚で観るとかなり風変わりに感じられて面白かった。
現在の部分は殆ど好きになれないが、かまちの詩をラップ調に歌う場面だけは結構よかった。

さて松山ケンイチ君は。パチンコ屋で女性に声をかける謎の男。一見ただの与太者かと思いきや、翌日のニュースで殺人事件となって報道される犯罪者なのだった。
この出演場面で彼を好きになれる人は少ないだろうなあ。
こうやって少しずつ少しずつ今の松ケンに近づいていったのかと思うと感慨深いとすら言える。
いつか本当に犯罪者の主人公なんかもやることがあるのだろうか。そういう彼も観たいものである。

監督:望月六郎 出演:Lead( 谷内伸也 古屋敬多 鍵本輝 中土居宏宜 ) 大沢あかね 奥田瑛二 風吹ジュン
2004年日本




ラベル:松山ケンイチ
posted by フェイユイ at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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