映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年05月25日

『地獄の黙示録』フランシス・フォード・コッポラ

地獄の黙示録.jpg
Apocalypse Now

『グッド・シェパード』がフランシス・F・コッポラによって映画化される予定だったというのを読んで『地獄の黙示録』を思い出した。
なにかそれらに共通点があるように思えたのだ。
もう観たのは随分昔になる。もう一度観ることにした。

今回観たのは「特別完全版」という奴だった。元々長い映画だったがこれは202分という長時間である。
その長さはどうでもいいくらいめちゃくちゃに面白かった。

面白い、などと言えば眉をひそめられるかもしれない。この映画に描かれているアメリカ軍のベトナム人に対する行為、意識というものは狂気などと軽く言うのが憚られてしまう。ベトナム人は人間と見られていないし、何の尊厳もない。数人のベトナム人を殺して小犬を可愛がる話があるが、そのとおりの価値観でしかないのだ。

そういったおぞましい映像が次々と登場していくのだが、そういった反感を持ちながらもぐいと惹き付けられてしまうのだ。
それはこの映画が非常に漫画的な表現で作られているからに違いない。
戦場でサーフィンをするために一つの村を焼き払ってしまうとか、3人のプレイメイトが大勢の兵士たちの前に降り立ち、男達が悶死するのではなかろうかというようなセクシーさを振りまく場面など。
それだけでなく寡黙な主人公のクールさも、彼が殺害を命じられたカーツ大佐のキャラクターも奇妙に深遠なことを言いたがる支離滅裂さも漫画的手法のように感じられるのだ。
またこの物語がどこか神話的な意味を持っているようにも思わせられる。
ウィラードはカーツに反感を持つどころか、非常に惹かれながら任務であるカーツ殺害を遂行する。
カーツもそのことを待っていたかのような印象がある。
それはどこか「父殺し」のテーマを持っているかのようでもある。

冒頭で述べた『グッド・シェパード』との共通点は感じられただろうか。
アメリカのために、アメリカ国民を守る為に、という名目があれば何をやってもいい、という描き方は同じである。
『地獄の黙示録』でのウィラードとカーツの合体版が『グッド・シェパード』のエドワード一人になる。
エドワードは最初ウィラードのような存在で組織の中にはいりこみ、カーツになってしまった。
悲しむべきはエドワードを殺害してくれるウィラードはいないのである。
そういった意味で魂を救いにきてくれるウィラードの存在はカーツにとって救済そのものである。そのためにウィラードの精神はぼろぼろになってしまったのだろうけど。
アポカリプスというタイトルの通り隠されたものは明るみにだされた。
ウィラードは沼に沈むことで洗礼を受け、カーツの魂を救ったのだ。

監督:フランシス・フォード・コッポラ 出演:マーロン・ブランド マーティン・シーン ロバート・デュバル ハリソン・フォード デニス・ホッパー ローレンス・フィッシュバーン サム・ボトムズ フレデリック・フォレスト アルバート・ホール クリスチャン・マルカン オーロール・クレマン
1979年アメリカ



ラベル:戦争 狂気 宗教
posted by フェイユイ at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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