映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年04月12日

『ユメ十夜』二夜

ユメ一夜.jpg

一番面白かったのは第六夜だったと書いたがそれ以外は特に順位をつけようとは思っていないが、無論気に入ったものと頭をひねるもの、嫌いなものの区別はある。

今回はまず第一夜から始めるが、監督が実相寺昭雄、脚本:久世光彦という夢先案内人に適役の二人ではないだろうか。

『第一夜』
監督;実相寺昭雄 脚本:久世光彦
出演:小泉今日子 松尾スズキ 寺田農
原作の幻想性を確実に踏まえながら実相寺昭雄監督の感覚がよりレトロにアンニュイに表現される。
大きな広告のついた観覧車のイメージが印象的だ。
薄暗がりと対照的に眩しい日差しが差し込む映像が美しい。
夏目漱石『夢十夜』を映像化するならこうすればいい、というようなお手本のような佳作である。
チゴイネルワイゼンのこもったような古めかしい演奏も心地いい。
夏目漱石が小説『夢十夜』を書いたのが1908年ということでこの物語の中で使われる「百年はもうきていたんだな」という言葉が2008年の今読むとぞくぞくとするものがあるではないか。

『第二夜』
監督:市川崑 脚本:柳谷治
出演:うじきつよし 中村梅之助
こちらも名匠・市川崑ということで緊張感のある作品となっている。あえて無声映画の手法にすることで奇妙な時代感と独特の不思議な味わいが感じられるのだ。
和尚が言い出す「侍なら悟れるはずだが、お前はまだ悟れないのか。人間の屑だ」という言いがかりが突然のことでなにやらシュールなホラー映画のようでもあるし。そのことで「侍なら悟って和尚の首と引き換えにする。駄目なら切腹するまでだ」などと考えるのも日本の侍なら当然の事とはいえ不気味である。
「無を悟るのだ」とあせりまくるのがおかしい。
この辺までは原作ともあいまって面白く、さすが市川崑と楽しんでいたのだが、落ちに和尚が登場し「切腹もできないのか。それでいいのだ」と言葉に出して言ってしまったのは自分的にはやや拍子抜けだった。無論これこそが映画製作者たちの思いいれなのであって漱石原作から出した答えなのだが。
原作は悩んだままで時計がチーンと鳴る、というシュールな雰囲気である。
どうもこれでは漱石のほうが現代風ではないか。映画側の工夫は好きだったが落ちでは漱石の恐怖感が好きだ。声に出さない面白さもあるのだが。
「それでいいのだ」というのはまさか天才バカボンのパパの真似じゃないよね。もしそうならそれはシュールだが(でも判りやすいように和尚がバカボンパパに変身してないと)

ここらでつまらなかった、嫌いだった作品を言ってしまおう。
いくつかある。まず
『第五夜』
監督・脚本:豊島圭介
出演:市川実日子 大倉孝二
なぜ嫌いなのか上手く言えないけど変な嫌悪感がある。
原作は神代に近い大昔の物語というイメージなのだが、裸馬に乗った女というエロティックなイメージなのにここではなぜかそういったエロティシズムは無視されている。私的には『楽園の瑕』で馬に寄りかかるカリーナ・ラウのようなえもいわれぬ色っぽさを出してもいいはずなのだが豊島圭介氏はそういったエロには興味がなかったのだろうか。
代わりにエロティシズムを追っ払うような醜悪な生物が登場する。生物ではないのかもしれないが。
エロティシズムではなく自我が形となって現れたというような。女の傍に現れると男も負けじと出してきた。嫌味な感じだ。
原作を壊すでもなく、生かすでもなく、イマジネーションに興味を持つこともできず、おかしくもなく怖くもないもう観たくない一編である。

『第八夜』
監督:山下敦弘 脚本:長尾謙一郎
出演:藤岡弘、 山本浩司
これはいいのか悪いのかこのオムニバスの中で最も判らない作品だった。
山下敦弘氏についてはこの前『リンダリンダリンダ』を観てなかなか面白かったし、他の未見のものにも興味があるのだが、この作品に関しては頷けなかった。
少年が短パンのポケットから竹輪を覗かせているのは変なエロティシズムでショタコンなのかと思ったが考えすぎなのか。
笑わせようとしているのも感じられたがちょっといけなかったかな。

『第九夜 』
監督・脚本:西川美和
出演:緒川たまき ピエール瀧
これは最初から西川美和作品と知って観ていたわけではなく「なにやら嫌いな感じだなあ」と思いながら観終わって監督名が出てきて知ったのだが。
戦争に行きたがる夫を止めようとする妻。夫のためにお百度参りをするけなげな良妻の姿だが実はその妻が夫を殺害していたのだ、という話である。
『ゆれる』でも思ったのだが、どうしてもこの監督とはそりが合わないのである。
話のために簡単に殺人してしまうこの感性が。話の為の話なのだ。
それにしてもありきたりの話だと思ってしまう。漱石の小説から感じる夢の創造性がないというのか。
恐怖や笑いも感じなかった。何故つまらなく感じるのかは自分でも上手く説明できない。
もう観る事もあるまい、と思っていたのに、予備知識を入れない見方をしている為にひょんなところで出会ってしまうものだ

以上が十話のオムニバスの中でどうにも感心できない3作であった。
10の内7話は観れたのだからまあまあよかったのではなかろうか。
一旦ここで終わり、また書くことにしよう。

松山ケンイチについてまったく触れてないのにカテゴリが松山ケンイチになってしまうが。
ここで名前だけ出してみた。







ラベル:松山ケンイチ
posted by フェイユイ at 21:43| Comment(4) | TrackBack(0) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
西川監督はやっぱりフェイユイさんには全く合わないことが証明されましたね。「話の為の話」←解る気がします。(今一度みたらこの表現が消されていましたが、私にはぴったり来ましたよ!旨いこと仰るな〜と^^)多分そこまで読み取れない人々はつい、騙されてしまうのですよ。私も含め。。でもこの一夜もピンとこない作品だったことは、確かです。
同じく私も五夜、八夜、いただけませんでしたー。特に五夜は怒りさえ感じた程^^;フィルムの無駄遣い(云いすぎ?いえいえ)。
耕史の第四夜の評価が気になるところではありますが、バッサリ斬って頂いて本当に構わないですから(笑)・でも庇っておこう今のうち(笑)・・確かに「甘い」です「ありがち」です「ちっともオモロナイです」(爆)まぁただ・・レトロな優しさというか映画的な心優しい安らぎの世界というか・・そこだけは評価できるかな、と。。耕史の為にすご〜く大甘評価な訳ですが。。^^;
Posted by フラン at 2008年04月12日 22:24
そうでしたか。じゃ、慌てて復活させます(笑)←なんて自分のない奴!

耕史さんの第四夜、つい後回しになったのですが、エー、私はいいと思ったのですが。
だって悪い作品の中にも入れてませんし(笑)
フランさんはやっぱり耕史の作品ということで期待しすぎていたのでは。
私はなかなか好きでした。それに彼は合ってますよ、雰囲気が。
また後で書きますけどね。
Posted by フェイユイ at 2008年04月12日 23:20
フェイユイさん私も6話面白かったんですね。TOZAWAさんでしたっけダンサーの方。
あれは、躍動感あった。5話が面白くなかったので、よさが際立ちました。

劇場でこの映画を観た時は、いろんな監督がいろんな手法で描いた脈絡のない夢の話だったためか、10話に辿り着く頃にはへとへとに疲れてしまったので、DVDでの鑑賞は正解かも知れません。



この映画って、何話が面白かったか語り合う楽しみがある映画ですよね。私の周りでも、6話がよかった人は多いです。それと、改めて松ケンはスクリーンで映える役者さんだなと再確認した映画でした。

ところで松ケンはこの映画の何話が好きと言ったと思いますか?


答えは2話です。今の(公開時)の自分にマッチしてるんだそうです。
Posted by 梅 at 2008年04月13日 15:52
(笑)そうですか。「それでいいのだ」と言って欲しかったんですね。
切腹せざるを得ないほど苦しいことがあるのでしょうかねー。ケンさんがアレを観てほっとしたのならよかったと思います(笑)
Posted by フェイユイ at 2008年04月13日 16:17
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