映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年04月10日

『ゼロの焦点』野村芳太郎

ゼロの焦点a.jpg

松山ケンイチ後遺症に苦しむ毎日の自分である。なんとかリハビリをするために今夜はまったく関係ない映画を久し振りに観る。

と思っていたら、女主人公が探すいなくなった夫の名前がケンイチでやたら「ケンイチさん、ケンイチさん」と言って探しているのでどうもあの人を探しているようで困ってしまう。
なかなかケンイチさんから離れられない運命のようだ。

脚本の橋本忍・山田洋次はこの後に名作『砂の器』の脚本も手がけることになるが「放浪するミステリー」という題材がここですでに使われている。
非常に心惹かれる題材なのである。
謎を探し訊ねるということと見知らぬ土地を彷徨い歩くということが心の不安定さ、恐怖をよりかき立てるのだ。

結婚7日目にして夫が突然出張先で行方不明になり一人残された新妻が行ったことのない金沢の地で夫ケンイチさんを探し訪ねていく。
無駄のない脚本、演出、地味だが緊張感のある展開で見ごたえ充分。橋本忍・山田洋次が脚本を手がけているのだが、人を探し訊ねるミステリーというのは映画としてこの上なく面白い効果をあげるのだということが伝わってくる。
私は殆ど観た事がないのだが、現在人気のTVサスペンス物というのはこの映画を基本にしているのでは、と思ってしまう。
確かに犯罪事件を解決するというのが目的であっても風光明媚な場所を訪ね歩くのは見ているだけで楽しいものであるし、それに殺人などという恐ろしい気分が加わればますます観る者は惹きこまれていく。しかもその尋ね人がたった7日で夫が蒸発してしまった新妻とくれば興味はつきない。
且つ、当時の背景として戦後の米軍相手のパンパン(売春婦)が物語の鍵となればよりいっそうである。

いなくなってしまったケンイチ氏は真面目を絵に描いたような男性であったにも関わらず元・パンパンであった女性と内縁関係にあり、その上で主人公である女性と結婚しようとしている、という今の時代では許しがたい状況なのであるがこれもケンイチ氏が真面目で優しい心の持ち主だったからこそ陥ってしまったという苦しみがある。ここらは同脚本の『砂の器』の巡査さんを思い起こしてしまうものだ。このケンイチ氏も元・警察風紀係だったという設定である。

貧しい生活の中でケンイチ氏が訪ねてくることだけを楽しみにしていた女性の姿が悲しい。彼の帰宅を見て駆け寄りつまづいてしまう女性は不安定であっても幸せを感じていたのだった。
内容は酷く重苦しいものだが、脚本と演出のうまさがそれを救っている。硬質の佳作である。
女性が犯人であり探偵であり鍵を握る人物であるというのも注目点だ。

強い風の吹く断崖の上で主人公と犯人が謎解きをするという場面はこの映画で強く印象付けられた。
この場面が繰り返しドラマで使われているのだろうか。
この北国の断崖から見降ろす逆巻く海の情景は確かに怖ろしい。


1961年の映画で当時の風俗、言葉遣いなど興味深い。受話器の大きさが目立つし、自宅にないので電話のある近所の店の人がアパートの上階に向かって大声で呼んでいるのが面白い。電話というものは貴重なものだったのだなあ。

製作:保住一之助、監督:野村芳太郎、原作:松本清張、脚本:橋本 忍/山田洋次、撮影:川又 昴、音楽:芥川也寸志
出演:久我美子、高千穂ひづる、有馬稲子、南原宏治、西村 晃、加藤 嘉、穂積隆信、高橋とよ、沢村貞子
1961年日本







ラベル:ミステリー
posted by フェイユイ at 23:16| Comment(0) | TrackBack(1) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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『ゼロの焦点』(1961)
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Weblog: 【徒然なるままに・・・】
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