映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年03月29日

『神童』さそうあきら

神童マンガ.jpg

映画『神童』が好きになってしまったので原作マンガを読んでみた。ほんとはもう少し読み込んでから書くべきなんだけど(私は斜め読みが酷いんで)あんまりよかったんで我慢できず少し書いてみる。

作者さそうあきら氏は以前『犬犬犬』の一巻を読んで物凄く印象深かったのにまだその後を読んでいないという状態である。
あのイメージが強烈だったので一体あの人がピアニストの話って?と混乱していたのだが、これがほんと面白くて切ない物語だったので余計に驚いた。

確かに原作を読んでから映画を観た方はおおいに不満が残るだろうと想像できる。
このマンガで訴えていることが映像化されていないのだ。
私は映画を先に観て感動した上でも、このマンガの方が何倍も奥が深いと感じられる。
特にうたが聴力を失くした後の話こそが重要なのに映画ではその部分が映像化されていないという原作を愛するひとなら信じられない話だろう。

さらに面白かったのはうたの母親像。映画では自己犠牲のうえでうたを育てていく美しい母親であったが、マンガの彼女はかなり戯画化されて滑稽な人物となっている。
私はこういう教育ママ(&パパ)に反感を持っているものなので母親に関しては絶対マンガの方に軍配を上げたい。
以前、五嶋みどりの教育を読んで絶対自分は弟の方がいいな、と思ってしまった記憶がある。
何もさせず楽器だけ弾かせて満足している母親、というのはどうも苦手だ。

横道にそれてしまったが、マンガだとうたのワオへの思い、ワオのうたへの思いがより繊細に描かれていて心地よい。

どうもマンガの方に評価が高くなってきっかけになった映画が気の毒だが、映画はまた映画なりのよさがあったと思う(ちょっと説得力ないか)

『犬犬犬』は『ドッグドッグドッグ』と読むのだが、文字から来るイメージとドッグドッグという音が心臓音を意味するというのに凄く惹かれた。その原作は花村萬月だけど。
この『神童』は「振動」にかかっているのだろうな。
うたとワオが音によって結ばれるラストは音のないマンガとは思えない。

映画は映画としてリアルな音と映像を楽しめばよいし、マンガからは音を越えた振動が伝わってくる。


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2008年03月28日

『渋谷怪談 2 デラックス版』堀江慶

cap232.bmp

松ケンの無視されぶりが愛おしい一作である。
けなげに堀北ちゃんを思い続けても鼻にもかけられてない様子が不憫だ。
確かにこの時の松ケンは背ばかりひょろひょろしてて頼りないしなあ。着てる服もなんつーか見てらんないし、何も考えてない感じが悲しい。やっぱり男は中味かなあ。
そんな彼に思いを寄せてくれている女の子の気持ちにやっと気づいて答えようとしたら消滅しちゃうし(汗)
これに比べると『親指さがし』の時のめがねくんは素敵だったと判る。
ミステリーを解決していく時なんてなんだか心の結束が固くなりそうだもんね。
心強いし。

で、本作の松ケンはいいとこもなく消えていったのだった。
若くて細い彼を観たかったらいいかも。

堀北ちゃんが可愛いのでこんなつまらない映画でも何となく見惚れて見通してしまうのかもしれないが、それにしてもよくここまでつまらなく作れるものだと感心する。
都市伝説を繋げて作ったとはいえ、才能ある人が作ればもっと面白くなりそうなもんなのにな。
松ケンが歌ってる時堀北真希が耳を塞ぐのでよほど嫌いなのか、と思ってしまう。歌声でよくわかんなかったけど赤ん坊の泣き声がミックスされていたのだった。
堀北ちゃんはどうしてこうも松ケンが嫌いなのか。どう観たって最初に死んじゃった女の先生とレズビアンの関係みたいだもんね。
松ケンなんかまったく恋愛の対象じゃない、って感じだったし。

何かの記事で、女の人が物凄い背中を痛めつけられて何度も撮り直されたら大変というのを読んだので物凄く残虐な事を想像してたら、体操みたいな感じだった。三池崇史とかばっか観てるからどうも残虐性に抵抗力ありすぎる。

医者の先生が車にバンは『三更』の『餃子』だろうけど、迫力はない。

監督:堀江慶 出演:堀北真希 原史奈 木村茜 松山ケンイチ 太田千晶
2003年日本
ラベル:松山ケンイチ
posted by フェイユイ at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『偶然にも最悪な少年』グ スーヨン

偶然最悪.jpg

松山ケンイチを見る目的で出演シーンだけ観ればいいか、という気持ちだった。出番は結構最初の方でほんの僅かな時間でしかない。主人公カネシロに絡む高校生グループの一人という役。やや長めの黒髪で先の方だけ金色にしてる。かなり痩せていて貧相な感じ。台詞も「カネシロ〜相変わらずいい髪してんなあ」みたいなの。アップでもないし、そのつもりで観なければ絶対気づかないだろう。『アカルイミライ』の10分の1ほどもなく終わった。

冒頭から死んでる人が生きていたなんていうようなふざけた雰囲気。だが結局気になって最後まで観通した。

使用される台詞も設定も人間関係も徹底的に壊れてしまっている。登場人物たちの言動に苛立ちを覚えないのは難しいだろう。
まるでわざとムカつかせるために物語が進行していくようだ。
なのにカメラはそういった彼らの姿を冷静に捉えているような気がする。この感じはなんだろう。

カネシロのしゃべり方はすっかり頭がおかしくなってしまっている少年のようにしか聞こえない。なのに時々冷静な話し方になる。
いつもへらへら笑っているようで騙されないぞという目で見ている。
このねじが取れてしまったような少年は在日韓国人だということで幼い頃からいじめられ続けてきた。
ケンカの強くない彼とってへらへらした笑いは自分を守る鎧みたいなもんだ。
悪人が好きだと言う。いい人なんか見たこともない、と。

お姉ちゃんは何故自殺しちゃったんだろう。弟は弱虫だと笑っているような強い女だったはずなのに。一体なんでカネシロはへらへら笑ってるんだろう。
答えはこの映画の中には見つけ難い。
カネシロは復讐したかった。自分をいじめ続けた日本人に対して。でも力がないから笑いながら困るような写真を撮って送りつけたのだ。
何故タローは刺されたのか。
カネシロを警察に捕まえさせてしまったタローへの原田の復讐なのか。
在日韓国人の少年たちが行う復習劇を見せられて日本人が気持ちいいわけもない。しかもあまり問題にならないように巧妙に空とぼけて物語は展開していく。
最後に「また日本人の強制連行か」という台詞を突きつけて。

カネシロがタローのナイフを握って血を滴らせたように痛く辛い映画だ。
祖国を見ずして死んだおねえちゃんに一目韓国を見せたいと足掻きながらカネシロは果せない。
お姉ちゃんは少しずつ腐っていってしまった。急がなければいけないのだ。

カネシロとお姉ちゃんが下着姿でベッドにいる場面も何かがあったようなのにカットされてしまっている。
二人はセックスをしたというのだろうか。
それ(近親相姦)は無論おおっぴらに見せられるものではないだろう。同じようにこの作品には訴えたいけど大声では言えない気持ちが押し込められているようだ。
それをへらへら笑いと頭の悪そうなしゃべり方ではぐらかす。はぐらかさなければ生きていけないからなんだ。

大好きになれる映画でもないだろうし、気持ちよくもない。観終わった後でナイフで刺されひりひりする痛みを我慢するしかない。
だから最後に子供から「痛い?」って聞かれたんだろうな。
痛いよね。凄く痛い。
痛くなかったら、きっとおかしいよ。

監督:グ スーヨン 出演:市原隼人 中島美嘉 矢沢心 池内博之 蒼井優 柄本佑

松山ケンイチだけじゃなく多くの有名俳優がちょこちょこ出演している。
蒼井優もそのひとり。
カネシロ役の市原隼人を初めて観たが、ほんと、こういった青春映画の主人公にぴったりな可愛いいひりついた感覚である。
小柄で弱虫ででも何か心の底に持っている、大声で出したいのに笑っているだけの少年。
銀色の逆毛も奥で光ってる目も魅力的だ。

東京から博多へ向かうロードムービーでもある(目的地は韓国だが)
やはり見慣れた街を見ると嬉しくなるね。
変てこな博多弁も聞き逃そう。
posted by フェイユイ at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月26日

『セクシーボイスアンドロボ』voice8 プッチーニ前編

どんがらがっしゃーん。←慌ててけつまずいた音。
前回に文句を言い立てていたら、それを払拭してあまりある今回の話!!!
わーん、これは絶対手元に起きたいよ〜バタバタ。

脚本家も面白い木皿泉氏になって笑えて泣ける本来のセクロボに戻った。
しかも松ケン=ロボが今までにない熱烈な恋に落ちる話。軽薄だったこれまでを棄てて一途な表情がたまりません。
んんん、なんでかなー、報われない恋は今までもそうだったはずなのに殆ど可能性のない年上の女性を好きになったとたんにこの狂おしさは。しかしこの感じってまさに松ケンに対しての自分の気持ちと変わらないじゃんか。
そう恋って苦しいんだよな・・・幸せじゃなくて泣きたくなってしまうんだよ。どうしてだ?

いつもと変わらない日常に退屈を感じているニコはおみくじの大凶を引いてしまう。
地蔵堂の女主人がニコにプッチーニの話をするが今回は依頼ではなく世間話なんだという。
プッチーニは女三人組でもうすぐ死にそうな人の願い事をかなえるのだという。その為には人殺しも厭わないのだと。

そんな時、ロボは大事なマックスロボを蕎麦屋のトイレの中に落としてしまう。
潔癖なロボの代わりに取り上げてくれたその人にロボはいつしか恋を感じてしまうのだ。
カズミちゃんにお熱だったロボの変化にニコは戸惑う。年上のその女性に夢中になっているロボはもう知っているいつものロボではなかった。

ニコちゃんの悲しさにも共感できるが何と言っても松ケンの可愛さに落ちてしまいました。
うーむ、演技なのだとはいえ、突然恋してしまった松ケンのこの愛らしさはなんだろう。
年上の女性、ということで鑑賞済みの方は『人のセックスを笑うな』と重ねてしまうのだろうけど私はまだ観ていないので言わないで。
まだ見ていないだけにこんな松ケンには免疫がないのだ。
ううう。可愛すぎるじゃないかーあああああ。
一所懸命料理を作ったり、ご飯を食べさせたり、寝ぼけて肩にしなだれてきた彼女にときめいていたり、彼女の寝顔を見つめている松ケン=ロボの少年のような表情にこちらが苦しい思いをしてしまうじゃないか。

しかも今回連続ものの前半、だって。しかもDVDはここで終わってるの。殺す気か。
うう、こんな気持ちを抱えたまま、次のが借りれるまで待つわけ?
恋はくるしいんだってば。

言わない、って決めたのに言うけど。
松ケン、特別に笑った時、独特のえくぼ、ができるの、これもジェイと一緒なんだよね。
やっぱ似てるとえくぼも同じなんだね。この笑い方、ツボです。たまりません(泣)

ロボに恋される小林聡美さん、羨ましいなああ(ロボの言い方で)

でもロボに戻って欲しいね(笑)

ラベル:松山ケンイチ
posted by フェイユイ at 22:54| Comment(4) | TrackBack(1) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『セクシーボイスアンドロボ』voice7 ハンバーグさん

放送中止となったVoice 7である。
ファミレス立てこもりという題材が現実に起きた事件を想起させるという理由らしい。
リアルタイムで観ていたわけではないので、特別な思いはないが(つまり「観れなかったものがやっと観れる〜」だとか)本作はその原因を別にしてもそれほど上手い出来栄えではなかったな、というのが正直な感想。

立てこもり事件を扱ったものといえば『狼たちの午後』を筆頭に数え切れないほどの映像作品がある。
特定の密室で幾人かの人情劇が生死の際で告白されていく物語は低予算でしかも面白く出来上がる題材の一つだろう。
一人の犯人が幾人かの生死の鍵を握り、恐怖を味あわせ、それまでの人生を思い起こさせる。
やがて緊迫した時間を共に過ごすうちに犯人と被害者の間に奇妙な連帯感が生まれてしまうストックホルム症候群というのも有名である。

これの場合は犯人がそのつもりでもないのに立てこもり犯になってしまう経緯が安直すぎるし、例え、安直でも人間を死への恐怖に追いやった犯人に対して最初から全員が甘すぎるのが面白さをなくしてしまっている。
ロボとニコとその家族の人の良さがすでに認識済みなのでしょうがないとはいえ、恐怖と笑いが隣り合わせにあるところがこういうドラマの醍醐味なので最初から笑いだけではスパイスが効いていないではないか。

まあ、放送中止でがっくりしてDVDを期待して観た方は気の毒である。こういうのがお好きなら問題はないが。

さすがの松ケンもいつもの熱っぽさが不足しているように感じられるのは気のせいか。この脚本では力のいれようがない。
ニコちゃんもいつもの説得があやふやだったようだ。

加えて冒頭のいじめられっ子の話はどうつながっていくのか。これでは「いじめられっ子という弱い奴はこういう立てこもり男になってしまうよ」と言わんばかりではないか。
そう決め付けられてもな。
立てこもり男の気持ちは本物だった、とニコに言わせているがそれも疑問。
それに本物だったから犯罪も許されるわけではない。
私はこういう拘束をされるのは絶対にいやだ。

他にない酷い出来で日の目を観ない方がよかったのか。が、その為に異常な期待をしてなんとかして観たらこれだった。ていうよりはいいか。
こんな話にゲスト出演のモロ師岡さんが気の毒だ。いい脚本ならいい味だったはずなのに。

この脚本担当の山岡真介さんという方はvoice4「かんにん袋」も後味悪くかったな、と思う。残念。

ラスト、みんなで犯人を窓際で見送っている場面、松ケンだけが窓ガラスが息で白くなるほど近づいていた。
ほんとはこうならないほうが美的にいいのかもしれないがなんとなくこの一場面でも松ケンのひたむきさを感じてしまうのだった。

ラベル:松山ケンイチ
posted by フェイユイ at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

松山ケンイチについての告白・その4

まだDVDで観れる作品を観終わってもいないのに松ケンの今後への希望を思索(余計なお世話だ)

いくつか雑誌インタビューなんかも読みつつ、彼の考えなんかも知ったわけで。
しかしインタビューでも松ケンは松ケン。いつも生真面目で真剣に没頭する人であります。

ところで私が特に贔屓にしている役者たちは右横にカテゴリとして上げているのだが、なんだかやっぱり似ているのかもしれない。
特に松ケンと比較してしまうのはマット・デイモンである。彼の作品も若い時のからがーっと入れ込んで観てしまったのだが、出世作となった『グッド・ウィル・ハンティング』を除くとマットという人は割かし地味メな作品の出演が多い。マイナーとまでは行かないが大作というのではないところでやってきた感じ。
私的には松ケンも同じ道を歩んで欲しいというよりその道を歩んでいく人なんだろうな、という気はする。
松ケンの出世作といえばやはりい『デスノート』私もこれで彼を観始めたわけだし。
一般の評価というのがどういうところなのかイマイチ私は解らずにいるが、あんまり第一線というよりはちょっと外れたところで人気者、という位置が素敵なのではないかと思っている。
しかしマット・デイモンだったら将来『ボーン・アルティメイタム』のようなアクション映画で再びヒーローになるわけで松山ケンイチがボーンになるのを想像するとかなりおかしい。でもマットもまさかアクションものでこんなに返り咲きするとは思われてなかったわけだしね。

松ケンもマットと同じく「いい人」のイメージが強い所も似てる。
がさっき読んだインタビューでは「いい人はもういいかな」って言ってて私もそれには大いに賛同したい。
いい人、であるのは充分承知だが、Lとはまた違う意味での「悪・ワル」をやって欲しい。
マットの『リプリー』なんかもいいなあと思うし、もっとマジで陰惨な役も彼ならやれそうな気がする。
私は松ケンの容姿と表情でジェイ・チョウに似てると随分書いてしまったんだけど、そう思う前は韓国の俳優シン・ハギュンに似てるような気がしてたの。これはもう顔じゃなくてナンだろ、演じ方というか。純粋な感じがすると共に狂気もまた感じられるところが。
Lを最初に観たせいか、いい人、っていうより狂気なイメージが先にあったせいもあるし。

ただ怖いのはのめり込み型だから狂気を演じた時に、そちらへ引っ張り込まれそうな気もしてしまうのだけど。
先日亡くなったヒース・レジャーもそういうタイプだったと思うし。
マット・デイモンはそういうところへ引きずり込まれないタイプの人だと思うのだけど、松ケンはもしかしたら、と思わせてしまうような危うい感じがある。そこが魅力であるのはもう確かなんだけどね。

もう何度も書いてて松ケンに対しても失礼だと思うけど、今私が観てる限りでは彼の映画というのはそれほど大したものではない気がする。
先日観た『神童』でやっと映画かなあと。ドラマ『セクシーボイスアンドロボ』の方が松ケン自身も完成度は高い。
映画の中では自分の好みで選ぶなら『ウィニング・パス』が好き。

私としては未見である『人のセックスを笑うな』と『カムイ外伝』を観なくては彼のことを語れない気がしてる。
今の彼に関しては「やっと今から」と思っているのだけど。

「松ケンはセクシーさが足りない」と言われていた事に対し。
ま、セクシーさというのは見るほうの気持ちなので、言った人が男だから男から観て羨ましいような色気はない、ということでしょうか。
セクシー、というのは何でもできる、人に対して思う時と、何にもできないうぶな子供に対して感じてしまう時があるものだ。
松ケンはどうしたって何も知らない子供的なセクシーさのほうで。彼のイメージからして物凄いテクニシャンなセクシー系になれる気はしないが。
マット・デイモンも日本では真面目なだけの堅物なイメージだけど意外や本国ではセクシーな男ナンバー1に選ばれたりする。
真面目さがなんともいえないセクシーさになっていくところが醍醐味だったりもするのだよ。
その色っぽさはなかなか言葉では言い表せないね。


ラベル:松山ケンイチ
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2008年03月25日

『リンダリンダリンダ』山下敦弘

リンダリンダリンダ.jpg

この映画が公開された頃、女子高校生バンドの話でペ・ドゥナがボーカルと聞いて興味が惹かれたのだが、何と言ってもタイトルが『リンダリンダリンダ』でブルーハーツの歌を歌うのだと知ってどうしても観れないでいたのだった。

ブルーハーツが嫌いなのではなくて嫌いどころか、彼らがまだそのまま「ブルーハーツ」であった頃、私は彼らにのめりこんでいた。
歌、というものがそれまで彼らのように自分の中に入り込んできて体中を震わせるものだとは知らなかった。
歌詞の一つ一つもメロディもリズムも自分がそれまで聞いていた音楽とは違っていた。それまでこんなにミュージシャンを好きになったこともなくその後にもない。
ヒロトとマーシーと河ちゃんと梶くん皆が好きだった。
ブルーハーツはいつまでも終わらない、と信じていた。

そんな思いを持ちながら、この映画を観るのは怖かった。好きでありすぎて観れなかったのだ。
自分が嫌だと思うような作品なら傷つくし、よければ嫉妬してしまうかもしれない。
彼らは思い出の中だけで思えばそれでいい。

そう思ってこの映画を観る事はないだろう。と思っていた。
それなのに3年も経たないほどで観る事になるとは。
無論、僅かだが、松山ケンイチが出演しているからでなのであった。

松ケンを観る為にブルハへの思いも消されてしまうとは。
そんなものである。

で、観てみて。
これはよかった。
自分のブルーハーツに対しての思いが壊されることもなく、嫉妬することもない、ちょうどいい感じであった。

女子高校生バンドの学園祭直前。いきなりの内部分裂。韓国人留学生ソン(ペ・ドゥナ)を引き入れての強引な練習。その合間にも男の子に告白されたりしてみようとしたり。
すべてがゆるくゆるく流れて、ちっとも熱くもならなければ急ぎもしない。でも怒ったり泣いたり、笑ったり。女の子らしいかけ引きやら友情やら。

なんといってもやっぱぺ・ドゥナが上手くて見せてくれる。ボーカルが彼女だったということもこの企画が許せる要因かもしれない。
言葉は上手く通じないけど、心は通い合っている。
まさにブルーハーツなのではないか。
分裂した女の子や原因になった女の子も最後までうまく使いきってなかなかの配慮なのである。

甲本雅裕(ヒロトの弟)が学校の先生というのや、恵の母親をりりぃが演じ、ピエール瀧もちょこっと出ているのがまたおかしい。

観る機会ができてよかった。

さてソンちゃん(ぺ・ドゥナ)に告白する役の松山ケンイチ。思いを伝えるために韓国語で告白するも上手く通じていないのが悲しい。
しかし、最後のコンサートの時もしっかり観ていたのはうれしかった。

なんとも最後まで緊張感に欠ける彼女らだが、ステージに上がった時は特にソンちゃんに感情移入してしまってどきどきしてしまった。
ペ・ドゥナは凄くいい感じに歌ってくれた。

最後にヒロト自身の声が流れて、泣かせてくれるじゃないか。
「終わらない歌」いい歌だ。

監督:山下敦弘 出演:ペ・ドゥナ 前田亜季 香椎由宇 三村恭代 湯川潮音 甲本雅裕 関根史織
2005年日本



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2008年03月24日

『セクシーボイスアンドロボ』voice6 ZI

『完全なる飼育』で凹みきってしまったので逃げ出すように『セクロボ』を観る。
すぐに松山ケンイチの顔が見れて凄く幸せな気分になりほっとした。ああ、やっぱりかわいいなあ。

しかも今回のは『セクロボ』の中でも秀作なのではないだろうか。

両親の激しいケンカで離婚の不安を覚えてしまうニコ。突然やってきた母親にロボットを片付けられ怒りまくるがとても太刀打ちのできないロボ。
家族のあり方に疑問を持つ二人の今回の仕事はある女の依頼で謎の殺し屋「ZI」を探し出すことだった。

松ケンが香港でのインタビューで見せた変顔がここで披露されていたのも楽しい。
ロボットオタクのロボの母親が韓流スターのおっかけなのも笑える。しかも息子のロボが憧れの“カン・スンウォン”(勿論創作)にそっくり(松ケン自身が演じていてうれしい)で大喜び。うーん、なんだか我が身を反省させられるぞ。
茶髪ロンゲでめがねという松ケンが見れたのもおトクだった。

ニコとロボが探しだした「ZI」は夫と幼い男の子と暮らし花屋を経営していた。
二人が男の子にスパイ容疑をかけられたその時、依頼をしてきた女がギャングを引き連れ銃を連射してきた。
その女の方が「ZI」の夫を殺そうと狙っていたのだった。

「ZI」と夫と男の子は擬似家族であった。だが家族のフリをし続けるうちにお互いが離れられない存在になってしまったのだ。
そんな彼らに家族の大切さを教えられるニコ。
ギャングの連射を受けながらニコが囮となって逃げるシーン、偽パパが男の子に宇宙に帰らなければいけないというシーンなんかに不甲斐なくも涙が溢れてきてしまった。馬鹿である。
それにしてもりょうさんは美人でめちゃかっこいい。こういう役似あってるなあ。
とんでもない設定の馬鹿話なんだけど、じーんとしてしまったのだった。
カン・スンウォンファンによるサヨナラの人文字作りだとか、牛乳の蓋を取り戻しに行ったママに「金のふたと紙のふた、どちらですか」というような話だとか、まあくすぐりが様々に凝らしてあって面白い仕上がりになっていた。
ロボの母親というのもなんだかおかしくて楽しくてしょうがない一作だった。
 
とにかく松ケンがたっぷり見れるのはうれしいことだ。未見DVD映画ももうちょっとあるがどれも出演シーンは短いから、なんとかこれで凌いでいきたい(ていうのは変か)
ラベル:松山ケンイチ
posted by フェイユイ at 22:43| Comment(4) | TrackBack(1) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『完全なる飼育 秘密の地下室 』水谷俊之

完全なる飼育 秘密の地下室.jpg

冒頭とラスト少し前の2箇所のみ松山ケンイチ登場。そこだけが目的でレンタル。
いきなり若い女性を鼻血がでるほど殴りつけ雨の中転がった女性をさらに足蹴にし、棄てないでとすがりつく女性に「金を持ってこい」という冒頭部分ともう一場面も泣きながらすがりつく女を振り払って歩くという役どころ。
役に没頭し、なりきってしまう松ケンがどんな気持ちでこのような仕事を取ったのか。
生活のためか、こういう悪役も面白いと思ったのか。
「次第に剣呑な役をしなくてよくなった」と何かで言っていたのはこういうのだろうと思うのだが。
まー作品自体が優れていればこういう悪男もやりがいのあるものだが、肝腎の作品がこれではワルぶる価値もない。

作品自体には触れる必要もないので割愛する。

監督:水谷俊之 出演:山本太郎 しらたひさこ 竹中直人 加藤治子 広岡由里子 加藤浩子
2003年日本
ラベル:松山ケンイチ
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2008年03月23日

『カスタムメイド 10.30』ANIKI

カスタムメイド10.30.jpg

実際に行われた奥田民夫「広島市民球場」コンサートをモチーフにしてその中にこんな少女がいたかもしれないよ、というちょっと不思議なテイストの作品。

なるほどなあ、と思うし、うまくできているのだが、自分的には民夫さんの部分があまりいらなかったかなーと。も少し短くしてもらってもよかったのだが、民夫ファンはここ目的で観るのだからそうは言えないか。

とにかく木村カエラが可愛くて絵になるし、ストーリーも軽くて適当でいい感じである。
彼女主体の映画で観たかった気もする。

変てこな天使の加瀬亮さんがスカート姿で可愛かった。

さてお目当ての松山ケンイチはカエラ=まなもが働く(高校生なのだが)キャバクラのウェイター。リーゼントで真面目な男を演じている。
まなもに「もしかして童貞?」と聞かれ「まさか。店の女の子とやりやりだよ!」「ほんとに?」「・・・うそ」というような奴。
店長(寺島進)に忠実でひたむきな態度がまた可愛い。

なおこの映画のメイキングDVD『CUSTOM MADE 10.30 〜Angel Works(見習い編)〜 』というのがあって松山ケンイチの名前もあったので『蒼き狼』や『デスノート』のナビゲートを思い浮かべレンタルしたが、これにはまったく松ケンのインタビューなどの映像はなかったので特に観る必要はないと思う。本編の映像が再現されているだけだった。

監督:ANIKI 出演:木村カエラ 奥田民生 柳沢慎吾 加瀬亮 小倉一郎 寺島進 ミッキー・カーチス 松山ケンイチ 松井涼子 西門えりか 前田綾花 松井涼子
2005年日本
ラベル:松山ケンイチ
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松山ケンイチについての告白・その3

一体何度書けば気が済むんだという昨日今日だが、思いついたことを少しだけ。

松山ケンイチにはまって彼出演の映画を次々と観て来た。彼自身はどの映画もその時に力いっぱいの演技をしていることが伝わってきて好きになる一方なのだが、映画作品自体は私がこれまで好んで観て来たカテゴリとは大いに違っている。
このブログを読み続けてくださった方なら判られるだろうが私が観て来た映画と言うのは基本的に過激な性と暴力、異常心理、殺人、変態、犯罪、謎、不思議、わけわからん、という類のものである。
松ケン映画は主役に近いほど、真面目でまっとうなストーリーが多い。最も異常心理といえる『デスノート』を真っ先に私が観たのも当然のことである。Lは無論私に興味を惹かせるキャラクターであった。
それ以外の懸命に更生する話や動物を愛する話、戦争もの(殺人ものには興味があるが戦争ものは嫌いという)など普段絶対手にしないものばかりだ。
最初は苦手な分野だったので観るのも億劫だったが観ていく内に松山ケンイチの変化がよく解るし、いつも観ないものを観る新鮮さもあって楽しめるようになった。
さてこれからの彼はどんな映画にでるのだろう。このままの路線を行くのか。変わっていくのか。
先日観た『神童』は今までとちょっと違う不思議な話だったし、未見の『人のセックスを笑うな』も何か違うような期待がある。
さらに『カムイ外伝』は監督が自分が非常に好きな崔洋一氏ということもあって大きく期待してしまう。この作品で松山ケンイチのイメージがまた変わるような気がしている。

そしてさらにその先は。
はっきり言ってまだ若すぎるくらいの人なのだ。年齢を取ればいいというわけではないかもしれないし、いつか年取るのだからそれを待てばいいだけの話だが、その先もっと好きになれるような気がして仕方ないのだが。
ラベル:松山ケンイチ
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『セクシーボイスアンドロボ』voice5うしみつ様

今回は巷で突然流行りだす迷信についての話。
「うしみつ様」という人形を使って女子高生グループが儀式を行い予言をする。その人形を買わなければ呪いがかかると偽って一儲けを企む。

金儲けはしないけど自分も高校時代「こっくりさん」に夢中になった一時期がある。
放課後数人と明るい窓際でではあるが、占いをしまくったものだ。
一体どういうわけなのかはわからないが3人くらいの指を乗せたコイン(10円玉とか)はスルスルと動き出したものだ。
何故コインは動いたのか。このドラマとは違い指を乗せてるんだから動いても不思議はないが。自分自身も乗せた指に力を込めたつもりはまったくなかった。難しい質問になるとコインが異常にぐるぐる回ったりして恐怖をかきたてた。
暫く皆で夢中になっていたが、ある日一人の男子がとり憑かれたということになり確かにその子の顔つきがいつもと違う。本人は黙ってうつむいていた。
それがきっかけで先生から中止命令が出て、遊びは終わった。

金儲けだとかこういう奇妙な遊びだとかは別にしても人は絶えずなにかしら不思議な力を信じて頼ってしまう。
そういうのはいつの時代になっても変わらないんだろう。

高校生に扮した松ケン。と言ってもブレザー姿なのでまあ大したことはないな。
やはり高校生なら詰襟学ランだよなー。だったら物凄い萌えたのになあああ。
すっかりオジサン扱いの松ケンであるが、確かにこんな元気な高校生はいないよーな。
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2008年03月22日

『セクシーボイスアンドロボ』voice4かんにん袋

爆弾魔ってよくわからん、と思うのは自分が爆弾特に時限爆弾なんか、絶対作れそうにないからだろうか。
にしても爆弾魔というのは実際いるし、仮に作れなくとも「爆破するぞ」と脅すだけで充分爆弾魔になりうる。
爆弾というイメージが心の張り裂けるイメージになりうるから映画なんかの題材にもとりいれやすい。

などということはいいとして。

昨日まで観ていた『神童』ワオの松山ケンイチとこのドラマのロボ・ケンイチの違いよ。
といっても純真なとこは同じだけど。

女好きって設定のようだけど、それほど徹底した女好きにも思えないがなー。
彼のファンが減ってはいけないからの配慮だろうか。

ところで地球儀を回すと爆弾が爆発するので、ニコが校内放送で「だるまさんがころんだ」と叫ぶんだけど、私は最初意味がわからなくて「達磨が転んだからなんだ?」と考えてしまった。
うーん。これは人の動きを止めるための掛け声だったのだねー。私んとこ(九州地方)は「インド人のくろんぼ!」と叫ぶのでわからなかったのだよ。(大体テレビで言えるわけない)
と言ってもこれは私が小さい頃の話でここらでも今の子は違うのかも。
大体物凄い差別的発言で私だって人前ではもうこの言葉は言えない。子供の時は毎日これを叫び続けていたのだが。
本当にインドの方に申し訳ない。もう今は絶対言っていないし(子供にも伝えていない)反省してます。

松ケンの顔ってほんの少し前の頃はほっそりして少年ぽいけどこのドラマの時はなんか腫れぼったく見えるのだけど、私的にはそのくらいのほうが余計可愛く見えて好きです。

ラベル:松山ケンイチ
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『セクシーボイスアンドロボ』voice3お歯黒女

ドラマって都合よく話し進むけどそこがまたいいとこだよね。

まーまー文句は何もなし。
とにかく可愛い松ケンを観てればそれで幸せだ。

今回はホラーチックで笑いも炸裂していた。お歯黒女(ってどういう意味?)に襲われるお母さんがおかしい。はいりさんは凄く面白いなあ。
娘達からお歯黒女の話を聞いて怯えるお父さん。いつも自分は物凄く怖い話を作ってるくせになあ。怖い話を作る人ほど怖がりなんだろうけど。

ニコ役の大後 寿々花ちゃんが抜群にいい。可愛いし、元気あるし、観てるのが楽しい女の子だ。
松ケンって考えたらこのドラマでも中学生相手だし、なんだかロリコンぽいようでちっともそういう感じがしないのは本人が子供っぽいからなんだろうか。
オタク交流会の様子も笑えた。

このドラマの話みたいに「平凡な自分が嫌。偉くならなければ存在する意味がない」てなことを言って悩む話はよくあるが、まさに自分なんかロボの気持ちそのもの。
自分は恵まれていて家族もいるから、その生きがいもあるのだけど、こうやって日々映画を観続けていて感想記事なんか書いてると「今度どんな映画が作られるかわからんのにそうそう死ぬわけにはいかんな」と思える。
少なくとも松ケンの『カムイ外伝』だけは観たいぞ。

もらったお金をぱっと使って残りは寄付しちゃうニコを尊敬。私なんて絶対貯金してちびちびDVDを買うために使うだろうなあ。

にしても、香椎由宇の美貌でこの役って。ごみを整理してる姿がまた美しい。
ラベル:松山ケンイチ
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松山ケンイチと周杰倫が似てるって言わないことにする



年季の入った松ケンファン及びジェイ迷ならもうとっくに見ている映像でしょうが。

こんな風に松ケンがジェイの写真を見ていたのでうれしくてにやついちゃいました。あまりいやそうでなくてへへーって。優しい人だ。
「でもこの人はこんな顔しないと思う」って言って変顔する松ケンが可愛いっす。
そういえばジェイはあんまり変顔はしないかな。

それにしてもいつも「だれかに似てると言われる」という発言にどきり。
もうジェイと似てるって言わないことに決めました。
もうかなりたくさん観てきて松ケンが松ケンだから好きだと自覚し始めたわけだし。
 
ま、たまに言ってしまうかもしれませんが、これからはそればかり書くのは止めようと思いました。
ラベル:松山ケンイチ
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2008年03月21日

『神童』萩生田宏治

神童1.jpgshindo3.jpg

ピアノの音色に溢れた映像に浸りきって観てしまった。

映画というのは音と映像による表現方法なので、映像が音楽に乗って目と耳に入り込み、からだの中で共鳴する。
それらが作り上げる感動というのは文字を読んで解析する、ストーリーを理解して分析することよりもダイレクトに脳を刺激する。

私自身は文の人間もしくは絵の人間なので音楽・音というものへの感受性というのはかなり乏しい。
それは非常に残念で悲しいことなのだが、そんな私でも映画の中で美しい映像と美しい音楽がこれ以上ない素晴らしいハーモニーを持つ時、固くなっている精神が揺さぶられる。
ましてや音楽・音に対して敏感な人には音が生み出す「言葉」というのはどんな美しさを持つのだろうか。
「言葉」という言い方はおかしいのかもしれない。音によって伝えられる感情、というほうがいいのかもしれない。

この作品は音楽・音で結ばれた一人の青年と少女の話。それだけに説明の言葉が少ない。
二人がどんな音で結ばれているのか、それは二人だけにしかわからないのだろう。

音楽とピアノを愛する青年ワオにはそれを表現する技術力が足りない。素晴らしいピアノ演奏ができるうたは逆にピアノを弾く事を愛しているのかはっきりと認識できないでいる。
“神童”といえるうたはワオのピアノを聴いて「下手」と言い捨てる。だがうたの耳はワオのピアノにどんな愛情が込められているのかを聞いているはずなのだ。だからこそ巧いだけのピアノ奏者をこき下ろしたうたはワオのピアノを好きと感じている。
またワオもうたのピアノには最高の技術がありながらどこか脆いものを感じているのではないか。
そしてそこにも美しさを聞いているのだ。

言葉でなく音楽ということだけで二人の気持ちを理解しなければいけないのは言葉人間には難しい。
二人が見捨てられたピアノを一緒に弾く時彼らの音が一つに混じりあっていることを感じなければならないのだ。

前半でピアノの下手なワオが音楽大学受験を逃げ出しそうになったのをうたは助ける。冷たくなってしまった指を暖めてあげることで。
後半、耳が聞こえなくなってしまったうたが彷徨い、亡き父の忘れ形見のピアノが閉じ込められた倉庫にたどり着いた時、唐突にワオが現れる。どうしてワオがここにきたのか、もしかしたらワオは来てはいないのかもしれない。
うたを思うあまり魂がうたの傍に辿りついてしまったのかもしれない。
耳が聞こえなくなったはずのうたにワオの指がピアノを弾く「聞こえる?」
うたの耳にはその音が聞こえた。

うたの耳に聞こえたのはピアノの音だけでなくワオの声だった。優しく囁くワオの声がなにか切なくも聞こえてならない。

この映画作品はもしかしたら解りにくいのかもしれない。上にも書いたように言葉での説明をしないままなので。
それに13歳中学生の少女うたと大学浪人生の青年ワオの関係が恋愛なのかどうかもよく解らない、とじれったくなるのかもしれない。
この作品ではうたとワオが性愛によって結ばれているとは感じられない。表現もできるだけ二人がそのような感情であることを避けているようだ。
うたを演じている成海璃子は背も高いしきりりとした眼差しを持っていて大人を撥ねつけるような強さがある。
ワオの松山ケンイチは逆に気弱で自分の下手さを自覚しているが、うたに対して嫉妬のような感情はあまりなく素直に尊敬しているような真直ぐさがある。
今の風潮では男子大学生が女子中学生と同じ部屋に入り浸っているのならロリコンだと咎められてしまうのが当然だが、ワオにその感情があるのかはここで明確には表現されていない。むしろうたのほうがワオに対して恋心(と言っていいのかどうかもよくわからない。うたが好きなのはワオのピアノへの純粋な愛情から生まれる音なのかもしれないから)を持っているのだ。
またワオが同じ大学生の女性と肉体関係があるという話からワオの性愛がうたに向いていないことを示唆している。
無論、だからといってワオのうたに対しての愛が男女のものでないと言い切れるわけではないが、そういった男女の愛と年齢差からくるすれ違いを越えたところでうたとワオの音の共鳴があることは確かなのだ。

松山ケンイチの映画をずっと観てきて(まだ過去も全部観きっていないが。且つ新作『人のセックスを笑うな』も未見である)初めて映画としてのクオリティを持った作品を観た、と言ったら傲慢だろうか。
ここには舌足らずでどこか表現不足でありながらも人と人の魂がふれあった瞬間を見ることができる。
それはうたがワオに対して感じたような「下手だけど好き」というものかもしれないが。
特に感じられるのは現実味があって繊細な前半に比べ、後半はややファンタジーに流れてしまっていることだ。
だがむしろ私はそのファンタジーが嫌いではない。
父親が純粋に音楽でありたいと願って自殺したこと、権威であるピアニスト・リヒテンシュタインの来日でうたがみそめられ自らがコンサートをドタキャンしてうたに弾かせ観衆の絶賛を浴びさせる。
そしてまるで空間を飛んできたようなワオの出現。この甘さには惹かれてしまった。

ここでの松山ケンイチにはもう何も言う事がないようだ。ワオはワオであって松山ケンイチという役者を考えることもない。
ワオのピアノへの愛情は見ていて切なくなるほどだ。しかもどんなに愛しても天才にはなれない。だけどワオはうたの弾く音を聞いて感動し愛する事ができる。
かつて『アマデウス』でサリエリは天才アマデウスに嫉妬し狂うが、ワオはその素直さで愛することができた幸せな人間なのだ。
その素直さに反感を持つか共感するか。
私は松山ケンイチが演じた事もあるが、その感情の美しさに酔ってしまったようだ。

監督:萩生田宏治 原作:さそうあきら 出演:成海璃子 松山ケンイチ 手塚理美 甲本雅裕 西島秀俊 貫地谷しほり 串田和美 吉田日出子 柄本明

さて、ここからまた変な方向に走っていくが、この映画を観てまず思い出さずにはいられないのはどうしたってあなた、周杰倫監督・主演『不能説的・秘密』である。(ここから『不能説的・秘密』にも触れるのでご注意を)
松ケンとジェイが似てる、似てる、と騒いでいる上に物語が音楽学校のピアニストを演じていると来ては!!!
冷静ではいられない。
バスケ映画もあるし、やはりどこかでつながっているものがあるのだろうか。
だが自尊心の高いジェイ・チョウ。さすがに「下手なピアニスト」は演じられない。彼の演じるのは学校でも騒がれるほどの腕前の持ち主。
ここはジェイの見せ所で顔と指を同時に見せながら音が出せるのは本業だから当然のこととはいえ、やはり高揚感が違う。
『神童』ではピアノが弾けるという成海璃子はまだいいとしても松山ケンイチの時はいくら彼が頑張っているとはいえ、どうしても音と体の揺れにズレができて「スイングできなく」なってしまっている時がある。はっきり言ってこれは気持ち悪い。
下手という役だからまあ許せる、としても自ら弾いているジェイ映画はここらの音楽感がどうしたって気持ちいいのである。
と、ここで『神童』の悪口になってしまったが。さすがに音楽家であるジェイ・チョウが作り上げた音楽映画は本物のよさがあることは否めない。且つ、ジェイの映画ではジェイ自身が「学校で凄く上手い」というだけで大家に認められるだの、コンサートを開くだのということはなく、学校内での演奏会に留まっているのが妙に現実的で心地よいのだ。
ジェイが作った曲も素晴らしく、こういったよさを出すのは難しい。
不思議に似ているのは幻想的になる場面だが『神童』では空間を越え、『不能説的・秘密』では時間を越える。
『不能説的・秘密』は音楽を媒体にした歴然とした純愛物語であり、『神童』でさらに純粋な感情になっている。
と、つい比較してしまったが、どちらも音楽を題材にした優れた愛の物語だと思う。

ジェイも「恋人は音楽ができる人がいい」と言ってたっけ。この関係以上のものはないのかもしれない。

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さてどれが松ケンでジェイでしょうか?

『神童』インタビューで松ケンがワオについて「この後ワオは死んだのかもしれない」と言っていたのでちょっと驚きだった。
そして観た人それぞれが考えて欲しいとも。
私は映画で主人公が死ぬのが凄く嫌なのである。無論私が考えるこの後は二人とも死にはしない。
うたは耳が完治しないまでもとりあえず治ってデビューし世界へと羽ばたく。ワオはいつまでもピアノが好きだが、結局は音楽家として成功することはなく八百屋を継ぐか、他の仕事をするか。二人がその後出会うことはない。
ずーっと時が経って二人が老人となり、ピアニストの巨匠となり引退も考えるうたは少女の時好きだったお兄ちゃんを思い出す。死期も近いワオも思い出して二人はまた夢の中で結ばれる。
ってのはどうだろうか。ま、死ぬのには違いないが。

それにしてもこのラストは唐突なわけである。もしかしたらこの時すでにワオは死んでいたのか?
魂となってうたに会いにきたのか?それじゃ『菊花の契り』である(何も契っちゃいなかったが)ん、ワオは名前が菊名だったぞ。うむむ。
posted by フェイユイ at 22:46| Comment(4) | TrackBack(1) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月20日

松山ケンイチについての告白・その2

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もうそろそろ松ケン熱も冷めてきたのではないかと思われそうだが、ますますぞっこんになっているフェイユイである。

ぞっこんになると異常な購買欲が出てしまいとんだ散財なのだが、どうしても止められない。
DVDはまだ買ってないが(何度も言うがいまいち好みでないので、すまん(^^ゞ)写真集と雑誌を買いあさってしまった。
一時に買ったのでまだ全部目を通してもいないが、写真で見る松ケンは映画の時と全く違う。
映画ではその役に応じた顔をしているので、ワリと地道な役が多い為、わざとかっこ悪げな様相をしているが、雑誌・写真集では美形ぶりを思い切り演じているようである。ちょっと異質な美形だが。
その中にあってやはり“L”は特別異常で今見ると松ケンじゃないようにさえ見えてくる。確かにこの役は突出している。
写真集『FILE No.15』を見てると松山ケンイチがすっかりLそのものに入り込んでしまっているのが見えて楽しい。遊園地で遊ぶLなんて奇奇怪怪としか言えない。
一方、『起』では普通っぽさを演じている松ケンが見れる。休日、みたいな感じで朝起きてご飯食べて公園に行ってあくびしてる松ケン。
猫みたいな目をしてる。

雑誌もあれこれ見ててまだ途中。私が見た中では「Cut」で蒼井優と一緒に写っている奴。『男たちの大和』でも共演した二人は仲よさそうででも同志だということらしい。なぜか中華な雰囲気の写真。優ちゃんの髪型のせいかな。松ケンは髭が凄く似合う。私はヒゲに弱いのだ。
とにかく『人のセックスを笑うな』を早く観たい。

ところで松ケンを見てて思ったんだけど、みんなは異性の映画俳優に対して「好き」という感情を持った時、その「好き」はどんな好き?
例えば「恋人になりたい」だの「Hしてみたい」だの「できるなら結婚したい」だのって事なのかな。
私が松山ケンイチに対しての好きって、まあ年齢的ギャップもあるからまさか結婚したいなんては思わないけど、恋人になりたい、とかHしたい、なんていうのではなくて松山ケンイチになりたい、ってことなのかな、と思ってしまったのだ。
ずーっと映画や写真を見てて妄想するのは彼の恋人になることではなくて彼自身のような気持ちになってしまっているのだ。
他人が見たらどう思うか知らないけど、表情や仕草が似てきてしまってるような気さえして思わず恥ずかしくなってたりする。
こういう風に思うのは今まで滅多にないことなのでやっぱり私にとっては特別な存在になってしまってるんだな、と思うんだけど、彼のことが好きすぎて彼自身になりたい、彼が羨ましい、と思っている。おかしいのかもしれないけど松ケン自身に嫉妬してたりする。その美貌と才能に対して。
ハンサムだと言われているような他の役者に対して(例えばキムタクだとかブラピだとかさ。自分が好きなマット・デイモン、ジェイにだtって)そんな嫉妬なんて感情は覚えることもなかったのに、変だ。
松山ケンイチが羨ましくてたまらないほど好きな私はやはりおかしいのかもしれない。


ラベル:松山ケンイチ
posted by フェイユイ at 01:03| Comment(5) | TrackBack(0) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月19日

『蒼き狼 地果て海尽きるまで ナビゲートDVD 〜史上最大の帝国を築いた男 チンギス・ハーン〜 』

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2007年公開に先駆けた総製作費30億円の超大作『蒼き狼 地果て海尽きるまで』のナビゲートDVD。4ヵ月にわたるオールモンゴルロケを追ったメイキングや撮影秘話、時代背景やチンギス・ハーンの人物像の解説、若手俳優陣を中心とした座談会映像などが収録されている。

原作者・森村誠一氏の解説、馬頭琴の演奏なども入っていた。ナビゲートDVDなので無論本編の素晴らしさを謳っているのだが、「今までのチンギス・ハーン映画にはないチンギス・ハーンの人間性を描いている」というのには驚いた。先日記事にしたモンゴル人夫婦監督・サイフ/マイリース監督『蒼き狼 チンギス・ハーン』にはテムジンの苦悩や迷いや優しさが描かれていてもこの映画のテムジンの酷さには腹立たしいものがある。詳しい比較はそこを読んでもらえればと思うが、どちらが正しいかは別にして、この日本映画のテムジンに人間性は感じられない。

そういった憤りを感じながらも袴田吉彦、平山祐介、松山ケンイチの東京のモンゴル料理店での座談会は熱いものがあってじーんとしてしまった。
製作者のせいで優れた映画にはなり得なかったが、4ヶ月の間(松山ケンイチは後半出演なので途中参加)モンゴルの大草原で寝食を共にし、演技とはいえ戦いあった仲は生半可なものではないようだ。途中参加の松ケンはちょっと悔しそうだった(そこがまた可愛い)
モンゴルの人にとってはやはり英雄であるジャムカ役の平山祐介がモンゴル戦士役の人々に最後にお礼を言われる話などかっこいい。
遅れて参加した松ケンがすっかりモンゴル人になってしまっている皆の中で一人日本人だったのでなんとか早くモンゴル人になろうと努力した話などいかにも松ケンらしい。

この座談会にも若輩の分際で遅れて到着した松ケンは袴田さんに怒られるがちゃっかり二人の間に座り込んでしまうのがおかしい。凄く狭いんだけど。
話始めるとさすがにまったくの年下である松ケンは極めて控えめにでも思ったことを次々と訊ねる様子が可愛いではないか(一体何回この言葉使うかな)
また素で話す松ケンは演技の時以上に青森訛りが結構きついのだとまたまた可愛くなってしまった。
あんまり可愛いんで他の二人に襲われないかと心配してしまった。
話のどさくさで袴田さんが松ケンの肩を抱き寄せた時、松ケンなんとなく恥ずかしそうだった。

この座談会を先に見てたら、物凄く見たくなりそうだ(つまりナビゲートとして凄い成功してるわけだ)
大草原で馬を走らせ、果てしない遠くを4時間もただ眺めては話をしていたね、なんてすてきだ。

映画をもう一度観る気はもうないが(松ケン出演部分だけはちょっと観たいが)モンゴルの草原に行ってみたい気持ちにさせられるナビゲートDVDであった。

しかし袴田さん、ハンサムだなー。平山さんもかっこいいし、本当に「隊長!」って感じ。
この座談会はいいもの見せてもらった。
ラベル:松山ケンイチ
posted by フェイユイ at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月18日

『ウィニング・パス』中田新一

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この顔はどう見たってジェイ

これは素直にいい映画だったなあ、と涙を浮かべて勇気が湧いてくるような清々しい気持ちにさせられた。
松山ケンイチを観続けている毎日だが、彼自身の溢れてくる魅力は別として映画自体にはなかなか感心させられない。
この作品は松ケンの初主演作になるわけで、正直あまり期待していなかった。最初からそうそう凄いのには出会わないだろう、というところで。
その実、これは他の後の作品よりきちっとストーリーがまとまっておかしな演出もないためにすんなり観ていくことができる。
『ドルフィンブルー』の余計なダラダラ話がなく松山ケンイチだけに焦点がぴしっと合ってるのが心地よい。
家族や友達の描き方も現実味があって共感を持って観ることができた。一つだけ変な感じがしたのは、妹をいじめる男とケンカした後笑うシーンなのだが、あれはどういうことだったのかよくつかめなかった。

松ケンはすでに演技が巧い上に車椅子の練習も相当したのだろうな、と思わせる。扱い方がかっこいい。
考えてみればほんの4年前のことで初主演でこの演技。それからみるみる成長したのだなと驚いてしまう。
どの表情も丁寧に心をこめて演じているのが伝わるし、なにより若々しさが眩しいほどである。
ただ、声を出して笑うのだけはちょっと苦手なのかもしれない。変な感じがしたシーンというのも声を上げて笑うとこだった。
笑うのは難しい、とよくいうがホントなのだなと確認した。

事故で半身不随になったケンタが入り込んだのが車椅子バスケの世界。九州地区の予選大会という試合が繰り広げられるが迫力あってかっこいい。
学校の仲間と車椅子バスケの仲間、誰からも見捨てられたような気持ちになってしまったケンタが彼らと共に成長していく様子が感動だった。

さてここから恒例の馬鹿騒ぎ。
似てる似てると毎度騒いでいるが、この時の松ケンはどう見たって周杰倫そのものではないか。イヤ絶対、ジェイだよな。ジェイが日本語話してるだけだと思う。松山ケンイチと名乗っているジェイ・チョウだ(←錯乱状態)
ジェイの方が年上なのに若い時の松ケンのほうがジェイに似てる、っていうのはどういうことだ?
髪型のせいとバスケをしているせいもある。ジェイといったらバスケだから。
微笑んでる時も真面目な顔の時もバスケしてる時の顔もそっくりっていったらない。
そのジェイはカンフーダンクしてるし。

ジェイだジェイだと喚いてばかりじゃジェイを知らない松ケンファンには気の毒だ。

ジェイ似は置いとくとしても、本作の松ケンは私的にはツボだった(といつも言ってる)
差別発言と思われたら謝罪するしかないが、下半身が動かなくなってしまった松ケンの色っぽい事といったら他のどの映画より激しいのではなかろうか(ほんとごめんなさい、こんな言い方謝ります)
動けなくなったことで苦悩する姿も愛おしいがリハビリのインストラクターさんの補助を受けながら懸命に頑張る彼のまた悩ましこと。どうしてこんな美男子のインストラクターさんにしたんだ?ぞくぞくするじゃないか。
上半身を支えることもできなくてインストラクターさんの手からぐにゃりと曲がって倒れてしまう彼。
少しずつ動かせるようになり苦痛で顔をしかめながら訓練している様子には見ているこちらが腰砕けというか、凝視せずにはいられない色っぽさが滲み出ていて、これは松ケンが狙ってやってることなのか、どうかはわからなくても監督が意識せずにこの場面を取れるわけはないと思う。危ない気配さえ感じさせられてしまった。
(この一節、気に触られたら陳謝して削除します)
ただ単に身体障害者になった人だから同情的に描写する、ということではなしにそこになんともいえない不思議な魅力があることを感じさせられてしまったのだ。
この感じ、イギリス映画なんかにはわりとあるが、日本映画には珍しい感覚である。
そうだ。変な褒め方になってしまうが、この作品、イギリス映画の味わいに似ている。決して派手に感動を押し付けるわけでもなく、じんわりと沁みてくる感じ。
地方都市での青少年の青春を描いている感じである。

そういえば、松ケンって地方の話が多い。
ここでも僅かだが九州弁を使っているし。

どの役も適役でよかったが、特にお父さんの矢崎滋氏はつぶれそうな町工場の主を演じていい味だった。

松ケンと自分の共通点も見つけた。鼻の右側にあるほくろ、同じところにあるのだ。ただそれだけ(笑)

監督:中田新一 出演:松山ケンイチ 堀北真希 角替和枝 矢崎滋 佐藤めぐみ 寺島進


ラベル:青春
posted by フェイユイ at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月17日

松山ケンイチで『カムイ外伝』を観れるなんて

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松山ケンイチで「カムイ外伝」初実写化!崔洋一監督と初タッグ

まだ記事にしてなかったようなので、一応アップ。
他記事で散々書いたが、子供の時から自分の憧れの人であったカムイを松山ケンイチが大好きな監督である崔洋一氏で観れるなんて。脚本は宮藤官九郎。

松ケンのカムイ姿はまだ見れないのでカムイ本人の絵を。
松ケンはこの格好をするわけで。
超ミニスカートに生脚(ストッキングはいてたらもっと問題だが)ポニーテールに胸を大きくはだけているという過激セクシーガール路線。

私にとって理想の美形像そのものであるカムイを松ケンがどう演じてくれるのか、しかと観届けたい。

ラベル:松山ケンイチ
posted by フェイユイ at 23:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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