映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年12月25日

ティム・ロビンスと破局のスーザン・サランドンに、32歳年下男性の影?

おしどりカップル、スーザン・サランドンとティム・ロビンスが破局

ティム・ロビンスと破局のスーザン・サランドンに、32歳年下男性の影?

破局のニュースを知った時はさすがにサランドンも60歳だし、ティムに若い恋人でもできたのかなあ、などと考えていたのだが・・・。
これではまるでティムがよく演じる映画の役柄のような。帰宅したら妻は浮気してた、っていう。
ほんとだったらなんだか気の毒なティム。またあの顔で泣きべそになってたのかも。まさか現実ではそんな、とも思うが案外本当だったりするのかも。
しかしスーザンやるなあ。
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2009年11月12日

『それぞれの空に』ニール・バーガー

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THE LUCKY ONES

これはちょいとなかなかいい作品だった。ティム・ロビンス作品を観続けてさすがに後になってくると彼の元々の持ち味だったコメディ性が薄くなってくるか、主役でなくなってくるか、と思っていたのだが、本作は驚くような物語ではないとしても人生や戦争や運命などに色々な含みがあることを感じさせるよく考えられた佳作ではないだろうか。

ベトナム戦争後に過酷なシェルショックに苦しみ周囲の人々からは冷ややかな態度を取られるという兵士の映画が数多く作られた。その訴え方は劇的なものであったがこのイラク戦争中の退役軍人及び休暇中の若者二人の語り口はやや軽めなものになっている。
とは言え、彼らがやはり仲間と死に別れ、次は自分かもしれない、という恐怖や離れていたことからくる周囲とのすれ違い、そして批判を受けるのは同じことなのだが、この軽さはやはり時代のせい、ということなのだろうか。

物語は偶然帰国が重なった中年退役軍人と休暇中の若者男女がアメリカ国内線飛行機の不具合でレンタルカーを相乗りする羽目になったことから始まる。

イラク戦争従軍中に腰に怪我をして退役することになったチーバーを演じるティムの役は相変わらずでおかしい。
愛妻家である彼が2年ぶりに帰国すると妻の生活がすっかり変わっていて恋人はいないが一人で生きていたいと通告されてしまう。あなたはもう必要ないと。しかも一人息子がスタンフォード大学に合格したという嬉しい知らせが彼に2万ドルの入学金の用意しなければならない。
さらに彼が勤めていた会社は倒産。八方ふさがりの状態に泣き出してしまうありさま。

そんな彼に同情する二人にも運命は甘くはなく、TKは怪我の為に不能になったのが治ったのはいいものの結局婚約者とは別れ、突然軍に戻ることが嫌になり、強盗だったという虚偽の自首をするがすぐにばれてしまう。それまで自意識が高かったかれが「自分は何も知らないのだ」という認識をすることになる。
コーリーは戦死した恋人の両親の家を訪れ彼らと住むことを願っている。彼の両親とは会ったこともないという彼女の願望が叶うわけはないと考えるチーバーとTKは心配する。
嫌な人たちだったらと懸念された両親は非常にいい人たちで、しかし実はコーリーの恋人ランディには一度関係した女性と二人の間にできた赤ん坊がいたのだ。両親は息子の行動に責任を感じ彼女を引き取って暮らしていた。コーリーの居場所はなかったのだ。

チーバーは息子の入学金を軍に再入隊することでもらえる金で支払うことにした。
3人は再び別々の場所へ従軍することになる、という幕である。彼らの命がどうなるのかは誰も判らない。

という軽さが却って恐ろしい物語でもある。
彼らが帰国して味わう様々の体験は苦いものが多いがこうして慰め合える仲間に出会えたということだけは救いである。彼らが国の為に戦ってきた、と言っても彼らを迎える態度は冷ややかな批判的なものばかりである。彼らを受け入れてくれたのは戦場だけであった。

ティムが久しぶりに彼の持ち味を生かしてしかもチャーミングに演じていたのが嬉しかった。妻に愛想を尽かされた後、別の女性に好かれると言うのも彼らしいが、何故か浮気現場を押さえた亭主からも襲われそうになるという落ちがついてて、これもティムらしい展開。何故かいつも男に襲われる男なのである。
主演3人が3人ともあまり冴えないキャラクターであるのも共感しやすいし、運命の皮肉さにも同情してしまう。
何のために彼らは戦っているのだろう。

TKという青年が酷く自分に対し自信を持っていたのに自分の無力さを思い知ってしまうのは痛烈だった。
普通こういう映画って意味もなく3人が(もしくは2人が)肉体関係を持ち場面が出てくるものだけど、そういうわざとらしいものがないのもほっとさせてくれる作品だった。

ティムが可愛かったのが一番よかったかなあ。

監督:ニール・バーガー 出演:ティム・ロビンス レイチェル・マクアダムズ マイケル・ペーニャ モリー・ヘイガン ハワード・プラット
2008年アメリカ
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2009年10月30日

『NOISE ノイズ』ヘンリー・ビーン

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NOISE 

「もしも、〜をやってみたら」ていうような物語の系譜があるのならそれに属する話作りでかなり真面目に取り組んだ作品、という感じである。
私的には出だしがそれであっても話がとんでもない方向へ流れていってしまうようなモノの方が面白いと思うのだがこれはこれできちんとまとまった手堅い作品になっている、手本的な感じ。

物語のテーマ自体は当たり前の感想しか言えない気がするが、大概の人は騒音が嫌いで日常では静かな方が好きだろう。たまに大音量を聞きたくなるような人でも。
今現在の私の環境は田舎町でもあるしこれと言うほどの騒音は日常にはない。以前は犬の鳴き声とか隣が飲み屋で週末はカラオケの歌声が夜中に響いたりとか毎朝それこそ変な警報音が鳴るので何だろうと思っていたのだが、どれも無くなってしまったので今は平和である。
今まで一番閉口したのは学生時代住んでいたアパートの向かいの住人が毎日曜日の朝自分がまだ寝てる時間に(何しろ私は朝弱いので)大音量でカントリーミュージックをかけることだった。いつも同じ曲のようだが何だったのかは判らない。
本作での主人公を悩ませているのはそういう人間がその時鳴らす音ではなく意志のない電子音の類のようで、人によって嫌いな音も様々であることも作品中きちっと抑えている。
つまり自分の嫌いな音は騒音なのだ。
主人公の嫌いな警報音も遠くで鳴っていると物悲しくて心地いいよという奴が登場するが、工事中の杭打ちも恐ろしい騒音だが遠くで鳴ってると一定リズムなので物凄く眠くなる(なんだか寝てばかりだな)

さて本作の作者は「もしも警報音に我慢できない男が復讐を考えたら」というお題を考え家族はどうする仕事はどうなる男の行動は次第にエスカレートしていくだろう、そしたら・・・という風に進み結末は頭のいい方のティムとしての結果であった。
本格派SFだったらティムは精神異常者としてロボトミーの手術を受け、何らかの手術ミスで彼の頭の中でいつまでも警報音が鳴り響いている、ということになりぞっとさせてくれるはずである。しかも自殺ができないようにされてしまう、というのはどうだろう。
この騒音は政府による政策でこれらの音に混じるある周波数によって民衆の頭脳と精神を操っている、っていうのは駄目か。
ま、そう言うのじゃなくて真面目に騒音についての提議だったのだろうな。

作品中に主人公の幼い娘が話すギリシャ神話の人魚「サイレン」その歌声で通りかかった男を惑わすのだが、それとあの人を驚かす「サイレン」は同じものなわけだよね。不思議。

監督:ヘンリー・ビーン 出演:ティム・ロビンス ブリジット・モイナハン ウィリアム・ハート マルガリータ・レヴィエヴァ ガブリエル・ブレナン ウィリアム・ボールドウィン
2007年アメリカ
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2009年10月28日

『トップガン』トニー・スコット

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TOP GUN

もう二度と観ることはないと思っていたのに(昔観た)ティム・ロビンスが出ていたばっかりにまた観ることになってしまったぞ。一体なんでティム、これに出演してるんだ?絶対こういうのには出なさそうなのに。やはり意地っ張りでは食えない、ということなのだなあ。
と思って観たのに、うへ、ほんの冒頭に数秒いや一秒もなかったワンカットと最後、え、これいつの間に乗り込んでたの?マーべリック一人で乗ったと思ってたのに後ろに人影あったからグースの亡霊だと思ったよ。だってマリーンはトップガンに選ばれてないはず????ま、いいか。つか、背が高すぎて画面に映ってないし、こんなでかいパイロットって体格で落とされそう(そんなことはないのかな)冒頭だけかとがっくりしてたのに2場面観れたからいいか。
あんなぽっちゃりした顔のパイロット・・・。

トム・クルーズ。あまり変わらないのではあるがやはり若い。その昔かなりの人気作品だったし、バイクがカワサキだとか、教官が女性で恋に落ちるだとか、皮ジャンがかっこいいとか、音楽がどーとかで話題だった。
私は、戦闘機だとかドッグファイトだとかが嫌いなわけではけしてなく、それどころか告白すれば実は物凄く興味があって好きなのである。人を人とも思わぬように敵機を撃ち落として歓声をあげるのもいかんと思いながら快感なのである。(映画だから許せ、勝手な自分)
トム・クルーズだけは避けたいが他の筋肉男たちの裸も素晴らしい。軍隊物はどうしたってそう見えてしまうものだが、これって絶対ゲイの為の映画だよね。女性はグースの妻役のメグ・ライアン(なぜか老けて見える?この後で可愛くなっていったんだなあきっと)と女教官のケリー・マクギリス。さすがに教官役なので極端なお馬鹿娘やセクシー路線ではまずいのか結構強面だ。後はやたらとかっこいい男たちがくっついているシーンが多くてトムもグースに「君が僕の家族なんだ」と告白したりヴァル・キルマー演じるアイスマンも相棒といつもいちゃいちゃしてるのである。

作品としては初っ端から始まり最後のミグ相手の戦闘シーン、および間にもわくわくするようなトムキャットの華麗なアクロバティック飛行を堪能できる。そして女性教官との恋、優秀なパイロットだった父への郷愁、ライバルとの争い、そして親友の死、とこういう軍隊物になくてはならない要素がたっぷり盛り込まれ軽快な音楽が流れる、これ以上ないエンターテインメントドッグファイト。
戦闘機の離着陸からミグとの手に汗握る空中戦は今観てもまったく遜色のない迫力で見応えありなのだ。
その他の物語部分はいかにもトム・クルーズをかっこよく見せる為のよくあるパターンのものなのだが、どうせ見どころは戦闘機とバイクが夕陽の中を走っていくかっこよさなので問題にすることもなかろう。

しかしティムはこれに出たことをどう思っているのだろうか?若気の至り?

監督:トニー・スコット 出演:トム・クルーズ ケリー・マクギリス ヴァル・キルマー アンソニー・エドワーズ トム・スケリット マイケル・アイアンサイド ジョン・ストックウェル バリー・タブ リック・ロソヴィッチ ティム・ロビンス メグ・ライアン
1986年アメリカ
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2009年10月23日

『ミスティック・リバー』クリント・イーストウッド

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Mystic River

ティム・ロビンス作品を今回観続けている中で一度観たのだがもう一度観てみたいと非常に思ったのがこれなのだが、それは好きだったからではなく、面白いと思ったのにも拘らずすっかり内容を忘れてしまっていたからで、自分の記憶力のなさは自覚してはいるもののさほど時間が経ったわけでもないのにと自分自身にあきれ果てている次第である。
まあもう一度新鮮な気持ちで観れるんだから得であると言えばそうだが。
とにかく観直してもなかなか思い出せないまま最後まで観続けた。

記事も以前に書いていてどうでもいいようなことを書きならべているのだが、結局人生というのは悪い方に行くにしろ、いい方に行くにしろ、自分の思うようには進まない、ということなのであろうか。
冒頭の少年たちのちょっとしたいたずらが見知らぬ大人に見咎められ、子供の無知と無力さで言われるがままに車に乗せられてしまう。それは3人の少年のうちジミーでもショーンでもなくデイブだった。
とんでもない人生の貧乏くじを受け取ってしまったデイブは一生消えない心の傷を負ってしまう。それは11歳の少年が二人の大人の男に監禁され性的暴行を受け続けるという悲惨なものであった。
こんなに恐ろしい事件と比較して申し訳ないが自分も少女の時に公道である職業の器物破損をやってしまったことがあり、今思えばそれは公道に物を置いていたその人物が悪いので今だったら文句をまくしたててやれるのだが何も判らない少女だった自分はその大人にすごまれて真っ青になって帰宅した記憶がある。他人が聞けばどうでもいいような小さなことなのだろうがン十年経った今でもしょっちゅう思い出し苛々してそいつを殺してやりたくなる。子供だと思って怒鳴りつけるなんて、なんて卑怯な大人なんだろう。今でも同じ職業の人を見ると関係ないのにむかついて復讐したくなる。
また、ちょっとした事故でうっかり見知らぬ男の車に乗ってしまったこともあるし、怪しい男に声をかけられぞっとして逃げ出したこともある。
子供時代ってそういうもしかして一歩間違えばどうにかなっていたのかも、という事件がたくさんあるのではないか。そこを何事もなく乗り越えて行くのは稀であり、程度の差はあれ、何某かの傷は負ってしまうものではないだろうか。

勿論傷を負うのは子供時代だけではない。
そして成長し多くの人と関わりを持てばまた様々な事件に遭い傷を負う。子供時代と違い戦うことはできてもそれだけに複雑な骨折をすることになるんだろう。
ここに登場する人々は皆何らかのすれ違い、勘違いをしてしまい、人生を狂わせてしまう。皆同じように幸せになりたい、と願いながらも間違った選択をしてしまうのだ。
デイブは自分の悩みを秘密にしていたことで妻に疑いを持たせ、妻は無実の夫を密告してしまった。
ジミーは愛する娘ケイティーを殺害された疑いを彼女の恋人ブレンダンや友人デイブに向けてしまった。ジミーの妻は夫の前妻の娘に嫉妬心を持っていたし、夫の間違った行動を是認してしまった。ブレンダンが弟を可愛がるあまりに、弟は兄の恋人に嫉妬し殺害したのではないだろうか。
ただ一つ思わぬ行動が幸せに結びついたのはショーン(ケビン・ベーコン)の言葉で別れた妻が戻ってくることになったことだろうか。
そして残った幼馴染のふたりは失ってしまった3人目の友人の悲劇がもし自分のものであったらと考える。彼の運命は自分がたどったのかもしれない。
(とはいえ、加害者の好みを思えばはしっこそうなショーンやすれた感じのジミーよりおっとりしたデイブに目をつけていたんだとは思うんだが)
誰もが苦悩し、幸せを求めながらも人生は思うようにはいかない。町には大きな川が流れ、その川が彼らの人生を飲み込み流れていくかのようだ。

3人の幼馴染を演じているショーン・ペン、ケビン・ベーコン、ティム・ロビンスは同じくらいのバランスのうまさを持っている。とはいえ、アメリカ男性としてはショーンのような切れた男はやりたくても、ティムの演じた少年期に男から性的暴行を受けたトラウマから逃れきれず人生の敗北者となって死人のように生きている男、というのはあまり演じたくないのでは、と思うのだがどうだろう。
ここでのティムは彼が言うように吸血鬼のように死んでいるのに彷徨っている人間、なのである。彼はあの少年の時に自分を死なせてしまったのだ。もしもジミーが彼を殺害しなければ、生き返ることもできたのかもしれない。人生は自分の思うようにはいかないのだ。
ここでのティムはもう可愛らしさとかいうものもすべて失っているようだ。がっくりと肩を落とした抜け殻の男。彼にとっては息子を見守ることだけが生きがいだったのかもしれないのに。
ショーン・ペンは正直言って好きにはなれない俳優なのである。上手いのだが、何故か心惹かれない。しかしやはりこういう切れた男の役はぴったりである。
ケビン・ベーコンは逆に凄く好きでここでの役もよかった。幸せになれ多分、役者としては損だったかもしれない。

私自身、デイブと同じように自分を傷つけた犯人にはもうできない復讐を「同じことをやっている奴」にしてやりたい、と思っている。

監督:クリント・イーストウッド 出演:ショーン・ペン ティム・ロビンス ケビン・ベーコン ローレンス・フィッシュバーン マーシャ・ゲイ・ハーデン ローラ・リニー エミー・ロッサム トム・グイリー スペンサー・トリート・クラーク
2003年アメリカ
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2009年10月21日

『サベイランス −監視−』ピーター・ホーウィット

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ANTITRUST

私が子供の頃、スポ根マンガなんかを観てると、コンピューターでプログラミングされた敵は必ず「悪い奴」であり、感性も体もコンピューターに支配され超人的に強いのだが、結局最後には人間的なチームワークや人情を持つ主人公チームに負けるものだと決まっていた。時は移り、実際のスポーツがコンピューターを利用するのは当然のようになってきたのだが人間の心と言うのは変わらないものなのか、相変わらず同じ題材なのねえとむしろ懐かしく観てしまった。

ここでのティム・ロビンスはガチガチのコンピューター野郎でそのまんまビル・ゲイツを意識しての外見と演技をやって笑わせてくれている。
今までの役柄にはないキャラクターでもあるし演じていてとても楽しかったのではないだろうか。ノリノリでやっているように思える。

物凄いクラシックな設定展開なのではあるがそれぞれのキャラクターが漫画的に面白く皆上手いので私としては非常に楽しんで観てしまった。
最先端の設定ながら攻撃方法は覗き見だとか(監視って言ってるけどつまり覗き)撲殺だとかかなり古風である。壁に差別用語を書くとか、女を利用して騙す、とかね。
コアなサイバーストーリーでは決してない。かなりアナクロいお話なのだった。(アナログでも可)

監督:ピーター・ホーウィット 出演:ライアン・フィリップ ティム・ロビンス レイチェル・リー・クック クレア・フォーラニ ダグラス・マクフェラン クレア・フォラーニ
2001年アメリカ
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2009年10月20日

『ナッシング・トゥ・ルーズ』スティーブ・オーデカーク

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Nothing To Lose

ティム・ロビンスの持ち味を思う存分活かした作品で愛らしいコメディであった。
ティムというのはいつでもどれでも大男なのに気弱でおどおどうじうじしていてとことん愛妻家、という設定ばかりなのだが、どうしても本人自身そうであるとしか思えないし、当人もそういうイメージを気に入っているのだろう。体は大きくても銃をかまえてもちっとも怖くないし似合わない。大きな手だけど殴られても、というかあんまり力一杯殴りきれないような優しい男にしか見えないのだよねえ。いくら奥さんを愛しているからとはいえ、浮気をされたと憤慨している時物凄く可愛い女の子から逆ナンされてベッドに押し倒されても「とてもできない」なんていくらコメディでもあり得ない気もするのだが、ティムならなんとなく納得してしまう気もする。

真面目で愛妻家のリッチな男が「妻の浮気現場を目撃」したことで壊れてしまう。
折悪しく彼の車に乗り込んで強盗しようとした黒人男性Tことポール(ほんとはテレンス)をいつしか相棒にして強盗になってしまうくだりはティムの奥さまスーザン・サランドンの『テルマ&ルイーズ』ばりだが、感動のあの作品に比べ、こちらの情けなさったらありゃしない。きっとご本人お二人も作品の違いを笑っているのではないだろうか。
『テルマ&ルイーズ』は自分としても破格な面白さの映画だが、こちらはこちらで気楽に楽しめる一品である。

私としてはティムの情けない弱虫っぷりだとか、定番のびっくりおどおど、めそめそする表情が可愛くて可愛くて見あきない。
でっかいティムの相棒となる小柄なマーティン・ローレンスとの掛け合いがばっちり相性いいではないか。しかしあのティムのパンチってなんなんだろ。勿論わざとやってるんだけど(多分)
女の子に襲われている時のティムがキュート&セクシーでたまんない。

監督:スティーブ・オーデカーク 出演:ティム・ロビンス マーティン・ローレンス ケリー・プレストン ジョン・C・マッギンリー ジャンカルロ・エスポジート マイケル・マッキーン
1997年アメリカ
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2009年10月19日

『星に想いを』フレッド・スケピシ

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I.Q.

『ショーシャンクの空に』と同じ年の作品でティムが一番素敵に見える頃の作品、というと他は駄目だと思ってるのか、と言われそうだが、そんなことはないけどでもやっぱりとても美貌に見える(?)時期ではないだろうか。

一体、こういう物語を考えて実際に作れる頭脳ってのはどういうもんだろう、と思ってしまうのだが、そう言うと悪口のようだが全然そういう意味ではなく単純にそう思ってしまうのだ。とはいえ多分昔の少女漫画(いまがどうなのか知らないので)って思い切りこういうノリのものが多かったし、自分もけして嫌いではなかった。

小さな町の自動車整備店に勤める、ちょっとだけ科学に詳しい整備士が住む世界の違う数学者の女性(しかも何故かとんでもなくキュート)に恋をしてしまう、というとこまでは考え付くだろうが(それでも何故と言う気はするが。すくなくとも理系ではあるか)彼女の叔父さんがあのアルバート・アインシュタインで、何故か近所に住んでいる。そりゃアインシュタインは晩年アメリカ・ニュージャージーに住んでいるようで誰かが近所に住んでいるだろうが、しかもあんなに若い姪がいるとは計算が合わない気もするが。

ああ駄目だ。そういうことをうだうだ言う映画ではないのである。
とにかくキュートなメグ・ライアンに見惚れていればいいのだし、それにしても彼女は本当に物凄く上手い。あの顔やきゅっと口角が上がった口元や愛らしい髪型が魅力的なだけでなくこれほどファンが多いだけあって演技のうまさは抜群である。
本作のティムは凡人でありながら、ちょいと機転の利く利口さがあってしかも持ち味であるハートウォーミングな笑顔を思い切り利用しているってところ。左眉が思い切り上がる癖も秀でたおでこもさらっとかかる前髪もチャーミングなのである。
そして何故だかそんなティム演じるエドを凄く気に入って姪っ子と結びつけようと頑張るアインシュタイン叔父とその仲間たち。
姪の気に入るには頭がよくないと、という企みがヒートアップして彼を一躍天才物理学者に仕立て上げ世間の人気者になってしまう。
数学者メグ=キャサリンもすっかり騙されて彼に惹かれていってしまうのだが。

これってどうなんだろう。この映画で描きたいのはエドとキャサリンのラブ・ストーリーなのか。ただの自動車整備士のエドが天才物理学者アインシュタインと仲良くなるってことなのか。
だって一番楽しそうだったのはエドとアインシュタインがバイクのタンデムで走っていくシーンだもんね。
しかもアインシュタインはウォルター・マッソー。彼が口にする「ワーフー」という感嘆詞がなんとも可愛らしく印象的。

まあまあそういった自分がいいなと思う設定を色々組み合わせて出来上がったラブコメなのだ。ちょっとだけ頭がよくなったような錯覚を覚えさせてくれるのも楽しい。
私としてはティムがアメリカ映画にしてはよくバイク乗りになるのが嬉しい。バイクが好きなのか。たまたまライダーという設定が多かっただけなのか。
アインシュタインを後ろに乗っけて舞い上がる、という光景はファンタジックであった。

監督:フレッド・スケピシ 出演: メグ・ライアン ティム・ロビンス ウォルター・マッソー スティーブン・フライ チャールズ・ダーニング ルー・ジャコビ ジーン・サックス
1994年アメリカ
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2009年10月18日

『クレイドル・ウィル・ロック 奇跡の一夜』ティム・ロビンス

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CRADLE WILL ROCK

ティム・ロビンスは監督。ジョン・キューザックは脇役で富豪ロックフェラー氏として登場。かっこいい役ではない^^;というか金持ちでいけすかない男を極めて嫌な感じに演じていた。あんな格好をさせるっていうのがもう馬鹿にしてるよな。

この映画作品の一番勿体ないところは冗長過ぎることで、観る者の緊張感と忍耐が殺がれてしまいもしかしたら是非見せたいはずの最後の場面の前で止めてしまう、もしくは気力が落ちてしまうかもしれないことで、何故そうなったかというとそれはティム監督の長年の努力と夢が作品を長くしてしまったのだ、ということは判るが、やはりそれでも上りつめるまでが長い。
私としては結構楽しんで観れたのではと思うのだが、まあそれはどこかでティム監督の思い入れを慮っての面白さだったかもしれない。
丁寧に説明してくれているので当時の思想や経済状態が判りやすいのはいいのだが、却ってくどいと感じられもする。
またティムが何度か出演したロバート・アルトマンを意識した群像劇的なイメージも感じられるのだが。
リベラル派と名高きティム・ロビンスらしいアメリカの保守的な差別意識を一掃するような内容でコミュニストを擁護もしくは推進しているように感じられるので自国ではまた叩かれたのではないだろうか。
他国から見れば(まあ日本もそうではあったろうが)極端な共産主義嫌悪が「そこまで追い詰めなくても」と思ってしまうのだが、それが自由の国というのも不思議なようなアンビバレンツというような。
経済的大恐慌があるから共産主義が生まれ、だからこそそれを激しく問い詰め、断罪していくという仕組みになっていくのか。

前半は長い時間をかけて当時のアメリカ社会の様相をじっくり念入りに描いていくので劇映画というより当時のドキュメンタリーフィルムでも観ているかのようだ。
メキシコの画家ディエゴ・リベラの壁画破壊のエピソードなどは当時の思想と意識を表現するのにぴったりの衝撃的な事柄だが本筋とは直接関係ないわけでこれを削らないで使いたかったティム監督の気持ちは汲めるがこれでまたかなり長くなる(しかしあの壁画を破壊するなんて勿体ない!せめてこっそりどこかへ移せばよかったのに。違うか?)私としては映画『フリーダ』を観ててよかった、と思ったところ。
ティムの愛するスーザンはディエゴの友人でイタリアから絵画を売りにやってきたユダヤ女性という役どころ。相変わらずかっこいい。
またもう一つの物語としてかつてはコミュニストとして運動していた腹話術師の物語があってビル・マーレイが才能豊かに演じているのだが、これも物語を説明してはいるがまた拡散してしまう。ここに登場するジャック・ブラックと共に演技には魅了されるのだが。

本筋は、政府が失業者救済処置として計画された「フェデラル・シアター・プロジェクト」でオーソン・ウェルズが演出するミュージカル劇『ゆりかごが揺れる』での(ほぼ)実話である。
様々な苦難の後、ついに上演という日になって、なんと政府は上演禁止令を出す。用意された劇場も組合に入っている役者たちも使えないのだ。
しかし劇を期待する人は多い。ウェルズら関係者たちは別の劇場を探し出し、組合に入っていない作曲家マーク一人だけでの上演を思いつく。
出演できない役者たち、劇を期待する人々はパレードしながら別の劇場へと向かう。
舞台に一人作曲家のマークはピアノを弾き歌い出す。そこへ重ねて歌い出したのはその歌を歌う役の女優オリーブだった。

そこからの劇場の光景は鳥肌がたつような緊迫感と高揚感がある。劇場のあちこちに隠れるように座っていたミュージカル俳優たちがマークの先導する歌と共に合わせて歌い台詞を語る。客席を縫うように彼らはあちらこちらに集まり『ゆりかごは揺れる』を演じたのだ。舞台には上がることなく。
劇は仕事もなく食うことにも困った労働者男女の激しい怒りを歌ったもので同じ気持ちを抱える観客たちはやんやの喝采を俳優たちに与えた。
その一体感は映画を越えるような素晴らしいものがあってぞくぞくしてくるほどだったのだ。

この感動とこの作品をどう評価したらいいんだろう。
題材も考えも映像も優れたものだと思う。冗長に思える前半も私は決して悪いものではないと思うのだが、それでもこの長さはやはり命取りだったかもしれない。
悔しいだろうけどせめて2時間を切るくらいの作品に仕上げていたらもう少し感動が強かったのではないだろうか。
(なんだか大好きな彼とのセックスなんだけど、あまりにも前戯が長すぎて凝り過ぎてクライマックス前でもういいよってなってしまった女性の気持ち)
でもティム・ロビンスが好きだし、しかもこのテーマ、彼の気持ちが物凄く伝わって来て私としては「うん。凄く素晴らしい映画(セックス)だったわ。感じちゃった」ってだけ言ってあげたい。

本作は監督のみなので(多分)彼の出演姿は観れないが特典にたっぷり登場。
しかもすごくかっこいい。こういうコメディーな俳優って実際見ると全く違ってクールにハンサムな場合があるけど、見事にそういうタイプ。
スーザンと共に来日してた様子。一緒のインタビューじゃなかったけど、二人ともやっぱ素敵なのだわ。ティムはさすがすらりと長身で結構細身に見えて少し白髪交じりの顎髭もあったので丸顔が少し面長になってサングラスもしてたし、よりインテリジェンスであった^^;
二人で来てたということでも仲がいのだろうけど互いに相手を認め合ってうーん羨まし過ぎるわ。

監督:ティム・ロビンス 出演:ジョン・タトゥーロ エミリー・ワトソン ハンク・アザリア スーザン・サランドン バネッサ・レッドグレーブ ジョーン・キューザック ジョン・キューザック アンガス・マクファーデン  ビル・マーレイ
1999年アメリカ
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『ハイ・フィデリティ』スティーヴン・フリアーズ

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High Fidelity

これもティム・ロビンスはほんの僅かの出演でしかも相当キモイ(そういうつもりじゃないのかな)役であった。本当の意味の友情出演なのかもしれない。

ジョン・キューザックとは何故かこれまで(多分)縁がなくてじっくり彼を観るような機会がなかったのでこれが初なのだが、この作品の彼を観て「この人いいな」と思わない人がいるんだろうか。
ヲタクでいつもふられてばかり、という役としてはちょいとハンサム過ぎる気はするが、でも観てると「ふられるのもなんとなく判るなあ」と思ってきてしまう。本人は自分をいい人間だと思っているんだが女性から見ればちょっとずつずれている奴なのである。もし自分が男だったらふんふん判る俺も同じ、みたいな共感をしてしまいそうだ。でもこの主人公はそのまんまでいいやというダメオじゃなくて自分が彼女をどうして傷つけていたのか、これからどうしたらいいか、ってのをきちっと解決していくという随分前向きヲタクなのである。

音楽が大好きで自分の感性に自身があるが為に趣味半分兼ねて経営している中古CDレコード店も半分利害抜き半分はやっぱり利益欲しい、という感じである。二人の店員も主人以上のマニアで何かと3人の意見がぶつかるのがおかしい。
私はとても音楽マニアとか言えるような人間じゃないけど音楽マニアに凄く憧れていてクラシックは抜きにしても音楽関係はなんでもござれと語れる人になってみたい。系統立てて話したり色んな裏話を知ってたりこれが好きならこれもいいよと勧めてみたり。キューザック演じるロブもいいけど他の店員二人が実に楽しそうで羨ましくなってしまうのだ。
いつもながら凄い迫力あるマニアのジャック・ブラックの激しい語り口が楽し過ぎるのだがもう一人の大人しめのマニアくんも捨てがたいいぶし銀的魅力がある。同じようにマニアックなお客の女性といい仲になってしまうという展開も楽しい。
このレコード店って映画の為に作ったものなのか、中古レコード店ということでどこか侘しげな佇まいであるしこじんまりとした空気がなんともよいのである。

主人公が語りかけてくる式の構成も判りやすいし、マニアックなこだわりも楽しいし、電話魔になったりホントに情けない男全開の奴なんだけど共感してしまうのだよねえ。
前向き人間になるのはいいがあこのヲタク感覚は無くさないでいてほしい。

ティム・ロビンス探求としてはまたまたちら観で終わってしまったが長髪で物凄く嫌らしいティムを観れてよかった、かな。
次回はティム・ロビンス監督でジョン・キューザックが出演している『クレイドル・ウィル・ロック 奇跡の一夜』を観ようと思っている。製作時期は本作の方が後になるのだが。

監督:スティーヴン・フリアーズ 出演:ジョン・キューザック イーベン・ヤイレ キャサリン・ゼタ・ジョーンズ ティム・ロビンス リリ・テイラー ジャック・ブラック リサ・ボネ ジョエル・カーター
2000年アメリカ
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2009年10月16日

『ザ・プレイヤー』ロバート・アルトマン

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THE PLAYER

昨日の鬼才デ・パルマが唖然な内容だったのでより今回の鬼才アルトマンに期待したが、さすがにこちらは面白かった。
先日観た『ショートカッツ』同様皮肉たっぷり薄笑いを浮かべて眺める作品である。
本作のティムは若くてかっこよさげな業界人。お間抜けな表情と人の良さは今回は封印だが、根本的に気の小さい人間なのは彼の作品の共通点みたいだ。これが彼の体のでかさとアンバランスでおかしいのである。

映画業界の内幕話をくすくす笑いながら観て行くことになる。「映画に必要なもの・・・とにかくハッピーエンドだ」という台詞。『自転車泥棒』もハッピーエンドにしてくれと言ったり。
映画は娯楽か芸術か。さあてねえ。私にとっては作品によってその両方の要素が色んな配分で入っているものであって「映画」という一言ですべてを一括りにはできないだろうし。その上本作はそのどちらでもないが面白いのは確か。アルトマン監督はあえてそういう作り方をしたんだろうけど。
ティム・ロビンス演じるグリフィン・ミルは映画会社の重役で映画化する脚本を選ぶのが仕事である。1年に何千本という脚本を差し出され(全部読んではいないだろう)「OK」というのはそのうちの12本だと言う。
彼の属する会社は経営状況が危機にあり、彼自身は敵会社から引き抜かれたライバル出現で首になる恐れを感じていた。そんな折、ミルの元へ「お前は脚本家の敵だ。殺す」といった内容の絵葉書が続けざまに送られてくるのだった。
ティム=ミルは窮地に立たされた焦りと脅迫される恐怖から苛立っている。なんとか犯人と思える脚本家を見つけ出し、穏便に話し合いをしようとするが相手の傲慢な態度にかっとなったミルはその男を殺してしまう。
殺した男にはちょっと風変わりだが美しい恋人がいてミルは話をするうちに彼女に恋をしてしまう。

ストーリー展開はいかにも業界にありがちだと思えるものなのだが、語られる映画についての考えだとか、登場人物の顔ぶれの多彩さとか何と言ってもティム・ロビンスの小狡そうな表情だとかに惹きこまれてしまう。マルコム・マクダウェルが出てたのも驚いたがそういえばアルトマン監督の『バレエ・カンパニー』に出演してたっけ。ティムと恋に落ちるジューンはグレタ・スカッキ。ベン・ウィショーの『情愛と友情』でセバスチャンのパパの愛人の女性。ここではすっごく若くて綺麗なのだ。『情愛と友情』でも綺麗だったけどね。

私は映画の撮り方の違いだとか、見極める力がないので残念だが、映画のあれこれに詳しい人ほどこの作品、色んな仕掛けが見えるのかもしれない。
ティムとグレッタのラブシーンがいきなり濃厚な雰囲気だったのがびっくりであれも誰かの映画風なのかもしんない。

最後の仕掛け映画でホントにジュリア・ロバーツとブルース・ウィリスが登場したのも笑える。
そしてラストシーン。まったく幸せではないのに殺人者がお咎めなしで元の恋人も手酷く捨てたのに嘘のようなハッピーエンド。おなかの大きくなったジューンと熱いキスをするミルだが彼らが幸福になれるとは全然思えないのがおかしいのである。

この時期。ロバート・アルトマン監督、日本びいきだったのか、いつもそうなのか知らないけど、やたら日本と言う言葉が。没になった脚本が「日本に留学したアメリカ学生の物語」っていうのもなんだかうなづける。ヒットはしないだろうな。

監督:ロバート・アルトマン 出演:ティム・ロビンス グレタ・スカッキ フレッド・ウォード ウーピー・ゴールドバーグ ピーター・ギャラガー
1992年アメリカ
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2009年10月14日

『ミッション・トゥ・マーズ』ブライアン・デ・パルマ

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MISSION TO MARS

こんなクラシカルなSFが2000年アメリカ製だなんてとても不思議なことである。しかも監督がブライアン・デ・パルマ。彼がこんな教科書の付録ででもあるかのような映画を作るとは思わなかった。かといって映像がしょぼいわけではない。ただもう当たり前すぎる内容なのだ。なんとなくテーマパークでイメージフィルムとしてエンドレスに流されている映像にぴったりのような気がする。

物語としての高揚感だとか謎解きだとかサスペンスだとかは全く感じられない。
近未来(2020〜2021年だと)宇宙航行がある程度進んだ世界なのである。
火星で謎の現象に脅かされた仲間たちを救助するためのミッション、という設定でジム(ゲイリー・シニーズ)ウッディ(ティム・ロビンス)たちが1年をかけて火星へと向かう。

仲間を救う為に1年をかける、というのはややのんびりし過ぎ。大概死んでいるだろう。
だが彼ルーク(ドン・チードル)は生きていたのだが。
物語のリアリティは死ぬほどないのだが、やたらと細部の描写が細かくリアルである。どうやらNASAが全面協力した、ということらしい。やはりストーリー映画ではなくNASAのイメージフィルムなのである。
ルーク達を助ける場面よりその前のジムたち救助船が裂傷を作ってしまった対処の場面の方がかなり凝っている。ここなど本当にテーマパークの宇宙船に乗りこんで周囲がぴーかぴーか光りながら画面や床がぐらぐらゆれたりしてその気分を出してみせるあの感じに似てる。
それにしても出演者たちは芸達者が多くてこれもまた不思議。ただ単にこういう映画に出たかったのか。何やら特典があったのか。
まあ出演するのもそれこそテーマパーク(しつこい)に入り込んだようで楽しかったのではないだろうか。
火星での強力なエネルギー物体というまではいいとしても巨大な顔のオブジェだとか、その中の宇宙の画像だとか、火星人のデザインだとか、物語の説明、最後のはるか宇宙への旅立ち、など本当にしつこいけどテーマパークの乗りで楽しいと思うべきなのか学校の修学旅行で体験するくらいの害のない優等生的な展開でゲイリーもティムもドンも真面目に演じていて偉いものである。

デ・パルマ作品なのでもっと異色なものを想像していた。どうやら酷評された作品らしい。酷いというわけでもないのだが、わざわざデ・パルマが何もこういうSFを作らなくともいいだろう、ということなんだろう。何故彼がこんな無味無臭な映画を作ったのか。その謎を解いてもらいたい。

監督:ブライアン・デ・パルマ 出演:ゲイリー・シニーズ ティム・ロビンス ドン・チードル コニー・ニールセン ジェリー・オコンネル
2000年アメリカ
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2009年10月12日

『未来は今』ジョエル・コーエン

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The Hudsucker Proxy

ティム・ロビンス主演作品であるとともにコーエン兄弟作品としても大いに楽しめる。
時代のせいなのか、まだコーエン兄弟が若いからなのか若干どたばた騒々しすぎる気はするが、アメリカンドリームファンタジーと言うべき作品。
クリスマスではなく大晦日ではあるが雪の降るニューヨークはファンタジックな雰囲気がある。
生き馬の目を抜くビジネス街で田舎出身のよく言えばピュアはっきり言えばお馬鹿な男ノーヴィル・バーンズ(ティム・ロビンス)が職を求めてさまようが愚図な彼がようやく入り込んだのは大会社の郵便物の仕分けという仕事。一応田舎のマンシー大学卒だとはいえ都会の猛烈なスピードになかなか追いつけない。
ところが折も折、会社の創設者で社長であるハッドサッカー氏が謎の自殺を遂げたのだ。第二の男であるシド(ポール・ニューマン)は会社の株を一旦引き下げて買い占める為に最も馬鹿で言いなりになる男を社長にしようと画策する。そこで目をつけられたのが例のマンシー出身の駄目男ノーヴィルだった。

どうしてこうティム・ロビンスってお馬鹿な役が似合うんだろう。ちょうど同じ年にあの『ショーシャンクの空に』を主演しててこちらは物凄く頭の良い銀行家(ただしお人よしなのは同じだが)で複雑な心理状態を演じ分けて見せているのに。ここでのノーヴィルの間抜け顔を観てるとほんとにお馬鹿にしか見えないから凄いもんである。しかもあのでかい図体がほんとに邪魔っけで余計愚図に見えてしまう。与えられたエプロンがすんごく小さくてティムが着けてるとますます笑える(ちゃんと大きいのだってあるよね。わざとよだれかけのように見せてるんだろう)
共演のポール・ニューマンは悪役だがスマートで実にかっこいい。

だけど恋に落ちる女性エイミーとは「カルマ」だとか輪廻の話なんぞをするロマンチストでもある。前世、彼女がガーゼルで自分はアンティロープでちょっと角をこすっただけかもしれない、とか変てこな空想を広げて行くのがおかしい。
ちょい昔の映画になってしまうが昨今の経済情勢を表しているかのようにも思えるのは結局こういう話っていつも変らぬものなのかもしれない。
ちょいかっこいいティムも好きだけどこっちのお馬鹿ティムはもっと好きかもしんない私。時折見せる天才的なひらめきもまた素敵。
思い切り笑って少しロマンチックな部分もあって楽しませてくれる映画だった。

監督:ジョエル・コーエン 出演:ティム・ロビンス ポール・ニューマン ジェニファー・ジェイソン・リー チャールズ・ダーニング スティーブ・ブシェミ ジム・トゥルー
1994年アメリカ
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『ショート・カッツ』ロバート・アルトマン

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SHORT CUTS

群像劇の一人としてティム・ロビンスが出演している作品。浮気中で妻子とは上手くいっていない無神経な印象の白バイ警官という役だった。

昨日観たどうにも出来損ないのコメディに見せつけるかのように面白い皮肉めいたコメディなのである。登場人物も物語もそれぞれに分かれていながら判り易く楽しめる、上手い映画と言うのはこういうものだと思わせてくれる。冒頭などはいきなりロサンジェルス上空からヘリコプター数機が突如発生した「メドフライ」なる害虫駆除の為に殺虫剤を噴霧していく、というSFめいた異常事態から始まるのだが、それに続く登場人物の顔ぶれと生活はごく普通の人々のそれだった。
描かれていく家族・夫婦・親子たちの関係はよくある話ながらすれ違いや軋轢のある歪んだものが多い。それぞれの夫婦が浮気や別居や疑惑不満の中にある。子供たちはそんな両親の間で揺れ動く。
様々なエピソードの中で最も衝撃的なのは唯一固く愛し合っている夫婦の一人息子が自動車事故に遭ってしまう、というのではないだろうか。
というか、実は私はこのエピソードを以前短編集の一つとしてこの物語だけを覚えていて折につけ思い出すのだが作者が誰なのかをすっかり忘れてしまっていたのだ。この映画がどういう経緯で作られたかを知らず観ていたので突然知っている話が群像劇の一つとして描かれていくので驚いてしまった。観賞後にこの作品がレイモンド・カーヴァーの短編の幾つかとオリジナルを組み合わせで出来たものだと知って納得したのだった。
それで自分にとってはあの子供のエピソードが一番くっきりと印象付けらるのだが、小説の段階でも他のを忘れてあの話だけを覚えていたのだからやはり自分には強い印象を残す物語なのである。それはまだ幼い我が子が突然の事故で死んでしまう、という悲しみとそれを知らずに注文されたケーキを無駄にされたケーキ屋の主人の怒りという偶然から起きた悪意と悲しみそして和解の時の「こういう時には美味しいパンを食べることがいくらか悲しみを和らげてくれるものです」と言う言葉が賛同するという意味ではなく妙に気になって残っていたのだった。私としてはその言葉に賛同はしないが、もしかしたらそういうこともあるのかもしれない、とは思う。
そしてこれは小説にはなかったか、別の短編かオリジナルかもしれないが同じ夫婦の男性の方へ数十年来に訪ねてくる父親のエピソード。
数十年前この父親は息子の叔母に当たる女性と浮気をしていた時折悪しく息子が自動車事故にあって入院する。息子の母親は夫がこんな時に妹と浮気していたことにショックを受け離婚することになり、彼の弁明を聞いてもくれなかった、と彼は言うのだが、彼の孫にあたる幼子が事故で死にそうな時にそんな話をする無神経さと可愛い孫の怪我を前に動揺もみせない冷淡さを見れば彼が何故離婚し弁明も許されなかったのか。我が子の事故の際も自分の弁明だけを心配し息子の事故に慌てふためき嘆き悲しむような愛情を見せなかったからではないかと思うのだ。息子がその息子の事故で動揺している時に自己釈明をし、孫の事故に落ち着いている愛情のなさは彼が長い間疎遠になっていただけの理由ではない彼自身の薄情さにある。

そして他のエピソードにもそれぞれの愛情のすれ違い、欠けたものが描かれていく。妻に何の気なしにキャンプ中に若い女性の溺死体を見つけた話をする男なども無神経の一つで黙っていればいいのに。
そして妻がテレフォンセックスのバイトをしているという男性の物語。一見何の変哲もなかった彼が突如友人と共にナンパした若い女性を殴り殺す。何故か同時に大地震が起こりロサンジェルスの街を揺るがす。そして静寂が訪れ、街とそこに住む人々は再び日常を繰り返していく。
ニュースではあの男が殺害した事件が地震での事故として報道される。

害虫の大量発生の為の殺虫剤散布という異常事態から始まり大地震という異常事態で幕が下りるがその間の出来事は日常茶飯事の出来事なのだ。そこには笑いも涙もあり憎しみも愛情も存在し、それらは毎日繰り返されることなのである。
天変地異が起きても政府の陰謀がなされても人々の生活は繰り返されていく。
アルトマン監督と登場する俳優陣によって3時間に及ぶ群像劇を楽しむことができた。
ティムはここではまったく冴えない一人の警官になりきっている。彼の役として何度かバイクに乗っているのがちょっとうれしい。バイク乗りが好きなのだ。

監督・:ロバート・アルトマン 出演:アンディ・マクダウェル ブルース・デイビソン ティム・ロビンス ジュリアン・ムーア マシュー・モディン クリス・ペン ロバート・ダウニー・Jr トム・ウェイツ リリ・テイラー ジャック・レモン
1993年アメリカ
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2009年10月10日

『いとしい人』ヘレン・ハント

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THEN SHE FOUND ME

まあ色んなことを愚痴りたくなる映画だった。
まず言いたいのは冒頭で「中国では子供をゴミ箱に捨てるそうよ」という台詞。これもユダヤジョークなのだろうか。小説なんかでちょっと出てくる分にはそう思わないが、映画の冒頭でこんな台詞が出てくるとそれだけで作品を作った監督の意識とセンスを疑ってしまう。これで私はほぼ半分は後ずさってしまった。同じような人だっていると思う。こういうのをユーモアだとか「冗談が判らないの?」とか言って欲しくない。もし本当だとしてもそれはそれでシリアスにドキュメンタリーとして製作すればいい。馬鹿な登場人物の単なる台詞として流せないし、聞き流せなかったのはやり方がまずかったせいだとしか思えない。。
第2に(これは作品のせいではないが。少しあるか)出演者にティム・ロビンスの名前があったので観たのに昨日の『ザ・バンク』のベンより出番が少なかった、というかTV画面に映ってるだけだった。映画の中のTV画面。この状況の数秒を観るのに全部観たなんて、とほほ。これで主人公の相手役がコリン・ファースじゃなかったらDVDを真っ二つにしてるとこだ(嘘)
その次に言いたいのは物凄くたくさん同じレベルであって一遍には言い難い。まあ少しずつ言うか。

始めから思ったのは冒頭部分から物語やら画面やらが分裂気味で飲み込みにくく、これがこの監督ヘレン・ハントの味と思うべきなのかなあと思いながら観ていた。が、途中からそういうのでもなくなってきたので出だし部分の展開が上手ないだけなのかもしれない。
設定も物語も登場人物もリアルなようでいてかなり奇妙で変てこであり、これも特色と言うべきなのか、と思うのだが、そこまで異色でもない。と、抽象的なことばかり書いてもしょうがないのでもう少し具体的に書いていく。
一番この作品でいけないのは主役のヘレン・ハントでこう言うのも気が引けるし恐ろしいのだが、はっきり言って、この彼女を魅力的だと思う人がいるんだろうか?私が男ならここまで痩せてる女性に性的魅力は感じられない気がする。まだしもお母さん役のペット・ミドラーのほうが肉感的で可愛らしい。同性として観ても疲れきってヒステリックにおでこを叩くような仕草や自分勝手に言いたい放題で他人を批判し、自分は人格者であるような言動が「こんな風にはなりたくない」と感じてしまう。いくら痩せていてもおっとりしてたり我儘でもそれが可愛く見えたりするようなのならいいけど、ここまでぎすぎすしたヒロインに共鳴できる女性がいるんだろうかとさえ思ってしまうのだ。
元夫の坊っちゃん的マシューのほうはわからなくもないが何故コリン・ファースが彼女に恋をしたのか全く理解できない。きっと詐欺師か何かに違いないと思っていたんだが。
そして作品途中でやっとこれがコメディだと気づいた。あまりにヘレン・ハントの眉間のしわが怖くてコメディとは思わなんだ。
スティーブ・マックイーンとの間の子供と言われて「あーこれコメディなのね」と気づかされた。

ちょっとコメディにしてソフトタッチにしながら(あまり効果がないのだが)描かれていく内容は一人の中年女性の恐ろしい自意識。
ここでこの女性は「望んでいるのにどうしても子供が作れない中年女性」として登場する。彼女には子供を望める時期の終わりが迫っている。もし彼女のささくれ立った神経を誹謗したら「あなたには彼女の気持ちが判らない」と言われてしまうのかもしれない。
だが誰でも誰かの気持ちは判らないのだ。
現代の女性の考えと生き方をリアルに描いている、という作品なのかもしれないが、リアルであれば何でもいい、というわけではない。この作品を観て何を感じればいいんだろう。
すべての人間とすべての出来事に対して不満だけを持つ女性。愛情を持って立派に育ててくれた養母にも義弟にも元夫にも今の恋人にも自分自身にも不満だけを感じている。謝る時も「そういうあなたも私を裏切るだろうけど」なんていちいち理屈ばかり言いたてる。苛立って女性らしい丸みを何もかもなくしている。そんな自分が今風でかっこいいと思っている。自分自身に対しては欠点があるところが人間らしいと主張して他人の欠点は「大人になりきれない」だとか言いたてる。
「これからもあなたを傷つけるだろうけど」なんて物凄い知的な発言をするけどそう言い方が冷たくて悲しい。とてもクールなコメディだとか表現したくない。ただ本当に冷たいだけだ。彼女には共感もできないし、現代女性の姿を皮肉たっぷりに描いた作品というわけでもないんだろう。彼女を観て何を思えばいいのか。ただいつも苛立っている哀れな人だというだけだ。

多分「中国人は」の部分で観るのを止めるべきだったんだ。そういう発言を無神経にしょっぱなから言いだす人がいい映画を作るわけもなかった。

それにしても先日書いたがやはり監督主演、というのは難しい。この映画も本人じゃなくもう少し可愛い女性を使ってたら「彼女はキュートだから許せちゃう」なんてことになってたかもしれないのだが。コリンとのラブシーンがまるでおばあさんとしてるようで痛々しかった。やはり女性はぽちゃぽちゃしてた方がいいと痛感した映画であった。

ラストは結局養子をもらった、ということなのかな。ユーラシア大陸のゴミ箱から拾ってきたのだね。
私は観てる間は、受精した精子がアジア人男性のだったんだと思って観てた。どちらにしてもあまり嬉しそうな顔はしてなかったなあ。違う?失敗したあ、って言ってるように見えたんだよね。

次日追記:やっぱこれって単純に製作失敗というだけかも。同じ脚本でももっとコメディ上手い監督でコメディ上手い女優主演だったら結構観れたような。てことはヘレン・ハントが下手なんだ。
だってさ、元夫(というかその時点ではまだ夫)との会話で「コート脱げよ」「いやよ。自分で脱がせたら」とかいちいち絡んで落ちがコートの下は下着だった、って場面本当は爆笑シーンなんだよねプラスお色気でウワォウっていう。そのどちらも感じなかったってのは^^;これはまずいもん。
本当は大爆笑に次ぐ大爆笑で笑って泣いて考えさせられてっていうハリウッドのお家芸であったはずなのに。どれも薄い。
昔のゴールディ・ホーンみたいな感じだったら。勿論シャーリー・マクレーンとかね。ちょっと辛口でも楽しく観れたんだろうけど。
ヘレン・ハントはコメディになってないよ。苦い味だけが残ったんだよねー。

監督:ヘレン・ハント 出演:ヘレン・ハント コリン・ファース ベット・ミドラー マシュー・ブロデリック ジョン・ベンジャミン・ヒッキー ティム・ロビンス イーディ・ファルコ
2007年アメリカ
タグ:女性 人生 家族
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2009年10月09日

『輝く夜明けに向かって』フィリップ・ノイス

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CATCH A FIRE

南アフリカ共和国のアパルトヘイト(人種隔離政策)で過酷な苦しみを負う黒人たち。
家族とサッカーを愛するパトリックは温厚な性格の人物だったが、職場である工場が爆破されたことでテロリストの嫌疑をかけられる。彼は妻までもが拷問をうけたことに怒り、ついにANC(アフリカ民族会議)の一員となってさらなる工場爆破計画を実行する。

無論アパルトヘイトで黒人たちがどんな恐ろしい目にあったかは予想のつくことであったから観るのもためらわれた。やはりというか映像になると予想など消し飛んでしまうほど恐ろしくどうしようもない怒りと焦燥感だけがこみ上げる。
それでもなんとか癒されたのは歴史的にはアパルトヘイトは廃止され、その後黒人たちは白人への復讐をすることもなく「許した」のだ、という言葉があったからだろう。それはあのマンデラ氏の教えによるものだとパトリックは言う。
この物語は実話によるもので実際のパトリックが最後に登場する。過酷拷問と長年の重労役を体験した彼はなんともさっぱりした印象の男性でなんだかほっとさせてくれた。現在の彼が再婚後、80人の孤児と共に暮らしているという説明にも驚かされてしまったが。

ティム・ロビンスはここでパトリックたち黒人を徹底的に痛めつける怪物と呼ばれるテロ対策捜査官を演じている。自分は家族や仲間を守っているのだ、という使命に徹している姿は自分を正義と信じて疑わないのだろうというやり切れない苛立ちを感じさせる。ここでも彼はギターと歌を披露しているが、何らかの使命感を持った時歌を歌うのだろうか。
とても効果的に思えるし。
とはいえボブ・ロバーツの時とは違い、ここでは正義に凝り固まったシリアスな表情を崩さない。彼が信奉していた政策が崩れた後のぼんやりとした様子は彼の無力感と落胆によるものだと信じたい。

実話に沿った物語なので却ってエピソードがぎくしゃくしているようにも思えるが南アフリカ共和国のアパルトヘイトとそこに生きた黒人と白人の姿を垣間見せてくれる。
パトリックが少年サッカーのコーチというのが2010年南ア共和国で行われるワールドカップを連想させるのだが、そこではかの国のどんな様子が観れることになるのだろうか。期待と不安が入り乱れるのである。

監督:フィリップ・ノイス 出演:ティム・ロビンス デレク・ルーク ボニー・ヘナ ムンセディシ・シャバング テリー・フェト
2006年 / フランス/イギリス/南アフリカ/アメリカ
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2009年10月06日

『ボブ★ロバーツ』ティム・ロビンス

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BOB ROBERTS

いやもうあまりのおかしさ面白さ楽しさにはまり込んで観てしまった。一部の例外はあれど、監督兼主演映画ってあまり面白くならない気がするが、これはまさにその例外、滅茶苦茶愉快な作品だった。

ティム・ロビンスがアメリカ人とアメリカ政治と自分自身のイメージまでおちょくってるようである。白人でとび抜けて背が高い彼はこういうアメリカの保守的若手政治家にはぴったりであるしどこか皮肉めいた表情で尚且つ童顔で人好きのするところはなんとなく人を騙しやすい特徴でもあるではないか。
古風なフォーク調メロディで政治的批判をしていくさまはそれこそ「ボブ」・ディランをイメージさせる。
英語を解さないものにはとてもかっこよさげな曲調に聞こえたりするのだが歌詞がどれもとんでもないものばかりでしかしそれがぱっと聞きにはいいことを言っているような風なのがおかしくてしょうがない。金持ちであることは力があることで貧しい奴は文句ばかり言っている怠け者、だとか犯罪者は吊るしあげろだとか確かに「古きよきアメリカ」というイメージの裏に隠されているものが歌われているような強烈な皮肉だったりする。
無論本当のティム・ロビンスはこの正反対であることは当然のことなのだが徹底して自分の裏返しの姿を演じているのがおかしくてしょうがない。回りを固めているボブ・ロバーツ陣営の役者たちも「あえて」この演技をしているわけなのだろうと思うとますます楽しくなってくる。
ボブ・ロバーツを信奉している若者にジャック・ブラックもいて大笑いであるし。
ボブの側近にアラン・リックマン。ティムの恋人のスーザン・サランドンがTVキャスターとしてTV画面にのみ出演しているのも楽しい。彼女のキャスターもかっこいい。

ラストにTV報道で、ブッシュ大統領(パパの方)がイラクに対し武力行使するというアナウンスが流れそれまで開戦反対が多かったアメリカ国民も大統領の声明で反対派が少数派になってしまったと告げる。
麻薬撲滅運動を歌っていることにしてもティム監督は明らかにパパ・ブッシュをおちょくっているのだろうな。

それにしてもロバート・ロバーツってどういうネイミング?
歌のタイトル「ボブ・オン・ボブ」もなんなんだか。物凄くボブにこだわっているよ。

とにかく最初から最後までおちょくりっ放しで笑わせてくれるんだけど、車椅子に座って動かないはずの足で拍子を取っているというのをアップにするとかね。

ギターも弾いてるみたいだし歌もうまい、と思ったらお父さんがフォーク歌手なのだね。なる。

監督:ティム・ロビンス 出演:ティム・ロビンス ジャンカルロ・エスポジート ゴア・ヴィダル レイ・ワイズ ブライアン・マレイ ジョン・キューザック アラン・リックマン ピーター・ギャラガー
1992年アメリカ
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2009年10月05日

『エリック・ザ・バイキング/バルハラへの航海』テリー・ジョーンズ

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ERIK THE VIKING

未見のつもりだったのだが、観始めたら記憶が蘇ってきた。当時関根勤氏が出演したということで話題になった。

北欧神話を下敷きにしたちょっとお馬鹿なファンタジー作品。モンティ・パイソン出のテリー・ジョーンズが監督&出演しているといえばなんとなくテイストが判るであろう。勇猛なヴァイキングの長の息子でありながら「僕らはずっとこんな略奪だのレイプだのばかりしてていいの?」と悩む青年エリックをティム・ロビンスが演じていてまさにぴったりっていうところだろう。初めてレイプする女性に気兼ねしてしまう様子がいかにも彼らしくておかしい。が、もたついている間に仲間が割り込んで彼女をレイプしようとした為驚いたエリックは誤って彼女をを刺殺してしまう。
深く傷ついたエリックは悶々とし、賢者である女性に問いかける。
エリックたちが住む土地には太陽が存在せず、争いが絶えない「神々の黄昏」の時期なのだと彼女は答える。この世を闇から救うにはハイブラジルへ赴きホルンを3度吹いて眠っている神々を起こさねばならない。1度目で神々の住むバルハラへ行き、2度目で神々を起こし、3度目で家へ帰れるのだという。
エリックはバルハラへ行けば殺してしまった彼女を連れ帰れると信じ仲間を連れ旅立つのだった。

設定もキャラクターも彩り豊かで楽しげなギリシャ神話に比べ、北欧神話はどうも重く暗くしかも受け入れにくい部分があって子供時代には面白く思えなかったのだが(なんだか爺さんばっかり出てくる気がするしね)その重苦しさがなかなか面白いように思えるのだが、まあこの映画ではそれほど深く追求しているわけではない。
とにかく利益ばかりを追求し闘争に明け暮れるバイキングたちの姿は愚かしいがまさに今の自分たちと変わりはないという皮肉と歌って暮らす楽園の人々は幸せを信じて死んでいく姿がこれも皮肉だが血まみれのバイキングよりずっと楽しそうである。
エリックが望んだ死んだ人を生き返らせることは叶わないことであったし、神の力をもってしても人間たちの争いを止めることはできないということが判るのである。
テーマは深淵だが内容は徹底してお馬鹿で情けない。
意気地なしのエリックが「見えなくなるマント」を着て自分が誰にも見えていないと信じ敵と戦う場面がちゃちでおかしい。やがてそれに気づいたエリックが気を失うっていうのがいかにもティムらしくて可愛らしい。
体は大きいが心は優しくて平和主義っていうエリックがティム・ロビンスらしい一作である。

監督:テリー・ジョーンズ 出演:ティム・ロビンス イモジェン・スタッブス ジョン・クリーズ 関根勤 ミッキー・ルーニー テリー・ジョーンズ
1989年イギリス
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2009年10月04日

『ショーシャンクの空に』フランク・ダラボン

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THE SHAWSHANK REDEMPTION

何度となく観た『ショーシャンクの空に』をまた観たのだが、判っているのに最初から涙腺刺激されてしまい、どうもしょうがない。
映画はどの作品だってごたくを並べて批評するものじゃないだろうが自分はいつもそれをやってるわけだけど、時にぐだぐだ言いたくもないほど好きになってしまうものがある。その一つがこれ。

最初観た時はとにかく原作者のスティーブン・キングが好きだし、彼の原作を映画化した奴は殆どと言っていいほど面白い。程度の差はあれ、やはり元が面白いんだからそうそうつまらなくはできないのだろう。作者キングが気に入らないという『シャイニング』もやっぱり面白いし、キングが脚本を書いたというTVドラマのほうも面白かった。彼のイメージであるホラーでなくても面白いのはまたどういうものか判らないが『スタンド・バイ・ミー』も『ダーク・タワー』も『グリーン・マイル』もまたしかり。
映画としての作品もいちいち挙げるのが大変なほど秀作が多くて一番を選ぶのも難しい。
その中でもやはりとても好きな作品が本作になるのである。

最初観た時は、ティム・ロビンスという役者自身には何の思い入れもなく観たと思う。モーガン・フリーマンはとても好きで本作の彼はやはり特筆すべき存在だろう。
一方ティムは白紙状態だったのでなんだかとても不思議な感じだった。大男なのに童顔でとても頭の良い人間を演じているのにどこかぼんやりしたところがある。
無論それは役柄のアンディの人格そのもので若くして銀行の副頭取までなった男が無実の罪で終身刑になるなんて相当ぼんやりだとしか思えない。多分彼はいい人間過ぎて自分が落ち込んだ運命がどんなものなのかよく判っていなかったんだろう。自分と同じように人は皆いい人間で無実ならいつか判ってもらえる、という「甘さ」があったのかもしれない。ティムはまさにそんな風な男に見えた。
今幾つかの彼の作品を観た後で観ているとこの作品の彼は他のより特に美しさを持っているように見える。それは私が彼の顔が特に好きだからなのかもしれないし、ここで彼は凶悪な男色家達に強姦しまくられる、という設定があるために少し美形になっているのかもしれない。
私がはっとしたのは大人しくて打ち解けないアンディが屋根の上の作業の時に鬼刑務官に銀行家の知識を使って彼の遺産に関する税金対策を申し出、見返りに囚人仲間にビールをおごって欲しいと頼む場面である。はしゃいでビールを飲む彼らの様子を不思議な微笑みを浮かべて眺める、というのは原作にもある描写なのだが、ちょっと難しい表情をティムはとても魅力のある本当に不思議な微笑を見せていた。大男のはずなのにここでは(原作も小柄な男なのだが)あまりそれを感じさせない繊細なイメージがあり気が弱い真面目な性格の人間、という印象を感じさせるのだ。
よく原作がよすぎると映画に不満を持つものだが、この映画は原作の良さと匹敵する素晴らしさがあって、語り手であるレッドを黒人のフリーマンにしたのも秀逸である。彼のレッドを観ると他の配役を考えられない気がする。

それにしてもなんて残酷な物語だろう。それはアンディが無実であるからなのだが、20年という年月を過酷な塀の中で過ごさねばならなかったアンディ。また有罪であることは自分で認めているレッドもまた40年という刑期を経て外へ出ることが逆に恐ろしくなってしまうという事実。
原作でラストにレッドがアンディとの再会を祈る言葉だけであったのが、映画では映像として映し出される。これをレッドの心象風景として捉えることもできるだろうが、どちらにしても私はこの光景が現実になったと信じる。記憶がない、と言われる太平洋を望む美しい砂浜で二人は再開し抱き合うことができたのだと。
とても残酷な物語でありながらまたとても美しい物語でもある。

キングの作品が大好きなのは彼の小説にいつも男同士の深い友情が描かれていることで、本作のアンディとレッドは特に映画では年齢も人種も生まれ育った環境も違いながら二人のつながりを強く感じさせてくれる。この部分もとても美しいと思ってしまうのだ。

ところでアンディがレッドにまるで暗号のような言葉を残していく。
木の下の黒曜石の下に大事なものを隠している、なんてまるで子供みたいなやり方だよね。埋めていたのも男の子が使うような乗り物が印刷された缶ケース。アンディという人間はずっと大人になりきれない子供みたいな人間なのかもしれない。それもまたティムにぴったりな気がする。

モーガン・フリーマンの語りの声が素晴らしくいい。聞き惚れる。

監督:フランク・ダラボン 出演:ティム・ロビンス モーガン・フリーマン ウィリアム・サドラー ボブ・ガントン ジエームズ・ホイットモア
1994年アメリカ
posted by フェイユイ at 00:53| Comment(0) | TrackBack(1) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月03日

『デッドマン・ウォーキング』ティム・ロビンス

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DEAD MAN WALKING

この映画はティム・ロビンスが監督した作品だということで今まで存在すら知らなかったのだが観てみることにした。主役のシスター・ヘレンをティムのパートナーであるスーザン・サランドンが演じている。

ニューオーリンズ「希望の家」で黒人の子供たちの世話をするシスター・ヘレンのもとに死刑囚からの手紙が届く。面会を求めている彼のことをよく知らないままに彼女は刑務所を訪問する。自分は無実なのに死刑になってしまうと訴える死刑囚マシューはシスター・ヘレンに助命を求める。初めての体験に戸惑いながらも彼の要求を受け入れようとする彼女だが、マシューが犯した(とされている)殺人事件の惨たらしさ、彼自身の人格、そして被害者の家族の悲痛な言葉を聞くうちにヘレンは迷い打ちのめされていく。

死刑制度の賛否と犯罪者と犠牲者及び家族の様々な問題がヘレンを苦しめていく。単純に善行だと言われるどころかモンスターのような犯罪者を援護する者として侮蔑の目で見られることに耐えなければならない。
そして自分を無実だと訴えたマシューは最後に自ら殺人を犯したことを告白する。
他の映画では無実の死刑囚を助ける為に奮闘する、というものがあったっけ。だが実際には殺人を犯した死刑囚が存在するわけで彼らをどう思いどんな罰を与えるのかは人によって違うわけで刑罰を決めることがどんなに大変なことなのか改めて考えさせられてしまう。
映画作品としてかなり長い時間枠で丁寧に作られており加害者と被害者のどちらかに偏り過ぎないよう根気よく公平に構成されていると思う。
ヘレンがシスターとしてどちらの気持ちも汲もうとして自分を非難した被害者の両親から「我々のほうについてくれると思ったのに。両方の味方にはなれない。あなたは敵だ」と悲痛な叫びを聞かされてしまう。
そしてヘレンは善良な被害者家族ではなく、どうしても歪んだ考えを捨てきれない犯罪者マシューの傍につくことを決意する。

こういう犯罪者側の援護に思える作品を作るのは非常に難しいことだろう。作中での被害者の両親がそのまま作り手に苦情を言っているように思える。
作品の合間合間にマシューがどんな恐ろしい犯罪を犯したかが映し出されるのは、観客がマシューに感情移入して同情的になり過ぎないようにという配慮に思われる。

ティム・ロビンスの監督作品2作目みたいだが、地味で反感ももたれそうな大変難しい題材を非常に細やかに描いている。パートナーのスーザンにこの作品でアカデミー主演女優賞をもたらしたわけで最近観た2作のお馬鹿っぷりはやはり演技だったのだね(当たり前だ^^;)

監督:ティム・ロビンス 出演:スーザン・サランドン ショーン・ペン ロバート・プロスキー R・リー・アーメイ レイモンド・J・バリー
1995年アメリカ
posted by フェイユイ at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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