映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年01月16日

『鰐』キム・ギドク

鰐 キム・ギドク.jpg

キム・ギドク初監督作品『鰐』が日本版DVDになったというので観てみた。というのはこの映画ほぼ3年前に韓国版ビデオで観ていたのである。(その時の感想→ 「鰐」キム・ギドク初監督作品・前半 「鰐」後半・タブー )
大体ギドク監督はこの作品からすでに台詞が極端に少ないつまり台詞での説明が少ないのでこういう場合非常に助かるのである。こうやって以前の感想を読んでもそう困ってもいないようだ。
タイトルもそのまま『鰐』で出てるのはむしろ投げやりということなのか。
久し振りに観たがやはりキム・ギドクのギドクらしい毒がどくどく溢れてくるようで(しゃればかり続けてすまん)初っ端からぎとぎと(これも?)と汚らしいのでうれしくなる。
後にグエムルも誕生する漢江はどんよりと澱み、ゴミだらけだ。その淵で生活する老若男女は言わば擬似家族であって血縁関係はない。ワニ兄と呼ばれているヨンペは自らも言っている様に男のクズである。
共に暮らす爺様にも幼い少年にも絶えず横暴な態度で暴力も振るう。漢江に投身自殺しようとした若い女性を助けるが何度も性的暴行を重ねるのだ。少年を使って小金を稼ぎ、うまくいかないとまた暴力で鬱憤を晴らす。そして自分自身もイカサマ賭博に騙され、いんちき商売をしては縄張りを荒したと言われて鼻を切られてしまう。なんとも情けない最低の男なのだ。この前半のヨンペの行動を観ているだけで大概はその下種さにうんざりしてしまうだろう。
ヨンペを演じたチョ・ジェヒョンは後に『悪い男』にも主人公として登場するがすでにこの『鰐』でそのイメージが幾つか表される。
凶暴な男と絶望した女、最初はセックスだけの接触だった彼らがふとしたきっかけで心が通じ合う。ここではいつも横暴なヨンペが傷ついたことで見せた女の同情がヨンペに涙を覚えさせる。
絵を描くのが好きな女に絵の具を買ってきたり絵を褒めたりするようになる。
金持ちでハンサムな恋人に棄てられた女はそんなものは何一つ持っていないが優しい言葉をかけてくれるヨンペにいつしか惹かれていくのだ。
何もかも失い、何も持つものがない二人は水辺で寄り添う(『悪い男』と同じ場面である)
だがこのラストは。水の中の椅子に座って死んでいく、という幻想的で美しい場面ではあるが、生きる価値もない二人がそのまま死んでいく、というラストはいかにもまだ若い時の結末のつけ方と言う気がする。それが『悪い男』で二人はやはり生きる価値もないような人間になってしまっているのだが寄り添って生きていく、というラストへと成長したように思う。

反吐が出そうな男の物語なのだがその心にほんの小さな星のかけらのようなものが光っているのだろうか。

韓国映画界において断絶された一匹狼のようなギドク監督だが、それだけに作品の内容も他の韓国映画とはかなり異なって見える。
ここまで底辺のみすぼらしい人々を描いたものはあまりないように思える。ヨンペの乗り物がバイクというのも珍しい。
そしてヨンペが警察の似顔絵書きの男に言い寄られるシーンがあるのだが、否定的とはいえここまで露骨にゲイ的なものを描いたものもあまりないのではなかろうか。

性と暴力をこれでもかと見せつけるキム・ギドク。そのやり方はやすりで擦られるような痛みを伴う。
とても正視できない惨たらしさであり、嫌悪感を引き出される。
ヨンペの生き様はこの作品の中の漢江のように汚らしいのだがその水の中は透き通る青い世界である。そんな風に言いたかったのかな、と思ってみる。

監督:キム・ギドク 出演:チョ・ジェヒョン ウ・ユンギョン チョン・ムソン アン・ジェホン アン・ジェフン
1996年韓国


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2008年01月02日

オダギリジョー、キム・ギドク監督の新作映画に出演決定

オダギリジョー、キム・ギドク監督の新作映画に出演決定

キム・ギドク監督の新作映画『非夢』は、夢を現実と信じる男と夢遊病に悩まされる女の愛を描いた作品、ということである。

去年のしかもちょっと時間の経ったの記事なのだが知らなかったのである。1月3日から韓国で撮影ってことでもう明日の話だ。いつも仕事が素早いキム・ギドク監督らしい。
私はとにかくオダギリと相性が悪いと思い込んでいるのだが、この作品で好きになれたら、と密かに期待。
決して見た目が嫌いなわけじゃないので(何故か出演作が嫌いなのだ。あ『血と骨』は好きだが。もしかしたら韓国系だといいのでは、とか)観るのは嫌ではないのだし。

それにしてもギドク監督、チャン・チェンに続き人気美形男優の起用が続く。オダギリは韓国でも人気があるので最も観客動員が見込めたりするのかも?

追記:
オダジョー極秘来韓、「恋人役」イ・ナヨンと対面へ
だそうです。
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2007年12月11日

キム・ギドク監督、チャン・チェン主演作『Breath』発売予定

ブレス.jpg

Breath (DVD) (Hong Kong Version)
キム・ギドク監督、チャン・チェン主演作『Breath』香港バージョン。12月31日発売予定、価格未定ですと。香港バージョンなので字幕は英字、中文です。リージョン3です。

なぜか、こんなバージョンも
Breath + Time (DVD) (Special Edition) (Limited Edition)
韓国版で『Breath + Time 』という組み合わせ商品。1月26日発売ですね。
ブレス2.jpg
ラベル:キム・ギドク
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2007年11月25日

『絶対の愛』キム・ギドク

絶対の愛z.jpgぺミクミ彫刻公園.jpg
TIME

観ていて「これは監督自身のことを描いたわけではないのかな」といつもながら穿った見方をしてしまった。
というのは、無論これはギドク監督お得意の異常な形のラブ・ストーリーであるのだが「自分を愛してくれていたはずの人が他の人に心変わりしていく。いつも同じ顔じゃ飽きられる。これ以上美しくはなれないけど、違う顔に変わりたい」というこの物語がまるで今回のギドク監督自身の心の声のように感じられたからだ。

本作は今までのギドク監督作品とは非常に異なった印象がある。普通の生活をしている若い男女が登場人物であり、まるでギドク作品ではないかのように大量の台詞で心の中が説明されていく。
だがどうなんだろう。ギドク監督を好きだった人たちほど「以前の方がよかった(セヒのほうがよかった)」と言われてしまうのではないか。
ギドク監督が皆がそう思うところまで計算してこの映画を作ったのだとしたら。
でもギドク監督はセヒより幸運なはずである。整形してしまった顔と違い監督はまた元の様な映画を作ることはできるのだから。

この思い付きがあたってるかどうかは判らない。インタビューでも(私が見た数少ないものでは)監督は「永遠の愛はないと言うことを描きたかった」とだけしか言われてないようだし。そんなひっかけというか遊びというか、で自分の心を表現しているのかは想像がつかない。
ただもしこの考えがあたっているなら整形した(他人の好みに合わせて見せた)スェヒ(ギドク監督)が「これで願いはかなったのに、こんなに悲しい」と泣きだしてしまうのもおかしいような悲しいような気持ちになってしまう。

今までとは違うとは言っても整形したスェヒとする前のセヒが出会うという時間の交錯や広げた手の形の彫刻が海の中に入ってしまう美しさ、その階段の先が天に続くイメージはギドク監督らしい。
またジウがパソコンで編集しているのがギドク監督の『3-IRON(うつせみ)』という遊びが楽しい。
もしかしたらこの映画はホラーコメディなのかもしれない。

それにしてもここでもまたギドク監督は「女性の目」になっている。いつも私はギドク氏は男性役ではなく女性側に立っている、と思うのだが、監督自身はマッチョなイメージの方だけにいつも不思議である。 

監督/脚本:キム・ギドク 出演:ソン・ヒョナ ハ・ジョンウ パク・チヨン 杉野希妃 キム・ソンミン
2006年 / 韓国/日本
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2007年09月20日

『チュモン』観ないことにした

韓国ドラマ『チュモン』がちょっと気になって観ようかな、と思ったのであった。というのはちょっと怪しい男の友情があると聞いたので見たくなってしまったのだ。

今までさっぱりその気がなかったのにその情報一つで観ようというのもなんだが、早速借りてみた。

全く登場人物を知らずにいたのでホ・ジュノ氏が出ててびっくり。しかもそのちょっと怪しい男の友情はそのホ・ジュノであった。
舞台は紀元前。漢が鋼鉄を有しているのに対し朝鮮の小さな国々には軟鉄しかない。最強の鉄騎兵を持つ漢は何の力もない弱小国を次々と滅ぼしていく。
そんな中、ホ・ジュノ演じるヘソンは流民を救い漢に抵抗して戦う英雄なのだ。そしてヘソンの友人である太子クムワと強い友情で結ばれている。クムワは父王に逆らってでも友であるヘソンを擁護しようとしていた。

というわけでこのヘソンとクムワの友情がよいわけである。
と、それはよかったんだけど、やっぱり観ていくのをやめにした。
最近すっかり韓国ものから離れているのでこれを観ていこうかな、とも思ったのだが。

結構最初から判りやすい展開でもあったのだけど。何か観ていきたい気持ちにもう一つなれなかったのだ。
一つはホ・ジュノがいくらかっこいいからといっても他に観たくなる人がいなさそう。主人公が特に乗れない感じである。
それとこれは韓国ものの決まりみたいなものだけど、武芸の試合が本当の刀で殺したり、漢があまりにも残酷なのでちょっと嫌になってしまったのだ。

まあ、観ていかないならこんなこと書かなくてもいいけど今日はこれを観ていたんでなにも他に書けないしね。

その気になれなくて一話目であきらめることにしてちょっとがっかり。こういうこともあるか。物凄く長いからこのまま観続けるのは無理だろうし。
こういうのって落ち込むものだ。一日損したようで悲しくなってしまう。

ホ・ジュノを観れたから良しとしようかな。

追記:まだ冒頭部分だけとはいえ、あまりにも普通の展開だったからその気になれないようだ。
中国の武侠ものは最初からぶっ飛んでるからなー。
その辺が面白ければ時代考証がどうだとかは気にならない。服装とか凄い鉄の鎧とか。
父親が娘を許してるのはちょっと面白かったけどそれが結局生かされなかったしね。
リアルでありながら当たり前じゃない、と言うのは難しいね。

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2007年08月23日

「悪い男」キム・ギドク そしてまた二人は

BUD@.jpg

先日「I tuoi fiori」が流れる場面を観ていてどうしてもまた観なおしてみたくなった。

もう何回となく観た映画である。回数を重ねると始めの衝撃は薄れるものだろうけど、久し振りに観てみて前に観た時以上に鋭い痛みを感じる映画だと思えた。
ストーリーや感想は「藍空」でもう何回も書いているが、観る度に違った思いに襲われる。
ハンギとソナはずっと不幸であり、映画のラストですら普通の感覚なら不幸なままである。
彼らはもう常識的な幸せを願ってはいない。ラストが幻なのか、現実なのかはっきりとは判らない。が、幻としても幸福でないというのは不思議な結末だ。
不幸であってももう離れないと二人は決めたのだろう。

ハンギとソナの間を隔てる一枚のマジックミラー。ハンギがライターの火をつけたためにその魔法が解けてしまう。
闇の中に浮かび上がる互いの顔が鏡に映し出される。美しい場面だ。
ソナを愛しながらもどうしても抱く事はないソンギには隠された謎があるのだろう。
喉の傷、話そうとすれば話せるのに口を開かないハンギはそのまま過去が語れない傷であると表しているようだ。

女である以上ソナが受けなければならない災いを認められることはないだろうし、男もまたハンギであることはできないはずだ。
ソナとハンギは全ての女と男の罰を受けているかのようにさえ見える。

ソナの体は傷つきこれからも責め苦を受け続けていく。ハンギの体も何度も手酷い暴力を受け続けてきた。そしてこれからも愛する者が傷つけられていくのをずっと見ていくのだ。

ソナは海に入って死んだのかもしれない。ハンギはナイフで刺され死んだのかもしれない。
その後、二人は生きて苦しみを味わい続ける。ただ一緒にいるために。

監督:キム・ギドク 出演:チョ・ジェヒョン ソ・ウォン チェ・ドンムン キム・ユンテ キム・ジョンヨン
2001年韓国
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2007年08月20日

キム・ギドク「悪い男」 Bad Guy. Scena con "I tuoi fiori".



美しい場面、心に響く音楽。
ラベル:音楽
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2007年05月21日

「春香伝」イム・グォンテク

t`Q.jpg

韓国の古典を巨匠イム・グォンテクがパンソリの歌声も高らかに映像化した名作である。

久し振りに再観したら以前観た時よりは何か微妙な違和感を感じた。というのは最初観た時は韓国映画をかなりの情熱で観まくっていてこの映画も新鮮な驚きを持って観たからなのだろう。
違和感、というのがどういうものなのか、うまく一言では言えないが、ある意味、昨日観た「母たちの村」に関係した感覚でもある。つまりどうしようもない性差別というのを見せ付けられてしまい、古典だからしょうがない、とは思いつつもやはりなんだか嫌になってしまうのだ。

「母たちの村」と違う救いはあちらが今まだ進行形の現実であるのに比べ、こちらは古典なのであり遠い昔話だということをパンソリの調べが教えてくれるからだ。そのまま「春香伝」という物語を映像化しただけのものだったらもっと拒否感が生じただろうが舞台で歌うパンソリの歌い手の姿がこれは遠い昔話ですよ、と教えてくれることで最後まで観れた気がする。お伽話であれば両班(貴族)の若様にあっという間に妻にさせられ、3年待たされ新しく赴任した領主に逆らったといって拷問にあうという苛立つ話も納得させられてしまうのだ。

と言ってもその国の古典と言うものは是非読んだり映画で観たりして損になるわけはない。
主人公たちや春香の母親の言動など他の国のものと違う面白さがある。身分の差があるといっても結構しっかり自己主張してるとことか、最後、母親が自分の娘を自慢しまくってるとことかなかなか楽しい。
昔の韓国の良家の子女というのは全く外へ出ないもののようなので女性が活躍するにはキーセンでないとうまく行かないのかもしれない。
しかも春香はキーセンの娘であるだけでキーセンではない、という説明がつくところがちょっとおかしい。それなのに結局キーセンの娘だからということで男の前に連れ出されるのが情けない。
お伽話だから仕方ないといっても、若様がやってきたらすぐに結婚してしまうというのもなんだかいやだし、最後出世した若様と結婚して都に行くのでハッピーエンドっていうのも何だかな、と言う感じ。お伽話だから、お伽話だから。
しかし初夜では恥ずかしがっていた春香が幾日か過ぎればすっかりいちゃいちゃしている大らかさとか(でもここ、若い時観たら嫌いだったかも)粗末な身なりで春香の母の家に帰ってきた若様が物凄い勢いでご飯を食べる場面は好きである。あの食べっぷりは他の古典ではちょっとない気がする。

若様の密使ぶりが日本でいうと水戸黄門様みたいでやっぱりこういう悪代官みたいなのを懲らしめてくれる正義の味方が突然現れて欲しいなあ、という庶民の願望なのであろうか。こちらは随分若くてハンサムな黄門様だけど。

他の映画でもちょっと使われていたりとかする時もあるし、やはり古典は観ていたほうが何かと役にたつものなのだ。うるさいCGなんかも使われないし、携帯電話も出てこないのがうれしい(映画で携帯電話使用禁止にして欲しいくらいしょっちゅう使われるのだ、あれ)

しかしこれって2000年製作なのだね。もっと昔の映画のような気がする。

監督:イム・グォンテク 出演:イ・ヒョジョン, チョ・スンウ, イ・ジョンホン
2000年韓国






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2007年04月09日

死にたい男と生きたい女…キム・ギドク監督の新作『Breath』

breath.jpg

かなり核心に触れるほど書き込んであるので前知識入れたくない方は読まないほうがいいかも。

死にたい男と生きたい女…キム・ギドク監督の新作『Breath』

しかし読むほど観たくなりますね。
ラベル:キム・ギドク
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2007年03月16日

キム・ギドク監督の『息』、4月に韓国公開へ

キム・ギドク監督の『息』、4月に韓国公開へ

ギドク監督思いなおされたようでよかったよかった。3万人もなかなかいいですよ。
早くDVDになんないかな。「時間」はまだ観ないでいるのだけど。これはチャン・チェンだから観ようっと。
ラベル:キム・ギドク
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2007年03月06日

今夜も「後悔しない」

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また今日も「No Regret〜悔いなき恋〜後悔しない」観てたんですけどね。観なおしてもやはりこれはよいですねー。主人公の二人ますますよく見えてきましたよ。
二人が仲良くなってからのショット。シルエットでビルの中の二人の寄り添い踊っているのを遠目に引いて映してるのが好きです。車が行きかうのが見えていて綺麗な光景でいた。
それから今度二人が別れを予感するシークエンスなどで使われる音楽の雰囲気が「藍宇」っぽいですね。これも好きです。
英語字幕なので2度目観て少しずつ判ってきたかのように思えます((笑)しょーがねーなー)
悲劇という前説だったので、また死んだり、空しくなったりかなーと思っていたらとんでもなくいい感じだったので驚きです。また勘違いしてるわけではないですよね?(笑)
先にイ=ソン・ヒイル監督がカミングアウトされたという記事もアップしましたが、これからもまた楽しみですねー。
低予算映画も結構好きなんですがどなたか出資してくださってまたいい作品を作って欲しいものです。

イ・ヨンフン
ラベル:同性愛
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イ・ビョンホン、『バンジージャンプをする』再上映会に松葉杖姿で出席

イ・ビョンホン、『バンジージャンプをする』再上映会に松葉杖姿で出席

素敵ですねーこの写真。なぜか傷ついてる姿ってむらむらします(笑)「バンジージャンプをする」がこんな風に愛されているっていうの嬉しいですねー。

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カメリア・プロジェクト ボギル島の三つのクィア・ストーリー イ=ソン・ヒイル

カメリア・プロジェクト ボギル島の三つのクィア・ストーリー

監督 イ=ソン・ヒイルは韓国で初めて自分がゲイだとカミング・アウトした映画監督 ということです。
「No Regret〜悔いなき恋〜後悔しない」の監督作品です。これは観てみたいものですね。
ラベル:同性愛
posted by フェイユイ at 10:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「No Regret〜悔いなき恋〜後悔しない」を観る

cap174.bmp

「No Regret〜悔いなき恋〜後悔しない」観ました。これはちょっとよかったですねー。しかも・・・まだこの段階でラストを言うわけにはいきませんね。

主人公の二人がなかなかに素敵で好みでうれしかった。特にボーイッシュ君のほうは可愛いなあ。

英語字幕で観たわけでとてもストーリーを言えるものではないですが、感想を改めて書けたら、とは思っています。

同性愛を描いた韓国映画といえば今までに「ロードムービー」「清風明月」「王の男」とあるわけですが、本作はその中で一番明るく希望のある作品になっています。

私の勝手な思い込みでしょうが観ていてなんとなく以前の映画を思い出させる場面があって例えばスミンとジェミンが海を見に行くのは「ニエズ」みたい。
スミンがドアを開けると手を怪我したジェミンが立っているのは「ブエノスアイレス」屋上で裸でいるのも「ブエノス」っぽい。他にもちらちら「ブエノス」的な場面があったり、やっぱりあの映画はアジア映画のゲイムービーの最も優れたものである証ですね。全体の雰囲気もそれっぽいかも。
でもだからといって真似をしているといった感じの映画ではなく新しい作品を作ろうという気持ちが受け取れます。メイキングを観てもその情熱が伝わりますね。

監督:イソンヒイル
これはびっくり。こういうのもあったんですね。知らなかったー。

出演:
イ・ハン
これもイ・ハン

イ・ヨンフン
ラベル:同性愛
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2007年02月28日

低予算の同性愛映画、DVDでも異例のヒット「後悔しない」

低予算の同性愛映画、DVDでも異例のヒット

「悔いなき恋」となってますが「後悔しない」のことですね。まだ届いてないのですがますます期待は高まりますねー(笑)
写真を見るとなんだか監督さんが一番かっこいいような。
ラベル:同性愛
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2007年02月23日

キム・ギドク監督『Breath』、完成前に10カ国以上へ販売

キム・ギドク監督『Breath』、完成前に10カ国以上へ販売

さすが、いつもながら凄いですね。キム・ギドク監督のチャン・チェン、楽しみです。
パク・チアさんはキム・ギドク監督作品によく出てる方のようですね。ふむふむ。
ラベル:キム・ギドク
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2007年02月05日

韓国のゲイ・ムービー「後悔しない」が発売予定

後悔しない.jpg

韓国の新しいゲイ・ムービー「後悔しない」がyesasiaで発売予定に。(リージョン3なのでご注意を)

ゲイ・ムービーはまだご法度(?)である韓国で(と思いますが)「ロード・ムービー」(この間は長いが)「王の男」に続き期待は高まる、のだろうか。正直私にはまだいいのか悪いのかは申しあげられません。観て確かめるしかないですね。多分買う?

例えばこんな感じ→ 「後悔しない」1

そしてここ(ネタバレってほどじゃないけど予備知識なしで観たい方はパスしてください)→ 「後悔しない」2

どちらもタイトルが「後悔しないで」になってる。どっちなのかわかんないけど今回はyesasia風で「後悔しない」と断言。
ラベル:ゲイ
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2007年02月02日

「グエムルー漢江の怪物ー」父と子そして母は

グエムルq.jpg

「グエムル」を再観しておりました。

本作のテーマである家族の絆を再確認。韓国は家父長の強い国だというが、まさしくピョン・ヒボン演じる一家の長である父親は3人の子供達と孫娘を守る為に文字通り命がけで戦う。そのやり方はまったく情けないものだけどそれだけに余計親父さんの懸命さが伝わってくる。弾丸が足らず出来の悪い息子に「行け」と手を振るシーンは切ない。
ソン・ガンホのカンドゥはまたさらに頼りない。それでも娘ヒョンソを愛する気持ちはすごく微笑ましい。貧乏なのに娘に最新の携帯を買ってやろうとカップ麺に小銭を貯めたり、娘が背負ったリュックが重いだろうと支えてやったり。そんなカンドゥがなんとか娘を助けようと半分眠ったままのような自分を奮い立たせる。
カンドゥの妹弟もイマイチのとこで不甲斐ないのだが姪っ子への愛情は深く迷うことなく助けに走る姿に胸をうつ。
ヒョンソを救う途中一家が食事をするシーンでいないはずのヒョンソが現れ皆からご飯を少しずつ食べさせてもらう場面はせつない。きっとお腹がすいているヒョンソに食べさせてあげたいと思う気持ちが幻想を見させたんだろう。

またアメリカ映画慣れした目には新鮮に見える場面も多々あると思う。韓国人らしい部分と言うんだろう。
多分日本人には引いてしまうんだろう、共同葬儀の家族の号泣場面。でもこれが韓国人の亡くなった人への悲しみの表現なのだ。弟ナムルが兄貴の失敗に腹をたて蹴りをいれるとこ。こんな低くても蹴りなんだ。凄い。最後、テレビも足で消してたし。
あちこちでやらねばならない賄賂。これがないとうまく事が運ばないのだ。
そして車でなく足で走り回る。まったくスタミナには感心。韓国サッカーにはいつもこれでやられちゃうんだ。

結局、世界的には大きな興行成績を残した「グエムル」この面白さをして日本では何故振るわなかったのか。
まず公開と同時に怪物の日本アニメパクリ疑惑が広まってしまったこと。それゆえ怪物に新鮮味がなくマニアにうけなかったこと。なんかは当たり前に原因なんだろうけど。
もう一つはこの記事の最初に書いたことだが、韓国が父系社会なのに対し、日本は母系社会である。父親が懸命に戦う映画は受けないのだ。(確かに日本映画でもパパが頑張る映画はあるよ。あるけど爆発的には売れないような)
これがおばあちゃんとお母さんが孫・娘のために頑張る話だったら受けたかもしれない。(アメリカ映画でもお母さんが戦う話は日本で凄く受ける)
「リング」でも原作では男だったのに映画はお母さんになっているし(別に関係ないが)
よく似た怪物「エイリアン」と対決したのは女性であるシガニー・ウィーバーだった。
お母さん対グエムル、だったら日本では大人気だったかもしれないな。

追記:その父系社会というのがポン・ジュノ監督の登場人物設定にもつい現れてしまったと言えるのだろうか。
この一家には「母」の存在がない。祖父に対しての祖母がいないしカンドゥの妻も逃げ出している。
ナムジュがこの先どうなるのかはわからないが、カンドゥには息子がいなくて(韓国では今でもやはり男が家を継ぐという感覚は強いのだろうか)娘一人だったがその娘が亡くなって代わりに男の子が一緒に住むことになる。
血のつながりはないのだが、なんとなく設定に祖父・父・息子(娘の代わり)という系図ができてしまっている。この辺は自然とできてしまったことなんだろうか。
やはり日本でなら女一族にしてしまいそうである。

追追記:ゴブリンさんの「銀の森のゴブリン」を読んで上に書いた考えの間違いに気づかされました。
ポン・ジュノ監督は最初から父系家族などということではなくお母さんは強いので駄目家族にならないのだ、という考えでこういう設定にされていたのでした。
ううむ、単に韓国人監督だからこうした、という考えの浅はかさにうなだれるばかりです。
ゴブリンさんのレビューでその誤りに気づかされて本当によかったです。ここでゴブリンさんに感謝するとともにポン・ジュノ監督の凄さに改めて感激しました。
ゴブリンさん、どうもありがとうございます。
ラベル:家族
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2007年01月30日

「グエムル 漢江の怪物」ポン・ジュノ

グエムルr.jpgグエムルp.jpgグエムルm.jpgグエムルe.jpg

「殺人の追憶」の中でソン・ガンホ演じるトゥマン刑事の台詞に「アメリカの刑事は頭を使うが韓国の刑事は足で走るしかない」(適当)というのがあったがまさしくこの映画の中でカンドゥ=ソン・ガンホは頭を使う事もできないまま走り続けるのだった。

ポン・ジュノ監督の新作が怪物映画だと聞いた時、実はとまどってしまったのだった。失望したと言ってもいい。
だが観始めてそして物語が進んでいくうちにそんなとまどいや失望は消し飛んでしまった。怪物映画、という軽く見られてしまうジャンルにおいてでもポン・ジュノは独自のスタイルを持ち続けていた。
作品は自分の疑念とは全然違っていた。不安を持った心は逆に裏切られたのだった。

始まってすぐ漢江沿いでくつろいでいる人々の前に突如怪物が現れる。高い位置を走っていく電車の窓からその様子を見下ろす人が状況をよくつかめないでいるのがおかしい。何かのアトラクションのように思えたのだろうか。
あっという間に人々を襲いカンドゥの娘・ヒョンソを奪ってしまう冒頭は思い出してはぞっとするのじゃないだろうか。それは「ゴジラ」で白昼いきなり山の向こうに現れるゴジラを観た後に感じたような既視感に襲われないだろうか。

怪獣映画というとそれに立ち向かうのは国家組織であり、科学者や特別な警察・軍隊(自衛隊)であるのが通常だと思うが、本作で怪獣と戦うのは社会の中で底辺と言われるような裕福ではない一家族である。はっきり言って彼らは他の怪獣映画ならあっという間に殺されてしまうような存在に過ぎないのかもしれない。
店番をしていても居眠りばかりしているカンドゥは娘の危機で目を覚ます。そして父親が捨て身で孫娘を救う為に怪物に立ち向かって死んだ時立ち去る事ができないのが悲しい。そしてこの時のピョン・ヒボンの手を振る演技は忘れ難い。
ヒョンソを救う為に一家は命がけでしかし空しい戦いを続けねばならない。ナムル(パク・ヘイル)とナムジュ(ペ・ドゥナ)がそれぞれの特技を生かして怪獣に挑むのが面白い。
一方、父親であるカンドゥは何もできないでいる。怪獣に触れた保菌者と言われて政府によって隔離されて挙句に拷問のような検査を受ける。一体、頭に穴を開けられてしまったんだろうか。
この映画に関する批評などを見ていたら「親たちが馬鹿すぎ。何もできないでいるだけだった。ヒョンソは家族が殺したようなものだ」と書いている人がいた。まさしくこの映画で描かれているのは怪物に対しての人間の無力さなのではないか。このような怪物が出現して娘を奪われても一体何ができるというのだろう。ただ泣きながら追いかけるしかできないのではないか。政府はむしろ彼らの行動を妨げているだけなのだから。
怪物をしとめたのもアメリカ政府が噴出した黄色い煙ではなくナムルとナムジュ(と浮浪者)が力を合わせて怪物を焼いたことでだった。カンドゥがとどめを刺したことで彼らの怒りが表現されている。自分たちの手を使ってそうするしかなかったのだ。

ヒョソンの死には正直、がっくりきてしまった。それは作品としてということではなく力のない少女がより小さな少年を救う為に懸命に戦った末に命を失ったことに対して自然と感じた悲しさだ。そのくらいヒョンソに肩入れしてしまったのだろう。
なんの力も持たないカンドゥはついに娘を救うことはできなかったが娘が命がけで守った幼い少年と暮らし始めるラストは素晴らしい。雪の中、凍えるような寒さの中にぽつんと存在する小さな売店の中は暖かいに違いない。

ポン・ジュノ監督の力量はどの作品でも観る者を惹きつける。緊張感・やりとりのおかしさ・スピード感はこの作品でも存分に発揮されている。
濃い陰影のある青味がかった映像も美しい。

また「殺人の追憶」で登場した面々が出演していたのも嬉しいことだった。華奢で陰湿なイメージの怪しい男が短気だが行動的な次男役で活躍しているのが一番驚きではあるが。

そして日本アニメのパクリと言われた怪物・グエムルについて。
観始めてもうそんなことはどうでもよくなったが。
結局、日本アニメ「パトレイバー」のその場面を観てないし(観る気はない。ネットでその絵は何度も見たが)観ても順番が違うので感想も言いにくいかもしれない。それに私自身はポン・ジュノ監督の大ファンで且つ「パトレイバー」が大嫌いなのでそういった主観がはいってしまうのは避けられないし。
私としてはそういった造形の真似とかじゃなく思い出したのは「ヘドラ」である。私にとって怪獣は「ゴジラ」ではなく(世代が少しずれる。でも勿論ゴジラは好き)少女時代の恐怖であった「ヘドラ」なのだ。廃棄物から生まれたヘドラとグエムルはまさに兄弟と言っていい。冒頭、釣り人たちが川の中で見つけた何かを見て「気持ち悪い」と言うのを観ていてすぐ連想した。造形はまったく似ていないが。ヘドラは当時の少年達の間で必ず絵に描かれるある意味アイドル(?)だったがグエムルはどうなんだろう。

監督:ポン・ジュノ 出演:ソン・ガンホ、ピョン・ヒボン、パク・ヘイル、ペ・ドゥナ、コ・アソン
ラベル:怪物 家族
posted by フェイユイ at 22:35| Comment(2) | TrackBack(3) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月18日

「殺人の追憶」ポン・ジュノ

殺人の追憶.jpg

「殺人の追憶」について書くのは「藍空」の記事を含めて3回目だと思う。だけどあまりにも好きすぎていつも多く語れないでいるようだ。
今回見直したきっかけは先日、映画の舞台である華城(ファソン)で再び連続殺人事件が起きているというニュースを聞いたためだ。
1986年から1991年の5年間に9名の女性が残忍な手口で殺されたこの事件は未解決のままである。時効も過ぎてしまった。
今起きている事件とこの時の犯人が同じなのかは解らないが怖ろしいことである。

今回、初めて手にしたのはその時の事件を担当したハ・スンギュン刑事の手記「華城事件は終わっていない」である。
これを読むと実際の事件・捜査と映画は違う事が判る。がしかし、書かれた刑事さん自身が「映画が事実と同じでなければいけないという主張は、常識的に納得がいかない」と言われていることが本当だろう。
ただハ・スンギュン氏が疑問に思ったというタイトルの意味(韓国語でもそのままの意なのだろうか)というのは確かにひやりとするものがあった。
つまり
“「殺人の追憶」という言葉は、華城事件を追憶している、という意味なのか、あるいは単純に犯人が殺人を追憶している、という意味なのかが曖昧なのだ”
前者を考えても後者のことは考えなかった。だが映画の終わり、事件から12年たった(2003年)ある日、刑事を辞めたトゥマン(ソン・ガンホ)が事件現場に行き、そこに数日前別の男が来た事を知る。その時、その男は当時を懐かしむようなことを言ったのだ。怖ろしい最後だった。

再び同じ犯人が行動を起こしているのか知る由もないが、今度こそ犯人が捕まればいいと願う。
手記を読めば未解決のままになった刑事たちの無念が伝わってくる。特にいたいけな少女に対する殺害への怒りは悲しみに満ちている。

映画と大きく違うと思ったのは殺された女性の年齢の幅である。映画では少女から20代の女性を狙った感があるが実際の事件ではこの年代に加えて50代から70代の女性まで(3人)強姦殺害しているのだ。ある意味それも惨たらしいことではないか。(そして今、起きている殺人事件も同じような年齢差がある)性的犯罪というのは行う者の嗜好としての年齢と言うものがあると思うのだが(幼女趣味とか熟女好みとか)10代から70代までを強姦するというのはどういうことなのだろう。勿論そういうこだわりがない人物なのかもしれない。
ここで“人物”といったのは犯人が男であるとは限らないからだ。というのもこの著作の訳者である宮本氏が書かれていたのだが、確かにこれだけの時間と労力をかけて何万人という「男」を調べて犯人がいないのなら女性ではないか、というのは一理ある。
あらゆる人物を怪しんでも見つからなかったというなら捜索しなかった人物に疑いを持ってみるしかない。
もしくは・・・捜索している側の人間ということもある(これは宮本氏の考えではなく私の意見)映画では監督は一切そういう疑念はなかったのだろうか。
著作は刑事そのものなのだから自らを怪しむ記述はない。
まあこれはどちらも単なる想像でしかない。

後、ハ・スンギュン氏は「映画では事件と雨が深いつながりを持つように語られていたが、実際は雨の日の方が少なかった」と書く。
これは映画的演出であるとしかいえないだろう。とにかく韓国映画は劇的な場面に雨をよく使う。
土砂降りであるほど感情は激し、強いインパクトを残す。そして季節は秋から冬にかけてである。撮影での俳優達は雨に濡れて頭が割れるように凍えたという。電柱や線路も凍ってしまったらしい。そういった過激さが韓国映画らしい部分だと思う。

また著書にパク・ヒョンギュ(パク・ヘイル)らしい人物はいない。彼は映画での創作なのだろうか。
この映画のキャスティングはまったく素晴らしいものだ。監督自身、その苦心を語られているが、その時、私には主役のソン・ガンホとピョン・ヒボンくらいしか知ってる顔がなかった。
知らない人ばかりなのでリアルだししかも一人ひとりが実にぴったりとくる。特にパク・ヘイルの怪しい男はそれまで観た韓国映画に珍しい繊細な様子で本当に犯人なのか、無実なのか掴みどころがない。眼差しがなんともいえない美しさ・妖しさがあった(別作品でまったくイメージが違うので驚いた)
曇りの時ばかりに撮影をしたという重く暗い画面やどことなく恐怖を抱かせるセメント工場のそびえたつ建物。
事件の日に必ずかかるというラジオのリクエスト曲そして雨が降るという事実が背中に戦慄を走らせる。

そしてこの映画にソン・ガンホが出ていなかったらこれほど面白くはなかったはずだ。
勿論、ポン・ジュノ監督。韓流という枠を越えてここまで優れたミステリーを見せてくれたことにも衝撃を受けた。
音楽に日本人の岩代太郎が関わっていることも嬉しいことである。

監督:ポン・ジュノ 出演:ソン・ガンホ、キム・サンギョン、パク・ヘイル、キム・ルェハ、ソン・ジェホ、ピョン・ヒボン 
2003年韓国
ラベル:犯罪
posted by フェイユイ at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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