映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年12月03日

松ケン今度は「銭ゲバ」個性的キャラ怪演

銭ゲバ.jpg銭ゲバ2.jpg

松ケン今度は「銭ゲバ」個性的キャラ怪演

思いもよらぬキャラクターを演じ続けている松ケンではありますが、まさか『銭ゲバ』とは!!!

今の若い人は何それ?という感じでしょうなあ。私も全部知ってるわけじゃないですが^^;
今頃若きファンの方は検索してキャラを見て「ぎゃっ!!」となられているかもしれません。
あの顔になるんでしょうか?背も低くしないと←いやそれはいくら松ケンでも無理でしょ^^;
とにかく楽しみ!でありすぎます。
またまたTV観ることになりそう!!!


ラベル:松山ケンイチ
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2008年10月23日

2008年09月12日

松ケン津軽弁丸出し主演映画にヤル気満々!

松ケン津軽弁丸出し主演映画にヤル気満々!

マネージャーさんの「せっかく標準語に慣れてきたのに…」という台詞がおかしい。あまり慣れてない気がするんですが(笑)

なんだか今迄で一番期待してしまう映画なんですけど。松ケンのうれしそうな顔が目に浮かぶようですねー。

相手が麻生久美子さんというのもいいですね。

楽しみ!!
ラベル:松山ケンイチ
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2008年08月12日

今朝の目覚ましは松山ケンイチで

今朝の「目覚まし」は松ケンファン必見でしたねえ。最近はもー『DMC』が物凄い盛り上がりで私なんかはあんまり観すぎてしまいたくないなあと思うくらいですが、今朝の「目覚まし」は今まで松ケンを特集しなかったことを謝罪して『DMC』の話題は勿論ですがなかなか自分を見せない彼を暴こうと兄貴と慕う(?)中村獅童さんを呼んで暖かな談話となったのでした。
いまだに『男たちの大和』が話題になるということで、軍服姿の獅童さんを獅童さんだと気づかずカンチョーをした若造を笑って許したことに松ケンが親しみを持ったのだろう、という獅童氏の話を笑いながら聞いている松ケンがすんごい可愛いのでした。
時々獅童さんを見る松ケンの目が尊敬の思いを込めて瞬間ですがじっとみつめるのが印象的でしたねー。
獅童さん、なかなかクレイジーですからねー。
本当は放送した以上に盛り上がったということでそういうのを観たいんですがねー。
朝の短い間とはいえ、クラウザーさんだけではなく素顔のケンさんを観れてうれしいひと時でした。

クラウザーさんの走りっぷり。かなりのスピードだった!あのハイヒールで!!
ラベル:松山ケンイチ
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2008年08月01日

松山ケンイチがヨダレ垂らすわ松雪泰子は「Fuck」連発!? 真夏のデスメタル地獄に潜入!

マツケン主演の「デトロイト・メタル・シティ」がお披露目

松山ケンイチがヨダレ垂らすわ松雪泰子は「Fuck」連発!? 真夏のデスメタル地獄に潜入!

今朝TVでもその姿を見ることができました!私は目覚ましで。いや〜会場の皆様の熱気がすごかったですね。私もあのメイクやって欲しいですわ!!

松ケンはもともとの髪なんでしょうか。すごくクセッ毛で可愛かったです。
上の「マツケン」って全部カタカナだとちょっと違う人みたいな気も。
posted by フェイユイ at 15:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月28日

『人のセックスを笑うな』井口奈己

人セク.jpg

長く待っている間にどんなものかと考えもしたのだが、観てみてこれはなるほどタイトルどおりの作品だったんだと唸ってしまった。
なにしろタイトルに「セックス」という文字が入っているがそんなシーンはなくて甘い恋物語だと聞いていたのだがとんでもないまったくタイトルどおり二人の男女のセックスそのものの話だったんだ。
それにしてもなかなかこれはやってくれるわい、という感じなのだがやってくれるわい、というのは描かれているのはセックスそのものなのにそういうシーンは入れずにあくまで可愛らしい少年と美しい人妻の純愛のように見せてしまう見せ方(騙し方)ということなんだけど。
別にこれは普通に言う恋愛物語ではなくセックスしている二人の物語なのだ。二人は(多分)一度も愛だのという言葉は言うこともなくみるめはユリに会いたいと言うだけだしユリはみるめを触りたいと言っただけなんだもん。
みるめにとってそりゃあユリは素晴らしい相手で外見も可愛らしければいつでも濡れて自分を迎えてくれるおまOこそのものなんだから。同じ年のえんちゃんだとそうはいかず手順を踏んでデートなりをしてということになってしまうがユリはもう部屋に呼んで服脱がせてGO!という感じでしょう。10代の男の子にとってユリはまさにめしべがとろーり滴っているユリの花そのものじゃないか。明るくて何の衒いもかけひきもない。自分が男でみるめだってえんちゃんよりユリに惹かれてしまうよな。もうやりたいやりたいやりたい、だもん。窓の外にも立ちますよ。みるめが男友達に囁いたのも「恋人ができた」っていうことじゃなくて「あの女とやったぜ」ってことでしょ。(しかもさりげなくここひそひそ話にして観客の女性に台詞を聞かせない!うまいぞ)
二人の逢引が決して恋じゃなくセックスしてるだけじゃん、って言われてもしょうがないけどだからこそこのタイトル『人のセックスを笑うな』になるわけで。僕達の恋は恋じゃなくセックスそのもの。いつもいつもセックスしたいんだ、でも笑うな!って。
みるめが可愛くてしょうがないのはそうやってユリの気持ちを惹きたいため。ユリが積極的で大らかなのはそうしないとみるめというまだ若い男の子を引き寄せられないから。
何もまだ自分達を紹介しあったり、説明しなくてもただセックスで結ばれて気持ちよくなってしまったのだ。それをみんな笑わないで。
でも困ったことに世間はそうそうそういう二人を簡単に見過ごしてはくれないのね。
ユリはなんらかの制裁を加えられたらしい。ちょっと参ってインドで考えてる。多分みるめとの付合いが学校にばれていられなくなったんだろう。ユリはリンゴをむきながら指を傷つけてしまう。だんなさんがそれを見て「大した傷じゃないよ。人生は長いんだから」っていうのはユリの浮気を言い表してるわけで。まあこれも多分だんなさんはユリの浮気を感づいていたんだけど見知らぬふりをした。それくらいユリは気持ちのいい女なんだろうね。手放したくないような。
なにも聞かされてないみるめは抑えきれない性欲を持て余しながら(辛いだろうなあ)えんちゃんが来るのも面倒で(どうせやらせてくれない)えんちゃんから「ユリちゃんに会ったよ」という一言で膨れあがりそうな股間を抑えつつ(もー男性向け漫画なら物凄い描写になってますよ)カブを走らせる。きっと物凄い勢いで走ったろうけどすべてえんちゃんの嘘だと知った後はエンストしたり(笑)モーこの辺みるめのおちんOんそのものだよね。しょうがねーなー。
というわけでユリという気持ちのいいおまOこを求めて待ち続けるみるめのおちんOんという映画をにやにやしながら観続けたのだった。側にいる青年とえんちゃんを観ろよ。キスひとつでも嫌だどーだって、めんどくさいねって言ってるの。ユリとみるめだと気持ちのいいセックスそれだけなんだもんね。
それにしても台詞なんかでもちょっとズキリとするの。みるめがユリに「ユリはいつもどこか汚れてるね」って言う。みるめは何気なく言ってんだけど、やっぱりこの台詞にユリは穢れているよ、っていう批判が入ってる。ユリはリトグラフの作業は上手いのに他の仕事は(灯油入れとかリンゴ剥きとか)下手なのも彼女がどこか不器用なのを表している。
お話は随分いきあたりばったりであり得ない話みたいなのにどこか妙に現実的でシビアなんだ。
ユリが帰国してまたみるめとのセックスもあるだろうけど、うん、だんだん難しくなっていくのだよね。それでも会いたいしやりたいし。笑ったりはしない(つもりだ)けど涙はあるかもしんないよね、いつか。
昔ジム・キャロルの『マンハッタン少年日記』というのを読んだ。10代のジムも40歳くらいの女性とセックス関係だった「男の性欲のピークは10代で女は40代。だから僕達二人は最高の組み合わせ」(ややニュアンスは違ったかもしんないが)っていうのがあって当時まだ若かった私は「そうかー私はまだまだだから40歳になったら15歳の少年と恋愛しなきゃな」と考えてまだそんな事態は起こしてない。(15歳ってまるきり子供だよ)
つまりジム少年の説でいけばみるめとユリも最高の組み合わせ、なわけだ。

昔(またか)「少女マンガには恋愛はなくてエロスだけ」と聞いて「そうなのか?」と思ったがこうして女性の映画を観るとそうなのかもしれん、と思ってしまう。

ユリとみるめは恋人どうしなんかじゃなくてセックスしてるだけなんだけど笑ってくれるなってさ。
みるめがユリに「どんな映画が好き?」と聞いて「テロ」のことを「エロ」と聞こえてしまうのもそのまんまなのである。大体「テロ」の映画ってなんだ。どう考えたってユリの策略じゃないか。

松山ケンイチが特別に可愛らしい顔を見せながらとにかくずーっと前を膨らませ続けている(ように思える)映画で、松ケンの後ろにヤリタイーッ!!って書き文字がでっかく書かれているようで、おかしくてしょうがない(あ、笑っちゃいけないんだっけ)授業中先生が懸命に説明してんのに上向いてアレのことばかり思い出してるし。
今あるのかしんないけど昔男漫画で前がぷくーってふくれあがってる絵があったけどあんな感じ。ちょうど風船ぷくーって膨らませたのはそういう意味か。
なんだかもうおまOこだとかおちんOんだとかいつも書かないような単語を書かないとどうしようもない感想でしてこんなスケベな映画もないよ!とやっぱり笑ってしまいました。「笑うな」とタイトルにするだけのことはあると思いましたね。

監督:井口奈己 出演:永作博美 松山ケンイチ 蒼井優 忍成修吾 あがた森魚 温水洋一 市川実和子
2007年日本
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2008年06月30日

松山ケンイチ『発見。角川文庫 夏の100冊』

『発見。角川文庫 夏の100冊』.jpg

『発見。角川文庫 夏の100冊』で松山ケンイチさんがイメージキャラクターになっているのだが、たまたま夏目漱石『坊ちゃん』が買いたかったのでちょうどいいやと買いました。さすがにオビ目的で本買うわけにもいかないし、表紙に写真が使われてる太宰は嫌だし。太宰に松ケンが使われるのは青森出身だから?私的には寺山修司がよかったがなあ。
でも買わなくとも小冊子がもらえるのは嬉しいですね。

サイトの写真も素敵だなあ。
ラベル:松山ケンイチ
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2008年06月27日

『L change the WorLd complete set[DVD3枚組]』よりメイキング&お楽しみ

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『L change the WorLd complete set[DVD3枚組]』という奴を購入してたのでメイキング及びお楽しみディスクというのを観てみた。3枚目の挨拶辺りはさすがに全部目を通してないが。

ところでその前にちらっと『DEATH NOTE』前編など覗いてみたんだけど僅か2年前とはいえ松山くんが若い!声もまだなんとなく幼い。というかLに成り始めの声、ということだろうか。未完成なLというのか。でもやっぱりこちらのLがLらしいといったらいけないだろうか。
顔自体が華奢ですべすべでほんっとに可愛くて女の子みたい。体も細いんじゃないかなー。
私としては2年後のLのほうが好きかもしんないが、原作的にはやはり少年らしいLであって欲しいのだろうなあ。聞いてはいないけど松ケン的にも逞しくなっていく自分とLとしての理想に苦しんだりしたのではなかろうか。
『DEATH NOTE』前編の松ケン=Lは表に出慣れてない雰囲気がらしい感じを深めていたのだし“L”というのは作品が続けば続くほどらしさは薄れてしまうものなのかもしれない。

まあこれでも“L”は終わったのだから松山くんにはもっと太くなって男っぽくなってもらいたいし髭も育成させて欲しいものである。
髭は物凄く似合っているので作品としてもやって欲しいんだけどなあ。

さてさてメイキング。なんと作品の時間と同じくらいをかけて製作されている。メイキングって作品が物凄く好きならもしかしたらあまり観ない方がいいのかもしれない。映画作家志望とかでなければ。
私としてはそのどちらでもないので楽しんで観させていただいた。
“L”っぽくなくなったのでは、などと書いたが自分としては凄くステキになっていく松ケン=Lである。Lの時のケンイチくんは本当に綺麗でもうじーっと見つめずにはいられない。
ところで最後に松ケン、二階堂真希役の福田麻由子ちゃんから「Lも大好きだけどほんとはロボの方がもっと好き」と
言われずっこけていたのがおかしかった。うん。私もLよりロボが好きだからわかるなあ。
しかも麻由子ちゃん「写真撮らせてください」といって携帯を持った松ケンの手だけを写真に撮ってもらってた。凄い感性の少女である。確かに携帯持ったLの手は印象的だもんね。

いつもながら映画撮影状況というのは物凄いエネルギーの固まりみたいである。しかも殺人的猛暑の中の撮影。しかもタイでの撮影もあり。観てるだけで暑そう。『DEATH NOTE』の時も猛暑の中で撮影してたみたいでどうしてそうなるのかな。本作の後半でLとBOYとマキちゃんが屋上でご飯&お菓子食べるシーンは観てても暑そうだったが本当に酷暑だったようで。凄いもんだ。

感想記事で書き損ねたがこの映画で見惚れていたのが工藤夕貴。昔まだ彼女が少女という年齢の頃を覚えててなんかちょっと不思議な感覚の人で周りと溶け込んでないように見えてたらアメリカでばかりやってるみたいな感じになって殆ど観ることもなかったんだけど数十年(って言うと大げさか)たってみたら凄く綺麗で落ち着いた女性になってたので驚いた。地で話すところを見ると昔と変わらないみたいだけどねー。いやあ驚きました。女性って年とったほうが綺麗になるもんなんですねえ。

タイでの撮影隊の食事時、松ケンはよくみる帽子姿。私あの格好とても好きなんですが、他のファンの方としてはどうなんでしょうか。なんだか時代がよくわかんなくなるような不思議な世界に入った気がしてしまうんですが。背が高くて痩せててあの帽子だとなんか不思議な人みたいっですよね。

さて3枚目のお楽しみディスクは全部は観てないのだが、『outside of file No.15』というのがよかった。
蜷川実花さんによる松ケン=Lの写真集のメイキングである。
あの写真集に載っている撮影現場の雰囲気が見れて面白かった。射的は一発もあたらなかったそうである。おかしい。
それにしても普段朴訥とした印象の松山ケンイチさんだが蜷川さんに撮られていると次第にじわーっと色っぽさが滲み出てきて目もうるうるしてくるし、肌も微笑みもえもいえぬ色香が漂ってくるのだから写真家と役者というのは驚くべきものだと映画以上に感心して見てしまった。遊園地や街の雑踏の中でLが動いていく様子も不思議でうーん、これをそのまま映画にして欲しいような気持ちになってしまった。23日間、ウィルスから世界を救うというより自分自身を見つめていくLというのでよかったんではないだろうか。ま、子供向け作品なのでそういう地味さでは集客できないだろうけど。大人版Lというのをもう一度撮ってくれないかな(笑)いやいいんですけどもう。

ところで松山ケンイチさんがこの中で「ライトや久條さんは間違っているけど一番希望に満ちている。そういう人は本当の悪じゃない」ということを言っていて(正確ではないけど)やっぱり映画に引っ張られているとは思いますねー。悪人は希望に満ちてたりするもんでしょう。希望とは言わず、野望というのだろうが。
彼もまだまだ成長すべき余地があるということでしょうか。
posted by フェイユイ at 22:45| Comment(4) | TrackBack(0) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月25日

『L change the WorLd 』中田秀夫

L change the WorLd.jpg

どういうわけか注文していたDVDが早く到着したので早々と観る事ができた。パッケージの裏に「これを見て、今日もいい一日にしてください。」と書いてあるのでなんじゃら、と思ってたら内容を観て納得。なるほど(そう感動することもないが)

とはいえ実は今日これを観るのはかなり迷ったのであった。なにしろここ最近新井浩文作品に凝ってしまってたので、想像するに子供っぽいに違いない『デスノート』のその後『L change the WorLd 』を観れるだろうかと。
ところが意外や観はじめたらそれは杞憂に過ぎず、結構楽しんで観ている自分がいた。
無論、予想通りの子供っぽいとしか言いようのない物語で気楽に観れるといったらまだお世辞であって時々あまりの緊張感のなさに却って眠気を催してしまう。Lの命があと23日しかないんだ、という悲壮感というか寂寥感というようなものがまったく漂わない内容でそれでいいのかどうなのかよくわからない。あんまり盛り上げすぎるのもどうかと思うが結局Lが死ぬことに嘆き悲しむ人はまったくいないわけで、それこそが悲しいことなのだな。以前『ガッチャマン』を観た時、地球の平和を守る為に戦い続けたガッチャマンが死んでも誰も悲しむ者はいないのだ、彼らはそういう存在なのだから、という言葉があってもう涙が溢れてしまったものだが、Lもそういう存在なのに映画自体が実にあっさりして現代風というかドライというか、昔の物語のように涙を誘わないのだなー。ま、いいか。そういうやり方が受ける時代なのだと己に言い聞かせる。
それはいいとしてもとにかく『デスノート』時代から物凄く狭い世界の物語なのは変わらず。タイだ、アメリカだ、日本中の人々を巻き込んでいくのだと騒いでいるのにも関わらず物凄く近所だけで何人かだけのやり取りのみで進行していくように感じてしまうのは何故なんだろうねえ。なんだか、舞台劇を観てるような気持ちになってくるのだ。設定やストーリーが非常に子供向けなのは子供向けの作品なので文句をいう筋合いもないと納得しよう。
それよりもこの作品で描かれているのはLと二人の子供の関係なのだ。今まで誰も(ワタリですら)Lに命への希望、生きたいという願望を持たせなかった。Lに生きる楽しさ、希望を教えてくれたのは幼い少女と少年だったのだ。大人相手だった時、何の感動もなかったLが幼い命を相手にした時、彼らを守りたいという気持ちが彼自身も気づかないうちに芽生えてしまったのだろう。子供が自分より小さな存在を感じた時、急に大人びた気持ちであやしてしまう、そんな風に見えるのだ。
ただそれに気づいた時、Lの命はもう終わっていたのだ。でも彼の最期の微笑みは彼が初めて感じた喜びだったんじゃないかな。

まあ自分的には松山ケンイチを観たいという目的だったわけで、これは申し分ないほど彼を中心に動いていく様が描かれていたわけで(時々メインが少ししかでないような作品もあると思えば)充分満足いく作品だったのだ。
さすがに3度目のLというだけあって松山ケンイチのなりきりぶりは通常のそれを凌いでいるし、行動的なLという設定も楽しいものだった。
まさにLの最期を描く為だけの設定・物語・進行だったと思える。ワタリとの幸せそうな生活の様子だとか、いつものLらしい仕草(パソコンを打つわざとらしい手つき)相変わらずの服装、猫背はますます酷くなっているようだ。いつもは大人相手だったのであまり感じなかったが今回子供と比較してしまうのでL(つまり松ケン)って意外と大きくて逞しいのだなとバレてしまったんじゃなかろうか。
それにしてもLってほんとにワタリだけからしか愛されなかった人間なのだ。それがホントに可哀想だ。Lがいなくなるということで誰も寂しくならないような気がする。これで終わりでもどこかほっとしてるような(私がってことか。Lが大好きでLを恋人とか親友にしたいって人もいるのかね。大体松ケン自身友達になりたくないって言ってたしね。ほんとに可哀想な人だ)

Lになってる松山ケンイチはとても綺麗で見惚れてしまう。最期を迎えたLの心が少しずつ息をしているように思えて切なくなってしまうのだ。生きたい、という希望を持った時、Lは死を迎える。そんな変化をとても繊細に表現している。
子供のような作品だけどやっぱりLという存在は松山ケンイチという役者を通して他にない魅力的なキャラクターであることは確かなのだ。

監督:中田秀夫 出演:松山ケンイチ 工藤夕貴 福田麻由子 南原清隆 福田響志 佐藤めぐみ 平泉成 鶴見辰吾 高嶋政伸
2008年日本

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2008年06月06日

『神童』スペシャルディスク

神童 特典.jpg

随分遅くなりましたが『神童』スペシャルディスクを観てみました。
メイキングを観ていると、好きになった映画のメイキングではいつも思うことなのですが、作り手側の作品に対する情熱を感じてそれだけで打たれてしまいます。多分クラシックという分野にそれほど入り込んでいなかったはずの人々がそこから受ける感動を映像として完成させていくく様子がまた感動的です。

うた役の成海璃子は松山ケンイチとまったく違い感覚的に演技をしているのがその役のままのように感じられて面白かったですね。
松山ケンイチはいつもどおりの熱心な打ち込みぶりでピアニストの清塚信也さんに全幅の信頼を寄せているのが伝わってきます。これを機に彼らが仲良くなったのも頷けますね。
まったくピアノを弾けなかったはずの松ケンが音にあわせて指を滑らかに動かしていく場面は感動的ですらあります。
清塚さんが松ケンさんのことを心から褒めているのが嬉しく思いました。
映画の場面ごとの説明があるのですが、思い出してしまいます。うたがワオの指を暖めてあげるシーンやうたのコンサートの音を聞いてワオがうたの心を感じるシーン、そして最後の二人で寄り添ってピアノを弾くシーンは特に音楽のように響く場面でした。
原作と比べるとその違いに反感を持つこともあると思うのですが、確かに原作は全く違う凄さ、があります。ただこの映画は二人の音楽を愛する人間が共鳴しあう部分に焦点を絞って物語られているのでそこに感動できればいいと思うのですが。

舞台挨拶もなかなか面白くてケンイチくんは監督と初めて会うとき凄くダサいチェック柄のシャツを着て行ったというのですがこれは浪人生らしい格好を演出しての考えだったらしいのですがあまりのダサさに監督がドン引きしていた、というのがおかしかったです。
ここでも自由に演じた鳴海さんと悩みに悩んで演技する松山さんとの違いが語られていました。
でも鳴海さんはいつもピアノの練習を欠かさなかったのに松山くんはぼーっとそれを見ていただけらしかったのもおかしかったですね。多分裏で練習するタイプですね彼は。
舞台挨拶の時は急にかっこよくなってしまうのも松ケンの特徴です。

最後に監督と清塚さんのトークショーで松山くんについて話すところでも清塚さんと松山くんが一体になってワオという青年と彼の音楽を作り上げていった、というのがすてきでした。
清塚さんの腕の動かし方を松山くんがじーっと見つめてそのとおりに動かしてみせていくので最後にはまるで清塚さん自身が弾いているかのように見える、というのが凄いです。
それにしてもやっぱり松ケンさんは清塚さんに初めて会った時はすごい無愛想だったらしくてこんなんで大丈夫かなと彼が思ったそうなんですが次第に心を開いていったというのがいつものケンイチくんらしい内気さでおかしかったです。

これを観てるとホントに色んな人が思いを込めて音楽映画を作り上げていったことが感じられてもう一度観たくなってきました。


posted by フェイユイ at 22:14| Comment(0) | TrackBack(1) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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