映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年04月18日

『クラッシュ』ポール・ハギス

クラッシュ.jpg
CRASH

さて観終わったのだが、今妙な気分だ。観ている途中想像していた以上に面白いんじゃないと感じ早速そう書こうと思っていたのだが、いざ書こうとするとそれほど何かを書かねばならないと言う気持ちになれなくなってしまった。

確かに非常に上手く出来た映画作品である。様々な人種の生活と悩み苦しみを描き出し、且つ放り出しにしてしまわずにそれぞれのラストを示している。
観ている間は、複雑なのに判りやすく、退屈させることもなく展開していく物語にすっかり夢中になって観ていたのだが観終わってみるとさほど心に残るものはなかったのだ。語り口のうまさに騙されていたような気もする。

これは一体どういうことなんだろう。
一番の見せ場であるマット・ディロン演じる黒人差別刑事が突然命がけで黒人女性を助けたり、少女が弾も通さない見えないマントをパパから着せてもらって撃たれそうになったパパの盾になったり、軽蔑して罵っていたメイドの女性から病院に連れていってもらったことで嘘のように変身して親友と言い出したり、といった感動話が馬鹿馬鹿しく思えてくる。

そして最後にロサンゼルスの街に雪が降る。
これは、雪の降ることのないロサンゼルスに雪が降った=この話はあり得ない話だよ、と作り手が笑っているのがわかるのだ。

前半は嫌悪感でたまらなくなるほどの人種差別をこれでもかと見せられ、後半になって突然夢のような善意ある物語となる。代わりに前半で心優しかった白人青年が後半突如悪魔でも憑いたかのように黒人に発砲してしまうことでバランスを取っているのが空しい。
冒頭の場面がラストにまた巡ってきてこの問題が終わりなく続く事を予感させるのも技巧に懲りすぎていて白々しく思える。
すべては問題提議のための話作りなのだ。
この映画を観て議論し考えて欲しいということなのだろう。それを受け入れる人は無論それでもいいのだが、自分としてはそういったアプローチには却って拒否感を持ってしまうだけなのだ。
こういう見せ方でなくとも優れた作品であれば考える。こうしたはっきりした問題の投げかけをされなければ考えない、と言うわけか。

日本にいる以上、アメリカでの人種差別はニュースや映画・書物などでしか知ることはできないが、それでもいつまでもなくなることのない深刻な問題だということは伝わってくる。
無論、他の(多分)すべての国、日本も含めて人種差別のない国ということはあり得ない。
この作品が他の最近の映画ではなかなか露骨に描こうとしなかった部分をあからさまにぶちまけたのはそれだけで評価できることに違いない。
しかしそれでも一つの映画作品として何かしら心から溢れ出す様な感銘は受けなかったのである。
なので自分はこの映画で何かを考える、ということをしたくない。

こうしてみると『ブロークバックマウンテン』に作品賞を与えなかった事そのものが差別なのではと思ってしまうのは間違いだろうか。

監督:ポール・ハギス


ラベル:差別
posted by フェイユイ at 23:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私はただ単純にすばらしい作品だと感じたよ。
私は音楽を作る。人を引き込んでゆく作品には力があります。それを作るのは難しい。
この映画はお金もかかってない。
脚本と編集に拍手。
Posted by Sinsen at 2008年07月01日 14:12
そうですねえ、私としてはあまり面白くなかったです。
後は上に書いているとおりなのですが。共鳴する、という感覚はもてなかったですねー、残念ながら。
Posted by フェイユイ at 2008年07月01日 20:07
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