
BUENA VISTA SOCIAL CLUB
昨晩観た『サルサ!』でキューバ熱に火がついて今夜はこれ『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』
無論『サルサ!』もこれをきっかけに作られているのだろう。波の荒い海岸べりの道や古いアメ車が平気で今走っている不思議な光景が印象的である。
自分はライ・クーダー氏自身をよく知らないでいるのだが(すみません)なによりもう引退同然で世界的には無名だったはずの年老いた彼らの音楽をこうして集め聞かせ、見せてくれたことには感謝せずにはいられない。
以前にも観て記事にも(『藍空』)書いていると思うが読み返してはいないので感想は重複していると思う。
特にまとまったストーリーというものはないこの映像作品にはライ・クーダーが忘れられてしまった存在のキューバの老音楽家達を丹念に呼び集め、友人の映画監督ヴィム・ヴェンダースにより撮影されたものである。
殆ど音楽活動をしていなかったはずの彼らはライの要求に嫌がることもなくあっさり演奏を再開している様子で彼らが心から音楽を愛していること、生きていることと音楽とが自然に結びついていることが伝わってくる。
この映像にはコンサートの場面から始まり、そんなかれら一人ひとりの語りとそれぞれの音楽が散りばめられるように収録されているだけなのだが、それでいてまったく退屈することがない。誰一人有名だとか知っているミュージシャンだとかいうのでもないのに。
無論この映画の中で彼らを知り、彼らを好きになってしまうはずなのである。
特にコンパイ・セグンドとピアニストのルベーン、歌手のイブライム・フェレールには参ってしまうのだ。
その音楽の素晴らしさは言葉で語られるわけもないのでまずは観て聞いてもらうより仕方ない。ライはフェレールをキューバのナット・キング・コールだと言う。私にはよく判らないが彼の歌声がスペイン語の巻き舌も相まって素晴らしく音楽的に響くことだけは判る。声の一つ一つが不思議な深みのある響きを持っているのだ。
とにかくキューバ音楽の明るく軽やかなのに重く湿った悲しげなこの音色というのはなんだろう。
なぜこうも懐かしく思ってしまうのか。なぜこうも心の中に入り込んでくるのだろうか。
音楽の美しさに加え、ヴェンダースの映像がさらに郷愁を誘うようなそんな趣がある。
冒頭の道路に打ち上げてくる波飛沫の海岸通りの場面は酷く印象的である。
小奇麗とは言いがたい狭い道と街並みを歩きながら歌う姿。昔あったクラブを尋ねると通りかかった人々が口々に教えてくれる。
冷蔵庫を運ぶ人たちに「手伝おうか」と気軽に声をかけるフェレール。
また美しい色彩の窓がある部屋での演奏や人気のない昼間のバーで話をする時、窓から風が吹き込んでカーテンが緩やかに舞い上がるのが涼しげである。
キューバ音楽には悲しげに響く情熱と心を吹き抜けていく涼しさがある。それは暑い国で暮らす人々を安らげるのだろう。
ルベーンの弾くピアノも今まで見て聞いてきたヨーロッパのものとは全く違う音である。
そしてパーカッション!なんて奇妙な不思議な叩き方なのか。パーカッションはうるさくせず極めて軽やかに聞かせないといけないようだ。
ああ、音楽的な言葉を全く持っていないのに判ったかのように書くのは至難である。
どうしたって音楽は言葉ではなく感じることなのだから。
フェレールは歌だけでなく話にも心惹かれる。子供の時に両親を亡くした彼の人生は容易いものではなかったはずだ。
それでも彼の歌声は素晴らしい。彼は母が信じていたという聖ラサロを信じていると言って部屋の壁にラサロを祭り、大好きなラム酒と蜂蜜を捧げ、出かけるときは香水を自分とラサロにふり掛けると言う。そんな信仰心がなぜかじんわりとしてしまうのだ。
フェレールが女性歌手と歌うラブソングがいい。彼らの歌はやはり恋の歌なのだ。
90歳代のコンパイ・セグンドは今なお恋愛現役で「女性と花とロマンス」がないと生きられないという色男である。かっこいい。
『サルサ!』にも描かれていたような恋の力が彼らの原動力なのだ(なんて書いてること自体がもう駄目だね)
『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』夏が来ると聞きたくなってしまうものでもある。熱さの中に涼しい風を感じさせる、打ち揚げてくる波のようでもある。
監督:ヴィム・ヴェンダース 出演:イブライム・フェレール/ルベーン・ゴンザレス/コンパイ・セグンド/オマーラ・ポルトゥオンド/エリアデス・オチョア
1999年ドイツ、アメリカ合衆国、フランス、キューバ