映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年09月03日

『グミ・チョコレート・パイン 』ケラリーノ・サンドロヴィッチ

グミ1.jpgグミ2.jpg

冒頭でこの映画は地味な作品で、世の中の青春映画のような華々しさはまったくないが実際はこういうものだ、みたいなことを言ってたのでかなりしょぼい展開を覚悟してたがナンダイ可愛い女の子と結構いい感じで映画を観たり議論を戦わしたり、ここまでいい体験してない奴だっているんじゃない、とは思ったがそれはそれとしてとてもいい映画だった。

男の子の映画なのでそっくり共感できると言ってしまうと嘘になってしまうだろうがそれでも物凄く共感できる作品だった。
なにか自分は物凄いことができるような気がするがその糸口がなかなかみつからない。仲のいい友達以外のクラスメイトは馬鹿みたいな話ばかり。大衆が喜ぶようなバカ映画バカ音楽じゃなくもっと凄い映画凄い音楽があるのに。自分もその世界で生きてみたいがどうしたらいいのか、何も考え付かない。でも同じ年齢でもあっと驚くような才能を持ってる奴もいる。あせる気持ち。そんなどうしようもない悶々とした日々を送りながら映画や音楽を(私は小説やマンガもあったけど)目いっぱい吸収していたような気がするあの日々。
高校時代にはケンゾー君のように素敵な異性と議論するような幸せにはめぐり合えなかったけどね。

とにかくおかしくておかしくて笑いっぱなしだった。オナニーしてるとこにお母さんが入っているのの繰り返しがたまんなくて。来るぞ来るぞと。雑誌をパッと開けるといつも宇宙人だとか。ひーひー。
大槻ケンヂくんの原作を申し訳ないけど読んではいないんだけど山之上くんは大槻ケンヂなのだろうか。そう思うのが当たり前か?

男の子の映画だから憧れの人である女の子が凄く魅力的なのである。先日観た『アイデン&ティティ』と映画自体もかぶるものがあるが主人公が思いを寄せる女性像が同じように美しく知性的であるのがおかしくもある。
ただあちらの彼女があくまでも理性的で自分の未来を設計していて幸せな予感をさせていたのに本作の彼女はケンゾーに切ない記憶だけを残し、高校生でヌードになりそのまま芸能人になって病気を苦にして自殺する、という筋書きだけ言うと悲しい人生を歩んでいた。
彼女自身は物語的な波乱に満ちていたのだがそんな彼女と僅かな時間を過ごした主人公は確かに地味な人生を送るのだろう。
自分は女だけどやっぱり主人公の男性のほうなのだと思ってしまう。

38歳のケンゾーくんを大森南朋が演じているのだが「こうなりたくはないかっこ悪い大人」の役のはずなのに素敵だ、というと逆に褒め言葉にならないのか。
でもなんだかかつてこういう高校生だった大人という感じがしてほんとによかったんだよなあ。
『アイデン&ティティ』にも出ていたマギーさんがかっこよく、甲本雅裕さんがすっかりいやな大人になったタクオを演じていて行き過ぎの威張り方にどうなるのかと気をもんでしまった。

何となく笑わせて映画は終わるが考えたらほんとに悲しい。自分だったらほんとに悲しくてしょうがなくなってしまう。
いろんな機会があったのにそれに背を向けてしまっていた自分に一番腹が立つだろうな。
山口にやっぱり「好きだよ」と言ってあげればよかったんだ。
というのは簡単だけど。

特に考えることもなしに本作を9月になって観てしまったが8月中に観てたら『アイデン&ティティ』とこれどっちを選んだかなあ。
あっちの方が甘い作品でこっちはすっごく辛い作品なんだよね。
それぞれどちらもよりいいとこがあって難しい。てことはこれも1位にしたい作品なんだけど。
来年の今頃、自分の気持ちがどこにあるかで決まってくる。ま、皆様には大したことではないんだけどね^^;
そう思うくらいよい作品だった。

監督:ケラリーノ・サンドロヴィッチ 出演:石田卓也 黒川芽以 柄本佑 金井勇太 森岡龍 マギー(ジョビジョバ) 甲本雅裕 大森南朋 高橋ひとみ 山崎一 犬山イヌコ 山西惇 みのすけ 峯村リエ 浅野和之 中越典子
2007年日本






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2008年09月02日

『サル』葉山陽一郎

サル2.jpgサル.jpg

これ、凄く面白かった!なんか評価とか見ると結構「つまらん」とか批判されてるみたいだけど、そうかな、例えば『es』なんかと比べられちゃいそうだけど私としてはあれよりこっちが面白かったのだよ。

映画作りの資金の為「治験」という新薬の臨床実験のアルバイトで入院することになった仲間たち。
お気楽に騒いでいる内はよかったが次第に副作用の症状が現れ、とんでもない状況へと陥ってしまう。

こういう入院ものっていうのも怖いものだなと。ある日突然同じく実験を受けていた人がいなくなってしまう。病院側の説明はあやふやなもの。
病院という閉じられた場所で何が起こっているのかは判らない。投薬と言って注射をされるがその中味が何なのかわかるわけもなく。
何となくトーマス・マンの『魔の山』のようでもあり(笑)カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』のようでもあり。諸星大二郎のマンガなんかも思い出される。
さほどの抵抗もなく参加し始めは一応緊張感があったものの次第にそれもほぐれていって同室になった不審な人物とも打ち解けあってきたものの少しずつ何かがおかしくなっていく。

こういう企業なんかの内部事情、隠蔽されてしまう秘密、という物語はいくつでも作れそうだけど医学というのはそのまま生命に関わるものだから恐怖感もより強いものになるのだ。

美形で目を引く鳥羽潤が一見優しげで実は、という役どころ。大森南朋は白髪まじりの男という役で意外にちょいと謎めいた役だった。

こういうドキュメンタリータッチでこういうテイスト、好きである。ホラー、ミステリー、コメディを併せ持った面白い作品だった。

そういえば最近も脱走サルのニュースあってたな。

監督:葉山陽一郎 出演:水橋研二 鳥羽潤 大森南朋 水川あさみ 鈴木直
2004年日本
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2008年08月31日

『MONDAY マンデイ』SABU 

MONDAY.jpg

堤真一さんて最近凄い人気のようだが初めてじっくり観たかもしれない。もう殆ど彼のアップを追い続けたような映画であった。
ハンサムではあるけどそんなに目立たない優しげな顔立ちの彼が変なことばかりに出会ってしまううち、酒に酔ったことがたたって精神が破綻しとんでもない状況へと追い込まれてしまう。

なんだか懐かしい筒井康隆のSFを読み返しているようでもあり、デヴィッド・リンチをもっとコメディに仕立て上げたような仕上がりでもあった。
ホテルで目覚めた彼がどうしてここにいるのかを必死で思い出していく、という構成は歯切れもよくていいのだが、冒頭の通夜シーンのブロックと彼が危険な迷路にはまっていくブロック、そして警察との対決・説教ブロックが断裂しているようでもあり、特に塩見三省さんをいじめていた辺りまではせっかく面白くなっていたのに突如銃社会に対して意見をするのが彼の妄想シーンだったという落ちがわかったとしてもなんだか誤魔化されたようでがっかりしてしまった。
それでもなかなか楽しめる作品だったのではないだろうか。

堤真一は頼りなげな優しい表情から狂気に走る笑顔、シリアスな面も見せて演じてて凄く楽しそうである。
とにかく色んないい役者さんが立て続けに出てくるので面白くないわけがない、というのもある。
ナオさんは冒頭の通夜シーンで登場。いつものさりげない友人の1人てな感じを演じていた。9年も前の作品なので凄く可愛い。
後でお父さんの麿赤兒さんが怖い役で登場していたので驚いた。

監督:SABU 出演:堤真一 松雪泰子 大杉漣 西田尚美 大河内奈々子 塩見三省 安藤政信 寺島進 松重豊 根岸季衣 津田寛治 小島聖 麿赤兒 野田秀樹 山本亨 田口トモロヲ 堀部圭亮
1999年日本
ラベル:サイコ 大森南朋
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2008年08月21日

『Dolls ドールズ 』北野武

Dolls ドールズ.jpg

今まで北野武映画を少しだけ観てあまり好きになれない気がしていた。作品としては『キッズ・リターン』だけしか好きになれないのでは、と思い込んでいたのだが。
この映画には参ってしまった。『キッズ・リターン』との共通点は武監督が出ていないのとある二人の人間の強いつながりを描いていることかな。
そしてこの作品に描かれた愛は異常な愛というようにも見えるが本当は普通の当たり前の愛なんではないかとも思ってしまうのだった。

静かな作品で物語が淡々と進んでいくのだが、思いがけない展開になっていくので次どうなるのかと固唾を呑んで観続けていった。進行が早いのでこういう映画につきものの退屈さというのがなくはらはらどきどきしてしまった。しかもすでに最初から胸に落ちてくるようなものがあってタケちゃんの策略に負けて泣いたりするのはどうもな、と思いつつも涙が溢れあがってくるのを抑えられないのだ。

一体こういう愛はなんと呼ぶんだろう。この映画で3つの男女の愛が描かれていくのだが、一見「純愛」と呼ぶようでいてそういうものではない。3つの愛は別々だがどれもある形での約束があり、それを破られた時、女が「我」を張ってしまうのだ。
最も判り易いのはそのまま主旋律である佐和子と松本の話なんだろけど、結婚の約束をした松本が別の女性と結婚するために自分と別れたという理由で気が狂ってしまう。冷静な人間から「本当に彼を愛するなら迷惑をかけるようなことはしないのではないか」などと言われそうな行動なのである。まあ狂ってしまうのは行動ではないのかもしれないが彼への当て付けにそうなったように見えてもしまう。しかも彼のほうもそんな彼女の姿を見ておたおたと動揺し、愛する両親の苦悩も考えず自らも狂ってしまう。世の中の秩序だとか基本だとかを逸脱している困った二人なのだ。
佐和子と松本は気がふれたままお互いを赤い捩れたひものようなもので結び合いあちこちをさまよい歩く。
互いの幸せを目的にして計画的に愛を発展させ家庭を築きあげるのが本当の愛なら彼らの愛は愛じゃないのだろう。それなのに何もかも失ってしまいいくあてもない二人のそれは愛だけではないのかと思ってしまうのだ。
佐和子が狂った時、それだけが彼との愛を閉じ込めていける唯一つの行動だったのだろう。

ヤクザの親分と恋仲だった女性の姿もまた意地を張り通した、としか思えない。誰からも笑われてしまうような馬鹿な意地だ。でもそうすることでしか生きていけないのならどうすることもできないではないか。

アイドルとその追っかけの場合は男の方のくだらない意地か。顔に酷い怪我をしてしまったアイドルのその姿を見ないために目を切り裂いてしまうなどとまた大馬鹿としかいえないが彼にとってはそういうことでしか愛を表現できなかったわけで。
恋人でもない自分の勝手な思い込みの女の為に大切なものを失ってしまうこの男に反感や嫌悪感を持つ人がいても仕方ないのかもしれない。

ここに描かれたのはどれも皆が望むような理知的で包容力のある建設的な愛じゃない。
どうしようもなく馬鹿でくだらない自分勝手で計画性もない愛だ。そんな愛は愛じゃないというならそれはそれで仕方ないだろう。
彼らは別にこれが愛だと言っているわけじゃないのだし。
人が人を愛する時、それが誰の為だとか何の為だとかすべて計算して愛するわけでもない。
人から笑われ蔑まれているかもしれない。坂道を転げ落ちて木の枝にぶら下がってしまうのかもしれない。
でも捻じれたひもで結ばれて二人がとぼとぼとあてもなく歩き続けているさまはなんだかどこにでもいる普通の夫婦の姿でもあるように思えるのだ。
ここに描かれたのは特別な異常な愛ではなくみんなこういう独りよがりの愛を持ち、人からは「あーすればいいのにねえ」と言われるような生活を送ってるのではないだろうか。
みんながそうだと言うのがいけないのなら、佐和子と松本の姿がまるで自分と我が相棒の姿のように思えて私はならないのだった。
つながり乞食、それが夫婦の姿なんだよね。

監督:北野武 出演:菅野美穂 西島秀俊 三橋達也 松原智恵子 大杉漣 深田恭子
2002年日本

ちょうど昨日ヤクザがでてくる映画は嫌だ、と書いたばかりでちょうどいいが、この映画で扱われているヤクザ、アイドル、政略(?)結婚などどれも嫌いなものばかりなのにここでの使い方はそういう「嫌い」など吹き飛んでしまう。
今まで北野武監督とは(『キッズリターン』以外)合わないと思いこんでいたけど、この作品の出来栄えには、何も言えない。
素晴らしい演出力を持った映画だと思う。

あ、すみません。大森さん(笑)
松本の友達役で笑顔が可愛かったです^^;
冒頭から出ていたし、昨日の映画と違って映像がクリアだったのではっきり判ってよかった。
それでもってナオさん目的でこの映画を観れたのは本当に収穫だった。ナオさんが出てなかったら観なかったしね。
一気に武ファンになってしまった。いい映画だ。
posted by フェイユイ at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 大森南朋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月20日

『復讐 THE REVENGE 消えない傷痕』黒沢清

復讐.jpg

探した〜。ナオさんどこにいるのか全然わかんなくて。とにかく哀川翔兄貴以外は皆あんまり顔がよく見えないんだよね。ましてや脇のナオさんあたりになるともうボケボケになってしまってて。多分赤いスカジャンの若い奴だと思うんだけど、どうだろうか。

さて作品自体に関しては。何度となく挑戦し続けている黒沢清なのだが『CURE』以外はどうもしっくり来ることがなくて、今回もまたそうだった。ヤクザ、ヤミ金融、拳銃、復讐などといった題材自体が興味をそそらないというのもあるがかといってそういう題材でも関係なく面白いものもあるのだから基本的にこの作者とそりが合わないのだろうとしかいえない。
冒頭の発砲シーンを始め、幾つも工夫を凝らした演出があることも哀川翔や彼と奇妙にも親密なヤクザに面白さがあるのも判りはするが胸に落ちてくる感じがしないのは単に好みの問題だと思う。
作品時間の短さや制作費が低そうな感じなのはむしろ好きなのだが。

比較的好きになった『CURE』でもそうなんだが黒沢映画の警察もヤクザもどうも好きになれない。なんか意味わかんないけど、妙な反発を感じてしまうのだ。
もしかしたら好きになってしまうことがあるのかもと思いつつ、暫く葉離れていた黒沢作品、ナオさんが出てたので久し振りに観たがどうしてもなんか奇妙な反発を覚えるのは心から嫌いなのか、どこかで惹かれているのか。今のところはまだまた作品を追い続けてみようという気になれない。
それにしても女の描写はあんまりだ。酷すぎるよどれも。

肝腎のナオさん^^;本当にこのスカジャンチンピラ青年なのかなー?いまいち自信がないので、っていうかどれにしたって(顔がはっきりわかる人の中にはいないと思う)コメントしようもないが。
この彼なら随分若いなあ。
好きな作品ではないがそれでも若い時からナオさんは充実した作品に出演しているものだと感心してしまう。脇役が多いけどナオさんの作品は確実に「観れる映画」だというのは追っている者には嬉しいことだ。

監督:黒沢清 出演: 哀川翔 菅田俊 小林千賀子 井田國彦 しみず霧子 諏訪太朗 逗子とんぼ 大杉漣 大森南朋
1997年日本
ラベル:大森南朋
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蜷川妄想劇場  大森南朋「放浪記」

蜷川妄想劇場 ~.jpg

以前、松山ケンイチ君で取り上げた『蜷川妄想劇場』ですが今回は大森南朋さんで。
ていうか松ケン目的で購入した時はナオさんのとこは素通りで^^;すみません。

何しろコレには小栗旬もあるし、妻夫木もいるしね。若手美男が勢ぞろいなんでナオさんはなんだか一人おじさんで(笑)
しかも最後の服装が次の大泉洋とつながっててまぎらわしいし。
なんだかわざとあえておじさん的に撮ったとしか思えないし(笑)
結構蜷川さんの写真って松ケンのにしても「?」なんですよねー。その辺がいいのか???
でも嬉しいのは大森南朋のタイトルが「放浪記」なの!多分「麻雀」だからなんだけどね(笑)

でもすてき。男の魅力ですわ。色っぽいなーハイライト。
ラベル:大森南朋 写真集
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2008年08月19日

『忘れられぬ人々』篠崎誠

忘れられぬ人々.jpg

最近特に色んな映画を観てるわけだがそれでもこんなに「えっ」と驚いてしまった展開もないんじゃなかろうか。
大森南朋出演というだけで観始めたので殆ど予備知識はなかったのだが、それでも説明に「元戦友同士の」「感動作」だのという文字が見えたのでちょうど8月という季節も相まって感動の準備をしたのであった。
出だしはその通り、兵士たちの壮絶な戦場場面が映し出され、50年の時を経てかつての若き兵士たちが老人となった姿がよろよろと動く様子が描かれていく。そしてそこに戦場で死なせてしまった若い朝鮮人の孫娘が彼らの前に現れて祖父の最後を聞くのだった。
さてどんな風に涙を誘われるのかと思っていたらこの辺から雲行きがおかしくなっていく。
様々に苦労を重ねて生きてきた年老いた彼らに悪徳商法の会社員たちが近づいてくるのだ。
最初はこれはどういう展開なんだ???と理解できずにいたら品のいいおばあちゃんの花活けの師匠の家に隠しカメラを仕掛け戦争時の苦い体験を元にして霊感商法をやりだした。また重病に苦しむ妻を持つ年老いた旦那にも薬や仏像を数千万を吹っ掛けているのだ。
そしてその会社にあの孫娘の恋人が入社してしまう。
悲しい話というにはあまりに無残な話だと苛立ちながら観ていたら、最後に老兵士たちは立ち上がって威張り腐った悪徳商法の面々をぶったぎっちゃうのだ。

!!!!!!!!!

なんという!!彼らは可哀想なご老人たちじゃなかった。

愛する者を守るため、悪をぶった切る「男」たちだった。

助けて。とどこかに電話するわけでもなく、泣き寝入りするわけじゃない。
可愛がっていたアメリカ軍人の子供に大事なハーモニカを残して戦いに挑む戦士だったのだ。

腐った奴らには容赦しねえ。
殺人を犯したらいけない?もう彼らには怖れるものはないしね。
彼が一度極道に入ってた、という伏線もあるんだろうが。
そういや奴らも「本当の善は」どうだとかゴタクを並べていたっけ。
本当の善に殺されたんだ。文句はないだろうなあ。

あまりの破格の展開にぶっ飛んでしまった。
こんなに驚いたのもない。

「いやなことばかりの戦争だったがお前達に会えたのだけはよかった」
かっこいい。
なんてことばじゃかっこ悪いけど。
かっこよかった。
じいさんと思ってなめるなよ。

監督:篠崎誠 出演: 三橋達也 大木実 青木富夫 内海桂子 風見章子 真田麻垂美 遠藤雅 大森南朋 中村育二
2000年日本

あ、大森南朋さん。悪人だった(笑)
だから感動物語だと思ってたんでてっきり人のいい若者みたいな役かと。
こういう屈折した人の役もうまいです。本当にいそうで。
どういうとこにいてもすーっと馴染んでしまう。そんな人ですね。





ラベル:大森南朋 友情
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2008年08月18日

『さくらん』蜷川実花

さくらん.jpg

ナオさん、出てるって知らなければ絶対見落としてた。「俺だあ」のシーンの時は気づかずに^^;後のお酒飲んでるシーンで見つけた。「俺だあ」もやってるようだと後で気づいて慌てて戻った。物凄く短い大森南朋の「俺だあ」とお酒飲む数秒の為に鑑賞。

それがなければ多分観なかっただろうなあ。女性写真家・蜷川実花の初映画監督作品というので花魁もので主演が土屋アンナということで大体想像がつくような、という気がしたし、事実予想を裏切らない仕上がりだった。つまり非常に色彩豊かでスタイリッシュでありそうつまらなくもないが衝撃を受けるような展開もなく女性の目から見た花魁の世界というものが想像つく範囲内で美しく描かれていた。

五社英雄『吉原炎上』を観ていたならまずあれを思い重ねてしまうだろうよく似た筋立てなのである。まあまあ女郎の話というならこういうもの、というかもしれないがそれにしたって『吉原炎上』にそっくりなのだ。先輩花魁のイジメだとか、若旦那に恋してしまうくだりとか、妊娠、花魁道中とか。まあどうしても描かざるを得ない題材かもしれないので目をつぶるとしても比較すればあちらの方がいかにも上手い手練手管なので後だしの方が分が悪い。
あれと比較せずにこれはこれで現代風の女の遊びと思えばいいのかもしれないがそれにしても惹きつけられるものというか落ちてくるものがないのだなあ。
じっと観てると土屋アンナとライバルである木村佳乃が綺麗に見えてこないのも困ってしまう。私は男ではないので自信はないが男がどっと引き寄せられ狂ってしまうようなエロティシズムは二人に感じられない気がするのだが。女向け花魁だからこれでいいということなのか。
相手役の男優達がそろって上手いので彼女達がいい女であるように思わせられたというのではないだろうか。
特に土屋アンナの台詞仕草一つ一つを見つめ続けているわけでぞくりとするような花魁の色っぽさ艶っぽさというのを彼女から感じているのは難しかった。
むしろ冒頭だけ出演の菅野美穂がとてもよくて彼女でずっと観たかった気がする。
本物らしさにこだわらないカラフルで現代風の調度品なんかも嫌いじゃないんだけど明るすぎて毒がなく自分の好みとしては吉原というか遊郭の怖ろしくて何かが潜んでいるような影の部分、美しい地獄というようなイメージがないのはやはり欲求不満になってしまう。これより三池崇史監督の『ぼっけえきょうてえ』の方がやっぱり好み(この台詞この前も書いたな^^;)
一番よかったのは安藤政信であの大きな目のうるうる感がきよ葉をずっと見つめ続けている感じがあってちょっとじんわり。これもホントの好みを言うとこんなハンサムじゃなくてブサイク男だったほうがもっとよかったんだけど^^;でもまあ目の保養としては安藤政信さんの美貌を見てるのはいいのだけどね。正直土屋アンナよりよっぽど色っぽいんで彼が花魁っていうのは無理だが陰間だという話ならいいのに、とアホなことを考えてた。

映像だけ観て楽しめばいいという考え方をしたくてもそれでもも少し毒のある蠢く遊郭がいいのだよなあ。

監督:蜷川実花 出演:土屋アンナ 椎名桔平 成宮寛貴 木村佳乃 菅野美穂 大森南朋
2007年日本
ラベル:大森南朋 遊郭
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2008年08月17日

『キャッチボール屋』大崎章

キャッチボール屋2.jpgキャッチボール屋1.jpg

大森南朋としては数少ない主演映画なのだが、どことなく主演じゃないように思えてしまうのは何故?^^;
というのがこの映画の色合いなのだろうしつまり物凄く激しい色彩を叩きつけたようなもんじゃなくぼんやりと淡い色調でまとめた感があるのだから。
このタイトルを見てすぐ思い出したのは韓国映画『クライング・フィスト(拳が泣く)』失業した元ボクサーが「殴られ屋」として街頭で金を稼ぐという映画だ(その元ネタは日本の『晴留屋明 殴られ屋』ではあるが)
それにしても莫大な借金を抱えて己を殴らせることで金を稼ぐ決意をするという『クライング・フィスト=殴られ屋』に比べこちらは『キャッチボール屋』ってもうそれだけで気が抜けているし、主人公もぼーっとしてて何しに東京に来たんだっけ?みたいな自我の欠乏と言ったらば。
大体がもー大事な記憶であるはずの高校野球最後の試合の結末を覚えていないみたいなあやふやでぼんやりしまくった映画なのだ。
なんとなーく東京へ来てなんとなーく見知らぬ男に「キャッチボール屋」を受け継がされなんとなーく仕事をこなしなんとなーくOLさんとも仲良くなったりなんとなーくかつての甲子園球児たちと出会って二人の失われた対決の再開を見ることになる。
かっかと燃えるような傷だらけの韓国側『殴られ屋』に対しこのぼんやり感こそが日本的というのであろうか。多少血は流れたが。
しかもこの二つの映画は見ると同じ年に作られてるのね。このテンションの違いって。それに『殴られ屋』は一方的だけど『キャッチボール屋』はお互いだもんね。なんかこの辺も国民性を感じるなんていうのはおこがましいか。

見ててもぼーっとなっちゃうような映画でさ、何かここから人生にとって重要なエッセンスを汲み取らねば、なんてメンドクサイ考えも失せてしまう。
なんかもーいいんじゃないの。ぼーっと観てるだけで。
コレが男だったらさ、ちょっと腕がむずむずっていうのか「キャッチボールいいね、やりてえ」みたいな気分も出てくるのかもしんないけど、私なんぞはこれに出てきたOLさんみたいに上手くボールをやり取りもできないし、「男ってキャッチボール好きだよねー」みたいな感じでまたぼーっと観るしかない。
観てても結構楽しそうにやってるしね。
寺島進さんと松重豊さんの剛速球は凄かったし、光石研さんはわざと下手ぶってたんだと思うけど下手さが上手かった。
大森南朋さんはキャッチャーやってたけどナオさんっていかにもキャッチャーっぽいよね。体型とか顔とかキャッチャー型。役者としてもピッチャーじゃなくてキャッチャーって感じだもん。だから主役じゃなくて副主役みたいに見えるの。俺様な主役のボールを受ける役のほうが合っている。ドラマ『ハゲタカ』も主役だったのに観てると柴田恭兵さんのほうが主役っぽいのは大森南朋がキャッチャーだからなんだよねー。でもその辺の感覚が素敵だし、合ってるしね。『ヴァイブレータ』なんてのもあの位置がぴったりだし『殺し屋1』でもタイトルロールなのに脇役なのだよね。

人生の中でぽっかり記憶を失って違う人間になってすごすことがあるならこんなことをしてみたい、という夢みたいな話だった。

寺島さんと松重さんの男の勝負。「ほんと男って勝負が好きなのね」
それをにっこりしてみてるナオさんの顔が好きだなあ。

監督の「どんまい、どんまい」という言葉が癒しなのでしょうねー。
山口百恵の『夢先案内人』という歌もいかにも映画を物語っています。目の見えない女性がこの歌を頼りにコインランドリーに来ていたというのもまた暗喩的。

監督:大崎章 出演:大森南朋 キタキマユ 寺島進 松重豊 光石研 水橋研二
2005年日本
ラベル:大森南朋 人生
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2008年08月10日

『深呼吸の必要』篠原哲雄

深呼吸の必要.jpg深呼吸の必要 2.gif

大森南朋の出番は少しだろうとたかをくくって観てたら出ずっぱりだったのでそれが一番の幸せだった。

沖縄に行ってサトウキビ畑の刈入れのバイトをする、という募集に応じた若者達が働くことで心も癒されていくお話。
行ってみれば3月いっぱいの納期に遅れたら「おじいとおばあ」がとんでもないことになる、と脅されいやいやながらも慣れない作業を懸命にこなしていく内に最初は反発していた見ず知らずの男女の中に連帯感が生まれていく。
強烈に悪い奴がいるわけではないがそれぞれに心に傷を持った若者達が沖縄の自然と暖かいおじい、おばあに接するうちに打ち解けていく過程を描いた作品なんて正直言って全然好きではない。
監督の名前を見たら『天国の本屋』を作った人でなるほどあれも同じように普通と違う場所、つまりアレで「天国」だったのがコレでは「沖縄」になるわけで、沖縄って天国なんだなーと言う感じ。
淡々と描いているようでちょっとクサイ演出も多々あるのがこの監督の持ち味なわけで。
あっちにも香里奈さんが出ていたがこちらでは主人公になっている。そしてあちらでの玉山鉄二さんがこちらでは谷原章介さんのようでこういう落ち着いた2枚目が好きなのでしょうなー。大森南朋の役は新井浩文というよりは原田芳雄でありましょう。
ま、そういう比較は置いといて、私にはどちらもむず痒くなってしまうタイプの作品なのである。どちらもああ、癒された、いい映画だーという気持ちにはならないがそんなに嫌〜になるわけでもない、という位置である。観てる間はそんなに退屈することもなく楽しんで観れるのだが時々あまりの演出のクサさにうっとなってしまったりもするくらいである。
芸能人には疎い(っていうかナンにでも疎いが)私だが自殺志願だったうつむき加減の一言も話さない女子高校生が最後に長澤まさみだと気づいてちょっとびっくりしたり、彼らが一息つきにいく沖縄の店の男の子が今をときめく上地雄輔の顔が見えたのもへえだった。有名になってなかったら絶対見過ごす役柄だけど。なにしろ4年前の作品だしね。

大森南朋は本土からやってくるサトウキビ刈りなど未経験の若者たちを導いていくという役どころなんだけど、ありがちな悟りきったようなデキタ人柄ではなくてちょっと軽薄だったり怒りっぽかったり成宮寛貴演じる元高校球児に「日本中のあちこちで農業を手伝ってるって単に逃げ回っているだけじゃねえの」と言われて言い返せなかったり、大怪我をしてみんなから助けてもらったりする少々情けない男でもあるのが逆にほっとする。悟りきったような男とかって物凄く嫌だしね。
しかし成宮くんの突っ込みの答えはどうなったんだろー。単にそのまんまドツボだったってことなのかな。なにか彼なりの言い訳があるのかと思ってしまった。

若い男女が一緒に寝起きしてるのだが、なにやら恋愛沙汰もなし、怖ろしい事件がおきるわけでもないのである意味とても不思議な映画でもある。
ナオさんが冒頭辺りで谷原さんに妙なタメをとったとこがあったんでなにかあるのか?と思ったのに何もなかった^^;
結構最近沖縄舞台の映画を何度も観てるけどどれも絶対「沖縄のんびりとてもいいとこ〜」ってかんじなのだ。自分もそう思ってはいるけど沖縄の暗い部分を描いたものって全然観ないのも物足りないかもしれない。

監督:篠原哲雄 出演:香里奈 谷原章介 成宮寛貴 金子さやか 久遠さやか 長澤まさみ 大森南朋
2004年日本
ラベル:癒し 大森南朋
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2008年08月08日

『タイガー&ドラゴン 2』第3話「茶の湯」金子文紀

タイガー&ドラゴン2.jpg

北京オリンピック開会式も楽しみましたが、ここでは相変わらずドラマ
感想を続けましょうか。

第3話「茶の湯」
ドラマの中の落語を聞いておかしくて笑ってしまった。いつもの小虎の創作落語も利いていて楽しい。
前の2作よりも一番いいと思ったのだが今回が最も落語のほうに力が入っていたのだった。つまり虎児のヤクザ家業は師匠を脅す所ぐらいだったからだな。
そしてやはり只者ではなかった荒川良々の淡島ゆきお。アマチュア落語のチャンピオンで落語マニアの評論家という設定だが他の人が演じたらこんな味には絶対ならないんだろうなあ。なんかあの色が白くて眉の感じが小憎たらしくていいのですね。なんともいえない不気味さもあって人を食ってしまう危険性があるほど面白い存在の人である。

でもって勿論このドラマを観始めた目的のその人がこの第3話に登場するわけで。
一体今度はどんな役かしらん、という千の顔を持つ男だが、今回はいかにもちゃらちゃらした業界男という奴で金髪にサングラス。派手派手な服の人を小馬鹿にした態度がイヤ〜な感じでくすくすさすがナオさん嬉しくなってしまいました。
こーゆーのいそー、という軽男。でも虎児に抱きすくめられて脅されてる時、金色に染めた髪がさらっとしてて思わずうっとなってしまったのだ。
相変わらずどんな役でも楽しませてくれるナオさんだった。かっこつけてるとこ、恥ずかしかったんだろーなー。ふふふ。

とにかく今回は特に落語の面白さがたっぷり味わえる、そんな1話でありました。

監督:金子文紀  脚本:宮藤官九郎 出演: 長瀬智也 岡田准一 伊東美咲 塚本高史 蒼井優 阿部サダヲ 西田敏行 笑福亭鶴瓶
2005年日本
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2008年08月07日

大森南朋×キム・ギドク対談 今頃ですが・・・

これは『大森南朋』かキム・ギドクということで『韓国』カテゴリにするか迷う所だが、現在夢中なのでこちらで。

読んだ方は「なんだ今頃」てなもんですが最近になって『この映画がすごい!』20075月号を手に入れまして(笑)
これにはキム・ギドク監督と大森南朋の対談が載ってたんですねー。その頃私としてはナオさんにはまだ傾倒してなかったですがギドク監督は大好きですから読んでいてもよかったんですがこの雑誌自体を見てませんでした(笑)仕方ない。

とにかく『絶対の愛』が日本公開されていた頃なんですね。ナオさんがキム・ギドクをこんな風に好きだったなんてうれしいですねー。さらにギドクさんもナオさんを注目していたなんて!!!「声がいい」だとか「安藤政信さんと大森南朋さんに会うときは男性なのにときめく」なんて物凄い褒め言葉で(笑)そしてキム・ギドク監督が観た大森南朋の出演作が『殺し屋1』『ヴァイブレータ』『ゲルマニウムの夜』というのがどれもよくて。『ゲルマニウムの夜』は勿論日本に観に来たそうです。あの劇場でしか公開してなかったのですからねー。
キム・ギドク監督は『息』の次の作品を考案中で「飛鳥時代の仏教と神道の対立を描いた作品(!)の主人公と対立する神道を守り抜く人物」をナオさんにやって欲しいと!物凄い具体的で驚きです。
主人公ではなくその対立者と言うのがいかにもらしいですね(笑)
現実には次回作はオダギリジョーとの『悲夢』になりましたからその次!ということでお願いしたいものです。

これが本当の現実になったら嬉しくてしょうがないよー。どうしよう。
安藤政信さんのギドク映画出演も観たいものです!
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2008年08月06日

『害虫』塩田明彦

害虫.jpg

この作品を観てちょっとしたショックを受けてなんと書いていいのかわからないでいる。
15歳の宮崎あおいが演じているのは壊れかけた或いは壊れてしまった精神を持つ13歳の少女サチコである。
少女はその無垢な愛らしさのために彼女と出会った男達はどうしようもない性的衝動に駆られてしまう。そんな時でもサチコは戸惑いはするが激しい抵抗を見せることはない。その空虚さは観る者に共感をまた反感を持たせてしまう。
そんな彼女と対照的に現れるのがクラスメイトの夏子であり、彼女もまた愛らしい少女なのだがサチコのような男性に対してのエロティシズムというのはない存在であり極めて善良な心の持ち主なのである。
彼女達二人がマルキ・ド・サドが生んだ悪のジュリエットと善のジュスティーヌであるというのは非常に判り易い。また悪のジュリエットが『悪徳の栄え』という著書で素晴らしい印象を残したのに対し、善のジュスティーヌはあまり引き合いに出されることもない、というのはやはり人は「悪」というものに惹かれてしまうからなのだろうか。
13歳のあどけないエロティシズムを持ったサチコに「ニンフェット」を重ねる人もいるだろうが、『ロリータ』はあくまでハンバートの目で見た少女の姿に過ぎない。ここでは少女が男達を見ている。その表現は(監督自身が男である為)非常に乾いていて感情がないようにも思えるのだが、突き放した語り口がサチコをより明確にイメージさせているように思える。

『ユリイカ』を先に観たのだが(製作はこちらが先)アレの中でも宮崎あおいはバスジャックという怖ろしい事件に襲われ何もないのに性的暴行を受けたのではないかという中傷を受け精神を病む。ただその後は兄の方の話が中心になってしまうので彼女自身の物語という意味では不完全燃焼だったのだがそれ以前の作品で彼女の(というか少女の)エロティシズムという題材がこんな風に表現されていたのだと驚いてしまったのだ。

本当はこんな回りくどい言い方でなく直接に感想を言うべきなんだろうけどそれがうまく言えないで困っているのだ。
サチコには怖ろしい出来事が幾つも起きるが彼女がそのことを表に出してしまうことは少ない。
ボーイフレンドの言葉に学校の机を引っ張って倒す場面と自分の部屋で壜に入ったビー玉をぶちまけてしまう場面、夏子の家に火をつけた後突然叫ぶ場面(最も感情が出たのはこの時だった)そして物語が終わった後に鼻歌を歌うことで彼女の心の空虚さを感じる。

サチコが男性を好きになる時は彼女に対して直接な性交渉を求めない相手だった。タカオとキュウゾウはどちらも彼女にそうした接触はしていない。もしかしたら小学生時代の緒形先生も性的な要求はしなかったのかもしれない。彼女がママの恋人を嫌ったのは最初から彼の視線に彼女に対する性的なものを感じていたのかもしれない。
だがサチコは最後の場面で慕っていた先生との再会を(その気になれば間に合ったかもしれないのに)放棄してしまう。
彼女はさらに先に進むことを選択したのだ。それが彼女がそれまでは避けていた性に関するものであることは間違いないだろう。

サチコこそが害虫なのだということが悲しい。

ジュスティーヌの役割である夏子に蒼井優。とても可愛い上に宮崎あおいと比べるとこの時はまるで棒読みで初々しい。(宮崎あおいも同じだったかもしれないが彼女は無口で感情のない役なのでその分得してる)
今をときめく二人の女優がこの作品で共演しているというのも凄い因縁なのかも。

目的の大森南朋は宮崎あおいちゃんをホテルに連れ込もうとするエロおやじ役。とほほな役だが時間もほんの僅か。その数秒を観る為に観たのだが素晴らしい作品でよかった。ナオさんの出演作は見ごたえあるものが多くてうれしい。

監督:塩田明彦 出演:宮崎あおい 田辺誠一 蒼井優 沢木哲 天宮良 伊勢谷友介 りょう 石川浩司
2002年日本




ラベル:大森南朋 少女
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2008年08月04日

『真夜中の弥次さん喜多さん 』宮藤官九郎 

真夜中の弥次さん喜多さん.jpgyajikita真夜中の弥次さん喜多さん.jpg

公開前に自分でも早く観たい!と盛り上がってたのにいざDVDが出た頃はあまり興味がなくなってしまって^^;観ないままになってしまっていたのだが。ここに来て観ようと思ったのは無論大森南朋が出てるのに気づいたからで。
と思ってたらナオさん出番は結構早めの時間帯で思った以上に短時間であった。石を抱かされ拷問される場面。なんだかなあ。でもまあ観れてよかった。

作品自体は思った以上に面白く出来ていてこれなら早く観ればよかったと今更思ってしまった。でも今観たタイミングの方が理解しやすかったかもしれないが。

弥次さん喜多さんがゲイ関係だということを自分は高校時代に知った時、友人にそのことを伝えると「へー?」と不気味な表情で答えられてしまった。なぜか教師が『弥次喜多』という言葉だけが聞こえたらしく「真面目な話をしてるね」と褒めたのでホントのことを言う訳にも行かず非常に困惑したものだった。
それにしても日本の古典でも有名なこの二人がゲイ関係だった為に長屋にいられなくなりお伊勢参りに旅立ったという話をしりあがり寿さんが漫画にされた時は長年の夢がかなったような^^;実に嬉しい気持ちになったものだった。

そしてそれがまた映画化されてしまうという怖ろしい時代になったものだ。以前はしりあがりさんの漫画がそれこそリアルに映像化できはしないのではと期待がしりすぼみになってしまったのだが、こうして観てみるとしりあがりさんのシュールな世界がきちんと映像になっていてすかり嬉しくなってしまったのだった。

それにしてもやっぱり一番嬉しいのは映画の中で弥次さんと喜多さんの深い愛が貫かれていたことで、喜多さんの美少年的なフラフラ感と移り気で甘えている描写と弥次さんの喜多さんへの揺るぎない愛には何度となくじーんとさせられてしまった。
弥次さんを演じている長瀬智也さんは多分始めて映画で観るのだが(ドラマは何も観てないし)男らしくて一本気な話し方がおかしいやら切ないやらですっかり好きになってしまった。
喜多さんの情けない優男ぶりも中村七之助さんが大変うまく演じていたのではないだろうか。二人とも原作のイメージそのままで語らう愛の言葉は真剣に胸に響いてくるものがあった。
とはいえ、多分多くの人がそうだと思うのだけどこの作品で最も印象的だったのは荒川良々さんだろう。あんなにたくさん出てくるなんて反則だよね。あの顔と体型のインパクト。それぞれ違う人なのに霊魂になるとあの姿になる、というのがなんとなく頷けてしまうのが怖い。みんな良々さんになってしまうんだよ。
しかも源流での泣いてる子供(原作では)も良々さんだしラストの踊る人も彼だし。贔屓だ贔屓だ。
彼のキャラクターの前に他のすべてが消え去ってしまったのではないだろうか。

ヤク中のゲイである喜多さんが愛する弥次さんと暮らしながらも「リヤル=リアル」を感じられなくなる、という物語の発端からてめえ探しの旅に出て、愛する人といることがリアルなのだと納得するラストに到るまでの実にくだらない騒動がまさに人生そのものだと言って物語は終わる。

ナオさんがもう少し出てくれてたら私としてはパーフェクトだったが^^;良々さんの物凄さでその残念さも吹き飛んでしまった。
偽物弥次さんとして妻夫木が出てたのも変におかしかった。

山口智充さん演じる茶屋のオカマパパの歌は何となく『ヘドウィグ』を思い起こさせる。ぐっさんはうまいなあ。

監督/脚本: 宮藤官九郎 出演:長瀬智也 中村七之助 阿部サダヲ 生瀬勝久 寺島進 竹内力 森下愛子 古田新太 松尾スズキ 荒川良々 小池栄子 柄本佑

2005年日本
ラベル:大森南朋 同性愛
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小林賢太郎プロデュース公演『LENS』

レンズ.jpg

そしてこれは前記事の『百色眼鏡』を原案に小林賢太郎が書き下ろした舞台作品なのだが、いざ観てみたら小林賢太郎の天城と大森南朋の警部というキャラクター設定のみが同じというだけで(椎名林檎の歌が最後に流れるというだけで)あの物語が舞台で展開されていくわけではなかった。
といってもこちらは煩いくらい理屈っぽいながら笑いっぱなしの面白い作品であった。
しかも大森南朋は出ずっぱりで嬉しい。出演者は男5人だけの殆どみんな出ずっぱりではあるが。

小林賢太郎が推理小説作家を目指す書生という役で説明足らずの名推理を展開するというちょっとおかしな役である。大森南朋はスコットランドヤードに2年間いたというお洒落刑事、という役(ナニこれ)やたらと気取ってるが本当は臆病で賢いのかズルイだけなのかよく判らない男なのである。
他の筋肉だけのお馬鹿警察官、文字は読めないが凄く頭のよい人力車夫、きちんとした感じの図書館員という3人も個性豊かで歯切れよくとても楽しい芝居だった。
『桃色眼鏡』原案なのにすごくおかしい男だけの話ってのもおかしいんだけど。

ナオさんの舞台というのはDVDとはいえ、初めてだったが、うん、いつもと同じでかっこよくしかも時々目をうるませたりするキュートな演技で他の役者さんとも見劣りしなかったのではないだろうか。

昨日の失望を穴埋めして余りある。大正末期のある小さな図書館という舞台設定で5人の男だけの会話劇でさして過激な内容でもないのだがこんなに面白いなんて。

これ、DISCASの「大森南朋」の所に記載されてなかったんでDVD購入してしまった。後で小林賢太郎の所で記載されていると知ったが、ナオさんをたっぷり観れるし面白いし、これは満足な買い物だった。

作・演出:小林賢太郎 出演:小林賢太郎(ラーメンズ)大森南朋 久ヶ沢徹 犬飼若浩 西田征史
2005年日本
ラベル:演劇 大森南朋
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2008年08月03日

椎名林檎/短篇キネマ 『百色眼鏡』

百色眼鏡.jpg

椎名林檎の3rdアルバム『加爾基 精液 栗ノ花』を映像として表現した短編キネマ。
椎名林檎はイメージとしてしか知らないが、二つの顔を持つ女性像の夜の顔を妖しく表現していた。昼の顔が小雪なのだがどちらにしても本名も素性も判らない謎の女性として登場する。
大正浪漫の雰囲気もよろしく小林賢太郎演じる天城が二人の美女に翻弄される羨ましい物語。

と一見よさ気に思えるのだが、こういう世界が好きなだけに逆にあまり面白くなかったのだ。小雪の昼の顔も林檎の夜の顔も自分の好みではない。いきなり出会った男を家に呼び込みご飯を作って出すなど何か怖ろしいことでも起きなければ納得できないし、夜の顔も今に何か起きるようで起きなかったのが残念だった。椎名林檎の歌を聞いてないからだ、と言われそうだが、普通こういう映像を観て「歌を聞きたい!」と思わせるもしくはそう思ってしまうのが見せ所のはずだが、これでは歌を聞いて観たい、という気にならない。
私としては「牡丹灯篭」みたいな話か、と思っていたのだが。つまり天城は生きているつもりでいつの間にか死んでいたというような。

もっと凄みのある色香や恐怖感があるのかな、と想像していたのだけど。それらしい感じはでているのだが、もっと深く追求するのを止めて意味ありげにして誤魔化したように感じられるのだ。

あんなに耳掃除を毎晩されたら耳から血がでそうであるし、あんなにご飯を食べさせるのだから太らせて食べようとしてるのか、とまで考えたのだが。どちらにしても妖怪だと踏んでいたのだが。
毎晩耳かきだけさせられる女だとか女優だと言ってるのに毎日ご飯を作る女という設定に反感を持ってしまうのである。
それをやるのなら何か怖ろしい目的を持っていて欲しい。ストーリーを判りにくくすることで怪しげな世界になる、というのは違うのではないだろうか。

椎名林檎、小雪、小林賢太郎、大森南朋、役者はみなとてもいいのにほんの短いドラマなのに恍惚とさせてくれない。
この監督じゃなくて三池崇史に撮ってもらったほうがよかったのでは、なんて(無理だろうけど)『インプリント 〜ぼっけえ、きょうてえ〜』を思い出す。

ナオさんに関してはもう出演時間が短すぎて不満。これは仕方ないけどね。作品がもうちょっといい出来だったらなあ。

監督:番場秀一 出演:椎名林檎 小雪 小林賢太郎 大森南朋
2003年日本
ラベル:大森南朋
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2008年08月02日

『ハゲタカ』第6回最終話「新しきバイアウト」

『ハゲタカ』第6回最終話「新しきバイアウト」.jpg

参りました〜っ!!!と私なんぞが参っても何の意味もないか^^;
こういう風に話が進むとは。確かに冒頭の場面がそのまま最後に結びつくという安易な展開とはまったく違う息を呑む面白さでありました。
(最近最初と最後がリングになる、という決めが結構多くてつまらないのな)
「こういう世界になんも憧れない」などと言ってる自分でもこの話の面白さ、鷲津と芝野の戦いぶりには感銘を覚えたし、あっぱれなんて言ってみたくもなったのだった。最後に鷲津についてき中延五郎氏(志賀廣太郎)から声をかけられた時なんて本当は鷲津さんもにっかり笑ってしまいたいのを懸命にクールを保って見せたのではないだろうか(笑)
うーん、最近他に(映画でも)ないほどのカタルシス、ぴしっと決まったエンディングに快感を覚えてしまったのだ。

どの回も中味は濃いが特にこの回は盛りだくさんが凝縮されているようだ。
冷酷に人を切り捨てると罵られて傷ついた鷲津はアメリカでさらにその心を捨ててしまい徹底したビジネスマンとして日本に戻り辣腕を振るう。だが結局心を捨てきれていなかった鷲津は一旦は外資ファンドから追い出されてしまうが、今度はその弱さを逆に利用して日本の中で成功を収める。
鷲津の心の傷である西野と三島の二人の過去も昇華させ、鷲津が「私とあなたは同じだ」と言った言葉が今度は芝野の口から鷲津へと告げられる。この展開は戦慄だ。アメリカ仕込の企業戦略を発揮した鷲津が敗北した後に日本的情緒という要素も取り入れて大きく独立していくという運びに「参りました〜」となってしまったのだ。

窮地に追い込まれ自暴自棄になり体も心も苛まれ違う道を選ぶかと思いきや、己の得た力を使い切って反撃をしていく。
かっこよかったし、面白かった。
大森南朋のクールな顔と失墜した時の顔、そして復活した後のその二つが混ざり合ったどこか開き直ったような悟ったような表情が素晴らしい表現力だったのではないだろうか。
単純にきゃーかっこいいいいい!!!!!と言ってもいいんですが^^;

他の出演陣もまあ凄いところばかりで見ごたえ充分なのだが、加藤幸夫役の田中泯氏。卓越した技術者とはいえ凄みのある貫禄だった。只者ではないと思わせる。
NHKだからできるというのもあるだろうが、余計な恋愛沙汰は一切登場させなかったというのもやはり驚きだろう。
一番の告白は鷲津の「芝野さん、あなたとなら踏み出せる気がする」という言葉だしな。「鷲津ファンドに出会えてよかった」という芝野さんの言葉がその返事ということで。ちょっとなにかの宣伝みたいでおかしいがこれは腐女子への志として解釈。

なんだかここに来て「終わったなー」と感慨無量。また観直してみたいものです。

大森南朋さんは「男の友情」というドラマが好き、とどこかで言われていたと思うのですが、ここではその部分に特に心を込めて表現されていたように思えますね。
ライバル的な存在だった鷲津と芝野が次第に近づいていき、互いを同じだと認め合う過程はビジネスドラマの面白さとも絡みながらどんどん深まっていくようでした。それまでの冷たく頑なになっていた鷲津の心が芝野さんからの交渉で温かく解けていく。ここんとこ、それまで誰に対しても低姿勢だった芝野氏が気弱になり退こうとする鷲津に「駄目だ。俺が許さない」というのは却ってどきっとする発言ではないですか。そして芝野さんを見返す鷲津の目が切なくて。またそのことが迷っていた鷲津の取る道を明確にさせていくわけでその展開の上手さには唸ってしまいます。
男同士の友情もガキんちょばかりじゃないぞ、というとこでしょうか。
ナオさんも恭兵さんもハンサムですし、このかっこよさを見せつけられたらまあ腐女子的に騒いでも当然のことでありましょう。
アランじゃ物足りなかったしね。西野でもまだ駄目です(笑)一緒に墓参りするような大人の関係が渋いのだ。
独立した鷲津ファンドに入ってきた中延五郎氏(志賀廣太郎)村田丈志(嶋田久作)にも鷲津への友情というとおかしいが信頼を感じられて嬉しい結末だった。

ただ鷲津が中で言う「殆どのことは金で解決するが・・・」という台詞はうなづけないの。
そうなのかな。ほとんどのことは金で決まるかな。逆に僅かのことが金で解決できる、という気がするんだけど。
運命も出来事も金で解決できるのはほんの少しだけ。でもそれが金で解決できるからみんな欲しいわけだけど。
この台詞も金の世界で生きている鷲津だから出てくるのだ、と思えばそれでドラマとしては納得いくのだけどね。
その答えがドラマのテーマ曲であのエミリ・ブロンテ(!)作詞(原題「Riches I hold in light esteem」)となっている「富は問題にならぬ」なのだろう。
歌を聞いていただけの時はなんだかかっこいい歌だな、とだけ思っていたのだが。
これはうなづける。

脚本:林宏司 出演:大森南朋 松田龍平 栗山千明 柴田恭兵 嶋田久作
2007年日本

『ハゲタカ』予告
posted by フェイユイ at 22:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 大森南朋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月01日

『ハゲタカ』第5回「ホワイトナイト」

ホワイトナイト.jpg

そうか、そうか、そうですか。いやまったく面白いドラマだなあ。

ここに来て大森南朋演じる研ぎ澄まされた刃の如き鷲津の表情が昔の顔に戻ってしまうのだ。
冷たい血を持つハゲタカであるはずの鷲津が暖かな心を見せたことが弱みとなった。ハゲタカと呼ばれていても所詮一会社員でしかないのだねー。

「戦争だ」と言った松田龍平の声も言い方も父上の優作氏にそっくりである。あえて変えようなどとしないのが凄い。
TOBだとかホワイトナイトだとか調べてみてもどうせよく判らない私だが(ホワイトナイトって夜じゃなくて騎士のほうだったのね)その辺飛ばしてもひたすら面白い。
芝野氏はまたここでも苦悩の日々。芝野を怒鳴りつけた新社長が頼りにした会社ハイパー・クリエーションが潰されて茫然となった時もきっと「ザマミロ」なんて思わずに苦悩してんだろうなあ「俺がちゃんと助ければよかった」なんて。
多くの人のバイブルとなるような本を残した大木氏も若いIT企業のやり手社長も現実の誰かを想像しやすいキャラクターである。
こういった企業の存続を「戦争」などと呼びながらゲーム感覚でやりとりするのを面白いとみるかどうか。とても真剣には受け止められない。あまりにも馬鹿馬鹿しくて。悲しくて。まあドラマです。面白く観てきました。でもまあ思うのはこういう世界に生きなくていいということが幸せだなと。虚構の世界。確かに金に弄ばれただけなんでしょう。
そこを描いていることがやっぱり面白いのだよね。

よくドラマの冒頭部分がラストにつながることが多いけどここで繋げてきましたか。
鷲津がどうなっていくのか。物語はどう決着されるのか。
明日まで待てない!(ってDVDだから観ればいいんだけどサ。時間ないんで)

大森南朋、このドラマでのかっこよさは他ではちょっと見れないほどのハイクオリティ。
大体においてナオさんのイメージってこんないつも眉根を寄せているみたいなんじゃなくて全体にゆるい、というかリラックスした人なんだもの。そこがいいと思ってたけどこういう神経質な顔も魅力的だとは。
『ヴァイブレータ』『蟲師』『春眠り世田谷』『たとえ世界が終わっても』みんなゆるいキャラだもんね。ある意味「1」に似てるのかもしれないが(笑)両刃の剣のような。



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2008年07月29日

『ハゲタカ』第4回「激震! 株主総会」

ハゲタカ9.jpg

ここに来ていよいよ渋みを増した内容になってきた。ハゲタカの力を見せつけてきた3話までと違い日本の企業の基盤となる性格が敗北を前にしてよりハゲタカたちと対立していく。傍から見れば大木会長の考え方も会長の臨終の手紙で一丸となって感動してしまう株主・従業員達の姿も奇妙としか映らないがそこに属する一員であればそうなってしまうのかもしれない。なにしろ大企業にも中企業にも属していない人間なのでいまいち実感は湧かないのだが。
戦後の苦労話から始めて人々の心をつかんでいくということは今でも可能なのだろうか。

ホライズン・鷲津が再び爪をむいた大企業・大空電機の配下にがかつて倒産させた三島製作所があったこと、株主総会の席に西乃屋の西野治の姿があり芝野の人情話に「とんだ茶番劇だ」と捨て台詞を残して去っていくなど「つづく」となった次回が待ち遠しい(いや、凄く借りられててなかなか観れないのだ)

大空電機とそのカリスマ会長(菅原文太)ニュースキャスターになった三島由香の話が幅を利かせている為、今回は鷲津の活躍が少なくて寂しい。それでも株主総会全員を敵に回して言葉も出ない状況の中アランに「すぐTOBの準備だ」とすかさず命令を下す鷲津のクールさかっこいい。
それにしても銀行に嫌気がさして退職し、潰れかかった企業を再建するための企業再生家(ターンアラウンドマネージャー)となった芝野健夫氏。こうなっても人から罵られたりするばかりでやっぱりよくわかんない人である。最後は大木会長の手紙を読むことで拍手を受けたがなんだか近い未来もまたどうせ傷つくことになりそうな。なんだかカリスマというか人から畏敬の念を持たれない運命の人なのかもしれないなあ。
結婚もしてなさそうだ。恋人からも怒られてそうだ。
一生苦悩し続ける男なんだろうなあ。

今回はプロキシーファイト(株主委任状争奪合戦)という言葉が登場したがんんんあまり話の中に組み込まれなかったような。大木会長の人情話のほうが勝ってしまった。

脚本:林宏司 出演:大森南朋 松田龍平 栗山千明 柴田恭兵 嶋田久作
2007年日本


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2008年07月28日

『ハゲタカ』第3回「終わりなき入札」

ハゲタカ6.jpgハゲタカ8.jpgハゲタカ7.jpg

ずーっと大森南朋観続けていきなり昨日松ケン観たらあまりに子供っぽいので仕方ないとはいえ驚いてしまった私である。(だってそういう役だからホント仕方ないわけです^^;)
再び今日ナオさんに戻ってやっぱり大人の男はいいなあ、などと松ケンファンと言えない感慨にふけるのであった。まあケンちゃんも10年たったらこのような散々女を泣かせてきたような男になれるのでしょう(か?)ふふふ、とにかくナオさん立ち居振る舞いが色っぽいですわ。

前回、会社再生の答えが単なる社長母子交代?となったのであったが、なるほどこういう母子の争いを見せる為のお膳立てだったわけですか。
入札なんてどんなものなのかも知らなかったのでまさかこんな風に面倒くさい(鷲津の作戦ではあるのだが)やり取りでただの紙にマジックで金額を書いただけのものだとは思いもしなかった。この入札シーンは見所でどうなるかとわくわくしてしまった。
ところで今回の重要な鍵は三島由香が握っているのだが、ペーペーにしか過ぎない娘である彼女にはちょっと荷が重すぎなんではなかろうかとも思えたりして。鷲津が昔のしこりがあるからとはいえ自分の勝負に関わる重要な切り札を三島由香に渡すのも彼としては甘い選択のような気がするし、東洋テレビというとこも大スクープと言える美味いネタを小娘一人に裏を取らせようとするなんてよくわからん。他の奴はぼーっとTV局にいて何してんだ?裏取りとかっていうのもやったことないからわからんけどあんな直接本人に聞いて「うんやったよ」って言うのか???関係ある別の奴から聞きだすしかないだろうと思うんだが(金を使ったり、弱みを握ったり、とか)

そして不思議な男・芝野健夫。まさか44歳だったとは。55歳くらいかと思ってた(って柴田さんそのままの年齢だ(笑))おまけに病身だったせいもあるのだろうか。実年齢以上に痩せて痛々しい印象なのだ。その彼がもう苦悩しつくしているので観てて辛い。
「仕事じゃないか」と同僚に言われて「これが俺の仕事なのか」と問い返す場面はよかったなあ。確かに馬鹿みたいな仕事だよね。そりゃ同僚さんみたいに割り切って這いつくばって最後まで銀行に残り続けるのも勇気だ、と言い切る人生もまたあり、とは思うけど、あそこまでコケにされて会社に尽くさねばならないのだろうか。もー人間じゃないよね。このドラマを観てる人でも「彼は俺だ」と思いつつ観てた人もいるんだろうなあ。大概は鷲津じゃなく芝野的に生きているんだろうし。

辛酸を舐めさせられ続けやっと退職願を出したわけでなんだかこのドラマ中で一番(まだ途中だが)ほっとした。
私自身はこういった金融だの会社だののゲームのような駆け引きなんぞとは無縁の身だし、こういうことで大金を儲けることに魅力も感じないし、「世の中の不幸は金のない不幸と金のある不幸」なんていう言葉にあまり意味を見出せないのでこうしたところであくせくシノギを削っている姿こそ不幸にしか思えないのだもんね。でもドラマとして観るのは面白くはあるけれど。こういう世界で働いていること自体が不幸だよね。といってもいつしか巻き込まれてしまう、ということが起きないとは限らないけど。

鷲津が芝野を誘い柴野が「俺はお前とは違う」と断ると「あなたと私は同じことを考えているのです。あなたは私なんだ」と言う鷲津。この辺、ぞくぞくする感じ。

松田龍平くんも着々と資金を集め会社を立ち上げて鷲津とタイマン張ろうとしてるし。楽しい展開を期待するなあ♪
posted by フェイユイ at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 大森南朋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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